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しろがねの翼  作者: 夢屋満月堂
chapter2「魔眼と預言と天の星」
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06:協会にて

「ひぃ、ふぅ、みぃ……うーん、コレはランクひとつ高いかなぁ。それじゃ、今回の魔石買い取り額は百二十万ディナルだよ。いいかい?」

「ああ、頼む」

「はーい。毎度ありがとうっ! それと、最近マラカ地方の虚界が広がってるらしいよ。あっち方面の探索を考えてるなら注意してね」

「嫌な話だな。わかった、気をつけよう」


 そんな会話を聞き流しつつ、アークは周囲を興味深く眺めていた。現在地は"探索者協会・エドアルド本部"。傷だらけのカウンターを挟んで、剣士と職員が向かい合っている。

 二人、というよりエルは、白月宮崩壊についての報告と探索成果の換金のためにここを訪れていた。


『……でぃなる、というのが通貨単位ですか?』


 周りに聞こえないのは分かっているが、なんとなく潜めた声で問い掛ける。ここは探索者向けの買取所のようだ。閉館時間は近いそうだが、それなりの人数が列を作っている。


『そう。最低ランクの魔石は一個一万ディナルから買い取り。純度の高い大物だと、一つでも百万を超えたりするな』


 事の報告と換金手続きを済ませたエルは、ひと仕事終えた顔つきだ。


『いまいちその金銭価値が読めないんですけど』

『んー……五百ディナルあれば定食屋で飯が食える。五千ディナルあれば普通の宿屋で一泊分。五百万ディナルあれば小さなボロ家が手に入る、と。こんなもんで掴めるかな』


 さらりと返ってきた言葉を、アークはゆっくり咀嚼する。五百ディナルで食事ができて、五千ディナルで宿泊施設を利用できると。そして――


『え。ちょっと待ってください。そしたら百二十万ディナルって結構な大金じゃないですか!?』

『まあそうなんだが……探索者なんぞやってると、出て行く分も多くてな』


 「えらく燃費の悪い仕事だよ」とエルはぼやく。一般の職業より実入りはいいが、武具や道具の手入れ等で掛かる費用もまた多いらしい。

 ちなみに探索者は、読んで字の如く遺跡探索を生業とする職業だ。彼らにとって一番の収穫物は、遺跡に残る古代の道具や宝物。"遺産"と呼ばれるそれらは、物によっては一生遊んで暮らせるくらいの金になるらしい。

 だがそのような品は滅多に手に入らない。そこで代わりに狙うのが"魔石"。遺跡が生み出す仮初めの命、"守護体" を狩ることで手に入る石だ。

 先程エルが換金していた物体である。


『遺跡周囲は変な生態系が出来てることが多くて、特殊な動植物の採集依頼が来ることもあるが――やっぱり本命は魔石だな』

『一番お金になるってことですか?』

『ああ。あと、守護体は安定して狩れるから都合がいい。なにせ遺跡から勝手に湧いてくれるから』


 彼女の話によれば、例え遺跡の守護体を全滅させても、数日から数週間が経てば何故かまた復活しているという。遺跡のどこかに魔石や守護体を生成する仕組みがあると言われているが、その謎を解き明かした者はまだいないそうだ。

 なお、この"魔石"は、世界の根源たる力"マナ"を宿すことのできる結晶体だ。マナは世界に満ちる全ての源泉、万能のエネルギー。普段は世界の法則に従い流れているが、魔術など特定の技術を用いることである程度操ることが可能である。

 剣を振るうのに"筋力"が必要なように、マナを汲み上げるには"魔力" が必要。しかし魔石があれば誰もがマナを手に入れ、技巧の差はあれど魔術を扱うことができる。

 簡単な術式でも、魔石を用いて湯水のようにマナを注ぎ込めば、一流の魔術に匹敵する威力が出るそうだ。


『一応、自然鉱脈からもマナを宿す石は採れるんだが……大概は使い物にならないな』

『何か問題が?』


 アークは怪訝に思った。

 自然から採れるなら、わざわざ危険を冒して遺跡に潜る必要があるのだろうか?


