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第四章  結末

敵は一人か複数か……。

少年は絶望的な未来を見た。

誰を守るのか……何の為に戦うのか……

最終回がいま始まる!

 タカシは自分にも力があるということに喜んでいた。恐れるものはもう何もない。

 タカシはもう一人でも戦うことができる。

 それが出来るなら博士と戦うのはもう自分だけでいい。

 あの三人に迷惑をかけることはないと考えた。

 最期に誰かの為に死ねるなら俺はなんてカッコいいんだと思いながら黒沢が亡くなった例の倉庫に来ていた。

 そこは焼け落ちたままになっていて誰もいないように見えた・・・。

 海に夕日が沈んでいく・・・。

 気がつくと焼け落ちた倉庫の黒い炭の中で何かを拾っている人がいた。

 タカシは嫌な予感がした。

 何かを拾っていたのは幼児だった。

 ――――何だ幼児か・・・。

 少し安心したタカシを見て、幼児は屈託もなく笑った。

「何してるの?」

 タカシが声をかけると幼児は言った。

「お兄ちゃんは?」

 逆に質問で返された。タカシは何をするでもなくここに来ていた。

「内緒だよ。」

 タカシは博士を追う手掛かりが何となくここにあるような気がして来ていた。

「うざい!」

 幼児は手に持っていた拳銃をタカシに向けた。何かの冗談だとタカシは思った。こんなところに拳銃なんてまだ落ちてるわけがない。

「ぼく・・・おもちゃでも鉄砲を人に向けちゃいけないよ?」

 幼児はタカシに向けて発砲した。大きな乾いた音が周囲に鳴り響いた。

 幼児は反動で尻餅をついたが、タカシは音に驚いて転んだのだと思ったらしい。

「何だ・・・やっぱりおもちゃだ。め!」

 タカシは音がなるクラッカーみたいなアレだと思いながら不用意に幼児に近づきそれを取り上げようとした。

 幼児がもう一発タカシに向かって発砲した。

 弾丸はタカシの頭を突き抜けて行った。タカシは幼児に殺害された。

「私の能力は成長と繁殖ですから・・・。」

 幼児は満足そうにその場を後にした。


 ◇                 ◇                  ◇


 朝、日差しがカーテンの隙間から漏れて顔に当たりそこだけ熱を発していたため、その暑さで僕は目を覚ました。

 起き上がってすぐにノートにメモを取った。

・・・タカシ、多分近いうちに死ぬ・・・。

四人で集まったのは一昨日の話。

 僕が見る夢は過去ではなく未来だからタカシは多分生きている。僕はタカシに電話をかけたが繋がらなかった。

 未来を見た日は寝覚めがすごく悪い。よく眠れていないから非常に眠いがタカシを助けなければならない。いつ死ぬのか分らないがとにかくあそこに近づかないように言って置かないと殺されてしまう。

 両親は仕事に、弟は部活に行っていて今は僕が一人家にいる状態だ。

 連絡先の住所をインターネットで検索した。幸い自転車で行けば四十分ぐらいで行ける。

新聞を広げて読んでみたがタカシが事件に巻き込まれたような事件は出ていない。

 急いで着替えて外に出かける事にした。家に鍵をかけ携帯と財布と家の鍵をポケットに突っ込んで走り出した。

 

 出かけてすぐに僕はバテた。朝飯を食べていないからだ。近くのコンビニの影で息を整え、目眩が治るのを待ち、落ち着いたところで栄養ドリンクとパンを買い、胃袋に詰め込んで気合を入れ直してもう一度全力で走り出した。

 ひたすらに自転車のペダルを踏み込み続けること三十分。ついにタカシの家についた。

 上り坂だったから帰りは十分前後で家に着くだろう・・・。

 タカシの住む家は少し古びた感じではあるが普通の家だ。

 チャイムを鳴らしてみたが返事はない。誰もいないらしい。

 タカシはもう・・・。

気がつくと携帯にメールが入っていた。

『何だよ。バイトの面接中だったのに。邪魔すんな!』

 一生懸命走って来たのに何だか意味がなかった。未来を見とけばよかった。

 いや、そんなことはどうでもいい。とにかくメールを打った。

『お前はいつか分らないが夕方、カラスのアジトで幼児に殺されるから。そこには絶対に近づいてはいけない。死んでしまう。』

 しばらくその場で待っていると返事が届いた。

『は? 何だそれ! 意味がわかんね。分かったよ。もう近づかないからメールすんな!』

 そんな返事が届いたので少し安心して家に帰った。

 

 家までの帰り道は爽快な道のりだった。全部下り坂だから楽に帰れた。

 行きが地獄だったのに帰りは極楽。それが下り坂だ。

 家に帰ると真っ直ぐ自分の部屋に入って眠ろうと思った。

 昨日見た夢のせいで何だか疲れているし激しい運動をしたから疲れてしまった。

 高校生がこれじゃあ良くない。身体を鍛えないといけないとも思うがそれはさて置いて眠る事にした。

 眠りに着く前のボーッとしている中、僕はこの先、どんな事をして生きてくべきか考えてみた。この能力を使えば・・・使いこなせればどんな事が出来るだろう・・・。

 例えばどんな試験でも僕はあらかじめ内容を知って答えを用意する事が出来るだろう。

 試験が出来たからといって人生どうなるものでもない。何者になるのかが重要だ。

 正義の味方とか? 犯罪者が犯罪を犯す前に僕なら止める事が出来る。自殺しようとしてる人を止める事も出来る。木野を止めたみたいに・・・。警察官になるということか?

 体力も根性も正義感もない僕には無理だ。

 どんな試験もパス出来るなら・・・普段人が付くことがすごく難しい職業に着くのはどうだろう? 弁護士とか医者とか・・・。

 弁護士・・・口下手な僕には無理だ。口で・・・口だけで人を助けられた試しなんてないじゃないか・・・。

 医者なら・・・医者になればこの能力で次に来る患者の状態を予見して即座に行動できる・・・ようするに準備出来る。確かになるまでの過程は他の人と比べればずるいことかも知れない。

 でもなってしまえば僕は他の人にはできない方法でより多くの人を救う事が出来るだろう・・・。だとしたら僕は医者を目指すべきではないだろうか。

 それにこのモジャーという得体の知れないものから夕ちゃんを開放してやる手段も見つかるかもしれないし、それはとっても良いことだし、嬉しいことだ。

 そうと決まれば勉強しなければ・・・いくらテストの問題が分かっても自分で答えが出せなければ何の意味もない。

 起き上がろうとベッドの脇を見る。目に入ったのは皆がデス○トと呼ぶ僕の夢日記だ。

 見た夢の詳細を寝ぼけまなこではあるが細かく記しているノート。夏休みあけのテストの問題が書いてないかな・・・。とふと思いながらそれに目をやる。

 そういえば・・・小学生の頃付けていた『予言の書』はどこへしまったのだろう。

 僕は何でその頃の記憶を失った?

 

 ◇                 ◇                  ◇

 

 夕ちゃんは部活の帰りに町中で雰囲気の悪い男たちに囲まれている幼児を見つけた。

 何であんな小さい子によってたかって絡んでいる? しかも掴み掛かられている。

 異常な光景だったが、夕ちゃんは無条件にその男の子を助けることにした。

「何やっているのあんたたち!」

 夕ちゃんがそう声をかけると数人の男たちはその場から立ち去った。

 夕ちゃんは自身が喧嘩が強い訳ではない事は十分に分かっている。女だから数人の大人の男とまともに戦っても勝てない。小学生の頃は喧嘩で負けたりしなかったがそれは体格差があったからという事もある。今では逆に体格差から人と殴り合いの喧嘩なんてまともには出来ない。

 いざとなったら手持ちの警報機を鳴らそうと待ち構えていた夕ちゃんは肩透かしを喰らった。

「なんだ・・・。」

 そう一言言いながら警報機を見つめていた。

「大丈夫? 怪我はない?」

 夕ちゃんは成長して前よりおとなしい・・・というか落ち着いた人になった。

 モジャーを探せとか、探偵になれとか天真爛漫に変な事を話すこともあり子供みたいなのに子供には優しいらしい。

「大丈夫だよ。おねいさん・・・。」

「ならいいよ。こんな時間にこんなところ出歩いてちゃ駄目だよ。早く帰りな・・・ね?」

 そう優しく微笑むと夕ちゃんはその場を後にしようとした。

 振り返って歩き出そうとすると、夕ちゃんの肩を誰かが掴んだ。

「何?」

 怪訝そうに夕ちゃんは顔をしかめて振り返り肩を掴んだ男の顔を見た瞬間に、夕ちゃんは気を失った。


 夕ちゃんは知らないところで目が覚める。暗くて何も見えない・・・。

 目隠しされていると一瞬思ったがそれは半分外れていた。

 急に目に痛みが走った。信じられないほどの激痛に夕ちゃんは目を抑えたかった。しかし、両手を何かの柱に両足はまとめて縛られ、うつ伏せにに寝かされた状態で身動きが取れずその場で痛みに喘ぐしかなかった。

