表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

正しいいじめ

掲載日:2026/08/10

 アパートの部屋に帰ると誰もいなかった。


 当たり前だ、私は独り暮らしのOLなんだから。しかも変わり者で通っているので友達などもいない。


 べつに寂しくはないはずだった。

 一人は好きだし、趣味も多い。

 会社でハラスメントを受けているわけでもない。ただ自分から近寄り難い空気を発しているらしく、それでほっとかれているだけだ。そのぶん自分の好きなことに没頭できる。有難いはずだった。


 猫が飼いたいな、と今日はしみじみ思う。

 ニャーとでも迎えてくれる声があれば、笑うこともできるだろうのに。

 でもうちのアパートはペット禁止なのだった。


 冷蔵庫のあり合わせのもので野菜炒めを作り、ビールを飲む。

 いつもならここで誰も見ていないのに笑顔になり、口から豪快な吐息が出ているところだ。


 今日はなんでこんなに寂しいんだろう──

 なんて、考えるまでもない。


 会社で提案を出したところ、それをぼろぼろに叩かれた。

 会社のためになると思って言ったことだったが、それを会社のやり方に対する批判、そして自分の能力の見せびらかしだととられてしまった。


 残りのビールをちびちびやりながらテーブルに着くと、パソコンを開く。私の数ある趣味の中でも特別好きな、写真を見るためだ。ネットの写真コンテストの発表──先日もう見たものだが、もう一度見たくなった。


 やはり私のお気に召す写真は入選作の中にひとつもなかった。


 自分の作品が選ばれなかったのもまぁ、悔しくはある。でもそれよりも、自分の作品よりも優れていると思えるものが入選作の中にないことが不服だった。


 どれも綺麗すぎるのだ。

 こんなもの、AIでいくらでもできる。

 私の作品はまぁ、恥ずかしいものではあったが、AIには思いもつかないものだと自負していた。言い方を変えればコンプライアンスに反していたから落選したのは当たり前だが──


 会社の宣伝用写真にも不服があった。

 綺麗すぎて、嘘といってもいいぐらいに美化されていたから、私は黙っていられなかった。もっと汚いところや不備なところも、ありのままを写した写真にするべきだと提案した。

 高校の頃に写真部に属していたこともあり、専門用語も口から出すぎてしまった。

 それで課長をはじめみんなから、歯を剥いて威嚇する猿のような顔で笑われてしまった。


「はいはい。参考にしますねw」

「自分の意見が絶対正しいと思ってるタイプだね」

「会社のイメージを『綺麗じゃない』と思ってたの?」

「普段喋らないやつがたまに喋るとコレなんだよなぁ」

「女のくせに偉そうに」


 ビールを舐めながら、パソコンモニターの中のつまらない写真たちを眺める。


 ふいに独り言が口をついて出た。

佐治さじくんはここに投稿してなかったのかな……」


 彼の写真がここにあったら──


 入選していただろうか。


 彼のあの嫌われキャラは隠して、作品だけを投稿していたら──?



