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第 三 章   ~過去~

僕、こと二木一也を救った二人の女の子の物語を読んでくれ!

待望の過去編スタート!

第 三 章   ~過去~


家に帰ると早速僕は両親から叱られた。

―――今まで一体何をしていたの? 連絡もしないで心配かけて・・・。

 と、とにかく母は心配していた。父は勝手にキャンプに行くなよ。と的外れに怒った。

 でも心配してくれていたらしい。

 あいつらはどうやってうちの中に忍び込んでゲーム機のデータを書き換えたのか・・・。

 母に博士の特徴を伝えて心当たりがあるか聞いてみた。

聞いてみるとこう答えが帰ってきた。

「あぁ・・・ヒロシ君ね。確かに前、お前が勝手にキャンプに行く前に来てた。部屋に通したけど・・・。待ち合わせしてるからって・・・来てたような・・・気がする。」

「二度とそいつを部屋に入れないで欲しい。友達じゃないから・・・。家にも入れないで。」

 何で、母は部屋に入れたことを言わなかったのだろう・・・。

 忘れっぽいだけなのかそれとも記憶を操作する別のモジャーがあいつと組んでいたのか・・・。キャンプだからと言って疑わないのも・・・。

でももういい・・・取り敢えず休もう。

「それよりお前に会いに綺麗で可愛い女の子が来てたけど・・・木野さん?だっけどういう関係なの?」

「友達・・・かな?」

僕がそう答えると母はくすくすと笑いながら少し遅い夕飯の準備を始めた。

 やっぱり木野も来たんだな・・・。そしてナイフを持ち出して行ったんだ。

 部屋に戻りそう思いながらベッドに横たわった。

 ゲーム機は見つけてもあいつらナイフは見つけなかったのか・・・。

 でもどこにナイフを隠したんだっけ・・・? そう、見つからないように宝物と一緒に置いておいた・・・!

 痛々しい事実に僕は笑い泣きした。木野に隠し事は出来ない・・・。

 

 ◇                 ◇                  ◇


 家に帰ったときちょうど夏休みが始まっていた。

 夕ちゃんとその後すぐに話をした。

 夕ちゃんはどうやら力を使っている最中の記憶がないらしい・・・。

それにあのときの言動や態度、性格、人格・・・どれをとっても普段の夕ちゃんとは違っていた。あのときは別人だった・・・と見るのが正しいのかもしれない。

 夕ちゃんに「あのときは狂っていたよ?」とか軽口を叩くことは出来なかった。

 夕ちゃんは自分が追いかけている正義のヒーロー『モジャー』が自分だと気づいてはいない。

 彼女が追っているのは敢えて言うなら自分自身の影なのだ。

 影は常に自分の下側にあって追いかければ逃げていくし、逃げれば追いかけてくるのだ。

 まさに夕ちゃんに取ってはそういう類のものだ。

 僕には何の知識もない・・・。だから彼女からモジャーを取り除く方法は知らない。

 ならば今は刺激しないようにするしかないと僕は思った。


これを機に黒沢の墓参りに木野とタカシと早苗の四人で行くことにした。

 夕ちゃんも一緒に行った方がよかったかもしれないが、他の友達と約束があるらしいし、黒沢と夕ちゃんは何の関係もないから誘わなかった。

思えば黒沢は僕の中ではいい奴だったと必ずしも言えない。

 しかし奴に報告したいと、お前が本当に倒さなければならなかった敵を見つけたと報告しに行くことだ。

 僕と木野とタカシと早苗はこれから先、普通に生きていくことは無理だ。

 常に博士の仲間や本人に狙われる事になるだろう。それを隠す社会の闇と戦い続けなければ生き残れない・・・。


朝、テレビをつけても博士の大量虐殺事件はやはりニュースにならなかった。

 その代わり町で発生している連続自然発火事件が発生しているらしい・・・。

多分、夕ちゃんは僕がいない間に大量の博士を燃やしていたのだろう・・・。

山奥で起きた能力者同士の激しい戦闘だったのにもかかわらず事件が明るみに出なかったのは証拠のほとんどが夕ちゃんの手によって消滅させられたからだ。

 ただ、僕が殺害した木野の偽物を地面に埋める時、その時はぞっとするものがあった。

 

