【08】原因は
視察中に倒れたカルロスが寝ている部屋。
寝台のすぐそばに、ミュールプフォルテは椅子に腰かけて、カルロスの手を握っている。
その横に控えていたエンスリーンは、そっとミュールプフォルテを騎士と侍女に任せ、部屋を出た。
エンスリーンが移動した先の部屋には、公爵家の定期視察に同行していたホワイトサファイア伯爵家の養女仲間であるライエとデヴォラがいた。
「エンスリーン義姉さん。ミュールプフォルテ様は?」
「カルロス様の傍にいたいというので、騎士たちに任せて来たわ」
「心配だわぁ……」
「そうね……」
視察中、カルロスが倒れたのは急な事だった。エンスリーンはミュールプフォルテとカルロスと共に、同じ馬車に控えていた。ミュールプフォルテと会話をした後に、カルロスが馬に乗る為に馬車から降りた。
そこから先は直接は見ていなかったが、カルロスが馬に乗り移動をし始めてそう経たない内に、まず、困惑の声が広がった。
次いで、悲鳴と馬のいななき。エンスリーンがミュールプフォルテを馬車の中に残したまま外に出た時には、馬から落ちたと思われるカルロスがいたのである。
「失礼いたします。エンスリーン様……ミュールプフォルテ奥様は……」
顔を出した公爵家の執事に、エンスリーンはライエにしたのと同じ説明をした後、状況の確認をした。
「あの後はどうなりました?」
「お見せしたいものがありまして……」
執事の含む言い方にエンスリーンは微かに眉根を寄せた。それから、ライエを連れて移動する。
道中、カルロス自体は落下した時に近くの平民が受け止めたので頭を打つような事はなかった事。また、その平民には既に褒美を渡して対応がすんでいる事なども共有された。
カルロスの診察の結果としては、現状、意識を失った理由は不明――そういう事になっている。
「こちらです。その……美しくないものですが」
執事の躊躇いから、恐らく子女には一般的に見せないものなのだろうと認識しつつ、エンスリーンたち三人は部屋に入った。
「これは……」
「まあ」
エンスリーンは眉根を寄せ、デヴォラは頬に手を当てた。ライエに至っては口元を両手で覆っている。
一室に、床に寝せられているモノ。それはどうやら、人間のようであった。
限界まで骨と皮だけになったかのような見た目。薄汚れているが、辛うじて、金髪だったのだろうと分かる髪があるのと、恐らく男だろう事以外、全く情報が読み取れない。
他所の国にはミイラ、というものがあるらしい。それに近しいと思われる状態だ。
「わざわざ回収しているという事は、野垂れ死んだただの遺体という訳ではないのですね」
「はい。……こちらですが、その……元子息であられる、バルトロメ様のようでして」
「なんですって?」
予想外――とまでは言えないが、この場で聞くとは思っていなかった名前である。
三人は、バルトロメだという遺体を見下ろす。
「一年半で、これだけ……惨めたらしくなってしまうのですね」
とライエが言う。その横でデヴォラは、
「というよりも、まだ生きていらしたのね。見た所、死んでそう経っていなさそうでなくって?」
と、呑気にも思える口調で言った。
エンスリーンはどちらかというと、デヴォラの意見に同意であった。
「デヴォラの言う通りね。私たちの立場で申すことではないかもしれないけれど……公爵子息としてしか生きてこなかった人が、一年半も生き延びていたという事が驚きだわ」
エンスリーンからすれば、処理する事もなく世に放ったアルヘンタ公爵家の対応は甘い。
エンスリーンがアルヘンタ公爵の立場であれば、余計な憂いを生まないように、部屋に閉じ込め、表向き病気になったという事にする。流石に即座には処さないが動けないように厳重な管理の元暫く生きながらえさせた後、病死という名目にするだろう。
周りからしたらあきらかな「不要になった子供の処分」であるが、立場ある者は悪い用途で活用しようという悪人もいる。バルトロメの場合、腐っても王位継承権も持つ公爵子息であったので、アルヘンタ公爵家と敵対している派閥に拾われでもすれば大事になる。
彼の子に継承権を与えないとした所で、彼本人を活用するすべはいくらでも考えられる。
それを思えば、完全に監視下に置いたうえで、しっかりと最期まで見届ける方が安全であるし、責任を取ったと言えるだろう。
――と、不満はあれど、ミュールプフォルテが敢えて指摘していない以上口を出す事はないと黙っていたのだが……。
「……これに関しては、アルヘンタ公爵方にご報告を上げなくてはなりませんね」
「既に鳥を飛ばしております」
「そうですか」
そのあたりは流石公爵家の執事という所だろう。
「ねーぇ」
デヴォラが、スカートの裾が汚れるのを厭わずに、しゃがみ込む。パッと取り出したハンカチーフで、バルトロメの遺体の横に落ちていたソレを拾った。
「この吹き筒は?」
「バルトロメ様が手に握っておられたものです」
「えっ……ならカルロス小公爵が倒れられたのって……」
「ライエ。待ちなさい。カルロス様は診断を受けた上で、表面上の異常がなかったのよ」
「あ……そうですね、エンスリーン義姉さん。なら、違いますよね……」
一応バルトロメが持っていたから持ってこられたのだろう。そう話が吹き筒からズレそうになった時、デヴォラがこう言った。
「これ、原因かもしれないわぁ。これ、呪物ですもの」
「じゅ、呪物、ですか?」
困惑した執事と違い、エンスリーンは真剣な表情でデヴォラに問う。
「デヴォラ。間違いないの?」
「ええ。間違いありませんわぁ」
デヴォラが立ち上がった拍子に、義姉妹で一番豊満な胸が揺れた。下着などで押さえても揺れが分かるほどに大きいので、執事の視線がついついそちらに向いてしまっていた事は、エンスリーンは咎めない事にした。見慣れている同性のライエの視線もそちらに向いていたので。
「こちらの文字。古代文字ですわねぇ。内容までは、よくよく調べないと分かりませんけれど」
「そう。ならデヴォラ、貴女の知識を総動員して状況を把握して頂戴」
「はい。畏まりましたわ」
デヴォラは一人、吹き筒を手に外に出ていく。
困惑した様子で、執事がエンスリーンに尋ねた。
「エンスリーン様。その、デヴォラ様は……?」
「あの子の実家は、ホワイトサファイア伯爵家を守る魔法使いの任を担う家でしたわ。私たちの中で誰よりも、そういった事には詳しいのです」
「魔法使い……はぁ」
執事の言葉は何とも覇気がない。
まあ、それも仕方ない事だとエンスリーンは思う。
魔法使いは実在する。
しかし大多数の魔法使いは目立つ事は望まず、人里離れて暮らすか、人里の中にいても自分の身分と力を明かす事はない。
精霊の神秘が多いジュラエル王国ですらそうなのだ。他国では、もっと使える者がいたとしても自称はしないだろう。
過去の伝説として魔法を信じてはいても、今、目の前で起こされる魔法に関しては信じない。――そんな人間が多いのは、致し方のない事である。
「ライエ。ミュールプフォルテ様の元に行くわよ」
「はい、エンスリーン義姉さん」
二人は早歩きで、移動する。事態が深刻化している可能性を、己が主人である義姉の妹たるミュールプフォルテに伝える為に。




