【07】バルトロメの企み
老婆から聞き出した禁術は、たいして難しくなかった。これは「お主たちが異母兄弟であり、肉体の構成要素が比較的近しいから」だと老婆は説明していたが、バルトロメは興味のない範囲なので聞き流していた。
知りたいのはやり方、それだけだ。
相手を視認した状態で、老婆から貰った吹き矢を吹き、相手にあてる。
それだけだと言われた当初は流石に、バルトロメも詐欺を疑った。
吹き筒は木製で、何かがびっしりと書かれていた。
文字のようだが、バルトロメは知らない言語だ。これでも公爵子息であったので、バルトロメは母国語、ジュラエル王国語を含む、六カ国語を喋る。信じがたいかもしれないが、傲慢で、他者を見下し、婚約者の顔と名前を覚えていなかったが、そういう方面の知識はあったのである。そのバルトロメが知らないので、かなり遠方の国の言語であるのは確かだろう。閑話休題。その吹き筒だけが渡され、老婆からは飛ばす矢を渡されなかった。
老婆曰く、定期的にバルトロメがこの吹き筒に息を吹き込み、己の魂を詰め、カルロスに当てれば、魂が直接カルロスの体に飛ぶ。そしてカルロスの魂を押し除け、体を奪えるという。
この説明の時にも、先にも言った「2人が異母兄弟で近しいが故にうんたら」の説明をまたされたが、バルトロメにとって理論は重要ではないので、やはり聞き流した。
重要なのは魂を吹き筒に込めるには数ヶ月かかる事と、使用上カルロスに、視認し当てられる距離まで近づかねばならない事だ。
前者はただ待つとして、後者は問題だ。
視認できる距離まで近付かなくてはならない。かつ、目に見えない矢を当てなくてはならない。
近づく――それは、かつては簡単だったが、今は簡単ではない。ただの平民が公爵家の跡取りの側によれる訳がないし、かといってある程度は狙いを定めなくてはいけないというから、遠すぎても難しいだろう。
考えた末、バルトロメはある事を思いついた。
アルヘンタ公爵家では定期的に領地に戻り、視察をする。基本、それはカルロスの仕事だ。父がいく事もあるけれど、次期当主の仕事としてバルトロメがよく行っていたので、バルトロメがいなくなった今、カルロスがするだろう。
この仕事の際、領地内で目立つ場所では、馬車の中ではなく、馬上から確認する。この際、領民たちに貴い公爵家の人間の姿を見せ、尊敬の念を集めるのだ。
これならば、バルトロメもどのあたりの位置で馬車を降り、馬に乗るか把握している。
「そこに合わせればいい……」
時期もよく、例年通りならば次の領地視察は数ヶ月後。吹き矢に己の魂を詰め込むに、ちょうど良い。
◆
その日からバルトロメは毎日毎日、吹き筒に息を吹き込んだ。うまく行っているかは分からない。だが失敗するとは、ほんの少しも思わなかった。
バルトロメ・アルヘンタ公爵令息は完璧な男だ。
それが今は、ほんの少しの失態から正しくない形になっただけ。
そしてその形が、正しく戻るだけ。
バルトロメは強く強くそう信じていた。
毎日、毎日。吹き筒に息を吹き込む姿は、周りからも異様に写った。浮浪者たちは近寄りたくないと距離を置き、誰もバルトロメに話しかけはしない。
それも、バルトロメにとっては、「公爵令息にふさわしくない身分の者(浮浪者たちの事である)が気後れして、距離を取っている」というだけの事。バルトロメには当たり前のこと。不思議に思う事もなかった。
吹き筒に魂を入れるのと並行して、バルトロメは領地へと移動を開始した。公爵領は広く、王都からはそれなりに距離がある。今までは馬や馬車での移動であったが、今は歩くしかない。
毎日歩き続け、足の裏も血だらけでボロボロになった。それでも歩いた。
歩いて歩いて、そしてカルロスの体を手に入れれば、全て解決するのだから。
そう信じ、彼は歩き続けた。