胃の奥から微かに独特の薬の匂いがするが、それを感じる余裕など夕ちゃんには無かった。

「何だ・・・もう目を覚ましましたか? 麻酔も切れたみたいですね。」

 誰かが夕ちゃんに声をかけた。

「・・・誰?」

 夕ちゃんは息を切らしながら声を出した。

「はは、そうでした。あなたは力を発揮している間は記憶が無いのでした。あなたが燃やし切れなかった奴ですよ。」

 夕ちゃんには意味が分からなかった。夕ちゃんは変な寒気に気がついた。服を着ていない・・・。

 下着しかつけている感覚がない・・・。

「私を・・・どうするつもり? 何でこんなことを・・・。」

「ふふふ・・・どうするつもりか聞きたいですか? これからあなたをレイプするのです。」

 男は丁寧な口調で楽しそうにそう言った。

「あなたが殺した分、私を産んで貰わなければ困るのです。」

「意味が・・・意味が分からない・・・けれど酷い・・・。」

 夕ちゃんはどうすることも出来ない状況に絶望した。目の周りに厚く巻かれた包帯の隙間から生ぬるい血が流れ出した。

 男は調子に乗って話始めた。

「誰かが言ったでしょう。女性は子供を産む機械だと。うまいことを言いますよね。その通りだと思いませんか? 最も本人たちはそうは思わないでしょうけれど・・・。」

 男が何か椅子のようなものに腰掛けたのか、空気の抜けるような音が夕ちゃんの耳に聞こえた。男は落ち着いてその光景を眺めているのか夕ちゃんは視線を感じた。

 目に走る痛みを堪えながら夕ちゃんは声を張った。

「何で・・・。私の目に何をしたの?」

「キリで突き刺して穴を明けましたが、もの足りなかったので眼球をスプーンみたいなモノでくり抜きました。あなたはきれいな目をしていましたね。今はゴミ箱の中ですが。」

 男はサディスティックにまるで面白いことでもあったかのような声で一言、簡潔にそう言った。

 夕ちゃんは言葉を失った。流れ出す生ぬるい血液が量を増して包帯にくっきりと目の跡が浮かび上がる。頬を血液が伝う。

「当然でしょ? あなたはたくさんの人間を殺したのです。私があなたに憤りと憎しみを抱くのは当然のこと。私はあなたにその代償を要求しているだけです。」

 男は淡々とそう言った。

「今のあなたには炎を出すことなど出来ないでしょう。私がたくさんの『私』を犠牲にして得られれた情報です。あなたは正面にいる、目の届く範囲のものしか燃やせないでしょ。

覚醒していないあなたに言っても仕方ないかもしれないですがね。ふふふ。」

 夕ちゃんはかつて目のあった場所から痛みを失った。

「ショック死されても困りますのでもう一度眠ってもらいましょうかね。」

 男が夕ちゃんに何かの薬を注射したからだった。

男が服をゆっくりと脱ぎ始める音が聞こえた。


「ヒロシ君・・・もうやめようよ。」


 部屋の中にもう一人男がいた。夕ちゃんはそれに気付かなかったが、夕ちゃんに話しかけていた男とは別の人間だ。

「何だと? お前の家族がどうなってもいいのか? お前の家は常に俺の仲間が見張っているぞ。 お前の飼ってた小汚い犬もさらって来てるんだ。どうなってもいいのか!」

「もう君が殺しちゃったじゃないか。」

「何だ・・・知っていたのか・・・。」

 ヒロシは静かに言った。

「君は寂しかっただけなんだろ? 本当は人を傷つけて楽しむようなそんな酷い人間じゃ無かったじゃないか。どうしちゃったんだ。」

「お前が知った風な口を聞くな!」

 ヒロシは男を平手で殴った。乾いた音が鳴り響いた。

「君が何で中学生の頃異性に好かれてていたと思う・・・。本当に金と権力があるからあの子達が近づいて来たのだと本気で思ってるの!」

 男は弱々しくそう叫んだ。男の悲しみが夕ちゃんにも伝わった。こんな男にも友達がいたのか・・・。

「違うとでも言うのか! 知ったふうな事を言うな。少なくともあの女はそう言っていたぞ。俺の知らないところでな!」

 ヒロシは信じられないほどに歪んでいたが、絶望的な状況がほんの少しだけ和らいだ。

 もしかしたらこの男がヒロシを止めてくれるかもしれないと夕ちゃんは淡い希望を持った。

「違う! ヒロシ君は誰にでも優しい子だったじゃないか。理不尽なことですぐに暴力を振るう先輩から後輩を庇ったり、僕は君が始めての友達だから・・・君のことは君以上に良く分かる。君は確かに金と権力というどこか汚い手段を使って、相手を屈服させていたけどさ。それは自分の為ではなく誰か大切な人のためにしていたじゃないか。

君の将来の夢はこの国の総理大臣になって皆が笑って暮らせる世の中を作ることだと作文に書いてた。それは嘘だったの?」

男は必死になってヒロシを説得している。

「は、今さらそんな話をしても遅いんだよ! 馬鹿が! 俺は知ったんだ。人間の弱さや醜くさ・・・そんなふうに薄汚れている姿をな。こんな世の中救いようがないじゃないか。俺は絶望の淵に生きているんだ。世の中の人間が全てお前の言う俺と同じように強くて優しくて立派だったら争い事なんて絶対に起きないだろ。だったら俺はその遺伝子を世の中に多くばらまかなければならない。なのに何だ。この能力は、俺は子孫を残せないじゃないか! 俺はもう絶望したんだ。だったら俺が楽しいと思う事を本気でやればいいだけのことだ。」

 ヒロシは支離滅裂な事を激しく怒鳴り散らしたあと引き出しから何かを取り出した。

「もういい! お前も死ね!」

 その言葉の直後、すぐに乾いた大きな破裂音がした。

 夕ちゃんには状況が分からなかったが、ヒロシと話していた男が膝を折り曲げて倒れる音が聞こえた。目が見えなくなってしまった夕ちゃんにも何となく状況は分かった。

 男は拳銃で撃たれて死んでしまったのだ。夕ちゃんの淡い希望は消え去り、恐怖と絶望、怒りと悲しみ、生への諦め、全ての負の感情が夕ちゃんを襲った。

 夕ちゃんはもう助からない・・・この状況から逃れる事は出来ないと悟った。

「どうして友達を・・・。」

 夕ちゃんは静かに悲しげにそう言った。

「うざい奴だから殺してやったんだよ。文句があるのか!」

 ヒロシは興奮しながら夕ちゃんの背中を拳銃の柄で激しく殴った。

 ヒロシが薬物を打ったからだろう・・・夕ちゃんは既に痛みを感じなかった。

 しかし、夕ちゃんは心に痛みを感じた。頬を伝った血液が黒く乾いた・・・。夕ちゃんはこの男が恐ろしかった。助けを求めたくて叫びたかった。

 ヒロシは拳銃を机においてナイフを取り出した。

冷たい金属が夕ちゃんの身体を舐めるように触れる。

 ヒロシは夕ちゃんの恐怖心をさらに煽った。

「お前もな、俺に殺されても仕方のない事をしたんだ。」

 ヒロシは夕ちゃんの身体が恐怖に震えているのを見て余裕をもった。

「私はいつでもあなたを殺すことが出来るんですよ? 今から私に大人しく身体を預けるのです。そうすれば少なくとも殺したりはしませんから・・・。」

 口調を元に戻し、楽しそうにそう言った。

 夕ちゃんは首筋に生ぬるく湿っぽい感触を感じた。

夕ちゃんは痛めつけられた背中に悪寒が走り、吐き気がした。空腹状態だったため口の中に胃酸が上がって来るだけだった。

 夕ちゃんの状態など無視してヒロシは下着の上からひとしきり夕ちゃんの身体を弄んだ。

 その過程で夕ちゃんの魂はゆっくりと光を失っていき、ついには闇の中へと消え失せた。


 夕ちゃんはヒロシの行動に対して何も反応しなくなった。

 ヒロシは大人しくなった夕ちゃんの下着をナイフで裂き犯すことにした。

 ヒロシは下着を掴み引っ張りあげてナイフで布を切ろうとした瞬間だった。下着を掴んだ左手に高熱を感じヤケドを負った。

 ヒロシは熱さに驚いて、その場からすぐに離れた。

「私は正義の味方だよ。あなたを確実に殺す・・・ね。」

「な・・・。」

 ヒロシは状況の変化に戸惑った。

 夕ちゃんは自らの炎で手足を縛っていた手錠を溶かして外した。正面からヒロシを見据えている形になった。

「私の目を潰すとは・・・なかなかいいアイディアだった。でも惜しいな。それだけで炎を封じる事が出来ると思ってた? バーカ! まぁ確かにこれじゃあ狙いが定めにくくはなるけどね!」

 夕ちゃんは自分の周囲に小さな炎を発生させて自分の正面に炎の子供を集めて火を少しだけ大きくした。ヒロシはゆっくりとテーブルにあった小物と拳銃ではなくボウガンを手に取り、小物を自分と離れた方向に投げた。