もしあのとき殺したのが本物だったら・・・。

 

後で分かった事だが両親が僕がキャンプに行ったと誤解させられていることを思えば思考を操作し洗脳するタイプの敵がいる事も有りうる・・・。

あのとき、僕は木野に殺害される未来を見た。力に覚醒した興奮状態だった。

 確かに、結果的に僕が殺される事もなく、木野も無事だったがもし木野が操られているだけだったら・・・。

殺したのは本物だったろう。それを思うと背筋が寒い。

 黒沢が死んだとき・・・戦わなければ死ぬ状況だったから・・・僕はカラスを迷うこと無く殺害した。

 本当に正しかったのか・・・。

 そして大量の博士を殺害した・・・。

 あれを作り出した博士は確かに罪深い・・・しかしあの生物に罪はあったのだろうか・・・。


「私があなたを殺そうとしたのなら・・・私を殺しても構わない・・・。」

 

木野は僕の耳元でそう囁いた。

僕は心臓の奥に杭を打ち込まれたかのような痛みを感じて・・・泣きたくなった。

「そんなことを・・・何で言うんだ・・・。」

「分らない・・・いや、覚えてないか・・・。」

 木野はふとどこか遠くを見て懐かしむような表情を見せた。

「それは私が一也くんの事を好きだと思っているから・・・。」

 木野の突然の告白に僕は驚いた。


 ◇                 ◇                  ◇


私は人の心を読めるようになったのは小学生の頃、私は人の視線が怖かった。

その人が何を考えているのか分かるから・・・。私の力はモジャーっていうウィルスで身に付けたわけじゃなくもともと持っていた力。

 私はほとんど友達を作らなかった。人の気持ちが分かると皆が皆、嘘をつきながら生きていることが分かるから・・・どんなに仲良く振舞っていてもそれは建前だけ・・・大多数の人は何かに抑圧されて皆がストレスを感じていた。

 良い子でなければならない・・・。そういう人は自分より弱い者をいじめたりそういう人を積極的に探している、自分より強い者には媚を売る。

 誰もが仲間外れにならないように、誰に対してでも良い子でいようとした。

表面的には平穏に見えても殺伐としていた・・・。だから私が本当に友達だと思って付き合うのは嘘をつかない人だけと決めていた。

 いじめが無かったのはその均衡状態が保たれていたから・・・。誰もが誰かの為ではなく自分さえ良ければそれでいいと思っていたし。そうやってストレスのはけ口としてダメな奴を探していた。

 

弱いものイジメは気持ちいいと本気で思っている人たちがいる・・・。


それがイジメの本質だと私は幼いころから知っていた。

 夕ちゃんは私の友達だった。

 彼女はそういう行為を憎み、人一倍嫌っていたから誰に対しても本音をぶつける・・・。攻撃的な性格にも見えるがそうではない。彼女だけは相手の事を思って言うのだ。

 だからなのか彼女も友達は少なかった。

 映画のジャイアンみたいな子・・・それが夕ちゃんだった。

 

