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第 一 章   黒沢の復讐

物語の始まりは友達のいない主人公に友達ができるところから始まった!

木野と話をする夢も僕が心のどこかでそれを望んでいたから見てしまった。

だから正夢ではないのだろう。

ただの夢である場合の方が多いというとてつもなく変な力だ。

その夢を見てから一ヶ月経ってもなお、全く関係がないのだから。

朝は何故か木野と教室で二人きりになってしまう。

木野の席と僕の席は本当に近い。斜めうしろの席に座っている。

後ろに座っているから相手の顔や気持ちが見えないし、意味が分らないくらい緊張する。

僕には最近のテレビの話とか、先生の悪口とか、そういう何気ない話題やくだらない話題で場を盛り上げるセンスはまるでなかった。周りの友達とつながる部分が欠けているから話題に入れないのだ。

ちょっと考えてみると、僕という人間は電源以外何の端子も付いていないパソコンと同じだ。拡張できない。LANもない。ネットができないパソコンなのだ。

あ・・・僕・・・今すごくうまいことを言ったんじゃないかな。


僕は中学生のころの知っている人に会いたくないため、混雑する列車を避け、朝早くに朝練もない帰宅部なのに学校に行く。僕は同じ中学の子が指を指して悪口を言うのを聞いてしまったからだ。

「おい。見ろよあいつ。あいつは根暗で、気持ち悪いオタク野郎だ。勉強しかできない奴だ。誰とも口を聞かないしノートに変な絵ばかり描いている。何でも夢のお告げとやらを書いているらしい。書かれた奴は死んでしまうんだとさ。」

と、別の学校に行く同級生が唇を歪ませ楽しそうに静かに、僕の知らない人と話をしている。

「え? 何それデス・・・トじゃん。」

僕の知らない人はチャラチャラした男はヒソヒソとそういった。

「まじで関わらない方がいいよ。」

内容が的を射ていて痛すぎた。少し泣きそうになった。

彼らに取っては笑い話の噂に過ぎないが、次々に知らない人が僕の秘密を知っていくのは恐ろしかった。僕にとっては深刻な問題だ。

だからこそ、知り合いにどんな場面でも会ってはならない・・・話のきっかけにされてしまうからだ。ちなみに、その悪口を言った彼はろくな死に方をしないことを僕は知っていた。そのことが頭の中でグラグラと揺れていた。


「あの・・・OO君。」

 僕は勇気を出して話すことにした。やっぱり言うべきだ。それもはっきりと。

 今ここで言うべきことじゃ無いと思う。僕の手は汗でじっとりと濡れた。

「あぁん?何だよ。」

「君、近いうちに学校でうんこ漏らすよ。」

「はあ?」

「いや。だからうんこを・・・」

僕はしこたま殴られた。

僕のこの物語の役割はきっと殴られ役なんだろう・・・でも、今のは事実だ。

可哀想に・・・彼は今日の午後、急な腹痛に襲われて脱糞してしまったらしい。

友だちからウンコマンと馬鹿にされて、大腸菌がつくから近づくなと虐められて、ホームから電車に飛び込むのは・・・割と・・・近い話だ。



学校につくと、知り合いに会いたくないために教室から一歩も出ない。中学のころの同級生も僕に対する印象は最悪だから、聴きたくない悪口を言っているような気がしてならないし、誰も目を合わせようとはしない。この学校に通っている同級生はそれでも頭の良い方の人が多い。そういう変な噂を流すような人はいないと頭では分かっていたが、信じることまでは出来ない。安易に関わってしまうと何をされるか分らない。

同じ中学の子はこの学校には少ないがいる。しかしそんな知り合いの誰もいないクラスに入ったことは幸運だった。

朝の教室で、本当は一人になりたかった。

僕は人一倍苦手な数学の勉強をしようと席に着く。

いくら最終的にはニートになると言ってもやっぱり大学には入って遊びたい。

その後ろで木野も何か勉強をしているらしく、耳には青いMP3プレイヤーにイヤホンをし、すごく集中している。木野は声をかけづらい雰囲気をかもし出していた。

木野・・・彼女は肩より長い黒髪が艷やかで、顔立ちも整っている。可愛いらしい夕ちゃんとは対照的にきれいな感じの娘だ。健全で健康な性欲を持て余した男子高校生にもてそう・・・な感じではなく、むしろ文学や音楽クラシックとか芸術好きを気取った男子が好むような知的な雰囲気を持った娘だ。

『高嶺の華』という言葉がしっくりくるお嬢様。笑顔が素敵すぎて困る。友だちは多いと思う・・・彼女と話している人はどういうわけか常に笑顔で幸せそうだ。話した事は無いが・・・きっといい人なのだろう。その輪に僕は入れない・・・な。

そんな彼女は朝の一時だけ一人でいる・・・。

僕が苦手な数学の教科書を出して勉強を始めようとしたとき、彼女はこちらに気付いてイヤホンを外し、「おはよう」とあいさつをした。

 このときはじめて声をかけられた。

 どこか気分がいいのか木野の表情は明るい。

「お・・・はよう。」

 声がかすれてうまく声が出なかったが、彼女は気にする様子を見せない。

「どうしたの・・・その怪我?」

 ―――OOめ・・・アイツしこたまに僕の顔面を殴りやがった。

「う・・ん・・・大したことないんだ。」

 ―――マジで痛い。勘弁して欲しい。あのDQN・・・。

僕はそう思ったが自分は悪い事など一つもしていないと自信をもって言える。

「本当に大丈夫?」

 木野はカットバンを取り出す。

「これ良かったらあげるよ?」

「いや・・・その・・・」

 僕は丁寧に断ろうと思ったが胸がキュンキュンし過ぎて口どもってしまう。

―――○○ありがとう!

「いいから遠慮しないで・・・。」

僕の顔面のまぶたの上の傷口に貼ってくれた。

 僕は多分鏡を見ると自分でも恥ずかしくなるくらい赤面しているだろう。


二木(ふたつぎ)君、確かこの前の中間テストで学年で10番だったよね・・・。」 

「うん。」と、小さく返事をした。

いきなりこんな話をされる事に僕は驚いた。

最初の会話はこんな感じだろうと夢に見ていたが、実際に話しかけられるとは思っていなかった。あくまで夢だと思っていた。

成績に関して、僕は300人いる学年で10番だった。これは自分にとっても驚きだった。前回は夢で見た問題に山をかけて的中したため、驚くほど良い点数を取ってしまった。しかし、毎回こううまくいくものでもない。もうすぐ期末テストだというのに夢を見ない。つまり、夢で山をかけることはできない。

ギリギリまで夢を見ようと努力して授業中まで寝るよりも勉強したほうが幾分マシだ。小学生のころ、そういうことをして悲惨なことになったことがあるらしい。

親もすごく将来を心配していたようだし、そんなことをしている時は例え問題が分かっても悪い夢しか見ない・・・。小学生の頃はよく覚えていないのだが・・・。

「今回も良さそう?」

 木野はこちらの目を見ている。その素敵すぎる笑顔はもはや凶器だ。動悸が早くなる。

 心臓麻痺で殺す気なのか? これが恋とかいうものなのか?