 思い出す──


 あれは高校二年生の──夏のはじめだった。



 静かな夜に、蝉の声が振り注ぐ。




 場所は写真部の部室だ──






「絶対、許せない」


 あるプロのカメラマンが世に出した一枚の写真が雑誌に掲載されていた。机に置かれたそれを取り囲んで、部員のみんなが口を揃えたのだった。


「こんな写真を撮ってる暇があったら助けてやれよ」

「この女の子がかわいそう」


 私はその頃からやはり変わり者で、みんなに馴染めてはいなかった。でも特段余計なことは喋らないので、『単に大人しすぎる女子部員』程度に扱われ、つまりは空気だった。


 雑誌には、外国の戦争で、空襲を受けて逃げ惑う少女の写真が掲載されていた。

 その背後にはハゲタカがついて歩き、もし少女が力尽きたら獲物にしようと狙っている。


「こんなひどい写真があの有名な賞を獲るなんて許せない」

「優しさのカケラもないよな」


 私は何も言わずに遠巻きに見ていたが、みんなに同意だった。いくら自分がアマチュアの写真好きで、相手がプロのカメラマンとはいえ、人間として尊敬できないと思った。


 そこで佐治くんが発言したのだった、大声で──


「いや、ここで少女を助けるよりもまず写真を撮ったカメラマンに、俺は敬意を表する!」


 みんなが嫌そうな顔で、彼を見た。

 佐治くんはいつものように、長い前髪を華麗な手つきで払いのけると、得意顔で続けた。


「これぞカメラマンだ。カメラマンの使命は自然なリアルを写真に収め、人々の目の前につきつけ、全世界にメッセージを届けることなんだ」


「少女を見殺しにしたのが偉いっていうのかよ?」

 同級生の男子が声に軽蔑の色をこめた。


「いや、その少女はその後、側にいた兵士か誰かに助けられたらしい」


 佐治くんがそう言っても、みんなは納得しなかった。

「カメラマンが助けるべきだろ。写真なんか撮ってないで」


「それだとその写真は残らない」

 佐治くんが得意顔で力説する。

「助けることよりも写真を撮ることを優先したからこそ、その写真は今そこにあるんだ。そしてその写真は戦争の悲惨さを見る人たちに伝えているだろう? 一人の少女を助けることではなく、世界中の人々に戦争のリアルを伝えること──」