 音がした方向を夕ちゃんは燃やした。声を出すこと、自分の位置を特定される事は直接的な死を意味している事をヒロシは悟った。一発で仕留めなければならない。

「悲鳴が聞こえないところ見ると偽物ね。」

 夕ちゃんは自分の周囲を炎の円環で囲いそれを徐々に外側に広げた。

 しかし、今の炎は人間を焼き殺すには小さかった。

「目を潰したのは効果的だったけれどね・・・私は意識を集中すれば炎を起こす事が出来るの。狙いは定まらないけれど・・・。」

 ヒロシの足元に火が迫って来た。熱くてヤケドしたとしても声をあげてはならない。

「あんたもみんなと同じように燃やしてあげる!」

夕ちゃんは天真爛漫に狂ったように笑いながらそう言った。

足元に火がついたヒロシは震える手で夕ちゃんを射撃した。

 矢は夕ちゃんの胸に突き刺さった。周囲から炎が消え、夕ちゃんは床に倒れた。

それを見てヒロシは安心した。

「勝った・・・あの『モジャー殺し』に・・・。」

 ヒロシは腹を抱えて笑った。あの最強の能力者に勝利したのだと・・・。

 終わって見ればたわいもないと笑いながら夕ちゃんの胸から矢を抜き、何度も夕ちゃんの柔らかい腹に、胸にその矢を突き刺した。

「私の全・・・力を知りたい・・・みた・・・いね・・・分か・・・った。道連れにしてあげる!」

 夕ちゃんは最期に残った力を全て解放した。夕ちゃんの体が激しく発光し巨大な熱を発生させた。

 その場にいた博士は驚く間もなく、建物までもが融解し、夕ちゃんもろともこの世から消滅した・・・。


 ◇               ◇                   ◇


 全ての光景を見終えて僕は飛び起きた。

 僕が見た夢は正夢・・・今度は夕ちゃんが危ない・・・。こんな結末は誰も望んでなんかいない。それでも何かを変えなければ夕ちゃんが目も当てられないような理不尽な目にあって死ぬ・・・死んでしまう。どこか遠くへ・・・逃げるしかない。そうすれば少なくとも夕ちゃんがあの博士と会う事はないはずだ。この未来だけは・・・絶対に変えなければ許されない。

 自分が許せない。僕はこんなところで寝ている場合じゃない。

 周囲は日が暮れていた。急いで夕ちゃんに会って話さねばならない。

 慌てて外へ出ようとした時、母が帰って来ていて僕を呼び止めた。

「どこへ行くの。もう夕飯だよ!」

「いらないよ。」

 母は何も知らない・・・いつもの会話なのに僕は苛立った。

「あんた・・・泣いてるの? 何があったの? 正直に言いなさい。」

 僕は夕ちゃんを連れてどこか遠くへ逃げなければならない・・・そんな時に呑気に親と話している場合じゃないし、僕は人殺しだ・・・。そんなこと親に言える訳がない。

「理由は言えないけれど・・・とにかく今すぐに行かなければならないんだ・・・。」

 僕が玄関の戸に手をかけた時、母は言った。

「夕ちゃんちゃんの所に行くつもりなんでしょ。」

 振り返ると母はノートを手に持っていた。見覚えが無いのに・・・どこか懐かしい大学ノート・・・子供らしい汚い字でタイトルが書かれてあった。

「よ・・げんの・・しょ?」

 僕はそのノートを初めて見た。

「あんたがしたいことも、今までしてきたことも全部分かってるから・・・。」

 母はそのノートを僕に手渡した。

「今日、あんたが最悪の行動を取る事を五年前のあんたが予言していたみたい。もし今日、泣きながら出ていこうとしたらこれを渡すようにと言ってたから・・・あたしは一也、あんたを信じてる。あたしの息子だから誇りに思ってるんだ。きっと正しいことをするはずだって。」

 母は自信を持ってそう言った。



 よげんのしょ    五の二  二木 一也


ぼくのもっていのうりょくはみらいのことをよちする力だ。

 使いかたはかんたん、そうぞうすることにしゅうちゅうするだけでいい。

 でもちからをつかうとまえのことをわすれてしまう・・・だからほんとうはむやみに使ってはならない。

 でもぼくはつい使ってしまった。友だちができたから・・・そして好きな人ができたからだ。ぼくはその人としょうらいけっこんしてしあわせになりたい。

 その人は心を読む力をもつ木野さんという人だ。

 でもあの子は一ヶ月前に、自殺して死んでしまう運命だった。それでもいつ、どこで死ぬのか、ぼくには分かる・・・。

心を読むあの子はぼくがちゃんとした力をもっていることを知っている。

 だからぼくはあの子が死んでしまう未来を変えるために、あの子とぼくがけっこんしてしあわせになることだけをそうぞうして頭の中におもいえがき、あの子をだますことにした。その方法は案外すんなりとうまくいった。

 ぼくは生き残ったあの子の今後を知りたくてみらいを見た。ぼくは死にたくなった・・・。

 見てはいけないものを見てしまった。

 高校生になったあの子がだれかにしばられてはだかにされてらんぼうされているこうけいだった。

 ぼくはなんとかそれをさけることはできないかと何度も何度もそうぞうした。

 もし、こうしたらどうなる・・・とかそういう風にそうぞうすれば、ちがうみらいを見ることもできるからだ。それでもぼくにはどうすることもできなかった。

 ぼくはまえに見たみらいを夢に見ることがたまにある。このまえテレビでやってたけれど、夢というのは過去のけいけんということらしい、ぼくのあたまはみらいを見たことでそのじょうほうが上書きされて過去のことをきれいに消してしまうから前のことを忘れてしまうのだろう。

 ちなみに夢に見てしまったときはもうおそい、それは行動せずに時間がたってしまったことでもう確定済みのみらいだからなのだ。

 まだ事件が起きていなくても確実に起きてしまうから行動してもムダなのだ・・・。

 ぼくは自分のみらいも見たからわかることを書いておく。

 ぼくは夕ちゃんも木野さんもそれから友だちも・・・みんなを犠牲にしてもぼくだけはしあわせに生きていけるし、なんの不自由もないんだ。

 もし、夢で未来の事を知っちゃったとしてもさ、見て見ぬフリをすればいいんだ。

 これから先、木野さんよりも可愛い子がぼくの目の前にあらわれるしなかよくなれるよ。

 けっこん相手だってそう、もっといい人を見つけられるよ。

 だから、未来のぼくはさ、だれかが死にそうになっても何にもする必要がないんだ。他の人を犠牲にすればいいんだよ。そうすれば自分だけは助かるよ。

 もうさ、それでいいだろ?

 この部分を読んでいるなら分かるだろ? 夕ちゃんを犠牲にすれば大丈夫。全て丸く収まるよ。



 僕は・・・過去の僕はこんなにもクズだったのかと思い、このノートを破り捨てたくなった。

 しかし、過去の自分は全てを忘れ去る覚悟で未来を見ていた。

 幼い僕は今以上に心に傷を負ったはずだ。大好きな人が目の前で知らない男にレイプされる光景を見て、まともでいられるわけがない。自分の力ではどうすることも出来ない現実を前に絶望したのだ。

 それでも幼い僕は自分の力で解決する事を諦めたりしなかった。

母にこの『予言の書』をあずけた。

 もしかしたら未来の自分ならこの絶望的な状況を打開できるのではないか・・・と。

 未来の・・・今の僕を信じてこれを託したのだ。

 未来を見る力を行使する事の代償は過去の大切な思い出や記憶を犠牲にすること。

 力を使い過ぎてそれに頼ってしまっていたら・・・僕自身は何の経験もなくて、成長していなかった・・・。学習能力が欠如していた事だろう・・・。

 だから敢えてこの予言の書と能力の使い方までも忘れ去った・・・。

 そして僕は僕自身に怒りを煽るような文章を冒頭に書いた。

 僕は・・・木野も夕ちゃんもこれから出来る友だちの誰かを犠牲にして自分だけが助かっても本当に幸せになんかなれるわけがない。

 僕は高校に入って初めて出来た友だち・・・黒沢を失ったときに思い知ったはずだ。

 大切な誰かを失う悲しみを・・・。

 もう誰も失いたくない。だから僕が皆を守るんだ。

 僕はきっと知っている人全てを忘れ去る。黒沢の思い出も、もう一度関係を取り戻した大好きな木野の事も、小学生のあの頃、僕を支えてくれた大切な幼馴染の夕ちゃんのことさえも、家族のことさえも忘れるかもしれない。

 僕はまた一人ぼっちになる・・・それでもいい。

 みんなが生きて幸せでいてくれるなら僕はどんな対価を払ってでも戦う。

 僕の大切な人を傷つけるような人間は許さない・・・どんな手段を使ってでも倒す・・・例えそれが人を殺すことであったとしても僕はためらわない。

 覚悟は決まった。後は作戦を考えて実行に移すだけだ。



 僕は夢に頼って未来を知ろうとする事はやめた。

そんな事をする意味などもうないからだ。

 想像する事に集中するだけで未来が分かるのならもう必要は無かった。

 敵は博士ことヒロシだ。僕と早苗とタカシを誘拐し、山の中に閉じ込め、自らのクローンを大量にそこに送り込み、僕らを抹殺しようとした張本人だ。

 今、全てを忘れてしまうような力の使い方は出来ない。それは最後まで取って置く必要がある。奴を倒すためにはあらかじめ奴の動きを全て・・・一部の狂いもなく予知しておく必要がある。そのために何通りもの戦い方、立ち回りを用意するのだ。