「まあ・・・でも前回僕はずるいことをしたから。今回はそこまで良くないかも知れない。」

 僕はつい余計な事を言ってしまった。

「え? ずるいこと?」彼女はその部分に食いついた。

「どんなずるいことをしたの? すっごい気になる。」

その表情は、いつもの大人びた雰囲気とは違い、若干幼く見えた。好奇心いっぱいで少々まぶしい。しかし何だかよくわからない違和感を感じる・・・初めて話すからなのかどこかぎこちないのだ・・・。

口郭が若干上がっている。彼女は答えを期待しているようだ。僕は答えに渋った。勉強したからだと答えるべきだった。しかし今回はそこまでいい点数を取れる自信はない。

「人には言えないようなずるい方法なんだ。」

正夢を見る能力のことは話せないのに何でそんなことを口走ってしまったのだろう・・・。木野から僕は目を逸らした。

彼女はまるで心の奥底を覗き込むかのように興味深そうにこちらの目を見て離さない。ただ、彼女はこちらのことをよく見ていた。

「まさか・・・テストの問題をあらかじめ盗んで来たとか?」

 木野はなかなか鋭い。それに限りなく近い事を僕はしたのだ。懸命に否定した。

「そんな・・・テストの問題が簡単に盗めるわけないよ。」否定すればするほど怪しくなる。

「じゃあ苦労して盗んだの?」

木野は、どうして今日はじめて話す相手の心をここまで読めるのだろう・・・。

「あの・・・盗むなんて、そんな悪いことはしてないよ? そんなこと考えてる間にコツコツ勉強すればそんなことする必要はないと思うよ?」

 それが真実だった。小学生のころから分かっていることだ。でも、彼女はそんな答えに期待などしていないだろう。

「そう・・・あなたは、見ている限りまじめに勉強しているし、悪いことをする人には見えない。だから、あなたの言うずるいことって言うのがすごく気になるな。私に教えないと先生に言うわ。」と、笑顔で彼女は言った。

 ――――だからその笑顔は僕には凶器だと心から言っている・・・。

「勘弁して欲しいです。」

僕は下を向いて言った。

「あなたの秘密・・・話してくれたら良い友達になれると思うけどな・・・。」

 ――――彼女は僕と友達になりたい?・・・そんな馬鹿な・・・。

木野はごく自然に笑う。心臓を軽く握られているような感覚がする。僕の心臓を制御しているのが彼女のような気すらしてくる・・・。

「でも、僕はそれが理由で友達がいないんだけど・・・。」

 彼女は少し黙って何かを考える仕草を見せた。そして言った。


「何を聞いても大丈夫だよ。自分が思っているよりあなたは人に好かれる人だよ。」


 僕はこの言葉に少し泣きそうになった。木野はいきなり変な事を言うけれどすごく嬉しかった。

「な・・・何で?」

「そんなの秘密に決まってるじゃない。」と、木野は照れくさそうに笑い、肩を叩く。

同級生たちが教室に入ってくる時間帯になる。

僕も木野もクラスメートの目を気にして話すのをやめた。


 お昼休み、僕は人気のない日陰の体育館倉庫の裏のコンクリートの上でお昼を食べていた。普通に誰もいないのはここだけだ。本当は屋上とかで食べたかったが、なぜか混んでいて無理だ。その場所はカップルばかりだ。

 僕には友達や恋人はいない。それは僕が殺したから・・・というわけではない。

 お昼を一人で食べていると、今日もまた彼がやってきた。

クラスメートで、学校で唯一不良の黒沢だ。

彼はこの学校で浮いていて相手にするものが誰もいないので一匹狼を気取っている。

「またお前か。ここは俺の場所だって言ってんだろ。一人で飯を食うなら便所でしろや。カツアゲすんぞ。バカが。」

彼はそういうと隣に座ってタバコに火をつけた。

 天気が良いからなのか・・・彼は気持ちよさそうに喫煙しているが、未成年は法律でタバコを吸ってはいけない。

「あの・・・便所でめしって? 初めて聞いたけど何なんですか?」

普段聞かない言葉だった。

「あ?ニュース見てないのか? 友達がいない大学生は一人で飯食ってるとこ見られたくないから便所で食うんだってさ。お前もそうすればいいのに。」

黒沢はニヤニヤしながらそういうとゆっくりとタバコを吸い、地面にそれを押し付けて火を消した。

「黒さんこそ便所で飯を食えよ。黒さんも友達いないじゃんか。」

 黒沢は眉を少しピクリと動かした。明らかに拳を握っている。

「そんなものいらね。俺には下僕がいればいいんだよ!」

 殴られる前に僕は用意していたカレーパンとジュースを大人しく黒沢に渡した。

黒沢は少しだけ機嫌を良くしてパンを受け取った。


そう、この場所を使うにはルールがあった。それは、喧嘩で勝った方が一週間ここを自由に使って良いというルールで、負けた方は一週間相手の使いパシリになることでここを使うことができるというルールだ。もし、暴力で戦うならば黒沢は他校の生徒にも恐れられるほどの実力を持っているため、勝てるはずがない。

身長180cm体重85kg・・・まるでKー1ファイターのような体格で筋肉質な彼にはこれと言って敵などいないのだ。

以前、他の学校の生徒にかつあげされている同級生を庇って喧嘩しているところを見かけたことがあった。その場で全員を叩きのめしてしまっていた。かつあげされていた同級生から、結局お礼にかつあげされずに済んだお金を強要して受け取っていた・・・。

まぁ・・・そういう漢気のある男だ。どこのジャイアンだよ!

そんな黒沢は普通に暴力で戦って決めるのではつまらないと、黒沢は将棋を持ち出して来た。毎週月曜日に対局して勝った方が相手をここにいる間だけパシリにできるのだ。

「ち、またカレーパンか。」

黒沢は舌打ちした。

「黒さんが今週はカレーパンとか言うからだろ。何で毎週カレーパンなんだよ?」

「カレーパンが好きだからだ! お前が弱いからだ! 悔しかったら勝ってみろよ。」

 近くのコンビニとかで買うのに一番安いから助かるが・・・そんな風に気を使っているのか・・・それはよくわからない。

黒沢は暴力だけでなく頭も良かった。まるでコンピュータのような将棋を打つ。

それでも暴力で戦わないだけこれは僕に対するハンデなのだ。次こそ勝ちたいと思った。

黒沢にパンを渡した後はいつものように下らない話をした。

 彼女が欲しいなぁ・・・とか黒沢はそんな話をしていた。

「お前はどんな人がタイプなんだ?」

 と聞かれて反応に困ったり。そんな高校生らしい会話を楽しんだりした。

 黒沢に彼女がいる未来を残念ながら夢に見たことはない・・・。

でも彼女が出来ればそちらの相手が忙しくなってここで将棋をうって無駄にカレーパンをおごったりすることも無くなるだろうから、黒沢の恋は相手がいるなら応援したい。

その後、教室に戻って机から次の授業の教科書を取り出した。

すると白い見慣れない便箋が出てきた。

『放課後続きを話したい。木野より』と短く書かれた手紙だった。

朝の話の続きは放課後することになった。

木野は周囲の人とにこやかに話している。

このときは木野がどうして僕に好意的に接してくれるのか考えもしなかった。

ただ、木野から話しかけてくれたことが嬉しかった。


ひと気のなくなった教室で話の続きをした。

「あなたの言うずるいことって勉強のコツとかそういう裏技的なものかと思ったけれど。人に言えないとなると相当ずるいことなの?」

「うん。まあ・・・ね。」

 そう、コツとか裏技があったなら、正直に話しても教えられるから良いのではあるが、あいにく、僕にはそんなものはない。

 あるのは未来を夢に見る能力だけだ。

「やっぱり盗むの?」彼女はわくわくしているようだ。

 朝、盗むのかと聞かれて動揺した所を見られているからそういう風に思うのだろう。

 大体当たっている。どうしてこんなにしつこく聞くのか・・・意味が分からないけれど、

木野は可愛い・・・それだけで違和感も何もかもがごまかされてしまう。

夕ちゃんは探偵に成れと言うが・・・これでは探偵失格だ。

「うん・・・まあね。でもこれは僕にしかできない方法なんだ。」

僕は嫌われることを覚悟して話すことにした。ただ彼女になら何を話しても良い気がしてきていたので少しだけ勇気を出して話した。どっちでもいいじゃないかという打算もなくは無かったが・・・人見知りだからと言い訳して救えなかった人もいた。ただ木野には本当の僕を知って欲しかった。