 前髪を派手にかきあげた。

「それこそがカメラマンの仕事さ!」


 みんなが極悪人を見るような顔をした。

「自分が賞賛されることを優先したんだろ」と皮肉を言ったひともいた。


 私はどんな顔をしただろう。佐治くんの言葉に反感をもったから、同じような顔をしたかもしれない。あるいは持ち前の無表情を崩さなかったかもしれなかった。


 でも、あの時、私が心のなかで『一理ある』と思ってしまったことは確かだった。




 佐治くんは部員の誰もから嫌われていた。

 私も嫌いだった。何かといえば自信たっぷりに、前髪を華麗な手つきで払いのけながら、さも自分は正しいみたいなことを言うのが気持ち悪かった。


 そして『忖度』ということを知らなかった。


 べつのある日のことだ。近くの自然豊かな公園へみんなで出かけ、写真撮影をして帰った。それをパソコンに取り込み、みんな和気あいあいと感想を言い合っていた。


「おー、花の赤色が綺麗に出てるなぁ」

「おまえの写真もいいよ。木肌の質感がリアルに撮れてる」

「この写真は構図がちょっと残念だな。次からバランスを考えて撮ってみたら?」


 そんなふうに、みんなが楽しくやっているところに、佐治くんがやって来て、笑いながら言ったのだった。


「素人が素人カメラマンの作品を褒めちゃダメだろ」


 みんながムッとした顔になった。

 その視線を集めて気持ちよさそうに、佐治くんは前髪をかきあげ、続けた。


「俺たちは素人なんだぞ? プロの写真家の作品は褒めてもいいけど、素人の作品を褒めちゃだめだ。だって下手くそなんだから」


 男子の一人がそれに答えた。

「構図をもっと考えたほうがいいって言ったの、聞こえんかったか?」


「その前に褒めてたろ?」

 佐治くんが、バカにするように笑う。

「素人の作品を褒めるのはなぜか? 下手くそなのになぜ褒めるのか? それは自分の作品も褒めてもらいたいからだ。キャハハハハ! 醜いなぁ、褒めそやしゴッコ!」


「じゃあ、おまえの撮った写真も見せてみろよ」

 男子も負けじと歯を剥いて笑う。

「褒めちゃダメだって言ったよな? さんざん貶させてもらうわ」


「どうぞ」


 そう言って佐治くんが、彼の作品を見せた。

 草の中に落ちている犬のウンコを写していた。

 そこにぽつんと赤いテントウムシがトッピングされている。


「ばっかじゃねーの、おまえ!」

 みんなが引いた。

「何写してんだ!」  


「これが現実なんですよ」

 得意顔を佐治くんが斜め上に勢いよくのけぞらせ、長い前髪を躍らせた。

「そして現実そのものの自然を写すのが芸術というものだ。キミたちにはわからないだろうがね」


「なんでハエじゃなくてテントウムシとまってんだよ!」

「このテントウムシ、おまえが乗せただろ! ヤラセだ!」

「どこが現実そのものだよ!」


 私は表情筋が壊れている。

 だから、たぶんあの時も無表情だっただろう。

 でも、心の中では笑っていた。なんかその、みんなのやり取りがおかしくて、笑ってしまっていた。




 ある日、気づいたら部室に一人だった。

 みんなは私を置いていったこともにも気づかずに、次の『写真甲子園』に出場するためのテーマ探しにどこかへ出かけていた。


 みんなは写真を撮るのも好きだけど、ワイワイするのはもっと好きらしい。楽しそうで、私もそこに加わりたかった。でもそれよりも、私は写真が好きなのだった。

 一人取り残された薄暗い部室で、パソコンで自分の撮影した写真を整理しているほうが自分らしかった。誰からも嫌われてはなかったと思うけれど、交流はなかった。あれから約十年が経った今、部員の名前も顔も、一人だけしか思い出せない。


「あれっ?」

 カララッと扉を開けて、その一人が入ってきた。

「山田さん、一人?」


 正直『うげっ』と思った。同時に、佐治くんに名前を呼ばれたことに不思議な感覚があった。今、初めて、自分に名前が産まれたような、あるいは自分がこの世に存在していることをそれで思い出したような、自分にスポットライトが当てられたような、そんな感覚だった。


 私はとても小さな声で答えた。

「みんなは次の『写真甲子園』用のテーマ探しに行ってるよ」


 佐治くんと会話したのはこれが初めてだった。


「写真甲子園? 毎年予選で敗退しててもやる気だけはあるんだね。いいことだと思う。でもそれならせめて出品用の作品をスマートフォンで撮るのはやめろって思うけどね。下手くそなりに機材にこだわるくらいすればいいのに」


「佐治くんは──」

 私はなぜか、彼との初めての会話でそんなことを聞いていた。

「何がしたいの?」


「えっ?」


 聞き返されて、私も何が聞きたかったのかわからなくなり、挙動不審になる。そんな私を助けてくれるように、佐治くんが答えた。


「俺は写真が撮りたいだけだよ」


「じゃあ……」

 おかげで私は言葉を引き継げた。

「なんであんな、みんなを怒らせるようなことするの?」


「あー」 

 少しだけ考えて、佐治くんは答えた。

「俺は本気で芸術としての写真を撮ろうとしてるからね。だから口だけわかったような間違ったことを言って、しかも褒めそやしゴッコで盛り上がってるやつらのことを、正してやろうと思ってね」


 無視しようかと思った。


 でも、気になったことがあったので、つい、聞いていた。


「カメラは何使ってる?」


「これ」と言って、佐治くんが自分のスマートフォンを見せてきた。


「機材にこだわれって、さっき言ってたよね!?」


「いいんだ。どうせ俺の作品は出品しないから。まだアマチュアだから、下手くそだからね。でも自信をもてる作品が撮れるようになったらいいのを買うつもりさ」

 そう言って、前髪を派手にかきあげる。

「山田さんは? どんなの使ってる? 部の共用カメラかな?」


 あたしはそう聞かれて『よくぞ聞いてくれました!』と心の中で言いながらカメラバッグを開け、それを取り出して見せた。

 佐治くんが驚いた声で言う。

「えっ? 何、それ。フィルムカメラ?」


 昔ながらの形をした真っ黒なそれは確かにフィルムカメラのように見える。

 でも、写真部の、しかもいつも偉そうなことを言ってる彼がそんなことを言っちゃいかんだろうと思いながら私は答えた。


「ライカの一眼レフデジカメ。お父さんのお古」


「うわ! 30万円ぐらいするやつだよね? 山田さん、機材マニアなんだね」


 否定しなかった。

 その通りだ。というより、私はカメラにまつわるすべてのものが好きなのだ。陰キャな私が写真部なんかに入ったのも、暗室に憧れたからだった。一人でも写真は撮れるが、暗室はここにしかないと思ったからだ。フィルムカメラで写真を撮って、暗室で現像液にフィルムを浸し、だんだん浮かびあがってくる画を見つめてニヤリと笑う──漫画で見たそんな光景に憧れていた。しかし結果、この高校の写真部室に暗室はなく、しまったと思っていた。それでも退部しなかったのは、なんとなくでしかなかった。