 予言の書を見直した。

 日時、場所、必要な情報が子供が書いた割には正確に書かれていた。

 黒沢についても書かれている。

 黒沢が死んでしまうことまで予知されていた。過去の僕は黒沢の死を回避する方法まで考えている余裕が無かったのだと思われる。よく見ると字が滲んでいる。泣いていたのだろう・・・。

 

 僕は急いで続きを読んだ。

 過去の僕はいくつかの作戦を提案していた。

 しかし、それは誰かを犠牲にしなければ誰も助けることが出来ないというジレンマを抱えていた。

①タカシを犠牲にしてヒロシの住処を突き止めて夕ちゃんに燃やしてもらう。

メリット・・・犠牲者はタカシ一人ですむし、他の人が襲われずに済む。

デメリット・・・夕ちゃんがもう一度力を発動した場合、夕ちゃんは完全な闇に飲まれて『モジャー』になったまま元に戻らなくなるがその場で死ぬことはない。


②タカシに未来を伝えて助け、夕ちゃんを犠牲にする。

タカシを助けると次は夕ちゃんが襲われる事に運命が書き変わる。

お人好しな僕の事だから未来の僕はもう既にタカシを助けてしまったと思う。

   夕ちゃんを犠牲にすれば、ヒロシもろとも消滅するので何の問題もない。

   他の人は全員が助かる。


③夕ちゃんと逃げる。

最悪の選択肢、まず木野さんが夕ちゃんと同じ目に会う。次はタカシが殺害され、早苗さんがレイプされる。

逃げたとしても増やされたたくさんの能力者の仲間に追いかけられて僕は殺され、夕ちゃんは②と同じように乱暴されて死ぬことになる。

 

④ タカシと夕ちゃんに未来を伝えて助ける。

   タカシと夕ちゃんがヒロシと会わないことで、次は木野さんがヒロシに襲われる事 

   になる。ヒロシはその場にいるだけで能力を無効化する力を持った能力者を手に入れている。だから木野さんは能力を発揮できずに捕まる。

   捕まってしまった木野さんは夕ちゃんのように攻撃をする手段を持っていないから一方的に乱暴され続ける事になる。目的を達成したヒロシはたくさんのヒロシを使ってぼくを徹底的に追い詰める。家族もタカシも早苗さんも僕も含めてみんな殺され、最後に一人残った夕ちゃんが絶望の淵に立たされて力が尽きるまで無差別に人間を燃やし続けて死んでしまう。この地域に住む人がほとんど全滅する。


⑤ みんなで力を合わせて全力で逃げる。

ヒロシが強力な能力者たちを集めるのでいずれ殺される。③と結果はほとんど同じだがヒロシが生き残るバッドエンド。


 ⑥ みんなで力を合わせて戦う。

   ヒロシは能力を無効化する能力者を手元に置いている為、状況に応じて能力を発動

するのは不可能になっている。人数は少ないがヒロシは自身の成長という能力を使って肉体の強化をし、自宅を他にも優秀なSPで守っており、全員で能力を使えない状況で立ち向かっても不利であり、全滅してしまうことが分かっている。


 どうすれば奴らから皆を救う事ができる・・・。

 僕は必死に考えた。

 全員が家に引きこもる・・・しかし奴らは何人もいる・・・既に見張っているだろう。

 そんなのは逃げるのと同じで無駄だ。要塞に籠るぐらいしないと意味がないだろう。

しかし本当に仲間がたくさんいるとは限らない。奴は木野や夕ちゃんを連れ去ってレイプし自分の仲間を増やそうとしている。そんなの別に誰でもいいはずだろうに・・・何で?

 そうしなければならない理由があるということか?

 あいつは人殺しやレイプのような行為を楽しんでいる節があるが惑わされてはいけない。最初は無差別だと思っていたが・・・あいつの狙いは何だ・・・。

 仲間・・・自分のクローンを使い捨てに使うような奴が彼らの復讐を目的に動くとは思えない。計画を邪魔された仕返しにしているとすれば分かる?・・・いや分かりたくもないが・・・。

 今日死ぬはずだったタカシの死は回避されたが、このまま行動しなければ夕ちゃんは明日、奴らに連れ去られるということは分かっている。

 ちょうど今の時間帯にさらわれるのだ・・・。それまでに未来を変えなければならない。

 小学生の頃の僕は記憶を失うほどにどうしたら彼らからみんなを守れるのか考え続けた。

 それでも答えが見つからなかったのは、こちらが何をしようがあいつらの目的が達成されてしまうからだ。

 結局最強の能力を持つ夕ちゃんが奴らを葬る以外に事件を解決する手段がないのか?

 

刻一刻と時間は過ぎた・・・。気がつくと夜の十二時を回っていた。

 あたりが静まり帰っている。

 窓ガラスがコツコツとなっている。何だろう・・・そう思いながら窓を開けると少し大きめの石が・・・「痛っつぅうう」

僕の額に命中した。こぶが出来て少しだけ血が出た。

 僕の部屋の下の方によく見ると満面の笑みを浮かべた夕ちゃんが立っていた。

――――何だよ・・・お前のために悩んでいるのに・・・。

 夕ちゃんが手招きしている。降りてこいということらしい。

 僕は頭を撫でつつ階段を降りて玄関の戸を開けた。

「何の用なの?」

 僕は自分でもびっくりするほど不機嫌にそう声を発してしまった。

「いい感じに煮詰まってるね。いつもより遅くまで起きてるからさ。ちょっと気になって。」

 僕は顔をあげて夕ちゃんを見た。

 夕ちゃんの色素の薄い茶色い瞳はどこか赤く、美しく・・・怪しく輝いていた。

 僕は夕ちゃんのその目を見たとき、昼寝して見てしまったあの事件を思い出した。夕ちゃんの眼球は・・・博士の部屋のゴミ箱に無造作に捨てられていた・・・。

 僕は激しい吐き気に襲われて、近くの側溝に走り・・・用水路に胃の内容物をぶちまけた。

「えっ? 何? 大丈夫?」

 夕ちゃんは心配そうに僕の背中をさすりながらそう言った。

「私の顔を見た途端に吐くなんて・・・私はそんなに気持ち悪い顔をしているの?」

 僕は夕ちゃんのそんな冗談に少しだけ笑った。

「鏡を見たらいいよ。」

「酷い!」

 夕ちゃんが背中を押したので近くの壁に頭をぶつけた。額から更に血が出た。

「痛!」

「ふん! ばーか!」

 夕ちゃんは僕の悲痛の叫びを一蹴した。それでも僕が抱えてしまった異常に感づいていた。

「その反応・・・たぶん私に何か良くない事が起きるんでしょ?」

 夕ちゃんは僕の事をよくわかっていた。

「話しなさいよ。そうしないとあんたが吐いたばかりのそこのどぶに落とすよ!」

 夕ちゃんは感がいい・・・小さい頃の事はほとんど覚えていないが多分空気をよく読む感受性の高い子に成長したようだ。夕ちゃんにも嘘をつけばすぐにバレるだろう。

「それは勘弁して下さい。」

 僕は正直に話す事にした。

「夕ちゃんは明日・・・もう今日・・・か・・・の午後6時ある人物に襲われて酷い目にあった末にその人物を道連れに死ぬことになるんだ・・・。」

「えぇぇ? それだけじゃ良くわからないよ。」

 僕はどこまで話せばいいのか分からなかった。

それでも話そうと僕は夕ちゃんが襲われている光景を思い出した。

何も言えなかった・・・。

「大丈夫だよ。泣くな・・・モジャーが私を守ってくれるから。」

 夕ちゃんはライターを取り出した。

「見てて・・・。」

 一言そういうと火をつけた。炎は一瞬信じられないほど大きく燃え上がった。

 僕はその光景に驚いた。夕ちゃんは今狂ってはいないのに力を使ってみせたのだ。

「私がなんか火をつけると自動的に大きくなるみたい。家じゃガスコンロも使わせてもらえないんだ。爆発しそうなほど大きな火が出るからね。キャンプじゃ便利なんだけどさ。」

 夕ちゃんは笑いながらそう言った。

 僕は自分が大きな勘違いをしていることに気がついた。

「夕ちゃんはもしかして『モジャー』について知ってて僕に頼んだの?」

「いや、詳しいことは知らない。小学生の頃さ、イジメられてたでしょ。私も一也も。

私がいじめられるのは構わないけどさ。一也が可哀想すぎて・・・理不尽でしょ。全ての不幸が一也のせい・・・とか。でも自分ではどうにもできなくて・・・その時モジャーをパソコンに入れて起動したの。そうしたらいつの間にか復讐したかった奴の家が火事になったよね。図らずも全てを壊してしまいたかった私の願望はモジャーが叶えてくれたみたい。」