僕は孤独だ・・・。


この正夢を見る能力があるが故にテストの問題が分かったこと。

テストの問題を知ろうとして失敗した小学生のころの話。

交通事故で亡くなりかけた友達の話もした。

無視されたりいじめられたことも話した。彼女はとても聞き上手だった。

 僕の想いもこの能力についても多くの情報を僕から引き出した上で共感してくれた。

誰かに正直な気持ちを話すことがこんなにも心を楽にするということをはじめて知った。

――――辛かったね・・・。と言ってくれたことが嬉しい。

「でも二木君は一生懸命だから成績が良いんだよ。今度一緒に勉強しよう!」

これが木野と話すようになるきっかけだった。

高校に入って初めて出来たちゃんとした友達と言っても良いだろう・・・。

その後、二人で帰った帰り道に夕ちゃんからメールが届く、

『早くモジャーを探してね!』

モジャー・・・もうどうでもよくなってしまいそうだった。やっぱり高校生探偵はすで

に失格気味だ。


 ◇               ◇                     ◇

 

 ただ正夢を見るというだけで探偵ができるわけではない。

 夕ちゃんは・・・

「その能力があればどんな難事件でも解決できる立派な高校生探偵になれる! 一也は見た目も子供、頭脳も子供だけど大丈夫! 立派な名探偵になれる! だから私を追い回している得体の知れない怪物を倒して屈服させてくれると信じてる!」

 と、失礼な事を言う。

「怪物を倒すのは・・・探偵じゃなくないか?」

 僕の質問に夕ちゃんは笑顔で答えた。

「見つけてくれさえすれば私が倒すから大丈夫だよ。」

「でもどうやって倒すの?」

「そりゃもちろん私の炎の拳で屈服されるに決まってるじゃない!」

 夕ちゃんはそんな意味の分らない事を言っていた。

 

◇◇◇


しかし、そうは言ってもやはりモジャーの事を調べるにしても夕ちゃんの跡をつけているストーカーを探すのにも行き詰った。その存在を夢に見ることはなかった。

 そんな奴はどこにもいない。

 相談する相手も他にいないので黒沢に話を聞くことにした。

「ところで黒さん。モジャーって知ってる?」

 僕はいつものようにカレーパンとジュースを黒沢に渡した。ジュースは勿体ないので水筒の氷水だ。砂糖やレモンとかでジュースだとごまかしているが。味見して丁度良いようにしている。原価が安くいつもより冷えていた。

「なにこれおいしいじゃん。」

黒沢は水筒に最初はケチをつけたが飲んでみて驚いていた。

『料理を現在進行形でしているアイドル』という教育番組を参考にして作ってみたが味は結構良かったらしいので次からこれでいいや・・・という打算が働いた。

「あの・・・モジャーのことなんだけど。」

「ああ・・・知らない。」黒沢はそういって水筒の水をがぶがぶと飲んでいる。

「それって大体何なんだ?」黒沢は言った。

「いじめっ子をこの世から消してしまう謎の妖怪らしいんだけど。」

黒沢は口に含んでいた水を飲み込んでむせた。

「おまえ。誰か消したい奴がいるの? もしかして俺?」

「いや・・・まあね・・・。」

 黒沢がボケたのでそれに乗っかってみた。

「まじかよ・・・。じゃあ俺が生き残るためにはお前を殺すしかないな・・・。」

 黒沢は立ち上がる。黒沢は容赦ないツッコミをする気だ。

 僕はぞっとした・・・本気で拳を握っている・・・手の血管が浮き上がるほどに・・・。

「ちょっと待ってくれよ。冗談だよ。本気で殺したい奴に向かって殺したいとか言うわけないじゃないか。」

僕は慌てて事情を説明した。僕の能力のことは彼にも秘密だったがいい機会だから話す事にした。別に黒沢であればどっちでもいいだろう・・・。口も硬いから・・・というかいつも一人でいる奴なら話しても広められる心配はない。

彼はそんな小さなことは気にしないだろうから・・・。

「ふーん、お前、俺の知らないうちに何・・・女子と口きいてんだよ。くそっ」

「え? そこ重要かな?」

 黒沢は普通に僕の顔面に拳をぶち当てた。

黒沢は首を下に向けて考えた。黒沢にしてみれば僕が超能力高校生探偵をやっていることより女子と口を聞いたことの方に驚いたようだ。こういう奴だから話してよかった・・・。

「まぁ・・・夢で探偵をするとか・・・無茶苦茶だけど分かったよ。」

「黒さん。知ってそうな奴知らない? モジャーに頼んでそうな奴とか。」

 黒沢は僕の方を指差して言った。

「お前位しか思いつかない。」

 黒沢はそんな冗談を言った後また下を向いてしばらく考えた。

このボケには良いツッコミを思いつかない。

「でも、そのモジャーに消されそうな奴なら知ってるぞ。」

「そうなの? 紹介してくれないかな?」

 僕の考えは浅はかだった。

「お前・・・そんなことしたら死ぬかも知れないぞ。まぁ・・・いいか・・・。」


 ◇◇◇


午前中で授業が終わった放課後、黒沢の案内で着いた学校の近くの公園にはたくさんの得体の知れない若者たちが集まっていた。黒沢と僕は陰からその様子を見ていた。

黒い同じパーカーを着た若者たちのグループだ。

これがただダンスをするだけのサークルであれば何の問題もないし、そう見れなくもないが、全員がそんな明るい活動に力を入れているような顔には見えない。

何か暗い・・・仄暗い雰囲気を醸し出している。全員、目付きが鋭くその目が爛爛(らんらん)と輝いている。その様子に僕は不気味さを感じた。

「黒さんの知り合い?」

「いや、あんなカスどもに知り合いはいない・・・。あいつらは婦女暴行の常習犯。俺がそのことを警察に通報したけど逮捕されなかったんだ。いくら俺でもあの人数相手に戦うのは無理だ。今までに十人以上が連れ去られるところを見ているが・・・あいつらにさらわれた女性は二度と帰って来ない。連れ去られる場所も分かっているが・・・俺には何も出来ない・・・。」

黒沢は唇を噛んで悔しそうにしていた。

「どうしてそんなこと調べたりした?」

「許せないことがあったんだよ・・・。」

僕は疑問を黒沢に投げかけたが、帰ってきた答えにそれ以上は聞けなかった。身近な人があいつらに何かされた事は察することができた・・・。

「俺はあいつらが何をこれからしようとしているのかは詳しくは分らない・・・。普段から週に一回か二回集まって同じことを繰り返している。あいつらは拉致した女性を自分たちのアジトへ連れていく・・・どこか場所も分かる。誰もそこから逃げたりは出来ないらしく一度入ったら最後、二度と表に出てこない。」

