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しろがねの翼  作者: 夢屋満月堂
chapter4「猫と輝石と海の街」
20/36

19:露天市場

 二人は港を歩いた後、坂を上って街中へ向かった。積み木のような家並みを横目に狭い路地を抜けていく。

 最後のアーチをくぐった先は、明るく開けた広場だった。海風に揺れる木々の下で露店がひしめきあっている。

 ヴァッサノーツ名物のひとつ、中央広場の青空市だ。


『ここもまたヒトが多い! エドアルドとはまた違った賑やかさですね』

『ああ、上手く言葉にはできないが確かに。んー……あっちよりも素朴で開けっ広げというか、からっとしているというか』

『うんうん、そんな感じです。それに、全体的に鮮やかな色が多いですよね』


 そんなやり取りを交わしながら周りを見回す。そこでは商人たちが地面に品物を並べていた。木組みに布を張り渡し、日除けを作っている店もある。

 晴天の下、売りに出されている商品は実に様々だ。色とりどりの布地に、艶々と光る沢山の陶器。厳つい武器防具が並んでいるかと思えば、隣に美しい装身具が飾られている。大雑把に積まれた金物の山、硝子細工や玉石の護符。鼻をくすぐる匂いの元は肉や魚を焼く屋台で、その他にも包み焼きや砂糖菓子、野菜・果物・香辛料などが売られていた。

 よく見ればエドアルドのカラクリ道具や魔工機械、ガラクタまがいの発明品まである。数え上げればきりがなく、あまりの多様さに目が回りそうだ。

 海の向こう、山の向こう、そして転送陣の向こうからやってくる品々。それらが丸ごと集まっているのだ。


 露天市場は喧騒に満ちている。人の多さに辟易するが見て回ること自体は楽しい。目当ての品は特にないが、何か掘り出し物が見つかれば幸運だ。

 エルたちは活気ある雰囲気を味わいながら、面白そうな店を流し見ていった。



* * *



 それは、籠に山盛りとなった果物を眺めていたときだった。売り買いに伴う丁々発止のやり取りとは別に、雰囲気の違うざわめきがエルの耳に届く。

 不審に思い振り向くと、その先には奇妙な集団がいた。


「――輝石の恵みはあまねく世を照らす光です。あなたも信仰の道に入りませんか?」

「近く、年に一度の祭礼が行われます。興味のある方はぜひいらしてください」


 まず目を引くのは派手で暑苦しそうな深紅のローブ。そして首から下げた重たげなメダルだ。ひとりでも派手だが、複数揃ってそんな格好をしているのだから殊更に目立つ。

 赤ローブの団体は男女合わせて五人ほどで、神の恵みがどうの、奇跡がどうのと語りながらビラを配り歩いていた。

 服のことで人をどうこう言えないエルだが、あの衣装はいささか悪趣味だろう。発言もそこはかとなく胡乱である。


「なんだアレ?」

「ああ、この街で流行ってる新興宗教だよ。奇跡の教団と名乗ってるんだがね」


 独白を耳敏く拾った露天商が答える。

 それを受け、アークがこっそりと念話を送ってきた。


『新興宗教とはいやはや』

『うーん、何だか胡散臭いな』


 目の前の店主は暇だったのか単に話をしたいだけなのか、件の団体についての説明をしてくれた。


「いやあ……十年くらい前だかね。土地神様の祠の祭司が何やらいきなりおっぱじめたのさ。夢で神託を受けたんだとか。今じゃひとかどの人物だ」


 やれやれ、昔は地味で目立たない男だったんだけどねぇ、と首を振りながら言葉を続ける。


「神竜の御加護を授かった教祖様が、恵みをもたらす"輝石"の力で迷える民草を救ってくれるそうだよ。その御手にかかればあらゆる病が治り、どんな悩みも吹き飛ぶとか。御利益は商売繁盛から家内安全、学問・恋愛・安産祈願まで、思いつく限りなんでもござれだね」

『うわあ……』


 アークがげんなりとした様子で呻く。顔があったら凄い表情をしていそうだ。


「ずいぶん風呂敷を広げているな。そんな話に皆食いつくのか?」


 流石になんでもありすぎではないかと思い、エルは疑問を投げ掛ける。


「いや、それがねえ。ちょいと前からこの街で変な病気が流行っててさ。いわゆる不治の病って奴なんだけど、街長の娘さんもそれに掛かっちゃったのよ。もう大変、医者を呼べ薬を探せって上へ下への大騒ぎだったんだけど――」