 夕ちゃんは遠くを見つめながらそう語った。

「私はあいつの家を燃やしたりしてないけれど・・・何か知らぬ間に今見せたようなことができるようになってた。もしかしてあいつの家を燃やしたのは私? 私はときどき記憶が途切れ途切れになるんだ。その間に何をしているのか分らないんだよ。意味が分らないし怖いじゃん。記憶がない・・・って。このおかしな力はモジャーの仕業かな・・・って最近思うようになったからさ・・・。頼んで見たんだけど。」

 僕は夕ちゃんの言っている事がよく分かったし納得した。

「私・・・この力を使ったチャーハンとか中華料理だけは得意なのよ。今度作ってあげる。」

 夕ちゃんは笑顔でそう言いながら肩を叩いた。

 暗闇を照らすような・・・そんな笑顔に僕は少しだけ慰められた。

 もう二度とこんなにも、とろけるような笑顔を見ることができなくなるかもしれない・・・。

「だからいちいち泣くなよ! 男だろ! そんなに嬉しいのか?」

「それでも・・・明日・・・このままじゃ君は死んじゃうんだ・・・。」

 夕ちゃんは顔を引きつらせた。夕ちゃんは僕が持っている力を目の当たりにしている。

 怖くない訳がない・・・。

「私は・・・どんな風に死ぬ?」

 夕ちゃんは声を震わせながらもはっきりと言った。

「まずあいつが夕ちゃんの目をえぐり取ってしまうんだ・・・。」

 夕ちゃんの顔を見ることは僕には辛かった・・・。それでも目を逸らしてはいけない。

 僕が一言話す度に夕ちゃんは目を逸らし、表情を悲しみと恐怖に歪め・・・僕はその表情に夕ちゃんの絶望感を感じた。

「そして麻酔か何かで眠らされて見知らぬ部屋に連れ込まれて縛られて身体を弄ばれて犯されそうになる。」

 僕はもう夕ちゃんの事を見ていられなかった・・・。



「そして夕ちゃんは狂ってしまう・・・。あい・・・つにボー・・・ガンで・・・胸や腹を射抜かれて・・・射抜かれて・・・死ぬ寸前に・・・夕ちゃんは爆発してあいつもろとも消滅するんだよ。」

 夕ちゃんは下を向いてしばらくだまっていた。

「お前、そんなえげつない夢を見たのか・・・。可哀想に。」

 夕ちゃんは泣いていた。

「私なら大丈夫だから・・・な。」

一番辛いはずなのに夕ちゃんは僕を気遣いながら無理して笑顔を作ってそう言った。

・・・大丈夫なはずがないだろ・・・。

「一緒にどうすればいいか考えよう・・・。一人で悩むなよ。きっと助かるから。」

 僕は何も言えなかった・・・。

僕に死を宣告されて死ななかった者はいない・・・夕ちゃんはそれを知っている。

 今回の場合それだけではない・・・夕ちゃんには死ななければならない理由がある。

 他の人全員を救うためには夕ちゃん一人を犠牲にしなければならない・・・。

誰かが犠牲にならなければ事件が終わらないから・・・だ。

 その誰か・・・は夕ちゃん以外にいない・・・。

 僕が夕ちゃんの持つ力を持って入れば・・・出来ることなら代わりに・・・代わりになれるならば僕が死と引き換えにみんなを救う事ができるのならそうしたい。

 でもそれはできない事だ・・・。

 死ぬ事が怖い訳ではない・・・能力が足りないのだ・・・。

「馬鹿か! いい加減にしろ!」

 僕の顔面を夕ちゃんは平手打ちした。

「よく聞けよ・・・一也・・・私はお前の為に死んだりしないからな・・・。だから・・・私は死んだりなんかしないんだ。男の癖に・・・女々しいんだよ!」

 夕ちゃんは僕の肩を掴んで少しゆすった。

「一回しか言わないからよく聞け・・・聞き逃したら私が死ぬ前にお前を殺す!」

 夕ちゃんはそう改まってから言った。


「私は生きていたいんだ・・・お前の為に・・・。」


 顔を赤らめている夕ちゃんの顔が・・・こんな時なのに可愛いと思った。

 いつだって逆境の時ほど夕ちゃんは強い・・・記憶に無くても心に残っている夕ちゃんの印象だ。

 どんな時でも・・・辛くても前向きな姿はまさに・・・。

「アニキ!」

「兄貴じゃない!」

 夕ちゃんはグーで僕の頬をがっつり殴り飛ばした。


 半分気を失っていた・・・。

 その間に僕の部屋に人が集まっていた。夕ちゃん、早苗、タカシがいる。

 木野はいない。夕ちゃんは僕が知らぬ間にパソコンにテレビ電話のソフトをインストールしていた。その画面にパジャマを着た木野が映っている。

「呼ぼうと思って電話をかけたんだけど遠いから来れないって言うから・・・。」

 夕ちゃんがそう言った。

 画面の中で木野が舌打ちした・・・。

「久しぶりね。夕ちゃん・・・。」木野は何故か不機嫌だ。

「こちらこそ・・・ね!」

 夕ちゃんと木野は仲が悪いみたいだ。

「何の用? 何でこんな時間に二木くんと一緒にいるの?」

「は? 別にいいじゃん。一緒にいたって。あんたら付き合ってるの?」

「修羅場?」

 タカシと早苗はこっそり笑っている。

「そういうわけじゃ・・・ないけど・・・。」

 木野はうつ向き加減にそう言った。

 夕ちゃんは本題を告げた。

「はっきり言うけれどね。一也の予想だと・・・ここにいる全員が明日・・・というか今日の夕方、私を犠牲にしないと助からない状況に追い込まれるらしい。というかそう言う運命何だってさ。でも私は犠牲になって死ぬなんて嫌だからね。何とかしよう!」

 タカシは僕の頬と額の痣を見てしばし笑ったあと、ノートを読んでいた。

「何だ・・・俺を犠牲にすれば良かったのに・・・。」

 タカシは一言そう言った。

僕はできる事なら誰も犠牲にしたくない。

「何で助けたりしたんだよ!」

 タカシは僕をゆすり起こした。遠のいていた意識が戻った。

「いや、君を助けた後にこのノートを読んだから。それで何とかなるなら容赦なく犠牲にしていたよ。僕はそういう奴だ。大体君を犠牲にしても結局・・・夕ちゃんが狂ってしまうなら何の意味もない。」

 タカシはため息をついた。

「お前が戦えばいいだろうが!」

「僕にあるのは未来を見る力だけだ。それがあっても黒沢のように力で戦うことは出来ない。」

 タカシは意味が分らないと言いたげに首を傾げた。

 木野が腕を組みながら自分の考えを言った。

「まあ・・・でも力を使った戦い方ってあると思うよ。私の場合はこの力を使って相手に気づかれないように接近して後ろから刺して誰にも気づかれないように逃げるんだけど・・・。別に格闘技が特別できるわけじゃないし・・・。」

 木野はその方法で戦ってきた。今回は能力を封じる能力を持った人物が博士の味方をしている。多分、夕ちゃんが犯されそうになる夢を見たとき奴の側に立っていた人物で、博士を止めようとして殺された人物だ。

 そいつがいる限り誰も能力を発揮することが出来ない。

「私には状況が今ひとつ分らない。」

 画面越しでは心を読むことは出来ない。元々高い感受性を持っている木野は画面越しの人間の感情までなら読めるが、いつものように詳しい情報は引き出せない。

「まぁ。ここに書いてある内容だと次は木野ちゃんが殺される番みたいだね。話しちゃったから運命も変わっているだろうけれど・・・人ごとじゃないんだよ。」

 夕ちゃんは真顔で木野に語りかけた。

「木野ちゃんは・・・一也に『私を犠牲にしても構わない』とか言ったみたいだけどそんなの何の意味もないよ。木野ちゃんの場合はただあいつらに犯され続けるだけだから・・・。

それにこいつが誰かを犠牲にしてそれでも幸せに生きていけると思う?」

「何でそれを知ってるの?」

木野は少し目を大きく見開いて言った。

「日記に書いてあったから。」

 夕ちゃんは一言そう言った。

「それで? どうなの? それでもあんたは自分を犠牲にできるの?」

 木野は少しだけ顔を歪めて笑った。

「できるよ。でも私はそういう形で自分を犠牲にしたりはしない。あいつらを一人でも多く殺してやるわ。」

「あいつらの見分けが着く?」

 夕ちゃんの質問に愚問だと言いつつ木野は画面からしばらく消えた。黒いフード付きのパーカーと黒いジーンズに身を包んだ木野が画面に表れた。それが闇に紛れて闘う木野の戦闘服だ。ナイフが銀色に光輝く。それを黒いバックにしまっていた。

「今から町に出て一人ずつ殺してくるから。」

 木野は画面のスイッチを切ったのかいなくなった。


「一也、このあと木野ちゃんはどうなる?」

 これは幼い頃に見たノートによると、④のルートだ。でもこれは④で予想された状況と異なる・・・。それは夕ちゃんが僕が見た夢に反する行動を取ったからだ。

 もし、夕ちゃんが逃げることを選択していた場合、同じ時間に同じ場所にいた木野が夕ちゃんの代わりに捕まり、目をえぐられること以外全く同じ目に会うのだ。戦う手段が心を読むこと以外にない木野は一方的に(なぶ)られることになる。