 黒沢の真顔はときどき怖い。

「何で逮捕されないの?」

黒沢は言った。

「知らない。ただ警察が逮捕しないのには何らかの理由があるからだろう。その裏まで調べるのが探偵だろ。お前やれよそのくらい。」

 黒沢はこちらの目を見据えて言った。

「もし、お前の言うモジャーが実在するならこの場に現れないのはおかしいと思うぞ。」

 強い日差しがあるのにも関わらず公園内は静かで、どこか禍々しい空気に包まれていた。

黒色の2台の大きめのワゴンが公園に着く。

「今日の獲物はこいつらな。」

 見知らぬ普通の男女が車の中で目隠しされている。金髪の長い髪をした色黒な男が何の罪もないカップルの男の方を車から引きずりだして地面に正座させた。

 二人は口をタオルで塞がれ、手足をロープで縛られている。


「よし、まずはこいつからだ。おい新入り! やれよ。ほら。男はいらないから殺せ。」

そういうと金髪の色黒男は若干震えている新入りと呼ばれた男にスコップを渡した。

「今スコップを渡した奴がリーダーのカラスだ。渡されたのは新入りのハトな。」

と、黒沢はささやくような小さい声で言った。

「ハトって何だよ。」

「今適当につけた。あいつらは通称『鳥頭の会』っていうグループだから・・・。

新入りはハトとかヒナとか弱そうな鳥の名前をつける・・・。

リーダーのカラスを筆頭に全員何らかの鳥の名で呼び合っている。」

ハトは遠目で見ても明らかに震えていた。

「ビビってんじゃねぇよ。」カラスはハトを後ろからもう一本のスコップで殴った。

 ハトは気を失って倒れた。

「はい!これで指紋はオッケー。」

 その一言のあとカラスはハトから形状の同じスコップを取り上げ、何の罪もない人をスコップで何度も何度も殴りつけた。

 女の人の方がその様子を見て何かを叫んでいる。

「やめてください! 」

口を塞がれていたのでモゴモゴと何かを言っていてはっきりとは聞こえないが僕にははっきりそう言っているように聞こえた。

――――もう・・・やめて・・・。

男の人がもがき苦しむ度にカラスは笑う。

 僕にはその光景は見ていられなかった・・・。ここにいるだけで辛かった。

 男の人が死ぬまでカラスは殴り続けた。大きな・・・大きな笑い声をあげて殴る・・・。

 殴る度にスコップには血がベットリとついていく・・・。

凶器とハトと生前の面影をほとんど失うほどに頭部を潰された死体を残してカラスはケラケラと笑いながら満足そうに死体を眺め・・・車に乗り込んだ。その仲間たちも車に乗った。

そして、彼らを載せた車は公園を後に出発した。

黒沢は倒れていたハトをゆり起こした。

「うぅ何で・・・何で僕がこんな目に会わないといけないんだ・・・。」

 ハトは横の目隠しされた死体を見て、涙を流していた。

 ハトは真実を語りだした。カラスとその仲間に今朝、捕まったこと、以前から恐喝され金銭を強要されていたことなどだった。その上たった今、罪まで着せられたこと・・・。

 ハトもまた何の罪もない人間だったらしい。

「惨い事をする・・・見ていたのに・・・助けてやれなくてごめんな。でも安心しろ俺があいつを倒す。約束する。」

黒沢は少し表情を歪めながらそう・・・ハトに語りかけた。

 僕は黒沢に情の深さや優しさを初めて感じた・・・。

ハトは絶命した。カラスの一撃はハトにとっては致命傷だった。

黒沢は公園に隠していた大きなバイクのエンジンをかけた。

「乗れっ! 下僕!」

「ちょっと待て・・・何で僕を連れていく?」

 いくら目の前で凄い事件が起きても残念ながら僕には他人事だ・・・。

「あぁん? 行かねぇのか? 漢だろ! 殴るぞ!」

黒沢は何のためらいもなく僕を脅して後ろに乗せて走り出した。黒沢はヘルメットを僕に被せたためノーヘルメットだ。

「やれやれ、最初に後ろに乗せるのは女の子にしたかったぜ。落ちねぇようにつかまりな。」

と、黒沢はぼやいた。

「免許持ってんの?」

「おう俺、実は十八なんだぜ。二十で高校卒業だな。たぶん。」

黒沢は急いで黒い二台のワゴンを追いかけた。車は工事中の信号機に引っかかっていたためすぐに追いついた。

黒沢が小さい声で言った。

「俺の鞄の中に武器が入ってる。ひと気のないところに行ったらやるぞ。俺に何かあったら頼む・・・。」


◇                 ◇                  ◇


場所は海沿いの倉庫だった。日は既に海に沈み、周囲は暗かった。

 僕にはどうして命をかけてまで黒沢が彼らと戦うのか意味がわからない。

 黒沢は自分自身を英雄にでもしたいのだろうか?

 確かに、何の罪もない人間に罪を着せたりする非道な行いをする彼らを、誰もが憎むとは思う。しかし他人事ではないか・・・何で?