「山田さんの作品、見せてよ」


 佐治くんにそう言われ、心の中で躍り上がった。

 褒めることはしないだろうけど、一理あることを言う彼に自分の作品を評価してもらうのは、とてもしてほしいことだった。

 私はパソコンの中の山田フォルダを開くと、一番気に入っている写真を彼に見せた。


 白いヤマユリの写真だ。

 前に部のみんなと山へ行った時に撮ったやつだった。

 背の高い茎の上に、グロテスクといってもいい、それでいて華麗な花が開いている。

 背景の森は暗く、まるで人間界とはべつの、冥界に咲いているようだ。

 赤い雄蕊が六本、花の奥からにょっきりと突き出している。それがまるで血を流すような色をしていて、美しき冥界の花といった雰囲気を醸し出していた。それを見事に写真に収められた自信があった。

 主役のヤマユリと暗い背景の森とのコントラストが特にお気に入りで、自分の内面の景色を写しだしたような達成感があった。


「へぇ!」

 佐治くんが感動した声をあげた。

「これはいいよ!」


 どんな一理ある貶し言葉が出てくるかと身構えていたので、肩透かしを食った。

 何を言われても私には自信があるし、むしろ私のまだ至らない点を指摘してくれたら参考になると思っていたので、『なんだそれ』としか思わなかった。

 でもあとからジワジワと嬉しさが込み上がってきて、無表情にムズムズとヒビが入るのを抑えながら、彼に聞いた。


「素人は下手くそなんだから褒めちゃいけないんじゃなかった?」


「いや、うーん……。批判すべきところが見つからないんだ」


 エヘヘと声が出そうになった。

 でも、それに続く佐治くんの言葉に、また無表情に戻る。


「特にこれ! この、茎にとまってる小さなゴミムシがいい。美しい花とうんこ臭そうな虫との対比が見事だよ! よくこんな自然なリアルの一瞬を切り取ったよね」


 私の作品も佐治くんのあのウンコの写真と同系統だったのか──初めて気づかされた真実に呆然とした。


 そうだ。

 私はあのウンコ写真しか、彼の作品を見たことがない。


「そっちの写真も見せてよ」

 心から見てみたくて、リクエストした。

「褒めずに批判してあげるから」


「お願いします」

 急に佐治くんがしおらしくなり、パソコンに向かうと、佐治フォルダを開いた。

「色々あるんだ。ぜひ、ぜんぶ見てほしい」


 1枚ずつ、解説を加えながら見せられた。

 どの写真も加工臭かった。

 桔梗の花に猫がじゃれついている写真、つくしに犬がおしっこをかけている写真、岩の上にトンビが立っている写真──


「……どれも加工じゃないの?」


「そう思うだろう? だが、しかし──!」

 佐治くんが今まで見た中で一番に前髪をはね上げた。

「これ、すべて加工なしなんだ! 俺はよくこういう信じられない一瞬を収めてる! 運も実力のうちっていうけど、俺ってすごいのかも?」


「……じゃあ、正直に批判するね?」


「お願いします!」


「正直……これなんて露出が多すぎる。花びらの色が溶けちゃってる。ここのボケかたも中途半端でキレがない。スマホだから仕方ないとかはナシね。スマホを使うならむしろ加工したほうがいい。フェイク画像を作れって意味じゃなくて、エフェクトをかけたほうがむしろ自然になる。元の解像度があまりよくないんだから──」


 私は調子に乗って色々と喋った。

 いつもなら一日に50文字くらいしか喋らない私が、いっぺんに二千文字くらい喋ったように思う。

 黙ってそれを聞いていた佐治くんが、私が喋り終わるなり、嬉しそうに、叫ぶように言った。


「ありがとうございます! なるほど、やっぱり機材は大事かぁ……! 下手くそでもいい機材を使わないと、思うようなものの半分も満足に撮れませんよね! よし! カメラを買うぞ!」