「もしかして、治したのか? その教祖様が」

「そうそう、そうなのさ! もう皆びっくりしちゃって。それから先は評判うなぎ登り。街長もメロメロになっちゃって、今や飛ぶ鳥落とす勢いだよ」

「はぁ、なるほどな……」


 実績があり、後ろ盾があるとなれば人気を集めるのも道理だろう。胡散臭い印象に変わりはないが。


「それに最近あちこちで虚界が広がっているだろう? 輝石の力で虚界から守ってもらえるって噂もあってねえ。ますます信者が増えてるよ」

「ふうん。そんなに凄いのか」

「らしいがね。……奴さん、やたら金にがめつくて気に食わんよ。病を癒すっても、山ほどお布施してやっとこさ治療してもらえるって話だし」


 言って店主はため息をつく。


「結局、最後に頼れるのは自分と身内の連中だよ。ぽっと出の奇跡なんぞに飛びついたところで、裏切られるだけさね」


 何か嫌な思い出があるのかもしれない。滔々と語るそのうちに、眉間にシワが寄っていた。

 彼自身もそれに気づいたのか、すぐに表情を改める。


「悪いね、愚痴っぽい話に付き合わせちまった。詫びと言っちゃなんだが値段をちょいとオマケしとくよ。ひとつどうだい?」

「ではせっかくだから貰おうか」


 最後にそう繋げて売り物を勧めるあたりは、さすが商人と言うべきか。

 苦笑をひとつ。山と積まれた果物の中から瑞々しい果実を買い求めると、エルは再び広場を歩き出した。



* * *



 露天から立ち去った後、甘酸っぱい果肉を頬張りながらエルはアークと会話していた。

 話題は先程目にした赤ローブの集団だ。奇跡の教団と名乗る者達について。


『奇跡なんぞと言っているが、おおかた凝った術式と古代遺産でそれらしく見せてるんじゃないか? 魔術が盛んに使われているこのご時世、どうして神の奇跡だなんていう胡散臭い言葉に群がるのやら』


 真面目に信じている人間には悪いのだが、どうしても呆れた口調になってしまう。

 人々に根付く信仰は、国や地方ごとに様々だ。銀翼の神竜が最も広く崇められているが、信仰の篤さは各地の土着神へのものの方が強い。この沿岸地方にも、海を守護する夫婦神に対する信仰があった筈だ。

 とはいえ、エル自身は宗教を持たない。祈れば加護を与えてくれるような都合の良い存在などいないと思っている。

 絶対者による救いなどありえない。未来とは即ち、自分の行動、他人の行動、そしてそれを取り巻く周囲の状況――世界に散らばるあらゆる要素の帰結に過ぎないと彼女は思う。


『神様なんていませんのにね。かつてはいても、もういない。それにそもそも、創造主は子どもたちを教え導くような存在ではありませんよ。ただ、場を創り、整え、観察するだけだ』


 アークはアークで悟ったようなことを言う。彼なりに一家言あるようだが、その内容はやたらと達観している。


『まあ、いないのを確認したわけじゃなし、信仰で自分や他人を救うこと自体は無駄でも何でもないだろう。私が信じようと思えないだけで。……しかし、なんであんな怪しい話に飛びつくのかな。やっぱり分かりやすい見返りがあるからか』

『本当に救ってもらえるのであれば、相手は何でも構わないのかもしれませんね。神でもヒトでも、それ以外でも。皆さん、不安なのでしょう……。ここの霊脈も元気が無くて、淀みが出始めていますし』

『なんだって。それは本当か?』


 その発言に驚いたエルは、思わず立ち止まりそうになる。すぐに平静を装うが、表情が曇るのは止められない。

 この地のマナは穏やかで力強い。だがそういえば、ふと不自然な揺らぎを感じることがあったと思い返す。


『元がマナの豊かな土地みたいですから、すぐにどうこう、と言うものではないですが。でも明らかに衰えています。身体が戻ったら早く手を打たないと』


 落ち着いた口調から察するに、危急の事態ではないのだろう。だが楽観できる状態でもないことは、言葉の奥にある深い憂いから伺うことができた。

 なんとなく重くなる空気。それを振り払うようにアークが別の話題を振ってくる。 


『そういえばエル。後ろの子には気付いてます?』

『ああ、アレか。さっきからずっとこちらを尾けているな』


 同時に近付いてくる軽い足音。後ろを見ると痩せた子どもがぶつかってきた。


「やっ、ごめんなさいー」


 謝って離れようとする首根っこをエルはひょいと掴んだ。そのままちいさな身体を持ち上げて言い放つ。


「人の物を盗むのは感心しないな」

『な、なんですかこの子。凄い早さでひっ掴まれましたよ!』


 猫の仔のようにぶら下げられた子ども。汚れた服の懐に隠されているのは、魂宿る不思議な水晶、つまりアークだ。


『この街はあまり治安がよろしくない。ぼんやりしてると有り金ごっそり擦られる程度にはな』


 こんなに幼くとも熟練のスリだったりするから油断ならない。軽く睨みつけると、驚きに固まっていた子どもが動き出した。

 ゆっくりと顔を上げてエルを見る。

 そして――その手が素早くひらめいた。

 

 ちいさな指が複雑な軌跡を描き、一瞬で円環を出現させる。宙に現れたのは"光"を生み出す文詞式だ。


 そこまでを認識したのが瞬き一回分の間。


 円環が輝くと共に、爆発するように弾ける光。白く染まる視界にあちこちでどよめきが生まれ、不意を打たれた彼女はほんの僅かに自失する。


 ここまでで、瞬きもう一回分。


 エルはすぐ意識を引き戻した。だが、握りしめた右手には布の切れ端が揺れているだけだ。足音が離れていく。ちいさな影は機敏に動き、突然の光に足を止めた人々の隙間を素早い動作で駆け抜けていった。

 子どもの手には、刃物らしき光が見える。あれで拘束を抜け出したらしい。

 どんどん遠ざかる背中に焼け付くような焦りが募る。だがこの雑踏では思うように追うことができない。


(くそ、周りが邪魔すぎる。上を飛び越える訳にはいかないし)


 人垣をかき分けて進みつつも、背中にじっとりと嫌な汗をかいていくのが分かった。断じてこの暑さのせいではない。

 重苦しいものが腹の底に溜まっていく。


(ぼやぼやしている場合じゃない。早く追わないと。

 無事でいろよ……アーク!)


 それは本当にあっという間の出来事だった。

 ――彼女の道連れである意志持つ水晶は、ちいさな泥棒に盗まれてしまったのだ。


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