「あの捕まってる女の子がレイプされる前に突入する。」

 そんなことお構いなく黒沢は武器を持って来ているから大丈夫だと言う。

武器と言ってもカバンに入るサイズの短い鉄パイプしかなかった。

 そんな不安をよそに黒沢はあえて彼らに聞こえるように勢い良く扉を開けて建物に侵入した。

「貴様の罪は・・・俺が罰する。」

 黒沢はあっという間に十人の金属バットを持った人間に取り囲まれた。

 黒沢は相手の攻撃をまるで無視した。

 金属バットでどれだけ殴られようと痛みを顔に出さない。血も流さない。

 そのかわりに一人、また一人と顔面を鉄パイプで潰すように黒沢は強引に殴りまくった。

 ゆっくりとした動作にすら見えるほど黒沢に余裕を感じる。

人間離れしたその体力で黒沢はその場にいた人間の半数を戦闘不能の状態に追い込んだ。

 それでもカラスは周りの人間に命令する。

「何ビビってんだよ! 相手は一人だろ? 良くみろ! もう疲れてんぞ。さっさとぶっ殺せよ。」

 カラスは目隠しした女の子を左腕に抱え、黒光りする何かを右手に持ってその頬に付きつけている。遠目に何を持っているのかは僕には分らない。

 それは、黒沢も同じだったようだ。黒沢が周囲のカラスの手下を睨みつけると、彼らは蜘蛛の子を散らすようにあっというまに逃げ出した。

 黒沢がゆっくりとカラスに近づいていく。

 突然、大きな破裂音が建物の奥から響いた。黒沢が胸を抑えて倒れるのが見える。

 カラスが女の子につきつけていた物は拳銃だった。

「起きろ・・・!黒沢ぁぁ!」

僕は黒沢に駆け寄り何度もそう叫んだ。黒沢の胸に穴が開き、そこから血が溢れ出る。

黒沢は息をせず、既に死んでいた。



◇                 ◇                  ◇


「お前が起きろよ。気持ち悪いなあ。」

 確かに気持ち悪い。黒沢は僕の寝言にツッコミつつ自分の背中に寄りかかって眠ってしまった僕を起こした。倉庫の前だった。まだ日が暮れる様子ではない。

「つうか凄くね? よくバイクの二人乗りで寝れるよな! まぁここだ。乗り込むか。」

 僕は黒沢を止めた。

「待て、あのカラスってやつ銃を持ってる。今、黒さんが撃たれて死ぬ夢を見たんだ。」

 黒沢は首をかしげた。

「銃なんて普通、持ってるわけないよな。でもあいつは持っているんだ。警察が逮捕しない理由もそこにあるかもしれないじゃないか。」

 僕がそういうと黒沢は余計に首を傾げた。

「夢で見たことなんだろ? 当てにならなくはないか? やっぱり・・・。」

「僕の見る夢はほとんどの場合現実だ! さっきも話しただろ!」

その時、倉庫内から物音が聞こえた。次々と人が扉に向かって歩いてくる音が聞こえる。

僕と黒沢はとっさにバイクと自分たちの身を隠した。車二台でどこかへ行くらしい。

大きめのワゴン車・・・ちょっと高そうな車に乗っているところを見ると意外と資金力がありそうなグループだ。

 この分だと中に人はほとんどいなさそうだ。黒沢なら数人ぐらい余裕で勝てる。

「俺はとりあえずあいつらを追うぞ。」

 黒沢が行こうとするのを僕は引き止めた。

「黒さん、やばいって・・・本当に死ぬぞ・・・。」

 いくらなんでも追いかけていくのはかなり危ないだろう・・・。相手は拳銃を持っている。黒沢は少し間を置いて笑った。

「大丈夫だよ。俺・・・強いもん!」と、黒沢は鼻で笑った。

「馬鹿だろ? 僕が交通事故で死ぬ事を予言した同級生がどうなったか言ったろ? お前は確実に死ぬんだよ。生きていたいならもう・・・やめろよ! 逃げろよ!」

「嫌だね・・・。俺が何のためにこんな事をしてるか知らないクセに・・・。逃げるくらいなら死んだほうがましだ!」

 と、黒沢は僕に向かってそう怒鳴った。

「連れ去られた女性は多分ここにいる。見張りもいると思う。今はその人を助けるだけで十分じゃないか?」

僕はを抑え、少し落ち着いてからそう一言だけ言った。

「そう・・・だな。」

そう、黒沢が殺される時刻は今から約二時間後、場所はこの場所、彼らはまたここに戻ってくる。そこまでのことから推理して、今この時間にみんなで出かけるというのは、たぶんただの買出しではないだろうか。

 それにここは先ほどの住宅地の何倍も人通りがなくて犯人たちにとってはより安全で見つかりにくい場所なのだ。

 彼女が車内で暴れた場合、町中では見つかってしまうリスクがある。ここが完全なアジトで放棄するものでないならば、あの野蛮な連中はあの連れ去った子をここに残し、縛りつけている可能性が高い。見張りもいるだろうが、人数は分らない。

 黒沢にそのことを伝えてみた。

「でもそれってお前が見た・・・あくまで『夢』を元にした推理というかただの憶測なんだろ? 当てになるのか?」

「少なくとも夢の方だけは信用していい。推理の方は自信を持って言えるほどでもないけど・・・。取り敢えず見張りがいるかもしれないからおびき出してみよう。」


◇                 ◇                  ◇


 タカシは連れ去ってきたまだ若い女を前にして、どうしたものかと悩んでいた。

倉庫の二階のべッドの上に女は下着姿で縛りつけらている。

彼女はいつものようにカラスが連れてきて、これから酷い目に合されることは目に見えていた。

まだ、この不良グループに入って日も浅いタカシは自分が間違ったことに手を貸しているということに危機感と罪悪感を感じていた。また、今日連れてこられた女はタカシの好みの女性であり、余計にその境遇に同情していた。できることなら助けてやりたい。しかしそれをしたとき、タカシは確実にカラスに殺されてしまう。だから諦めるしかない。

「何で俺・・・あんなやつらに憧れてたんだろう。全然違う・・・あいつら血も涙もない。」

 タカシは自分の愚かさに哀しくなった。その独り言を女は聞いていた。

「助けて・・・。」

「ごめんなさい。俺には無理です。」タカシは自分の事で手一杯だった。

「どうして・・・。」

 ふと、ベットの脇に集められた女の私物に目が行く。彼らは彼女の財布だけ持って出かけたらしい。免許証がバックから出ている。

「早苗・・・さん?」

「はい・・・。」

「俺はあいつらがたまらなく怖いんです。あなたを逃したりしたら。きっと殺されます。」

タカシは自分が情けなかった。そう言った後で後悔した。縛られている彼女はもっと怖い思いをしているのだ。余計に怖がらせてしまう。

「じゃあどうして・・・逃げないんですか?遠くへ逃げれば大丈夫じゃないんですか?」

 確かに海外まで逃げれば彼らも追って来ることはないだろう。

 ただ、彼らのコネは恐ろしいほど広い。国内に居ればいづれ見つかり、口封じのために殺されてしまうだろう。極悪非道の彼らが警察に捕まらないのもきっとそういう理由がある。彼らから逃れるには死ぬしかない。そのことを彼女には言えない。

 タカシは黙って何も言えなかった。

「俺はあなたを助けたいんです。でも、出来ないんです。許してください。」

 彼女の目隠しが涙で濡れる。

「そんなこと思ってもいないくせに・・・。嘘つき・・・。」

彼女が縛られたベッドの横に置かれたパイプ椅子にタカシは腰掛けて、今後の人生について悩み、頭を抱えて座ろうとしたときだった。

突然、大きな音と共に窓ガラスが割れ、部屋の中に鉄パイプが転がっていた。外を見るとあの地元で少し有名な進学校の高校の制服を来た同じぐらいの年頃の男が立っていた。

どうやらあの男が窓ガラスに向かって鉄パイプを投げつけたらしい。見るからに弱々しい感じのその男は、それとは裏腹に自信に満ちた表情を浮かべていた。

タカシは苛立った。彼は今までの自分の人生と比較してはるかに成功していることは良い学校の制服を着ているところを見れば分かる。窓ガラスを割られたことで後でカラスに何をされるか分からないという、現実にせまる自分の危機に対して、タカシは苛立(いらだ)った。

タカシの目と外の男の目があったとき、タカシはせめてこいつを捕まえてこの落とし前をつけさせてやるぞと思った。金属バットを手に持ち、階段を駆け下り扉を開くと目の前にはヘラヘラとしたふざけた雰囲気の男が立っている。

男は走って逃げ出した。タカシは中学のころ怪我でやめるまで百メートル走の陸上選手だった。バッドを持ってはいたがすぐに追いついた。後ろから襟首を掴み、引きずり倒した。タカシは怒りに我を忘れていた。捕まえるという目標を忘れ、バットを振り上げ頭を叩き潰そうとしたその時、背後から首を締められた。何者かが音も無くタカシに忍び寄っていたのだ。へらへらとした不遜の男は囮に過ぎなかった。タカシは得体の知れない二人組に捕まってしまった。

タカシは恐怖を覚えて間もなく気を失った。


◇                 ◇                  ◇


黒沢と僕は捕まえた見張りを少し離れた倉庫の陰になるところまで引きずった。

黒沢が捕まえた男はタカシと名乗った。

「俺はお前も殴り殺してやりたいが、今はしないで置いてやる。あいつらの人数と今、あの中に残ってる奴、車でどこに行ったのか、どのくらいで戻ってくるのか教えろ。知っていること全部話せ。」