 夕ちゃんは何故逃げることを選択するはずだったのに何故しなかったのか・・・僕には分からなかった。

 僕は木野の未来を見る事に・・・想像することに集中した。


 ◇           ◇               ◇


 木野には若干の心あたりがあった。町に行けば未だにタカシのいた暴走族グループ『鳥の会』(ネーミングセンスがださい)がいる。

 彼らから情報を引き出して博士の居所を掴み、夜の内に奇襲攻撃を仕掛けるつもりだ。

 彼らが今だに解体されないのはバックに資金を供給する者がまだいるからだ。

博士がそれを行なっている。

 彼らは河原の駐車場で集会をしていることで有名だ。乗り込んで一番の人物と接触して居所を吐かせるのだ。

 木野はお気に入りのちゃんとブレーキのついたピスト自転車に乗り、駐車場の入口の坂を駆け下った。

 自転車で隙間を縫うように走り、集まりの中心に颯爽と現れ、急ブレーキで後輪をすべらせながら止まった。

 彼らのバイクが中心にライトを向けて照らし出していたのはこのグループのリーダーだった。何か演説をしていた・・・中身は良くわからなかった。

「何だよ・・・お前。これから全国制覇の相談をしようと言うときに。」

 彼はタカシを博士の前に連れていった新津という人だ。木野の目にもイケメンだった。しかし、彼もまた金で動く人物、彼らを束ねているのは博士から供給される大きな資金・・・仲間意識が強い訳ではない。

「空虚ね・・・。」

 木野の一言は正確に彼の心を射抜いた。

 彼自身もそう思っていたのだ。本当はもうこんな集団・・・早く解散して普通に就職して働こうと思っていたのだ。しかし、ことはそううまくは行かない。この場で適当に終わりにはできない。辞めるに辞められず・・・指摘されれば顔を赤くして怒るしかない・・・。

「何だと? 突然現れて何が言いたいんだ?」

 木野の言いたいことは彼にも分かっていた。

「あんたらの集まりが下らないと言っているのよ。」

 最初はただ・・・みんなで集まって走るだけだった。走ることが気持ちよかったのだ。

 喧嘩が強いことよりも速いことが正義だった。

変質させたのは前のリーダー・・・カラスだ。確かに気性の荒い奴や喧嘩っぱやいのもいた。今いるのは喧嘩好きだけだ・・・。また、それに便乗して薬物等を売って金儲けしたい奴しかいない。

新津はリーダーにさせられた・・・バイクに乗って走ることだけが取り柄の古株だ。喧嘩は確かに強い・・・強いが喧嘩が好きなわけではない。

「あんた・・・ここのリーダー? 私と勝負しなさい! 負けたら私がここのリーダーになるから!」

 面白い出し物が始まったと周りが騒ぎ出した。やれ! やれ! とはやし立てる。

「女に負けるなよ!」

 という掛け声が聞こえた所に向かって木野は拾った石を投げつけてぶつけてから言った。

「黙れ!」

 ぶつけられた奴が切れて鉄パイプで木野に殴りかかった。

 木野はそれを躱すと、素早く後ろを取り、背後から腕を巻きつけ、持っていたナイフを首筋に突きつけた。

 ここまで来ると、もはやプロだ。

「勝負に口を出さないでくれる? 殺すよ?」

 彼は鉄パイプを捨てて引き込んだ。

「タイマンで武器を使わないなら私も素手で戦うわ。」

 木野は新津を睨みつけてナイフを捨てて構えた。

 彼はファイティングポーズを取り、軽く木野の顔面を殴った。木野はよけなかった。

 口の中が若干切れて唇の淵から血が流れた。

「痛くないな・・・。本気で女は殴れない?」

 

木野は彼のスネに自分の足先を本気で叩きつけて骨を砕いた。

 

木野の靴は安全靴のように鉄板の入ったブーツだった。凶器を持っていないと言いつつちゃっかり持っていたのだ。

 彼は地面に倒れあまりの痛みに悶えた。その場が静まりかえり全員が引いた。

 この中で木野に適うほどに強い者はいない。

「あ~あ、白けちゃったよ。帰ろうぜ!」

 その中の一人がそう声をかけると七~八十人くらいいた人間のうちほとんど全員が帰って行った。

「いいじゃん別にこの女がリーダーじゃなくても。また新しいリーダーを立てて別のグループ作ればいいじゃん。」

 遠くで最初に帰るといった奴の声が聞こえた。

 それでも残った者も十人くらいはいた。

 本気で新津を心配している仲間たちのようだ。

「大丈夫ですか! アニキ!」

 そんな風に声をかける人もいれば。

「何を女に負けてんだよ!」といいつつ心配そうに彼に駆け寄るものもいた。


「何て事をしてくれたんだ・・・。」

「私は博士を倒す為にここへ来たの。あいつがどこにいるのか・・・。ここのリーダーなら知っているでしょう。」

 木野が新津に話しかけると新津は頭に博士の居所を思い浮かべた。

 新津は自分たちを影で操っていた博士が憎かった。本当にしたいことは誰かを不幸にすることではなく、ただ走ることだけだった・・・。

「そう。分かった。」

 木野は自分の自転車にまたがった。居所を掴めば後は簡単な話だ。

「待ってくれ。まだ何も言ってない・・・。」

 新津が木野を引き止めた。

「あいつの居所はここだ。」新津は博士の居所を地図を広げて指さした。

 それはもう木野には分かっていた。

「あなたも・・・博士が憎いのね・・・。分かったから・・・私に任せて。」

「いや、俺を・・・俺も連れていってくれ・・・。」

 新津が呻きながらそう言った。

「あんたのおかげでもう俺はこのグループのリーダーを辞められた。だから!」

「いいよ。骨も折れちゃったし・・・別にあなたの為にやったんじゃないんだからね!」

 木野は新津を見下ろしながらよくあるツンデレっぽく本当の事をそう言った。木野にはその言葉が有り難かったが敢えて断った。これ以上犠牲者はいらない。

「俺・・・まだ骨も折れてないからアニキの代わりにあんたについてくよ!」

 鼻が少し潰れて大きくなった男がそう声を張った。あのとき黒沢に殴られた・・・人の一人だ。他にもそういう人たちが木野に、俺も、俺もと言って付き従った。

「俺たちだってあいつに一泡吹かせてやりたい。あいつは、あいつら兄弟は俺達を使い捨ての駒のようにしか見ていないし・・・騙していた・・・許せない。」

「俺はあの大きな男に殴られた時、目が覚めたんだ。騙されていたと・・・。間違っていたと・・・あいつらの言いなりになるのはもううんざりだ!」

 木野は鼻で笑った。

「よし、みんな! 私について来なさい。それでアイツをやっつけるよ! その前にそこの新津さんの為に救急車を呼んで!」

「何で? 俺の名前を知っている?」


 

これは今から一時間前後の出来事だ。僕は見たものをそのまま語っていた。その間意識が無かった。木野が仲間を手に入れるのは時間の問題だ。

「なるほど。情報を手に入れる為に行ったはずなのに仲間まで手に入れちゃうなんて・・・木野ちゃんはやることがすごいね。」

 夕ちゃんは関心していた。

この結果を日記は予言していない。考えてみればこの日記も僕が持つ能力も実際のところ中途半端でザルだ。未来を見る力は確かにある・・・あるけれどそれを使いこなす力が未だに備わっていないのだ。

「じゃあ私も行こうかな。これで居場所も分かったでしょ。」

 そう居場所も分かった。

 僕はこの町の白地図を取り出した。小学生の頃の社会科でもらったものだ。

 そして博士の居場所に赤いペンで○をつけた。

「夕ちゃん・・・でも・・・君は・・・。」

 夕ちゃんは能力の発動に制限がある。もし力に覚醒したら、今度こそ狂ってしまったまま元に戻らなくなる。

「今更『でも』も何も無いでしょうが! 木野ちゃんだけに戦わせるつもりなら・・・もうあんたの事なんて知らないよ!」

 木野とその他大勢だけでは確かに勝てる可能性がまだ少ない。

 それだけ彼の自宅は警備が厳重だ。

「夜が開ける前に行動しよう。」

 タカシが言った。何だか積極的だ。タカシはかつてのグループが解散したことが素直に嬉しかったようだ。

「私が送ってくわ! そのまま帰るけど!」

 早苗もそういうとタカシと早苗は静かに階段を降りて行った。

 部屋に僕と夕ちゃんの二人だけが残った。夕ちゃんは僕のカバンにマッチと花火と着火マンをしまった。全部クローゼットの中にあったものだ。

「夕ちゃん・・・僕は・・・何もできないかもしれない・・・それでも戦うよ。」

「おっ 久しぶりにいい顔しているじゃん! そのいきだ。」

 僕と夕ちゃんも静かに家を出て行った。


 ◇                ◇               ◇


 早苗は僕と夕ちゃんとタカシを博士の自宅近くの公園に死角に降ろして帰った。

博士の自宅・・・門までしっかりした豪邸だ。

この先をある程度は予想したがどんな結果でも悩むのはもうやめた・・・未来など・・・未来など血に染めてやればいい。

 僕は黒沢が使っていたナイフを背中のズボンのベルトの間に挟んでいた。

 タカシは金属バッドを手に持っている。

夕ちゃんは自分のジーンズのポケットの左にマッチ、右に着火マンをしまった。夕ちゃん曰く夕ちゃんが擦ればマッチは爆弾に、着火マンは火炎放射器になるらしい。

 僕はこの先の未来予想は瞬間的なモノに留める。


木野がここに仲間を連れて来るのはタイミングとしてはまだ早い。

木野は人間の心を読んだ上で行動する。木野が到着する前の三分前から行動を開始する。 まずは警備を自宅から遠ざける。夕ちゃんとタカシがそれをするのだ。

あいつらは能力を無効化する人間を抱えている可能性もある。能力を発揮するには距離を取って戦うのだ。その人物は博士が夕ちゃんを襲う時にわざわざ一緒にいた事を考えると、力を封じることが出来るのは近くにいるときだけだ。近くにいなければ能力を発動できる。