懐かしい公爵領でも、バルトロメの扱いは浮浪者だ。平民以下だ。しかしアルヘンタ公爵夫妻が行っていた定期的な、最低限の炊き出しと、仕事のない者向けの日雇いの仕事を斡旋するシステムのお陰で、食う物に困るなんて事はなかった。
王都にいた頃よりも、良い暮らしかもしれない。
しかしバルトロメにとって重要なのは、カルロスの体を奪う事だ。毎日彼は変わらず、吹き筒に魂を吹き込んだ。
最初の頃に感じていた「こんな簡単なやり方で体を奪えるのか?」という疑問は、もはや少しも頭をよぎらなくなっていた。代わりに、毎日頭をよぎるのは、カルロスの体を手に入れた後にどんな日常を過ごすか。それだけだ。
ミュールプフォルテは少し成長し、かつて見た時よりも更に美しくなっていた。カルロスの体を手に入れたらまず、彼女を組み敷かねばならない。カルロスがどんな夜をしていたかはしらないが、バルトロメの方が正しい公爵令息なのだから、バルトロメの方がうまいに決まっている。カルロスの技では満たされていなかっただろう彼女の体を余すところ堪能しなければ。
それから、他の女たちを思い出す。ミュールプフォルテに付き添っていた他の令嬢たち。その内どこかの男と婚約を結ぶのかもしれないが、その前に、バルトロメが手を出しても問題はないはずだ。万が一子を孕んだとすれば、それは公爵家の血が広まるという事に繋がるのだから、良いだろう。
ミュールプフォルテには劣るが、どの女も悪くはなかった。何より、第二洗礼式においてどこか反抗的な目をしてきた女たちを組み敷いてやれば、怒りも収まるだろう。
ニヤニヤと笑いながら吹き筒を吹くだけの男は、公爵領でも浮いていた。
そうしてついに、カルロスが来る事を、耳にした。
「今年も子息様が視察にこられるらしい」
「でもあれだろう? 確か、跡取りは変わられたとか」
「そうさ。前の子息様の名前はもう出しちゃいかんぞ」
そんな話をしている平民たちを、全員鞭打ちの刑にしてやりたいとバルトロメは思った。しかし今暴れては、数ヶ月、いや、廃嫡されてからだと、一年半以上に渡っている不遇の元が取れない。
(カルロスの体を奪ったら、あの平民たちは全員鞭打ちにしてやる……)
必死に怒りを耐え、バルトロメは時を待った。
普段通るルートの一つがよく見える場所に、バルトロメは身を潜める。
公爵家の人間の姿が見えると、平民も集まるので、バルトロメがあまり人気のない場所に潜んでいたとしても、たいして目立たなかった。
公爵家の家紋のついた馬車がやってくる。
まだバルトロメのいる位置から遠いという場所で、カルロスが馬車から降りているのが見えた。車内の誰かと会話している風であった。
その後、カルロスは馬に乗り換えた。
立派な馬だった。本来はバルトロメが乗るべき位置に、カルロスが収まっている。そして堂々と胸を張り、馬が歩き始めた。
(愛人の子風情が……俺がいない間に、随分と調子に乗って……!!)
怒りはあったが、それに呑まれて本命を疎かには出来ない。バルトロメは待った。
カルロスが近づいて来る。平民たちが、頭を下げている。
(あと少しだ、あと少し……!)
確実に当たるように。もう少しだけ、距離を近く。
そうして待って、待って、待って……。
(いまだ!!)
ふっ、と、バルトロメは吹き筒に息を吹き込んだ。
成功したのか失敗したのか、一瞬分からなかった。
しかしカルロスの胸の辺りに白い光がパッとと散り、次の瞬間、カルロスが胸を抑えて前に倒れ込む。よく制御された馬は意図的にカルロスは落としはしなかったが異変に反応して高く嘶き、自力でバランスが取れなかったらしいカルロスが、馬から落ちる。
幸いにも異変に気が付いたらしい平民が、馬が暴れる危険性を顧みず飛び出したので、頭から落ちるなんて事はなかったようだ。
しかし、その部分まではバルトロメはまともに見てもいなかった。
(成功した! 成功し……)
バタリと、バルトロメはその場で倒れた。片手には、強く握られたままの吹き筒があった。