 黒沢は凄んだ。それは今まで僕が見たことのないくらい怒りに満ちていた。

「嫌だ。そんなことをして奴らを怒らせたら俺が死んでしまう。」

「じゃあ今死ぬか?」

黒沢は背中とベルトの間に挟んでいたナイフを取り出してタカシの頬に当てる。

そしてトタンでできた倉庫の壁、座り込んだタカシのすぐ脇を蹴り飛ばす。大きな爆発音が響き、穴が空いた。

「黒さん・・・そんな目立つことしたら敵が集まってくるよ・・・。」

「いいよ。どうせこいつも含めて皆殺しにするんだから・・・。」

 そう言って黒沢に睨みつけられたタカシは顔を引つらせた。

「今は・・・、捕まえた女の子以外誰もいないです・・・。今日はこれからライブがあるとかで後、二時間はもどって来ません・・・。」

 黒沢はもう一度壁を蹴飛ばして穴を増やした。タカシは小さく悲鳴をあげた。

「お前・・・話聞いてたか?ライブはどこでやってて何時に終わるんだ?あいつらの人数はぁ?」僕は黒沢の事が少し恐ろしくなった。

「ライブの事はよく知らないんです。ただ二時間で戻ってくる事は確かです。」

黒沢はもう一度、今度は何度も壁を蹴飛ばして穴をたくさん増やした。

「人数はどうかって聞いてんだろぉがよ!同じことを言わせるな!」

 黒沢はまるでちゃんと5W1Hをちゃんと伝えない部下に怒りを現わにする上司のように切れた。タカシは萎縮し、恐怖している。

「僕が・・・知る限り十人ぐらいです。」

「知る限りってなんだ?知らない奴がまだいるんか?どういうことだ?」

黒沢は静かに言った。

「僕はまだ・・・メンバーになってまだ日も浅いんです。一緒に行動してて僕が知らない人に挨拶する先輩とかを見てて僕の知らない人がこの集まりに関わっているって事は知っているんですが・・・。時々そういう人がここに来ます。いつものメンバーは十人です。」

「ほう・・・日が浅いのか・・・いつからやってんだ?」

 黒沢は静かに質問した。

「三ヶ月まえからです。」

黒沢は沈黙した。

それをきっかけに僕は聞かなければならない事を聞いた。

「カラスっていうリーダーの男は拳銃を持ってますか?」

 尋問するのが交代してタカシは少し安心したような表情をした。そして何かを思い出したらしい。

「確か・・・前にモデルガンみたいな物を持ち出して仲間に自慢しているのを見たことがあります。その時はまだ馴染めきれず話に入れてもらえなかったので何なのか分からなかったです。」

「それは普段どこに置いてある?」

「金庫の中に・・・鍵は持ち歩いています・・・。」

 僕は黒沢に話しかけた。

「夢にみたことと一致した。黒沢・・・間違いない。カラスは拳銃を持っている。」

『黒沢』と名前を出したとき、タカシはそれに反応して顔を凍りつかせた。

 タカシは『黒沢』という名に覚えがあった。

黒沢は見たことの無い鬼のような形相でタカシを睨み付けていた。

僕にも何故か背中に悪寒が走った。

「三ヶ月か、もう少し後だったら良かったのにな・・・。」

 黒沢はタカシの腹めがけて先ほど壁を蹴破った時と同じ勢いで蹴りつけた。

 タカシは血反吐を吐いた。

「死にたくなかったらもうここへは戻るな。俺があいつら・・・皆殺しにしてやる。」

 タカシは目に涙を浮かべ、痛む腹を抱えてゆっくりと走り去った。

 僕はいつもと違う尋常で無いものを黒沢に感じた。

「黒さん・・・どうしたんだ?」

「一也・・・手伝ってくれ。俺はどうしてもカラスを許せない事情があるんだ。」

 その時はじめて黒沢は僕のことをパシリというあだ名ではなく名前で呼んだ。

「黒さん・・・確実に死ぬぞ。それでもやるのか?」

「俺はやる。死んでもあいつらだけは許さない。」

 黒沢の目に覚悟を感じた。それは止めても無駄だという意識の表れだった。

「訳を聴かせてくれ。」

 僕は黒沢の思いを聞いた。それを聞かなければきっと僕はこの場から逃げていたと思う。

 僕にも彼らを許すことは、人間としてできなかった。


◇                 ◇                  ◇

 

カラスとその仲間たちが、アジトにしている港の倉庫に戻って来た。

 既に日は落ちて辺りは暗闇に包まれているが電気が点かない。

 カラスはタカシを呼ぶが誰も倉庫の中にはいない。

「ターカシくん!どっこですか?」

 カラスはふざけた調子で歌うように呼びかける。それを仲間たちは笑う。

「おい!タカシ!いい加減出てこいや!」

と、仲間の一人が呼びかける。

「まっいいや。留守番もできねぇ使えない奴の事なんかどうでもいいって。」

と、カラスはその声を出した者に言う。

 カラスは二階へ上がって不審に思った。窓ガラスが割れている。

しかし、満月のため辺りはそれほど暗闇でもない。カラスは拳銃を取り出そうと金庫に近づくが金庫がない・・・。タカシが持ち去ったのか持ち去られたのか・・・。自分で縛った女はそのままだ・・・。何で? ここに来た泥棒は女を助けなかった? 犯した形跡もない・・・。

「よくこんな状況で寝られるよな。」

と、カラスが言ったとき、下で大きな音がなった。


 黒沢は予定通りに突入した。夢と違うところがあるとすれば胸に厚い鉄板を入れてきたことと拳銃が入っている金庫を海に捨てた事だ。もうこれで銃弾によって死ぬことはないはずだ・・・。

 黒沢は僕が夢で見たのとほとんど同じように立ち回った。

 この事件の後、僕は黒沢の事をターミネーターと呼ぼうとこのとき決めた。

 

一階が騒がしくなり、何者かに襲撃されている事に気がついたカラスは自分のカバンから武器を取り出した・・・それは拳銃だった。僕の読みは完全に外れていた。女の足を縛っていたロープを切り胸ぐらを掴んで立たせ、拳銃を突き付けて階段を下った。

 

カラスの仲間たちはあごの骨を短い鉄パイプで折られ、顔面を砕かれて次々と床に倒れていく。カラスの仲間たちはその人間離れした黒沢に恐怖し、夢で見たのと全く同じように逃げ出そうとしている。