 Aさんは私の事が嫌いだった。

 当時の私は八方美人に振舞っていた。

人の心や考えが読めればどんな話題でも話すことが出来るから・・・私はアラを出さないよう必死に振舞っていた。

Aさんは私の顔に嫌悪感を持っていた。しかし、それはどうにもならない。

 Aさんの視線が怖かった。Aさんは常に私を見ている。アラを探す為に・・・欠点を見つけ出して徹底的にいじめるつもりだという事は容易に分かった。

 それでも私はアラを出さないからAさんは苛立っていた。

 気が強く、意地悪な島○○助みたいなAさんはクラスの女子グループのまとめ役みたいになっていた。

 誰も逆らえない・・・Aさんと話すときは皆嘘をつくし、建前だけで話す・・・。

 そんな気持ち悪い人間関係が構築されていた。


 そこにいかにもいじめられそうな転校生が現れた。

 転校生は未来を読む少年だった。理由は分らないけれどそういう能力を持っていた。

 転校生はまず挨拶変わりに予言をした。

「先生はもっと老けるまで結婚できない・・・。」

 開口一番にそう言ってクラス中の笑いを誘った。

 彼は本当の事を言っただけだった。

「余計なお世話です。全く両親みたいな事を言って・・・。」

 先生は笑っていたが内心、激怒していたことは言うまでもない。

 私は背筋が凍り、彼と話すことはやめようと思った。

 その後は先生が彼にちょっと意地悪な事をする意外は特に何も無かった。

 それに合わせてAさんも便乗して彼をいじめるようになった。

「お前みたいなブスの家は火事で無くなってしまうだろう・・・。」

と、言ったのがきっかけだった。

 彼は無表情にそう予言した。私にはそのときAさんに抱いている彼の暗い感情が見えた。

そして、Aさんは私に対して抱いていたイライラを全て彼にぶつけるように彼を痛めつけた。


そんな中にあっても彼は隣の席の男の子と特に仲が良くなり、元気に外で遊ぶ子供らしい子供だった。

 隣の席にいた男の子Bくんは特にその未来を見る能力を気に入っていた。

 しかし、転校生は信じられない予言をした。

「お前は近いうちに交通事故で死ぬ! 『絶対』に死ぬ!」

 彼は内心では壊れてしまいそうなほどに泣きながら、表情は真顔で鼻くそをほじりながらそう予言した。周りにいた子たちはまさか・・・と一瞬凍りつくが乾いた笑いがあってその場は落ち着いた。

 その後、何度となく車に轢かれそうになったBくんは死を悟った。

「僕の人生はもう終わってしまう事が分かった。だからもっともっと予言してくれよ。僕はせめてたくさんの事を知ってから死にたい。」

 Bくんは亡くなる直前までに転校生の発言を書きとめた『予言の書』の制作をこのときから始めた。

 それは転校生の彼にとっては残酷な試練だった。

 また、それが原因で彼の友人が亡くなるまでの間にたくさんの敵を増やす事になった。


 転校生の彼は次々に予言を発言した。

「お前の家の猫は明日死ぬ・・・。」

「お前の親父は禿げている。明日会社でバレる。」

「明日のテストはここが出る。」

「お前の家はもうすぐ破産する・・・。」

「お前の親父はリストラされる・・・。そして離婚する・・・絶対にだ!」

「お前は・・・お前に・・・・」

 

 それらの予言は全て的中した。

 Bくんのためにその転校生はたくさんの予言をした。

 そして・・・一ヶ月後、Bくんは事故で亡くなった。

 それ以来、彼は予言をほとんど口にしなくなった。


それでも全ての不幸は彼のせいにされた。


彼は自分の未来を読んでいたし分かっていた。ただ、それが分かってもなお、死んでしまう事が分かっている友達の為に彼は予言することを決してやめたりしなかった。

 そして全ての不幸を彼のせいにすれば皆が救われた。だから皆が彼一人をイジメた。

 人の心まで知る事はできない彼は自身が気づかない内に自分を犠牲にし、他人を救っていた。

 Aさんの彼に対する仕打ちはそれを支持する周囲と相まってさらにエスカレートした。

 

 Aさんは数人の男子と女子で徒党を組んで彼を集団でリンチした。

 彼は体育館倉庫の裏に連れ出され、殴る蹴るの暴行を受けた。

 私は見て見ぬフリをした。関われば私が同じ目に合うだろう・・・。

 何より彼らはそれを平気で・・・何のためらいもなくしかも楽しく行なっている。そんな中に飛び込めば・・・殺される・・・怖い・・・。

 彼がされている事は、Aさんが私にしようとしていたことだ。いや、本当は私に対してしたいことだ。

 だから・・・。無抵抗の彼が金属バッドで殴られそうになる。

 