 思いもかけない彼の素直さに私は驚いていた。

 そしてその数日後、ほんとうに佐治くんは、中古の一眼レフカメラを買ってきたのだった。




 他のみんなは佐治くんの作品を見ようともしなかった。

 まぁ、日頃の行いだよなと、私も彼を弁護することはなかった。

 佐治くんはといえば、露骨に私にベタベタ近づいてくるようになった。


「山田さんは俺の仲間だ」


 そんなことをはっきりと言われて、私はみんなの前では積極的に彼を避けるようになった。仲間だなんて思われてはかなわない。


 それでも部室に二人きりになると、よく議論みたいなことを交わす間柄にはなっていった。


「見てよ山田さん。これ、俺の新しいカメラで撮ったんだ」


 明らかに作品の質があがっていた。

 それは機材の性能がよくなったからだけではなかった。

 佐治くんは私のアドバイスを真摯に聞いてくれて、それによってめきめきと腕を上げているのがよくわかった。カメラの性能を使いこなし、構図などもよくなっている。

 それでいて、彼のへんな個性はそのままなのが、私にはなんだか嬉しかった。

 花瓶に挿した花に茶色い絵の具がついている。

 猫の額についたノミが見えている。

 必ず彼の写真には、綺麗なものやかわいいものに、汚いものが最低ひとつ、ついていた。そしてそれはほんとうに加工などではないらしかった。


 佐治くんと互いの作品の講評をし合うようになってから、私はへんなひとが好きになってしまった。へんなひとそのもの……というより、へんなひとの作るものや話すことが面白いと感じるようになった。誰でもが言うようなことを言わない彼は、ふつうのひとよりもよっぽど面白かった。いくらなんでも極端すぎることを言いながらも、大抵その中に『一理ある』と思えることがあった。


 でもやっぱり彼という人間のことは嫌いだった。


 面白い作品って大抵、人間としては嫌いな、だけど作家としては素晴らしい、そういうへんなひとが作るものだと思うようになった。


 そしてそんなへんなやつである佐治くんからそんなことを言い出されて、私は辟易としたのだった。


「俺……、人物を撮ったことがないんだよな。ずっと撮りたいって思ってた」

 私の顔をばっ! と見て、前髪をぎこちない動作でかきあげて、思い切ったように言った。

「山田さん! モデルになってくれないかな!」


 私は嫌悪感半分、好奇心半分だった。


 自分の容姿に自信がないのも手伝って、必要以上にワタワタしながら、答えた。


「私よりもうちょっとかわいい女の子、部員にいるじゃん?」


「いいや! 山田さんがいいんだ!」

 佐治くんの言葉にはなんだか得体の知れない情熱がこもっていた。

「山田さんを撮りたい!」


 そう言われて不思議に悪い気はしなかった。




 その場ですぐにそれは始められた。


 机を挟んで向かい合っている佐治くんがカメラの準備をするのを待ちながら、私は横に視線をすべらせながら、聞いた。


「どんな表情したらいい?」


「自然でいいんだ。ありのままの山田さんが撮りたい」


「じゃあ……無表情か」


「いや、カメラの話をしている時の山田さんだ。それが俺にとって一番自然な山田さんなんだ」


「じゃあ……カメラの話、する?」


「お願いします」


 私はカメラの話を遠慮なく始めた。

 興味のないひとが聞いたら引くこと間違いなしの、私の好きな話だ。

 ライカの歴史を語り、暗室に対する憧れを語り、『良い写真とは?』を語りに語り、語りまくった。それを佐治くんがスナイパーのように写真に収めた。途中、ハエが頬にとまって、なんだか嫌な予感がした。


「やった!」

 何枚も撮影したそれを眺めながら、佐治くんが声をあげた。

「最高なのが撮れたよ! 見て、山田さん!」


 その写真を見て、私は目を見瞠った。

 

