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しろがねの翼  作者: 夢屋満月堂
chapter4「猫と輝石と海の街」
25/36

24:騒乱

 辺りには殺気立つ声が行き交っている。


「子ども、どこから入り込んだ!」

「囮かもしれん。油断するなよ」

「こいつは尋問する。他の侵入者がいないかしっかり探すんだ!」

「はっ、了解であります!」


 その荒々しいうねりに晒された少女は、武装した男に腕を掴まれたまま呆然と立ち尽くしていた。

 顔が青い。まるで魂が抜けたかのような表情だ。


「なんで。どうして気付かれたの……?」

 

 か細いつぶやきを耳が拾い上げる。


(それはね、侵入者用の罠に引っかかったからだよお嬢さん)


 心中で愚痴りながらも放置は出来ない。

 念のため覆面を用意しておいて良かった――そんな事を考えつつ、エルは騒乱の舞台へ飛び込んだ。



* * *



 まず彼女が行ったのは、目の前の障壁を破壊することだった。行きがけの駄賃とばかりに粉々に叩き潰す。

 半ば八つ当たりの自覚は、ある。これが無ければ穏便に事が運んだのだ。

 そうして次に目標と定めたのは少女の腕を掴む男。むさい割れアゴに肘を喰らわせ、気持ち良く昏倒させてやる。

 背後から襲ってきた男には振り向きざまの回し蹴りを入れ、後ろ脚が輝くハゲを撃墜した。正面の男の鳩尾に拳を埋め込み、もう一人の首筋には手刀をくれてやる。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ――参った。どうにもこうにもキリがない。

 ああ、また別の相手がやってきた!


 円舞のようにくるくると相手を替えて立ち回る。いつぞやの如く少女を庇いながら、エルは内心でびっしょり汗をかいていた。

 敵が強い訳ではない。数の多さに焦っている訳でもない。倒される気は微塵もしないのだが、力加減がとてもとても面倒くさいのだ。

 なにせうっかりすると相手は天に召されてしまう。もっとうっかりすると更に悲惨なことになる。拳が皮膚を突き破って血湧き肉躍る大惨事。お子様の教育上宜しくない上にエル自身が嫌だ。

 不可避の状況でない限り、手は汚したくないものだ。物質的にも、精神的にも。


 思考の最中にも身体は動いて敵の意識を刈り続ける。最後の男が崩れ落ち、手から鉄槌が取り落とされた。

 重い音が鐘のように響き、余韻を残してゆっくりと消える。

 そうして、ようやく静寂が訪れた。


「……もしかして、緑のお姉さん?」

「静かに」


 周囲に沈黙が満ちると、縮こまっていたティオが呼び掛けてくる。だがそれには応えず、エルは周囲に目を走らせた。

 次いで盛大に舌打ちする。


 入口側の回廊、その向こうに増援の影がうっすらと見えた。この人数を張り倒したのにまだ来るとは、人が有り余っているのではなかろうか。

 無論そんなものを相手取る気にはなれないので、エルは背後にある無駄に豪華な扉へ活路を見出す。そちらの気配を探ると今は無人のようだった。

 先の乱闘で出尽くしたのだろうか? ともあれ本来の目的地でもある。進むべき方向を定め、エルは扉を蹴破った。少女もぴたりと付いてくる。


 転がり込んだ二人を迎え入れたのは、贅を尽くした大聖堂だった。

 絢爛たるステンドグラス。降り注ぐ光に照らされた竜神像が威を込めた眼で地を睥睨する。七色の光彩に大理石と御影石、金と銀と玉石で飾り立てられた堂内は、設えだけ見ればこの上なく立派だった。

 しかし生憎とここは瘴気の溜まり場だ。陰鬱な空気が煌めきを打ち消し、酷く重苦しい空間となっている。

 昏い澱みと腐敗臭は、どんな装飾をも台無しにするらしい。

 聖堂には尖塔へ向かう為の扉が四つあった。アークの反応があるのはその左奥。素早く駆け寄りノブを回すエルだったが、鋭く舌打ちして言葉を吐き捨てる。


「ちっ、鍵が掛かってるな」


 当然と言えば当然だ。この先に宝物を納めているなら素通りできる訳がない。

 背後からは多くの気配が迫り来る。この調子でぐずぐずしていれば、すぐに捕捉されてしまうだろう。

 咄嗟に身を隠す場所を求めたエルは周囲を見回して――


 ――隠れる場所が、あった。


 傍らの少女を素早く抱き上げ、力を込めて跳躍する。目指すは祭壇の上、竜神像の大きな背中だ。

 かの竜神は台座も含めると、高さは優に大人五人分を超える。常人がすぐに登れる場所ではないし、人は概して頭上への注意を怠りがちだ。しかも後ろは壁、そう簡単には見つからないだろう。

 畳んだ両翼の付け根、ちょうど肩甲骨のあたりに良い空間があった。赤毛の少女を抱き寄せつつ、エルはそこへと身を隠す。


 直後に聖堂の扉が開いた。蝶番が悲鳴を上げ、どこから湧いたものかと呆れる程の人数が堂内になだれ込んでくる。

 彼らは目をぎらつかせながら忙しなく動く。まるで親の仇でも探すような形相だった。

 だが、誰一人としてこちらを見ることはない。


(とりあえず、ひと休みはできる……か?)