本当に殺される・・・。


そう思ったところに夕ちゃんが表れた。

「お前ら! 何をしている!」

 夕ちゃんは拳を握り締めて私と反対側の私が見えない位置に表れた。

「そいつを殺そうというのか・・・許さん!」

 夕ちゃんは全力疾走で駆け寄りバッドで殴ろうとした男の子の股間めがけて飛び膝蹴りを食らわせた。

 男の子は悶絶して倒れた。

 夕ちゃんは幼馴染のピンチに駆けつけて悪者をやっつける自分に半分酔っていた。しかし純粋に大切な誰かを守るという気持ちに嘘も偽りもない。

 倒れてた男子が持っていたバッドを拾い上げた夕ちゃんは言った。

「これは野球をするための道具です。こんなもんで殴られたらさぞ痛いでしょうに・・・。」

 夕ちゃんは倒れて怯える男子のお尻めがけて全力でバッドをふり下ろして殴った。

「ふん。これでお前はもうずっとケツが青いままだ。」

 男子はあまりの痛みに気を失った。

「なんなのよ! あんた!」

 Aさんは夕ちゃんを怒鳴った。

「私を誰だと思ってる。」夕ちゃんは得意げにそう言った。

「隣のクラスの小宮山夕子でしょ! だから何!」

 Aさんは完全に怒っている。

「黙れよ。ブス!」

「うぁぁぁ」という声をあげながら夕ちゃんに別の男の子が殴りかかる。

「黙れよ。カス!」

 夕ちゃんは男の子の大ぶりなパンチをダッキングでかわし、左の拳であごを撃ち込み男子を一撃で黙らせた。夕ちゃんは邪魔なバッドを捨てた。

「私は夕ちゃん・・・正義の味方。悪い奴は月に代わってお仕置きよ!」

「古いんだよ!」

 Aさんは近くにあった夕ちゃんが捨てたバッドを手に夕ちゃんに殴りかかった。

 縦に振り下ろされたバッドを夕ちゃんは左によけて躱し、右手でAさんの襟首を掴み、夕ちゃんはその片手で柔道のようにAさんを背中から地面に叩きつけた。

「もっとブスになりたい?」

 夕ちゃんはAさんの顔の脇をおもいっきり踏みつけて高い音を立てた。

その場にいた全員が夕ちゃんの強さに恐怖し、全員が逃走した。


 全員が逃げ去った後、夕ちゃんは転校生を起こした。

「大丈夫?」

 転校生は夕ちゃんの幼馴染だった。さらに小さい頃からの知り合いらしい。

「夕ちゃん・・・僕は大丈夫。」

 ボコボコにされて足をふらつかせながら彼は立ち上がった。

「何で反撃しないの?」

「勝てないから・・・。やってもやらなくてもどうせ殴られるから・・・。それに・・・」

――――遅かれ早かれ僕は彼らに殺される運命だ。もういい・・・疲れた。

何かを言いかけている転校生の顔面を夕ちゃんは思いっきり平手打ちした。

「バカ野郎! お前は誰かに殺されてもいいのかよ! 牛や豚みたいにお前は・・・お前は誰かに食われる為に生まれてきたのか! 違うだろ!」

 夕ちゃんは泣いていた。

 転校生の心はもう既に死にかけている・・・。不幸を全て引き受けさせられるというのはそういうことなのだ。

「私はお前の事が・・・大切な友達だと思うから言うんだ。お前が自分の命を粗末にするから・・・私は悲しいんだ。お前は自分の身を守るためなら殺してもいいし、逃げたっていい・・・誰かを騙して利用したって構わない・・・でも絶対に殺されては駄目なんだ!