 カラスが両手両足の縄をといた腕を首にまわし女を盾に、拳銃を頬に突きつけつつ階段から降りてきた。

「何ビビってんだよ!相手は一人だろ? 良くみろ!もう疲れてんぞ。さっさとぶっ殺せよ。」

 黒沢の睨みにその場にいた全員が恐怖し、倉庫の外へと逃げ出した。

黒沢はゆっくりとカラスの元へと近づいた。

「お前は一体何なんだよ?誰の差し金でこんなことをするんだ?」

 カラスは顔面を打ち砕かれた仲間たちの残骸を見てようやく自分が置かれている状況に気がついた。

「俺の名前は黒沢勝。名前だけで分らないなら教えてやる。二ヶ月前に貴様らに痛めつけられ身体どころか心まで傷つけられて自殺した黒沢優の弟だ!」

 黒沢の顔は一瞬暗くてよく見えなかったが、怒りに満ちている事だけは背筋が凍るほどに伝わって来た。

「何か言うことはないか?」と、黒沢は静かに言った。

カラスは不敵に笑った。いくら黒沢がターミネーターでも生身の人間だからだ。銃と短い鉄パイプの差はあり余る余裕をカラスに与えていた。女を抑えている手も少しだけ緩む。

「ああ・・・お前のねえちゃんのことか。多分な、多分・・・何も言うことはない。いい女だったよ。もう忘れちゃったけど。」

 カラスは黒沢に拳銃を向けて発砲した。カラスはわざと外し、弾丸が外の別な倉庫に当たって大きな音を立てた。

「お前はよくやったよ。もう死んでいい。」

カラスが引き金を弾こうとしたその時、後ろがわの壁から突然火の手が上がり大きな爆発音がし、黒沢が胸を抑えて倒れた。

「一体なんだ?」

 カラスが後ろを振り返る・・・腕の締め付けが完全にゆるんだ瞬間、僕はその腕を振りほどき、背中に隠していたナイフでカラスの首筋を切り裂き殺害した。その返り血を僕は顔の肌の色が見えなくなるほど浴びた。

 倉庫の壁が静かに燃えている。

 

 黒沢は胸を抑え静かに笑っていた。

「カラスの馬鹿め・・・あれは男だ。」

 僕は黒沢の元へと駆け寄った。

「どうした・・・大丈夫か?」

「俺は・・・今から報いを受けるんだ。」

 黒沢は少しだけ嬉しそうに笑っていた。

「悪かったな。お前にも罪を犯させてしまった。」

「そんなこと気にするな。あんな奴・・・人間じゃないから。報いって何のことだ?」

 黒沢は意外そうな顔をした。

「人を呪わば穴二つって奴だ。俺が・・・俺がモジャーだったんだよ・・・。」

僕の動悸は激しくなった。

「どういうことだ?黒沢?おい?」黒沢は胸を抑えて苦しんでいる。

「役目を終えたモジャーは死んでしまうんだ。俺はもうすぐ死ぬ。」

「何を・・・言ってるんだよ・・・。」

「人殺しは死ぬと地獄に落ちるんだ。そこで永遠に苦しみ続けることになる。俺達・・・良い友達だったな。先に行くからな。」

 黒沢は生き絶えてしまった。

 僕には涙を堪えることができなかった。

「死んでからもお前のパシリなんて嫌だからな黒沢・・・。しばらく地獄で待ってろよ。」


   ◇           ◇                ◇


 炎の中から出てくると、僕が身代わりになったことで解放されたあの捕まっていた女の人が立っていた。

「黒沢さんは・・・?」

僕は首を一回だけ横にふり静かに言った。

「死んでしまった。」

ポツポツと雨が降り出してきた。それはやがて強く降り出す。

僕は彼女が運転する黒沢のバイクの後ろに乗って、振り落とされないようしっかり彼女に掴まっていた。バイクは彼女の自宅に向かった。

「あの・・・火をつけたのはあなたですか?」

 僕は彼女に話しかけた。

「いいえ・・・違います。中で何かあったんじゃないんですか?」

雨がやがてさらに強く降りだし、倉庫の炎は自然に消えた。

 僕は彼女の家でシャワーなどを浴び血を洗い流した。そのまま帰れる状態ではなかった。

 自分の制服に着替えて帰ろうとしたとき呼び止められた。

「あの・・・エクステ・・・」

 着け毛がそのままだった。

「どうしてあそこまであなた方はしたのですか?」

 

タカシを尋問した後、僕と黒沢はすぐに縛られていた彼女を救出した。囚われた彼女を救い出せたのだからもう十分だと一瞬思ったが、黒沢の目的は違うところにあった。


それは、黒沢の姉の復讐にあった。


「これは黒沢の遺品です。」

 僕はカラスを殺害したナイフと、写真を見せた。写真には幼くて愛らしい少年と少女が写っていた。

僕はそのことを彼女に説明した。

「早苗さん・・・あなたもご自分の兄の復讐をしたかったはずです。」

と、僕が言うと、彼女もまた頷いた。

 黒沢の姉の優の写真を僕に見せて黒沢は言った。

『俺の姉さんはな。病気がちでなかなか学校に行けず友達のいない俺にとってすごく優しくて、とても大切な家族だった。それをあいつらは凌辱し、身体も心も傷つけた。傷を追い、命からがら何とか逃げ出した姉さんは帰ってきてから外に出ることに恐怖して一週間後に自殺した。

その上、あいつらは何をしたと思う?そのレイプの現場の映像をインターネット上に公開しやがったんだ。死んでもなお、姉の名誉や尊厳を傷つけるあいつらを許す事なんて絶対に出来ない。俺にはあいつらに直接手をかけて殺してしまうような根性は無かった。

だからそれを証拠として持って警察に持っていったんだ。本当は誰にも見せたく無かった。それなのにただのAVだろって相手にしてもらえなかった。

だから俺は決意した。例え自分が死んでもあいつらだけは、自分の手であの世に送ってやろうと、そう決めたんだ。』

それは関係のない他人の僕にさえ怒りを感じさせる内容だった。

「だから黒沢のたてた作戦にのったんです。あいつ・・・口はすごく悪いし、意地悪ばかりするような酷い奴だったけど良い友達・・・でもないけれど・・・。」

黒沢が僕と彼女を入れ替える作戦を思いついたのは、僕と縛られている彼女を見比べて思いついたらしい。同じぐらいの身長で小顔、長さは違うが同じ髪の色、違う所を強いて言うなら胸の大きさ。しかし対して差はない。暗がりで見ればわからなくなると黒沢は考えた。黒沢は彼女を縛るロープを解くとすぐに電源の配線を元から切断した。倉庫内のコンセントは使えなくなった。

「あの・・・対して差はないって・・・酷くないですか?」

「あいつはそういう奴です。許してやってください。」

その後、たまたま美容師だった彼女、こと新井早苗さんに髪の毛などをセットしてもらい、同じように化粧をし、仰向けに両手両足縛られていたからと背中に鞘ごとガムテープでナイフを貼り、彼らが来るまで待つことになったのだった。

「よくバレなかったですね。」

「ええ・・・でもカラスに触られているあいだ中、緊張しました。もう死ぬかと・・・。」

彼女にはこの事件の全てを話した。心底助かって良かったと思った。


次の日、僕はあの場所で拾ったカラスの携帯電話でメールを打った。

『お前らみたいな悪い奴なんかいつでも殺せるからな覚悟しておけ。嫌だったらいい子にしとく事だ。モジャー』

 この中に入っている人全員が悪い奴らだと思い全員に送信した。

 携帯は二つ折りに破壊して回収箱に捨てた。

 黒沢のあの取りつかれたような人間離れした動きを知っている生き残りの五人は特に恐怖することだろう。

 もともとそういう類の都市伝説だった。


◇                 ◇                ◇


 黒沢が亡くなって暫くの間、僕はよく一緒にお昼を食べた場所に行けず、教室でみんなが仲良く食べている中で一人だけでお昼の弁当を食べていた。

僕は一日、トイレと体育等の移動教室以外は自分の席から一歩も動かなかった。

 ふと、黒沢が座っていた席を見ると、花が生けられていた。

 黒沢は花よりカレーパンのほうがいいと思う。


 先日、黒沢の葬儀に僕は行った。

 ニュースではあの死んでしまったあのカラスのことを、さる政治家の息子が暴力団の犯罪行為で人質として取られて殺されたと大きく報道していた。黒沢はその中でたまたま巻き込まれたという事で小さく扱われていた。

