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しろがねの翼  作者: 夢屋満月堂
chapter3「緋色の遺跡と焔の魔女」
16/36

15:扉の先

 紆余曲折の末に辿り着いた最下層。

 そこは広々とした円形空間だ。中心には淡く光る転送陣がある。おそらく溶岩の大空洞へ繋がるものだろう。

 そして現在。剣士と魔女の眼前には、巨大な石版、あるいは"扉"と言うべき物体が鎮座していた。

 規模はちょうど遺跡の入口と同じくらい。鈍い銀色に輝くそれには、まるで生きているかのような竜の彫刻が翼を広げている。


「竜。古代王国における王権の象徴ですわね」


 ルヴィエの言葉に、エルはある伝承を思い出す。それは古代王国の興亡にまつわる物語だ。


 ――曰わく。古代王国の王、その地位と力は"銀翼の神竜"から与えられたものだったという。だが王は次第に驕り高ぶり、欲望のまま力を振るうようになった。

 やがて彼の暴虐に愛想を尽かした神竜はいずこかへと去り、そのために王国は滅んでしまった。確かそんな内容だっただろうか。


 エルは師から聞いた話を思い出す。力を与えて放置するなよ無責任め、と突っ込んだのも懐かしい記憶だ。

 しかし実際のところ、なぜ王国が滅んだのかは謎に包まれている。伝承にある"竜"という生物も、実在したかすら定かでない。

 それというのも古代王国の滅亡前後、世界が大混乱に陥ったためだ。

 この時代より過去の文献は非常に少なく、歴史は闇に閉ざされている。暗黒時代とはよく言ったものだ。


 ちなみに件の神竜であるが、実はひっそり世を見守っており、善き人びとへ幸せを運んでいるという言い伝えもある。会話の中でよく用いる、"しろがねの翼の加護あらんことを"という言い回しはそれが由来しているのだそうだ。


 それはともかく。


「どう考えてもこの物体が怪しい訳だが」


 言いながら背面に回り込むが、その向こうに何かあるわけでもない。


「石版というよりは、やはり"扉"ですわね。向こう側には何もありませんけれど」


 金髪の魔女は腕を組んで考え込む。


「ここを起点に転移、ってパターンかな」


「十分にあり得る話ですわ。……ただし、わたくしにはこの術式が読み取れません。何かが刻まれているのは解るのですけれど、隠れた部分が多すぎる上に酷く複雑に絡んでいて。悔しいことに歯が立ちませんわ」


 本当に悔しそうなその台詞に、エルはふとアヤメの"託宣"を思い出す。


 "――ごっつい封印でぎっちぎちやったわ"


 険しく扉を見上げるルヴィエ。その向かい側でエルは、そっと水晶を取り出し握り締める。


『どうだ、何か視えるか?』

『……うーん、これは難物ですね。今までとは段違いです』


 難しい声を出すアーク。

 内心で彼を当てにしていたエルは若干の焦りを覚えた。


『お前でも無理なのか?』

『無理ではないんですけど……』


 煮え切らない口調に眉をひそめる。

 問い詰めて戻ってきたのは、おずおずとした返事だ。


『ちょっと色々難しそうで。本格的に術式を綴る必要があるかもしれません。……つまり、貴女の身体を借りて、ということなんですが』


 とても言いにくそうに水晶は語る。特に後半部で口ごもっている。


『そうか。わかった、よろしく頼む』


 対するエルは力強く答えた。どうやら先には進めるらしい。

 そう理解したのだが。


『ち、ちょっとエル、ちゃんとわかってます?! 身体を借りるんですよ? つまり操られるんですよ!? 駄目ですよそんなあっさり頷いちゃ。貴女の危機管理はどうなってるんですかっっ!』


 泡を喰ったように慌てふためくアーク。ついでに何故か怒られた。


『うるさい。そうしないと先に進めないんだろうが』

『そうなんですけどっ』

『だったら選択肢はひとつだろう。あと一応、ちゃんと信用もしてるんだぞ?』


 仕方なくエルは宥めるような言葉を紡ぐ。

 普通は役割が逆ではないか? この水晶といると、どうも調子が狂って仕方ない。


『うぅ、わかりました。ともかく任せてください。ばっちり道を開いてみせます!』

『頼んだ』


 そこまで言ったところで、ルヴィエの存在を思い出す。不審に思われるだろうか。

 だがまあ、何か言われたら、便利な魔術道具の効果、とでも誤魔化せばいいだろう。多分。

 エルは面倒になって思考を放り投げた。


(後のことは後で考えればいいさ。今は、とにかく前へ)