お前は人間だろ・・・家畜みたいに殺されたりしたら・・・こんなに悔しいことはないだろ。だから・・・戦うんだ!」

 夕ちゃんは心の底からそう言った。

 転校生は少しだけ元気になった。自分のことを本気で救おうとする大切な人がいることに気づいたからだ。

 夕ちゃんは正義の味方に憧れているし、誰にだってこういうことを言うだろう。

 それでも私には夕ちゃんの気持ちがよくわかったし胸に熱いものがこみ上げてきた。

夕ちゃんは転校生を肩にかけてこちらに歩いてきた。

 転校生は小さいが夕ちゃんは重そうに転校生を運ぶ。

「あ、木野ちゃん・・・悪いんだけどこいつを保健室に運ぶの手伝ってくれる?」

 私は夕ちゃんと二人で転校生を運んだ。


 夕ちゃんと私は当時親友だった。

 夕ちゃんは私が人の心を読む能力者だということに気づいていた。

「木野ちゃんは優しい・・・。周りの人に気を使い過ぎなくらい・・・。だから私には気を使わなくていいから・・・。」

と、それがきっかけで私は夕ちゃんと仲良く遊ぶようになった。

だからなのか・・・Aさんは遂に私の弱みを握った。

 Aさんの論理はこうだ・・・転校生の友達の友達は敵だということだ。

 夕ちゃんは強すぎて相手にならないから・・・私をいじめようと言うのだ。

私は転校生の友達だから・・・次の標的にしよう・・・。と。

私の目の前で私を辱めるような・・・言うこともはばかるような陰口を言い、私を皆が無視するよう仕向けた。

Aさんは学校裏サイトを開設し、そこに私の悪口や私の写真をいやらしく加工したものを載せたりし誹謗中傷を繰り返した。

クラス中の人がそれを見れるように学校にそれを印刷したものを持ってきて配ったりした。殴られること以上に・・・私を傷つけた。

 全ての人が私と話すことに対して嫌悪感を抱くようになった。

 私は話すことさえできれば相手の言いたい通りのことや考えを読む事ができるが、この状態は最悪だった。

 それは私の存在そのものを否定されるような感覚だった。

 私が話しかけると皆、舌打ちをし、私に嫌悪感を向ける。

 私は誰かにここまで憎まれるような事はしていない・・・。

 それでも、私は人の心を読むことが出来るようになる前以上に人の視線が怖くなった。


 ただ一人、転校生の彼はどんな時でも私に嫌悪感を向けることは無かった。

 彼は『予言の書』に彼をリンチした全員の直近の運命と今後の絶望的な運命を記録した。

 彼の言い分はこうだ。

「僕は別に未来を読んでいる訳ではない。僕がこのノートに予言したことが真実になる。僕を怒らせたらこのノートの力で不幸にしてやる。」

 と、私にはそれが嘘だということは分かっていた。彼をボコボコにしようとしたり悪口を言った人物だけがそのノートに不幸を記録されたのだが半分は本当で半分は嘘の内容が書かれている。

それ以外の人のことは何も書かれていない。

私もその中には書かれていなかった。

書かれていないのは私だけではないのに、Aさんはそれが面白くない。

だから私に八つ当たりする。

「あんたはあいつの友達だから書かれないんだ。 ずるい。」

たった一度助けただけでAさんは私を目の敵にした。

 私はもう生きていくのが嫌になった。


私は職員室から屋上の鍵を盗み、鍵を開けて屋上に立った。

小さな私ならこの高さからでも飛び降りれば一瞬で死ねる・・・。

そう思って淵に立った。遺書は書かなかった。書いたら私は・・・私は自分の事を嫌いになると思った。もう恨みしか・・・私には恨みの感情と悲しみしかそこに書くことは出来ない。私はもうAさんに負けたのだ・・・。Aさんのせいで死ぬということを・・・本当は認めたくない。だから遺書は書かなかった。


「死なないで・・・。」

 