「これ……、私……?」


 自然でリアルな自分の顔とは思えなかった。

 もちろん芸能人みたいに美しくはない。でも、美しかった。内面から滲み出る『好き』を露出させ、目はこっちを見てはいないけれどキラキラ輝き、ニキビさえも美しく見える。そしてやはり頬にハエがとまっていたが、意外にもそれが緑色のアクセサリーみたいになっていた。


「これぞ自然なリアル」

 佐治くんが前髪を思い切りかき上げた。

「人間好みに飾りつけた、アイドルのグラビアなんかとは違う、真実の山田さんを激写した芸術作品だよ」


 良い写真だった。


 被写体に対する贔屓目を差し引いても、良い写真だ。主役が引き立っている。構図も露出もいい。そしてドラマを感じさせる。私の笑顔、内面の『好き』が滲み出た笑顔、そしてそんな私の頬にとまったハエ──1枚の中に多彩なドラマが、その一瞬が完璧に捉えられていた。


 佐治くんは、天才なのかもしれない──


 人間性はべつとして、奇跡の一瞬を捉える天才なのかもしれない。


 他人には好き放題、狭い自分の思う正しいことを押しつけるけど、そこには必ず『一理』がある。


 そして自分の主張はけっして曲げないながらも、写真に関する他人のアドバイスは真面目に聞き、目に見えて成長している。


 私は佐治くんというカメラマンが、そしてその作品が、好きになっていった。


 佐治くんと、色んな話をした。といっても写真の話ばかりだったが。

 佐治くんは私の話から知識を吸収してくれた。

 私も佐治くんの話から教えられることがあった。

 私と彼は、まるで親友のように、写真の話で繋がり合った。


 でも、やっぱり佐治くんのことじたいは、私は嫌いだった。





 ある日、遂に男子の一人が佐治くんにキレた。


「コイツがいる部室にはいたくない! 佐治が辞めないなら俺、辞める!」


 それをきっかけに、みんなが一斉にキレた。 

 夏休み前の暑さが、みんなの不快指数を上げていたのかもしれない。ずっと我慢していた佐治くんの偉そうな物言いに、みんなの保っていた堰が、一斉に決壊したのだった。


「コイツ自分が下手くそなのを棚に上げて他人を下手くそ呼ばわりするからな!」

「コイツがいると部活が楽しくない!」

「コイツさえいなけりゃ真面目に活動できるのに!」


「わぁ〜、褒めそやしゴッコのひとたちが怒ってる」

 それを佐治くんがまた煽った。

「ほんとうのこと言われてキレちゃったよ、ハハハッ!」


「佐治がいたら新入部員が入ってもすぐ辞めて行くのは確かだな」

 部長が言った。

「佐治、おまえ、自主的に退部しろ」


「嫌ですよ〜。なんで俺のほうが悪いってことになるんですか〜? みんなが下手くそなのが悪いのに」

 そう言って佐治くんは、ぐるんと私のほうを向いた。

「この部で唯一まともなのは山田さんだけだ。みんな山田さんを見習ったほうがいいよ」


 隅っこに離れて立っていた私のほうを、みんなが向いた。こんなやつ、いたっけ? みたいな顔でみんなが私を見る。


 恐怖を感じた。

 みんなの佐治くんへの攻撃性が、私にまで向けられるのではと思うと、なんとか避けなければと、私は精一杯の弁解をした。


「な……、仲間じゃないです」


 みんなの視線が佐治くんに戻ってくれた。

 ホッとして、部室を抜け出して私が帰ろうとすると、それが始まったのだった。


「山田さんだけが、素人だけどうまい。それ以外のやつらはうまくなろうとさえ思ってない、ただの下手くそだ」


 そう言って笑う佐治くんのお腹に、男子の一人が蹴りを入れたのだった。


 それを合図とするように、みんなが一発ずつ、佐治くんの身体のどこかに蹴りを入れはじめた。


「俺らが下手くそなら、おまえは下手くそ以下のゴミだ」

「謙虚さのカケラもない、ただの嫌なやつだ」

「人間としてゴミだ」

「こいつ、殺したい」


 あの佐治くんが、何も言い返さなかった。

 蹴られる痛みに顔を歪めて、何も言い返せなかった。


『これって……』

 私は思った。

『いじめじゃない?』

 思うだけで、止めなかった。