 真実を知る者はあの被害者の早苗と僕ぐらいしかいない。

黒沢のお母さんは、僕を見ていった。

「もしかして二木くん?」

「はい。」

 黒沢のお母さんは僕のことを息子からよく聴いていると語った。

「これ・・・あなたが息子に奢ってくれたカレーパンの代金・・・。」

 黒沢のお母さんは貯金箱を僕に渡した。

「受け取れないです。」

僕はそれを受け取ることを遠慮した。

「賭け将棋の事も聞いてる。奢ってもらってばかりじゃ申し訳ないからって、毎日二百円ずつ貯金していたんですよ。あの子は、いつかこのお金で思いっきりおいしいものをご馳走してやるんだって張り切っていたんです。」

 僕はその貯金箱を受け取った。


僕はそのことを思い、何故か弁当とカレーパンと特製の氷水の水筒とタバコを持ってあの場所に行ってみた。やはり誰もいない。

あるのは、その場所で黒沢に勝てない喧嘩を挑んでいた思い出だけだった。

僕はカレーパンと水筒とタバコを横に置いて、自分の分の弁当を食べはじめる。

物悲しい気持ちになることは分かっていたからここを避けていたが思ったとおりだった。

感傷に浸り過ぎていて目の前に誰が来たのか一瞬分からなかった。

「お腹・・・空いてるの?」

 そう話しかけてきたのは木野だった。弁当があるのにカレーパンを持っているのは、やはり不自然だからだ。僕は首を横に一度だけ振った。

「いいや、これ・・・黒沢のなんだ。」

「黒沢くん?あの・・・亡くなった?」

「そうだよ。」と、僕は頷いた。

「あの・・・食べていい?」

 僕は木野の表情を見た。笑ってはいるがどこか悲しい顔をしていた。

 そして隣に座った。

「うん無理しなくていいけど、食べてやって。」

「今日、ちょうどお弁当忘れちゃって。ありがと。」

木野はすごく美味しそうにカレーパンを頬張っている。

僕は木野に語りかけた

「ここでのルールだったんだ。この場所を取り合って喧嘩して、勝った方がここを使うっていう。負けた方はここを使うために相手のパシリになるっていう。喧嘩って言っても暴力じゃなく将棋で戦うんだけどね。」

「へぇ・・・そうなんだ。」

 木野は何だかいつもより適当に相槌を打った。

 カレーパンをモゴモゴと食べている。

「僕が体力とか暴力じゃ勝てないだろうからって、ハンデという意味で将棋で戦ったんだけどね。全然勝てなかったよ。だからいつもアイツのパシリだった。あだ名もパシリとかつけられた。だんだん財布に負担になってきたからさ、水筒に手作りのやっすいジュースを持って来たりしたんだ。」

「ああ、もしかしてこれのこと?」

 既にカレーパンは食べ終わらせていた木野は、水筒の中身をコップに注いで一気に飲んだ。僕は品の良いお嬢さんのような子だと思っていたがそうでもないのだろうか。

「悪くない。おいしいじゃん。」

 木野は黒沢とまるで同じようなことを言った。

「そう、そんな風にあいつも言ってな。こんなんでいいならカレーパンも今週当たりから、トーストに夕飯の残りのカレーを盛ってチーズを乗せて焼いたものを持ってこようとか考えてたんだ。どうだろ?アイツは僕と違って心の広い奴だったからさ、多分許してくれたと思うんだ。」

 木野はタバコの箱を手にとって眺めながら言った。

「カレーパンぐらい買ってこいって、それはないでしょ。まあ、面白いけどな。」

 まるで黒沢のようなことを木野は言うと、木野はタバコを一本口に咥えて火をつけようとしていた。慣れた手つきだった。

 僕は少し唖然として、その様子を眺めた。木野は僕の視線に気がついた。

「タバコ吸う人だったの?木野さん・・・。」

 木野は暫く溜めてから言った。

「あっいけね。まずいな。木野の身体だった。」

「黒・・・沢?」

僕はそう思った。目の前にいるのは木野であって木野ではない別人まさに黒沢だった。

「俺なんか知らねえけど、成仏できずにさまよってたんだよね。で、うろうろしてたら木野に捕まったんだ。少しでよければ身体を貸してやるからお前と話せ!ってさ。」

「何だよ・・・。何か言いたいことでもあるのか?」

僕は木野から目をそらして言った。

「知ってる?世の中な、就職難ならぬ成仏難な時代が来てるんだと!この世に未練とか残して死ぬ奴多過ぎワロタな時代なわけよ。お前は後悔するような生き方すんなよ?お前のこと心配してる奴たくさんいるぞ。この木野ちゃんも、取り憑いてるから余計なことまで分かっちゃうけどお前のこと心配してんぞ。お前の弟も、両親も、それから何?幼なじみの夕ちゃんちゃんとかもな。俺が死んだくらいの事で何だよお前!自分の殻に閉じこもるなよ。

 後悔しないよう生きやがれ。死んだ後の行き先はどうせ俺もお前も地獄だからな。分かったか。このバカちんが!」

「分かったよ。黒沢!もう後悔しないように生きていくよ。もう成仏していいから。木野に身体を返せよ。もうお前の汚い言葉を木野の口から聞きたくないぞ。」

 僕は少し目に涙を浮かべた。これでもう二度とどんな形であれ黒沢と会うことはないだろう。

「そうだな、もう俺は地獄へ行くとするよ。それからお前もタバコを一本ぐらい吸いな。

それで少しは大人になれよ。じゃあな。」

 黒沢に毒されていた木野は間もなく元に戻った。

「黒沢くん、行ったみたいね。話せてよかったでしょ?余計なことばかり言ってたけど。」

「木野さんのことを余計なことまで分かっちゃう黒沢が羨ましかったな。若干。」

 僕はそういって空を見上げてみた。

「確かに憑依すれば誰のことでも簡単に分かっちゃうね。そんなに知りたいなら・・・。一遍・・・死んでみる?」

木野は声色をかえて何かのモノマネをしたらしい。顔が笑っている。

ただ一瞬僕はビビった。

「えっ。さっきこれからちゃんと生きてく約束したばかりなのに死にたくないです。」

 ただ、僕に知られたくない思いが木野にはあるのだろう。僕にもあった。その思いはいずれ伝えなければならない。

「冗談よ!伝えたい思いは憑依するとかされるとか関係なしにいずれ言葉で教えてあげるわ。まず、その第一歩として、私が黒沢くんのかわりにここで二木くんと喧嘩してあげる。もちろん将棋ね。負けたらパシリのルールはそのままだからね。」

僕の高校生生活のお昼休みの過ごし方はこうして決まったのだった。

そう言った後、木野は勉強があるからとさっさと教室に戻って行った。

それを見届けたあと、僕は生まれてはじめてタバコに火をつけて吸ってみた。

吸わないと火がつかないこと、吸うと少し息が苦しくて咳き込んでしまうことを学んだ。

ただ少し落ち着くことも知った。黒沢の副流煙ばかり吸っていたせいかもしれない。

はじめてのタバコは口に当てるとタバコの匂いとともにカレーの匂いがするのだった。


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