小さい・・・聞こえないくらい小さな声が扉の奥から聞こえた。

転校生の彼だった。

「何で・・・私はあなたが来たせいでいじめられたのに・・・。」

 本当はそんな理由でないことは私が一番分かっていた。

「木野さんは・・・木野さんは僕と結婚する! 『絶対』に結婚するんだ!」

 彼は泣きながらそう叫んだ。


――――それは遠慮したい。

 

それでも私は思わず笑ってしまった。死ぬことが馬鹿らしくなった。

彼の目に映る幸福な未来が私を絶望の淵から救い出した。


◇                 ◇                  ◇


「そういうわけだから・・・もし私が何かの間違いでも何でもあなたを殺そうといしたりしたら・・・私が私自身を許せないと思う。だから・・・理由はわかったでしょ。」

 と、木野は笑った。

 僕は木野から視線をそらした。顔が火照ってしまっている。

 過去に僕はそんなことを言ってしまっていたのか・・・。全く覚えていない。

 だから木野と再開したとき木野はどこかぎこちなく僕に話しかけたのか・・・。

 初対面のふりをして・・・。

 ここ最近の重たい空気からようやく解放された気がした。

 夕ちゃんは木野と友達同士だったのか・・・。このころはまだモジャーをインストールしている様子はない。夕ちゃんは炎を操る・・・。それをいじめっ子に対して使用してないし行動もまともだ。いつからあんな風になってしまったのだろう・・・。


「夕ちゃんは私がいじめられているのが許せなくて、私がもう生きているのが嫌になったとき。夕ちゃんは仕返しをする為に私と一緒にモジャーをインストールしようとしたの・・・。」

 木野は僕が何も言わなくてもそう語り出した。

「どういうこと?」

「都市伝説は調べたでしょ。当時からあってインターネット上にそのソフトが無料で配布されていたの。これをパソコンにダウンロードして再生すれば、妖怪と契約が成立し仕返ししてくれるっていうことだった。例の噂は当時そういう内容だった。私は夕ちゃんと一緒にそれを見たのだけれど・・・私はその画面から伝わってくる激しい悪意と憎しみが怖くて目を閉じ、耳を塞いでインストールしなかった。でも夕ちゃんはそのときインストールに成功した。」

 それで夕ちゃんは炎を操る力を手に入れたのか・・・。

「それで・・・夕ちゃんはどうしたの・・・。」

「夕ちゃんも私と同じ目にあったみたい・・・でもそのとき私は、私のことを心配した両親が私を転校させてしまってその場にいなかったから詳しいことは分らない。ただ・・・今思うとAさんの家があなたの予言通り火事にあったから・・・。もしかしたら・・・。」

 夕ちゃんは確かに強い・・・それでも夕ちゃんは人間だ・・・。強がりに過ぎない・・・。

度を過ぎれば耐えられない。

 正義のヒーローに憧れた夕ちゃんはその姿をモジャーに重ねてしまった事で自分と切り離した存在として出現させたという事か・・・。

 夕ちゃんは僕の目の前で炎を操ったりしなかった。


 僕はAさんという子を覚えていないが・・・たぶんそれ以降その子にいじめられることは無かった。皆が僕のことを無視するようになっただけだ。それは当然だ。僕は皆のことを脅迫したのだから・・・。

 夕ちゃんが僕の予言どおりのことを実行に移したというわけか・・・。

 未来なんて読まなければ良かったのだろうか・・・。

「いや、そんなことないよ。」

 木野は僕の思考を読んで発言した。

「何で?」

「だって一也くんの読む未来は行動を起こさなければすごく変え難い未来だから。それに私自身、あの予言がなければもっと早くに自殺してたかもしれない。あの予言が支えになっていたこともあるよ。」