 止めることができなかった。止めたら『佐治の仲間』になってしまいそうで──


 四方八方から蹴りを入れられる彼を見ながら、でも言いたいことは私の中で膨らんでいった。


『佐治くんは頑張ってます!』

『確かに人間性には問題あるけど──』

『ほんとうに写真を撮ることが好きで、だから必要以上に毒舌になっちゃってるだけなんです!』

『私を撮ったあの写真を見てください!』

『真実の私を、写真に収めてくれたひとなんです!』


 ぜんぶ口からは出なかった。


 その代わりというように、私は側にいた男子に、消え入るような声でこう言った。


「これって……、いじめじゃない?」


「ハァ?」

 その男子は答えた。

「いじめじゃねーよ。佐治が悪いんだ。百歩譲ってこれがいじめだとしても、正しいいじめだろ。べつにこいつを全裸にひん剥いて写真に撮ってそれをばらまこうなんてわけじゃないんだから」

 そう言いながら、そうしたそうだった。


 正しいいじめ──


 そんなものがあるのだろうか。


 あるんだろうな。


 佐治くんは、あまりにも部の空気を壊しすぎた。だから、これは彼に対する正しい懲罰なのだ。正しいいじめなのだ。


 でも、私はいじめには加わらなかった。


 怪我は負わせない程度に、靴の裏で佐治くんを蹴るみんなを、ただ眺めていた。


 集団で自分たちのことを『正しい』と自信たっぷりに言うみんなのことが、怖く見えた。





 夏休みが明けると、写真部に佐治くんの姿はなくなっていた。強制退部させられたらしい。


 私はパソコンにまだ残っていた佐治フォルダを開くと、私を写してくれたあの写真を私のスマートフォンに転送し、大事に持ち続けた。


 その後、佐治くんとは会うこともなかった。

 クラスが違うので、たまに廊下で見かけることはあったが、話しかけることはなかった。

 

 そしてそのままだった。

 私たちは高校を、卒業した。





 ビールをちびりちびりやりながら、写真コンテストの入選作を眺める。

 どれも主催者が欲しがりそうな、ただ綺麗なだけの写真ばかりだ。


 ここに佐治くんの作品があったら──

 私はまた妄想する。


 きっと美しいものに汚いものがくっついた作品だったことだろう。そしてそれは主催者側が欲しがるような作品ではなかったことだろう、どれだけ奇跡のように、自然なリアルを捉えた一枚であったとしても。私の、あの、チューリップの花に鳥のフンがくっついた写真のように──


 高校を卒業してもうおよそ十年になる。


 佐治くんの行方を私は知らない。


 けれど私は確実に、彼に影響されていた。


 人間としては嫌悪するしかない彼に──


 しかしカメラマンとしては、みんなと違う『一理あること』を言う彼に──


 言い方の問題はあるにしても、集団と違う

ことを言ってはいけないのだろうか。会社で私がした提案は、聞く耳をもつぐらいされてもよかったのではないだろうか。


 集団と違うやり方は、正しくないやり方なのだろうか。


 佐治くんに影響を受けた、私の投稿作品を選外とするこの人間社会から、正しいいじめを受けていると、私はなんとなく感じている。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
佐治くんみたいな人たちだけ集めて、お互い楽しく討論するコミュニティ作ればと思いましたが、すでにありましたね。 ラップバトル~!! 佐治くん無双しそうです。 自分にあった場所に行くのが一番だと思いま…
 年相応に不器用な子供達の青春劇場を感じました。  でも、重要な学びをしているなぁと。  「正しいいじめ」という表現がイイですね。ヒト科の哀しい本能を的確に表現している気がします。  最弱フィジカル…
 しいな ここみさん、こんにちは。 「正しいいじめ」拝読致しました。  高校の写真部を背景にした話。  起承転結がはっきりしていて、時間軸の扱いも秀逸。  佐治~主人公の山田の、共感や世間との態度…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