『質が全く違うんだ。魔石と比べて、マナ容量と親和性が全然足りない』

『容量と……親和性?』

『マナの込めやすさと言ってもいいな。親和性が低いと、十のマナを込めて一しか溜まらない。逆に親和性が高ければ、込めたマナをそのまま使える』


 その説明に、彼は大いに納得した。それならばわざわざ危険を冒す意味も、価値の高さも分かる気がする。


『魔石はお手軽簡単に沢山のマナを込めて使えるから、巷で大人気ってことなんですね』

『そういうこと』


 エルが小さく頷いた。ちなみにアークが先程見た魔石は、指先ほどの正八面体結晶。うっかり見落としてしまいそうなほど小さな石だったが、驚くほどに高密度のマナが詰まっていた。

 使った分のマナは込め直さなければならず、何度も補充を繰り返せばいつかは砕けてしまうらしい。とはいえそれは数年から数十年単位で使用した後のことであり、マナの込め直しにも面倒な手順はいらないという。やはり便利な石であることは疑いようもない。


『白月宮ではろくに収穫がなかったが……ま、この前の分と合わせれば普段通りか。あの時はいい魔石が手に入ったから』

『へぇ。ちなみに買い取られた魔石って、その後どうなるんですか? 』


 少し考えただけでも様々な用途が考えられるのだが、この時代の人々は一体どのように使用しているのだろう。


『魔術の行使に使われたり、術式と一緒に道具に組み込まれたりするな。あんたがさっき熱心に見てた"魔工機械"とか。日常での利用に、専門的な研究、あとは戦闘補助目的。使い道が広いから買い手には困らない。この街は特に魔石の利用が盛んだから、色んなところで使われてるよ』


 ほら――とエルが見上げた窓の向こうには、高くそびえる時計塔があった。ちょうど今、華やかに着飾った人形達が出てきたところだ。彼らは賑やかに歌いながら鐘を鳴らしている。


『ああ、あれも"魔工機械"なんですか。見事なものですねえ』

『周囲のマナを取り込みながら半永久的に稼働するらしい。魔石の中でも特にマナ親和性の高いやつを術式回路に組み込んでるそうだ。有名な魔術工芸家の渾身の作らしいぞ』

『へぇ……』


 アークはただただ感心することしきりだ。カラクリ仕掛けと魔術式。物質位階の法則と霊的位階の法則。彼にとっては全くの別物であったそれらが、ここでは調和し、新たな形を見せている。


 "――違うって決めつけるより、同じところを探して手を取り合う方が素敵ですよ――"


 不意に、言葉が浮かび上がった。


(あ……れ?)


 いつ。どこで。誰が、それを言ったのだったか。

 思い出そうと思った途端に逃げていく記憶。追い駆けるほど遠ざかる。

 残されたのは後悔に似た、曖昧な感情の残りかすだけだ。


(……切れ端ばっかりで、なかなか思い出せないですね)


 新たな知識が目まぐるしく流れ込む反面で、かつての記憶への手掛かりは微かで頼りない。時折泡のように断片が浮かぶばかり。


(焦らない、焦らない……)


 自分自身に言い聞かせるが、やはり先が思いやられてしまう。一体自分は何者で、どんな使命があったのだろうか。全てをきちんと思い出せるのだろうか。

 ままならなさを持て余し、アークは密かな溜息をついた。

 