 

 眼下の光景に頭を抱えたい気分になりながら、エルは深いため息をついた。



* * *



 衝突を回避したとはいえ状況は悪い。場当たり的に身を隠したが、この後の手立ては全く考えていなかった。頭を悩ますも後の祭り。聖堂内には武装した信徒たちが続々と集結している。

 さすがに全員殴り倒すのは骨が折れるので、ほとぼりが冷めるまで待つべきだろう。

 現状は待機。そう考えたエルは、腕に抱える少女から事情を聞くことにする。

 囁き声で口にするのは、先程からずっと抱いていた疑問だ。


「どうやってここまで来たんだ? いや。それよりも、何処であの術を掛けて貰ったんだ?」


 ティオにも魔術師の伝手があり、隠形術を掛けて貰ったのだろうか。

 首を傾げつつ尋ねたのだが、返ってきたのは予想外の答えだった。


「自分で掛けたの」

「は? ……ええと、聞き間違えたのかな。もう一度頼む」

「だから、自分で掛けたんだってば」


 内容を信じられず確認するが返事は同じ。宿でルヴィエが使ってみせた術、あれを自分で掛けだのだと少女は話す。

 

「わたし、一度見たものは忘れないよ。光の術も、大道芸のオジサンが使ってるのをお手本にしたの」


 無邪気に自慢してみせるのだが、しかし――


「待ってくれ、忘れないってアレをか? 光の文詞みたいな単純なのはともかく……流石に無茶だろう。確かルヴィエが使ったのは八層の多重式環だったよな?」

「うん。環っかがお花みたいに重なってキレイだったよね」


 可愛らしく笑いながら言われても、内容が洒落にならない。エルの表情はどんどん引きつっていった。

 術式を見て覚えれば再現できる。それは確かだが、実行するのは至難の業だ。文字の詰まった難解な文書を、記憶を頼りに一言一句漏らさず別紙へ書き写すようなもの。一字でも違えば発動しないし、魔力というインクが十分でなければ術の構築すらままならない。

 加えて術式構成を見たのはあの短時間だけ。そして相手は魔術文字だ。事象の数だけ存在すると言われる表意文字は、主な種類を覚えるだけでも難しい。

 しかし少女はけろりとした顔で言う。


「ちゃんと覚えてるよ。意味は分からないけど、全部のカタチを頭の中に写してるもの。それに、お姉さんの無茶苦茶さには敵わないと思う」

「む……」


 そこを突かれると分が悪い。エル自身、己の特異性は承知していた。

 ともかく、少女がここまで辿り着いたことは事実だ。大人しく現実を認め、未来について考えた方が建設的だろう。

 彼女は思考を切り替えて、今後の相談へと話題を移す。

 

「逃げ込んだはいいが術が解けてしまったな。袋小路だ」

「やっぱり、解けちゃってるの? 途中まではちゃんと見えなくなってたのに。何か失敗したのかな」


 ティオは不安げな顔で己の両手を見つめている。

 そういえば少女は障壁に気付いていなかった。術の複製は出来ても力の感知はまだまだらしい。


「ここの手前に術を分解する壁があったんだよ。ついでに警報のおまけ付き。見事に引っかかってたな」

「え……!」


 言葉の意味を飲み込んだティオは、みるみるうちに青ざめていった。自分のしでかしたことにようやく気付いたらしい。「ごめんなさい……」と小さく呟いて、その落ち込み具合は見ていて気の毒な程だ。

 色々と厄介事を引き起こしてくれたが、根は素直で聡明な子なのだろう。エルは慰めるように少女の頭を撫でる。


「起こったことは仕方ない。気にするなとは言わないが、この後のことを考えよう。もう一度術を掛けることはできるか?」

「……今は無理。ここ、凄く気持ち悪くて、いつもみたいに魔力が戻って来ないの。夜になれば、一回分なら掛けられる……かな」

「二人分は?」

「ダメだと思う……」


 しょんぼりした声が返ってくる。

 俯く少女を宥めながら、はてさて、どうしたものかなと天井を仰いだその時。


『馬鹿と煙は高い所へ登りたがると言いますけれど。本っっ当に貴女、一体何をやってらっしゃいますの?』


 頭の中に朗々と声が響き渡り、エルは目を見開く。

 混迷する事態への助け船は、不機嫌極まりない魔女の姿を取ってやってきた。


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