大丈夫・・・離れたところなら夕ちゃんもタカシも全力で戦える。運動神経のいい二人ならいざという時は走って逃げられる。

僕は木野がここに来るまで全力で相手がどう出るか予想する。

 何もかも忘れてしまいそうになったら突入して本能のままに戦うしかない・・・が。

 

 夕ちゃんは正面に立っている二人のスーツを来た警備員に接近した。一人はこれからタバコを吸おうとしているがライターを忘れたのが運の尽きだ。

「弱った・・・火がない。お前持ってる?」

「いいや持ってないです。つうか仕事中に吸うなよ。」

「えっ 何か言った?」

「別に何でもないです。」

 一人はタバコを吸わないらしく嫌悪感をもう一人に向けた。暗がりで表情はよく見えないがガタイがすごくいい。一人は背が高くてスマートでもう一人は背が低めで少しメタボ。

 夕ちゃんは近づいていき着火マンを出した。

「おじさん火が欲しいの?」

「何でこんな時間にJKが?」

 タバコが嫌いな方のスマートな警備員は夕ちゃんに警戒したがもう一人の警備員は火が欲しかったのかそんなのどうでもよかった。

「助かったよ。ちょっと貸してくれるか?」

「いいって私がつけたげる。」

 夕ちゃんは笑顔を警備員に向けた。警備員は和んだ

警戒心を向けず・・・疑うことも無くタバコを口に加えて突き出した。


夕ちゃんはそのタバコに着火マンを向けて引き金を引いた。


 着火マンは信じられないほどの大きさの炎をあげた。

―――ギャァァァァァ!?――――――――――

 という大きな叫び声をあげて顔をヤケドし、火がついた髪の毛を捨て、頭を抑えてメタボな警備員は走り去った。

「あれ? 壊れてた?」

 夕ちゃんが首を傾げると警備員は笑い転げた・・・。どうも嫌いな上司だったらしい。

「えっ 何で? ちょっと見せて?」

 もう一人の警備員は夕ちゃんから着火マンを取りあげて夕ちゃんに向けた。

「馬鹿だな。君。このうちに何の用かな?」

 夕ちゃんは驚くフリをして二~三歩引いた。

 警備員が引き金を引く・・・カチッという音とともに出たのはいつもと同じくらいの炎だった。夕ちゃんはその間にマッチを取り出して擦ると同時に投げた。

 警備員の目の前でマッチは爆発した。ただのマッチとは思えない爆発の仕方をし、驚いている警備員をタカシが後ろから殴り倒して気絶させた。

 夕ちゃんとタカシが扉を開けようとしたが鍵がかかっていた。

 夕ちゃんはカバンから手持ちで打ち上げられる花火を取り出し、タカシに火を点けさせた。

 着火マンやマッチを夕ちゃんが使うとと凶器にしかならないのだ。

 夕ちゃんが持てば花火は迫撃砲になる・・・。

 頑丈そうな扉を巨大な火球が破壊した。五連続で発射する花火は建物にその後、甚大な被害を与えた。

 中にいた人たちが何事かと飛び出して来た。夕ちゃんとタカシは本当に楽しそうに逃亡した。

 タカシはヒャッハーとか叫んでいる。

 当然・・・・追いかけられる。


 陽動作戦は成功した。中の人間の数は約半数。

 爆発を前に木野と暴走族の仲間はやや早く到着した。

 僕と木野は合流した。

「何でここに?」

 木野は驚いた表情をこちらに向けた。僕は頭の中に今まで見たものを思い浮かべた。

 木野は一瞬、泣きそうな悲しそうな表情を見せたが感傷に浸る・・・そんな余裕は僕らには残されていない。今は全員が全力で戦う時だ。

「分かった。行こう!」

 僕と木野と十人の不良少年たちは壊れた玄関から建物の中に侵入した。

 中に入ったと同時に僕と木野は激しい頭痛に苛まれて頭を抱えた。

「何だ・・・これ・・・。」

「大丈夫ですか! 姉御!」

 木野は少し落ち着いて言った。

「一也くん・・・力を使うのを今すぐやめて! 能力を封じる能力者がいるんでしょ?・・・こんな状態で使ったりしたら・・・大きなダメージを受ける・・・何もかも忘れてしまうかもしれない。」

 木野はすぐに能力の使用をやめてこの攻撃を防御した。

「僕なら大丈夫・・・奥から敵が迫ってる。早く隠れて。」

 建て物はまるで城のような広さ・・・学校みたいな作りの建物だった。玄関はエントランスになっていて、正面に大きな階段がある。たくさんの部屋があり、数人の警備員がいる。彼らは・・・良くわからないがサブマシンガンで武装している。

 僕と木野は階段の陰に、他は玄関の死角に隠れた。

 一人が門へと走って行ったが玄関で不意打ちを喰らって倒された。

 よってたかってボコボコにされている。

「姉御・・・これを使ってくれ。」

 一人がこちらに向かって敵から奪ったサブマシンガンを木野に渡そうとそれを持って走って来た・・・。

 

その時、彼は銃で足を撃たれて倒された。


「は! ガキが!何してんだ。」

 階段をゆっくりと銃を持った警備員が止めを刺しに近づいていった。

 またか・・・また何も出来ずに見殺しにするのか・・・。

 その時・・・誰か・・・大切だった人の声が聞こえた。

 ――――大丈夫だ・・・お前ならできる・・・。あの時も出来ただろ・・・。


 そう思った瞬間、俺には全てが見えた。あの時と同じ・・・能力が覚醒したらしい。世界中の人間の運命が見える・・・。生き死にが・・・。ここの家にいる人間以外の全てを見ようとすれば見れる・・・。

 それでもあえてこの家の中にいる人間の運命を物理現象を・・・想像することに集中する・・・。激しい頭痛が俺を襲った。今見ている物と引き換えに全てを忘れ・・・失ったとしても・・あいつを・・・あいつを倒す・・・。

そう思うと今、仲間の一人を殺そうとしている男が打ち出す弾丸一つ一つの弾動が・・・線になってその一つ一つが見える。

 俺にそんなものが当たるはずがない・・・。

 俺はナイフを抜いた。こちらに向かって飛んでくる無数の弾丸を躱し、接近し、男ののど笛を切り裂いて殺害した。

 罪悪感など全く感じない・・・。あるのは高揚感だけだった。

「おい! こいつをそこに隠せ!」

 俺は怪我をした仲間を階段の影の掃除用具入れの中に隠すよう命令した。

 ここに隠して置けば取り敢えずはこの場を乗り切って無事に過ごせる・・・。

 俺は木野に拾った銃を渡した。

「木野なら使い方は分かるだろ? これは木野が使え。」

 木野はこの場で無理をして俺の心を読む。

「一也・・・くん?」

「俺なら平気だ。先を急ぐぞ!」

 俺は階段を駆け上がった。まずは銃を持ったヤクザどもを始末しなければならない。でないといづれ全滅する。あと5人だ。

ちなみにタカシと夕ちゃんはもうあいつらから逃げ切った。

 戻ってくる奴を玄関で待ち構えていた木野ともう一人がサブマシンガンを使いこなして

始末した。

 俺は残りの五人を木野が連れてきた仲間とともにうまく倒した。

 一人は俺自身を囮に後ろから・・・。もう一人はもの陰から不意打ちにした。

 銃を持った奴らはこうして全滅した。残ったのは玄関でタカシに殴られて気絶した者と夕ちゃんに火を点けられて逃げ出したハゲだけだ。

 そしてあの博士だ。俺の頭痛は消えない・・・。覚醒しているうちは大丈夫だがこれが片付いて眠った瞬間・・・俺はもうほとんど記憶を失うだろう。俺はもう一度ナイフを握り締めた。

 俺は必死に博士を探した。能力を消す能力者がやはり博士を守っているからなのか能力が届かない。見当たらない・・・。逃げられる前に見つけるのだ。

全員で手分けをして探す・・・地下室に彼らはいた。

「もう一度殺しに来てやったぞ! お前を!」

 博士は幼児の姿をして設置されたベットの脇に背中を丸めて震えていた。

 能力を消す能力者は木野が構えた銃を見て覚悟を決めたのか、能力を使用するのをやめたらしい・・・この場の未来もクリアによく見えるようになった。彼は悪い奴では無さそうだ。しかし激しい頭痛は消えない。