* * *



「よお、エル! 久し振りだな。……いつ見ても怪しい格好してんなーお前。暑すぎて倒れねえ?」


 用事を終えて入口広間の掲示板を眺めていたエルに、唐突に声が掛けられた。ここでもやっぱり浮いている彼女へ話し掛けてきたのは、際立った体躯を持つ壮年の大男だ。

 獅子のたてがみの如き赤銅の髪に、はちきれんばかりの筋肉。よく日焼けした肌に走る無数の傷痕が、いかにも歴戦の猛者といった風情である。

 子どもが泣いて逃げ出しそうな風貌だが、まとう空気はからりと明るい。


「うるさい。放っとけ」


馴染みの顔であるのか、エルの返事はそっけなさ半分、気安さが半分といったところだ。


「かーっ、ツレナイのも相変わらずだねぃ。っーか聞いたぞ、白月宮の崩壊現場に居合わせたんだって?」

「耳が早いな」


 返す声には驚きが混じっている。是非もない、その報告を行ったのはつい先程だ。


「で、どーなのよアレの真相は。古代兵器が発動したとか、伝説の守護体が目覚めたとか、色々言われてっけど」

「知るか。これから本番、って時に揺れがきて、あっと言う間に崩壊だ。逃げ出すだけで精一杯だったよ」


 二人が街に着いてそう経っていないのに既に噂が流れているとは、なかなかの伝達速度だ。探索者の情報網は侮れないものらしい。


「しっかしなあ。千年以上建ってた宮殿だぜ? あの古代文明の。そんなに簡単に崩れるもんかねぇ」

「だからそんなもん知るか。礎になってる術式にヒビでも入ってたんじゃないか? もし特別な原因があるなら、これから誰かが見つけるだろうよ」


 その言葉に大男はぽりぽりと頬を掻いた。


「それなんだがな、俺たちが早速潜りに行くことになったのよ。なにせ前例のない事態だからな。協会から調査依頼が出た。それでなるべく多く情報が欲しかったんだが」

「……そうだったのか。役に立てなくて悪いな。崩壊後、あそこがどうなっているかは分からない。ただ、転送陣は死んでるんじゃないかと思う。登山を覚悟した方がいいぞ」


 答えるエルの声にも、若干のすまなさと気遣いが混じる。


「ああ。いつもの探索と同じようにはいかんだろうな。瓦礫の山か、はたまた無事な部屋が残ってるかも解らん。ま、罠や封印も死んでりゃ万々歳だ。未踏破地帯を掘り出して、今度こそ遺産を見付けてやんぜ!」


 息巻く大男。そして、ついでのように付け加える。


「……つか、お前さんも一緒にどーよ。この件で一番の事情通だし、来てくれると心強い。たまにゃパーティー組むのも悪かないぜ?」


 何気ない素振りの軽い口調。だが、その眼には真剣な光が揺れている。


「誘ってくれるのは嬉しいが、他人と組むのはあまり合わなくてな。一人が向いてる」


 その勧誘をエルはさらりとかわす。苦笑混じりの返答には、きっぱりとした意思が込められている。


「ちっ。いつもそう言いやがって。お前の腕がありゃ楽できるってのによー」

「そう言ってくれるのはあんた達くらいさ。ミリィやセオにも宜しく言っといてくれ。崩壊の影響で、機能の一部が暴走してるとも限らない。油断するなよ」

「当然だろ。誰に向かって言ってんだ? お宝抱えて凱旋して悔しがらせてやんよ」


 猛獣の如き相を持つ男は豪快に笑う。つられてか、エルも微かに口元を緩ませた。


「朗報を期待してるよ。しろがねの翼の幸いを招かんことを祈る。死ぬなよ」

「ははっ。お前も無茶すんじゃねーぞ!」


 遠ざかっていく男の分厚い背中。それを見送りながらアークはつぶやく。


『良かったんですか? お誘いを断ってしまって。あのひと、かなり本気だったでしょう』

『いいのさ。パーティーは連携が命だ。余所者が混じっては迷惑を掛ける』

『そういうものですか……』


 あの男はそうした不利益を承知でなお勧誘しているようだったのだが。エルをかなり買っている印象だった。


(それと……心配、してる感じでしたね)


 だがまあ、それこそ余所者の自分が口を挟むことでも無いだろう。そう結論づけてアークは沈黙する。


 けれどその後も、彼の心には引っかかるものが残った。

 彼女の背中に。引き結ばれた口元に。どこか頑なな意思を、感じたからかもしれない。

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