「木野さんにそう言っていただけると有り難いです。そういえば木野さんは人の思考をどうやって読んでいるの?」

「人と会ってこうやって話していれば自然に分かるよ。同じ空間にいれば三十メートル以内の人の気持ちが分かる。正確に読むには視線を向けて集中しないといけないけれど。見えないところにいても位置だけなら分かるし・・・。テレビに映る人も思考は読めないけれど感情までなら理解できる。私の気分しだいで読まないことも出来る。一也くんと将棋をうつ時は読まない。勝負にならないからね。」

 疑問を一つ解決した。

 木野は力をうまくコントロールしているらしい。

「テストの時とかは?」

「使わないよ。ずるいもの・・・。でも重要な試験では積極的に使う。入試とか資格試験とか・・・。回答に自信のありそうな人の答えを盗むよ。でもその人の答えが合ってるかどうかは分らないから勉強は必要だね。」

「なるほど・・・。」

 僕も正直能力の使い方には悩むところが多い。

 この能力を使えば人に出来ないことが比較的容易に出来る。

 でも誰も救うことは出来なかった。

思えば自分だけがこの能力で救われている。

 テストの問題が時々、丸々分かることも然り・・・この能力があったから木野の偽物に殺されずに済んだのだ。自分を救うために、別の誰かが犠牲になったとも言える。

 それでいいのだろうか・・・夕ちゃんなら多分それで良いと言うだろう。

 しかし・・・。


 木野と話をしている内に黒沢が住んでいた地域に列車は到着した。

 駅に早苗とタカシが待っていた。

 黒沢のお墓は黒沢の母から聞いている。四人はそれぞれに黒沢に言いたい事があった。

 早苗はあのとき助けてくれたことのお礼を・・・。

 タカシはあのときの過ちや罪を認め・・・許されぬことを知りながらも赦しを求める為に・・・改心したことを報告する為に。

 木野は黒沢とは直接関係があったわけではないがクラスメートだからと、一緒に行くことになった。

 僕は本当の敵を見つけたことを報告するために・・・。戦うことを誓う為に。


 僕たち四人は軽く挨拶をかわしたあとそこへ向かって歩きだした。

「あれから体に何か変化はありましたか?」

「何もねぇよ! ただ・・・体が軽くなったのか・・・足が速くなったぐらいかな。」

 相変わらずタカシは僕に対して喧嘩ごしに発言する。

「私もあまり変化は・・・でも以前より人の心が分かるようになったというか、相手と会話するのが楽になったというか・・・。」

 二人の能力はまだ未知数だ。

『モジャー』をインストールしてからあまり変化はないようだ。

「二人ともまだ力を使ってないからほとんど変化はないかも・・・でも使えば分かるけれど・・・大きな力を手に入れるということはそれなりに大きな代償を払う事になる。

 だから使うことがなければそれに越したことはないんだけどね。」

と、木野は二人と僕にそう言って笑いかけた。

「私の場合はうつ病になりかけたし、それが原因で生きる事に絶望して死にそうになった。心を読む能力を持っているからかもしれないけれど人の悪い面しか見えなくなってね。」