『では、意識を澄ませてください。お借りしますよ!』


 そろそろ馴染み始めてきたアークの言葉を最後に聞いて。

 エルの意識は、白く遠くへ霞んでいった。



* * *



 眼前の物体を睨んでいたルヴィエは、隣に人の立つ気配を感じた。見ると剣士が扉へ手をかざしている。


「素人の手に負える代物ではなくてよ……?」


 言いながら違和感を覚え、隣の人物をまじまじと見詰める。その姿形は先程までと何ひとつ変わらない。しかし、まとう空気が明らかに違う。この女は、こんなに柔らかい空気を持っていただろうか?

 そんな不可解な印象を与える人物は、見詰めるルヴィエを全く気にせず立っている。その視線は透徹しており、遥かな深みを覗いているかのようだ。

 そして意を決したように頷くと、左手の石を握り直す。持ち上げられた右手の指が、扉の表面をなぞってゆく。


 ゆっくりと丁寧に描かれる円環。

 軌跡からは光が、文字が、溢れ出し、ほどけ、再構築され。

 みるみるうちに、扉にきつく絡みついていた術式が書き換えられていく。


 違和感は確信に変わった。これはあの剣士ではない。


「貴女、誰……?」


 小さな声で問いかけると。

 その人物は振り向いて柔らかく微笑んだ。鍵の解かれた扉を押し開き、そのまま中へと歩み入る――


「ち、ちょっと、待って頂戴!」


 ここまで来て置いて行かれてはたまらない。

 疑問符の山はひとまず後回しに、ルヴィエは慌ててその背を追った。



* * *



 彼女を包む揺籠は、日溜まりの気配がする。

 ゆらゆらと揺れる優しい音色。

 暖かい手のひら。


 ――エル、エルってば。ねえ。聞こえてますか?


 ん……うぅん…………。


 おーい? 起きてくださいよー


 ……やだ……もうすこし……ねる…………。


 ち、ちょっと!? もしかして寝ぼけてます?

 扉を開きましたよ、ほら、ちゃんと起きてください――


 そんな声を夢のあわいに聞きながら。

 ゆっくりと浮かび上がるように、彼女は微睡みから目覚めた。



* * *



 気が付くと、エルは果てのない闇の狭間に立っていた。

 背後には扉。隣には魔女。眼前には、巨大な赤い魔石が浮かんでいる。

 人ひとりをすっぽりと包んでなお有り余るだろうその偉容。深紅の結晶、その内部からは恐ろしい程のマナを感じる。


『目覚めて早々、これはまた凄いものを見たな……』

『ようやく起きてくれましたか。貴女、寝起きが悪いです』

『ほっとけ』


 軽口の応酬もそこそこに周囲を見やる。そこは水晶の囚われていた空間に良く似ていた。

 垂れ込める闇の中、黒の床面がどこまでも続く。赤の魔石には魔術文字の環が幾重にも絡みついている。

 いつかの封印を思わせる光景だった。まるで燃え盛るマナの塊を、光の繭に閉じ込めているようだ。


「ここが遺跡の中央制御室、というところかしら」

「だろうな」


 応えるエル。彼女と魔石の間には、机のような大きさの黒石が置かれている。

 磨き上げられた艶やかな表面、そこには何も刻まれてはいない。おそらく石版部屋に並ぶ石達と同じようなものだろう。

 エルは何気なく黒石の表面に触れ――









 ――瞬間、全てが反転した。









「!?」


 めくれた世界。

 眩しい光。

 消え失せる距離感。

 無限の空白。

 そして。


 目の前に立つ、灰色の人物。


 息を呑み硬直するエルをよそに、その人物は仮面を取り去る。

 目元、鼻筋、その顔立ち――

 ぼやけた印象が彼方へ去る。

 艶やかに。華やかに。

 豊かな色彩を纏っていく。


 それは、花が咲くような鮮烈な変転。


 ゆるく波打つ緑の髪。

 意思の輝く金の瞳。

 女性は薔薇色の唇をそっと開いた。

 玻璃の鈴のような音の雫。


 "あるべきものを、あるべきところへ。

 どうか、あの方を助けてください"


 曖昧模糊とした言い回し。

 普段なら一蹴する筈のそんな言葉は――


 だが何故か少しの反発も無く、彼女の奥へと染み混んでいった。


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