「僕はあなたのことなんて知らない。」

「ほう・・・じゃあお前は誰だ?」

「僕は末っ子の・・・です。」

 博士は適当なことを言って誤魔化そうとしている。

この場に木野がいる事を分かっていない。

近くの写真にこの幼児とまだ幼い兄のカラスと両親の写った写真が置いてあった。

 どうみても・・・幸せそうな家族だ・・・。なんでこいつがこんな・・・酷い人間に育ったのだろう・・・。この幼児はカラスの弟のヒロシ・・・つまり俺達が倒そうとしていた博士だ。

 俺は博士の未来を見た。そこに映ったのは紛れもなく確かな博士の死だった。

「俺はお前が夕ちゃんや木野を傷つけるような事をする事を夢に見たからお前のことを殺しに来た・・・。お前は俺やタカシや早苗を殺そうとしただろ・・・この夢を疑う余地はない。

正直に言えば許してやろう・・・。お前は・・・木野や夕ちゃんを傷つけるつもりはあったのか・・・。」

「いいえ・・・無いです・・・助けて下さい・・・。命だけは・・・。」

 博士はこの後に及んで命乞いをした。木野は少しだけ笑っていった。

「こいつ・・・嘘を言ってるよ。」

「可哀想な奴だから・・・この場は許してやるよ。」

 俺は本気でそう思って言っているわけでは無かった。

「あ・・・ありがとうございます! 助けてくれるんですね・・・。」

 博士は土下座してそう言った。

「お前はあと一週間の命だ・・・。」俺は博士を嘲笑った。戸惑う奴の顔が妙に楽しい。

「え・・・それってどういうことですか?」

 いきなりそんな事を言われて博士が困っている。

「言葉通り・・・寿命だ。どうしようもない・・・お前は力を使い過ぎた。この『モジャー』とかいう力には代償がある・・・俺は『未来』を見ることの代償に『過去』の記憶を失う。木野は『心』を読む能力を使う代償に『心』を病む。お前が持つ能力は『成長』と『繁殖』、『繁殖』の代償はお前の子孫に生殖能力が無いこと。なら成長の代償は何だと思う・・・。」

 俺から視線を逸していた博士は何かに気づいたらしい。

「そうだ・・・お前の使った能力の『成長』の代償は成長した分だけお前の『寿命』を縮めたんだよ!」

 そのことに気づいた時、博士の髪の毛が一瞬にして白く染まり、顔や手に深いしわが刻まれ、露出している部分が体型そのままに急激に老化した。そのまま元の姿に戻ることはもうない・・・。

博士はいずれ自分を葬りに来る俺や夕ちゃん、木野から逃れる為にその能力を駆使して隠れようとしていたのだ。今日の事件をきっかけにその能力はもう使い果たしたのだ。

博士は隙を見て彼女らを狙っていた。

 理由は博士の持つ能力は子に遺伝するからだ・・・。木野や夕ちゃんを襲おうとしていた目的はより自分の能力と彼女らの能力を掛け合わせた強力な能力者を増やす事と己の性欲を満たす事だった。もはやそんな事をできる肉体ではない。 

俺に見えたのは博士が絶望し、そのまま死亡する姿だった・・・。

ここで殺してしまってはその絶望感を博士に味合わせることは出来なくて、もったいないとそう思ってしまった。


 俺、木野と十人の仲間は全員でここから逃げた。

 万が一何かあった時の為に、早苗が警察を呼んでいたのだ。

 俺はまだ体力がある内に警察に見つからない逃走ルートを探し出し、全員をここから脱出させた。

 この事件はもはやどう見てもヤクザ同士の抗争か内部抗争にしか見えない・・・。実際、サブマシンガンがこの国で手に入る訳がない・・・。

「スコーピオン・・・実銃は初めて撃ったな・・・。」

 と、木野が早苗の車の中でそう言った。


こうして警察からも完全に逃れることが出来た・・・。

 俺の役目はもう終わった・・・。


 ◇                 ◇                 ◇


 僕は病院のベッドの上で目が覚めた。どこで怪我したのか分らないがたくさんの傷を追っていた。何だかよく覚えていない・・・擦り傷や銃傷がある。どれも致命傷ではないらしい。隣に足を撃たれたよく知らない男が寝ている。

「アニキ・・・起きたんですか!」

 隣の男が起き上がりそう声をかけてきた。兄弟?にしては僕よりも寝ている男の方が老けていて意味が分らない・・・。

「アニキって・・・言われても・・・。」

「お困りですか? 何て呼べばいいですか?」

 自分の名前は覚えている。

「二木一也。だからそのへんは適当に呼んで欲しいです。」

「じゃあ・・・アニキで。アニキは記憶が無いそうですが俺、あんたに命を救われたから。アニキと呼ばせて下さい。」


 僕は静かに外の景色を眺めた。部屋の中の空気は冷房が効いていて心地よい冷気に包まれていた。

 やっぱり何も覚えていない・・・。

 そとはまだまだ熱いが朝晩は涼しくなってきてもうすぐ秋になる。

僕をそれぞれ違う制服を来た女の子が二人揃って訪ねてきた。

 記憶を失った僕には誰の事もまだ初対面だ。

 それでも相手は僕のことを知っている。

僕は二人の顔をよく覚えていない・・・誰なのか分らない・・・。どうやら二人はそのことを確かめに来ているらしい。

 しかし、僕には二人に心当たりがあった。

 何か、気まずそうに二人は僕を見ている。僕は二人と何か話すことにした。

「僕は、小さい頃木野さんに結婚して欲しいとプロポーズしたことがあるんだ。」

 その言葉に反応して少し顔を赤らめたきれいな子は木野さん、顔をしかめ、少し複雑そうな顔をした可愛い子は幼馴染の夕ちゃんだ。

「でも・・・それは僕がついた初めての嘘だったんだ・・・。ごめんね。」

 木野さんは少し悲しそうな表情で「知ってた・・・。」と話した。

「死のうとしてた私の為についた嘘だって分かってるから・・・。でもね。その気持ちが嬉しかったから・・・。」

 木野さんは僕にそう微笑みを向けた。

 夕ちゃんはそのどこか寂しい雰囲気に耐えられなかったのか立ち上がり、僕の顔の前に立ってこちらをのぞき込みながら・・・笑いながら両手で頬を掴んで引っ張った。

「何・・・らよ! やめろよ!」

 木野さんは笑い出した。夕ちゃんも笑っている・・・見た覚えはないのにすごく懐かしくて居心地が良かった。この二人が笑うところを記憶をなくしてから初めて見るのに・・・

久しぶりに見た気がした。

「木野ちゃんとばかり話してずるい! 私には? 私に何か言うことは無いの?」

「今度さ、中華料理を作ってよ。みんなで食べようよ! ね?」

 夕ちゃんは僕の頬をひとしきり容赦なく弄び、飽きるまで遊んだあと飲み物を買いに行くと言って部屋から出て行った。

 木野さんは僕の前に立って夕ちゃんと同じように頬を掴んだ。

「ちょっ 木野さんまで・・・。」

 木野さんの表情に僕は気がつかなかった。

生暖かい水滴が僕の頬に雨がふるように当たった。

 木野さんはぽろぽろと涙をこぼしていた。

「嘘つき・・・本当は覚えてない癖に・・・。」

記憶がない事など木野さんにはお見通しだった。

「確かに覚えてないかも知れない・・・でもね。僕の心に残っているんだ。」

 首を傾げた木野さんに僕は数十冊のノートを取り出して、それを木野さんに見せた。

「実はね・・・こっちが本当の予言の書だったんだよ。」

 予言の書・・・中身は全てこれまで生きてきて経験したこと、これから経験することが書かれている。これから経験する分についてはまだ読んでいない・・・が。

「中身を見たけど、この間みんなに見せたものは偽物だったんだ。あれは僕に敢えて絶望的な未来を見せなければ未来が変わらない事を知った幼い僕がこっちのノートとは別に作成したものだったんだ・・・。本当の予言の書・・・これは僕の願望に過ぎないとも思える。何もしなかったらこの偽物と同じ結果になってたと思うから・・・。結果的には予言の書の通りになったわけだけど・・・こっちの予言の書の通りになったからこそ・・・僕は頭の中から記憶を失っても思い出までは失わずに済んだんだ。」

 木野さんはノートを読んだ。

 そこには今までにあったことが全て書かれていて木野さんが見ても間違いは無かった。



「僕はこのノートを読むたびに木野さんの事を好きになるし、夕ちゃんの事を大切にしようと思う・・・僕はそれでいいと思うんだ・・・。」

 


木野さんは僕の頬を引っ張りあげながら声をあげて泣いた。

頬が痛いほどに引っ張られる。

「な・・・何女の子を泣かしているんだよ! 一也のクセに!」

 夕ちゃんは戸を勢いよく開けて入ってきた。茶色い瞳を赤く染め、頬も赤く染めた夕ちゃんは僕と木野さんをまとめて抱きしめた。

「アニキ!」

 隣・・・まだいたんだ・・・恥ずかしい!


これが僕が作った真実の予言の書・・・。




                                      

 ―了―


読んでいただきありがとうございます!

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