「前から思ってたけどあんた誰? こいつの彼女?」

 タカシと早苗はあの事件で一緒に暴れた木野のことを知ってはいるが詳しくは知らない。

「いいえ。嫁です。」

 木野は笑いながら冗談ぽくそう言った。

「ちょっ・・・誤解されるから!」僕は顔面を火照らせながらそれを止める。

「えぇぇ・・・若いっていいなぁ。」

早苗はそう言いながら下を向いて笑った。早苗が笑うところを初めて見た。

 タカシは面白くなさそうだ。

 木野はタカシの目をのぞき込みながら言った。

「大丈夫。あなたの近くにもあなたのことを大切に思う人が必ずいるから・・・。一也くんをうらやむことはないんだよ。」

 木野はものすごくきれいなことを言った。

 タカシは納得いかない表情をしているが・・・。それは仕方がないことだ。

「お前の嫁・・・大人すぎるだろ。本当に高校生かよ!」

 タカシは僕を小突いた。

 僕は軽く笑ってうなずいた。


 黒沢の墓の前で四人はそれぞれの思いを胸に、黒沢の冥福を祈った。


 思えば黒沢との思い出は将棋で負けたことと一緒に戦ったことぐらいしか思い出せない。

 黒沢にもらったお金は今日使い切る事にした。

 それは僕が負けた分、カレーパンのお礼として貯金していたものだ。

 とても使えないと思っていたけれどこの際使ってしまおう。

 全部で四千円ぐらいだった。

「それはやっぱりとっておいた方がいいよ。」

と、木野は言った。

「いや、黒沢は僕に奢るつもりだったらしいから・・・皆で使えば喜んでくれるよ。」

 メニューが思いつかないけれど・・・。

「一也くんの好きな食べ物は?」

 メニューに悩んでいると早苗が聞いた。

「俺は寿司がいいぜ!」

 タカシは空気を読まない。

 早苗が軽くタカシを殴って空気を読めと叱った。

「洋食・・・が好きです。」

「ならそれでいいんじゃないかな。黒沢くんはおいしいものを奢るって言ってたんでしょ。一也くんの好きなものでいいじゃん!」

 僕はハンバーグが大好きだ。でもそれを言ってしまうと何だか子供っぽくて木野には言いにくい。

「ふ~ん。そうなんだ・・・。」

「ちょっと・・・勝手に心を読まないで欲しいんですが。」

 そんなこんなで黒沢にもらったお金は使い切った。


 四人で集まったのには他にも理由があった。

 それは、今後の事だ。

僕らを拉致し、監禁した博士がまだ生きている可能性があるし、今後も四人のうち誰かが標的になり、今後も狙われる可能性がある。

 だから四人が力を合わせて戦わなければならないと僕は考えていた。

僕はそう他の三人に話を切り出した。

「僕らを殺そうとする奴らははっきり言って強い。そして汚い。どんな手を使ってくるか予想もつかない・・・。だからこそ、一人一人がモジャーの力を発揮して全力で戦わなければならないと思うんだ・・・。みんなは一人の為に、一人はみんなの為に行動しなければあいつらには勝てない・・・。」

「でも、モジャーの力を発揮するのはかなり危険なことだよ。夕ちゃんみたいに壊れてしまうこともあるかもしれないし、黒沢くんみたいに死ぬかもしれない。私は能力をある程度使いこなせるようになったけど、それは使えるというだけで実際これが何なのかはよく分からずに使っているから。本当はあいつらとはもう関わらないように全力で逃げるべきかもしれないよ。」

 木野の言うことはもっともだ。

 僕らに残された道は逃げるか、戦うか、黙って殺されるかしか残されていない。

 ただ夕ちゃんに・・・夕ちゃんだけに戦いを押し付けるわけには行かない。

木野はタカシと早苗を交互に見つめて集中した。

「タカシさんは黒沢くんと同じような力が、早苗さんには私と同じような力が宿っているみたいです。」

 木野はその人の能力までも見抜いてしまうのか? 木野はこちらを見て黙って頷く。

「それ本当?」

 早苗は木野の目を見ながらそう言った。

「はい、たぶん・・・似ているけれど違う力・・・タカシさんもそうです。」

「俺はあの人と同じように死ぬのか・・・。」

 その場が静まり返った。

「まあ・・・あなたの場合は自業自得だから・・・。しょうがないよ。セーブして効率よく使えば大丈夫かもしれないよ。根拠はないけれど。」

 木野は笑顔でそう言った。

「分かった。俺はやめる。やめとくから三人は勝手に戦えばいいよ。俺は逃げる!どこまでも逃げる!」

 そういうと立ち上がり行こうとした。

「なっ・・・お前が捕まっても助けないからな。タカシ!」

「別にいいよ。俺なんてどうせ捕まっても人質としての価値なんか全くないんだから!」

 タカシはそのまま自転車に乗って帰って行こうとした。

 タカシは何故か笑顔で走り去った。


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