【06】アルヘンタ公爵家のカルロスとホワイトサファイア伯爵家のミュールプフォルテの結婚式
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約一年後。
十分な準備期間などを終え、開かれたアルヘンタ公爵家のカルロスとホワイトサファイア伯爵家のミュールプフォルテの結婚式は、王族級の豪奢なものであった。
カルロスは血筋的には王族に近い事もあり、通常王族でしか使用できない教会で式を挙げた。国王がそれを認めるほどに、この婚姻が重要視されていたのである。
カルロスとミュールプフォルテが市民に手を振る。一般的には花嫁のベールは白であるが、ミュールプフォルテの美しい白髪が映えるようにと、薄い青のベールが用意された。瞳の色に出来る限りあわされたそれはミュールプフォルテの白髪を際立たせ、人々はどこか浮世離れした雰囲気に魅了された。
それは、花嫁だけの功績ではないだろう。
新郎新婦を守るように立つ騎士の、目立つ位置にはアルヘンタ公爵家の騎士となった、輿入れに追従してきたジュラエル王国人の騎士たちが沢山並んでいる。白髪の者、青い髪の者、赤い髪の者など、様々な髪色と目の色をした騎士たちは色とりどりの美しい花のようでもあり、人々を熱狂させた。
新郎新婦を見守る位置には、アルヘンタ公爵夫妻と、ジュラエル王国からやってきたホワイトサファイア伯爵夫妻がいる。ミュールプフォルテと同じ白髪と青い瞳の夫妻はアルヘンタ公爵夫妻より幾年か年が上の筈であるが、同い年か、年下に見える。
また、新婦を守るように付き従っている中には、エンスリーンをはじめとした付き添いでやってきた令嬢たちもいる。新郎側の参列者として並んだアルヘンタ公爵家の縁者たちは、まだ結婚相手がいないというあの美しい娘を射止めれないものかと、熱のこもった瞳で見つめていた。
◆
大盛況の式を遠くから眺め、顔をゆがめている者が一人。バルトロメである。
バルトロメは両親から縁を切ると宣言されて以降、本当に公爵家ゆかりの場所に立ち入れなくなっていた。これまでは公爵子息だからといって支払いもツケに出来ていた店たちが、こぞって「先に払っていただかなくては」と言い出し、まともな宿にも泊まれなかった。知り合いの家にいっても、既に公爵家から連絡が来ており、誰もバルトロメを家に入れてはくれなかった。
辛うじて迎え入れてくれた知人の男爵令嬢の屋敷でも、公爵家がバルトロメと縁を切った事を表沙汰にした途端、「出ていって! 公爵家に睨まれるなんて勘弁だわ!」とバルトロメを追い出した。
「たかだか、男爵令嬢ごときが!」
とバルトロメは怒り狂ったが、だがしかし、それに同調してくれる人もいない。
王族と同等の地位の者として生まれ、育った男は、たった一年ほどの期間で、別人と思うほどの容貌になっていた。
自慢の髪も肌も薄汚れ、手はひび割れた。生きていくのには金がいる。金を得るには、何かしら労働をしなくてはならない。かつてのバルトロメならば一生する筈がなかった、地味で最下層の肉体労働をする道しか、今のバルトロメには残されていなかったのだ。
「カルロス……カルロス……!」
ギリ、と爪を噛む。
本来は自分の影に隠れて、面倒な事だけをこなす都合の良い歯車であった筈の男は、公爵家の唯一の息子として、堂々たる立ち姿を見せていた。横にいる背丈の小さなミュールプフォルテを気遣いつつ、共に歩く姿はまるで絵画のようで、若い男女は特に、夢を見るように熱狂している。
(そこは俺の位置なのに。俺が本当の、アルヘンタ公爵家の子息なのに!)
ギリギリと歯ぎしりするバルトロメだが、今の彼には何も出来ない。
日々の食事にも困る身分だ。本来であれば見たくもない式を見に来たのは、この祝いに合わせて貧民たちにも豪華な食事を振舞う場が開かれる為だ。ここ数日はまともなものが食べられていない為、せめてそこで何かありつかねば、本当に、死にかねない。
「死んでたまるか……俺は、俺はあの立ち位置を取り戻さなくてはならないのだから……」
爪を噛み、歯ぎしりをし、バルトロメはフラフラと歩く。
そんなバルトロメを気に留める者は、いない。――筈、だった。
「のう、お主。恨みを晴らしたくはないか?」
「あ?」
バルトロメは振り返る。そこには、薄汚れた布を頭からかぶった、人間が一人いた。
声からして、老婆といった所か。
自分の役にも立ちそうにない老婆に背を向けて、去ろうとするバルトロメに、老婆らしき人物が口を開く。
「人の体を奪う禁術を教えてやろうか」
「――!」
ピタリと、バルトロメは足を止め、振り返る。
「……なんだと?」
足を止め振り返ったバルトロメに、老婆は笑った――ように感じられた。布をかぶっていて顔など見えないのに。
「禁術さ。失敗すれば、お主が死ぬ」
骨ばった、皺だらけの指がバルトロメを指さす。
「けれど成功すれば、お主は再び栄えある公爵家の人間として、あの場に立てる」
バルトロメは視線を、そっと老婆から明るい日に照らされた場所に移す。
一般市民へのお披露目の時間が終わるようで、カルロスがミュールプフォルテを連れて教会の建物内に戻っていく。
(あの場所に)
多くの騎士が、万が一がないように警戒し、カルロスとミュールプフォルテを守っている。
(本当は、俺の、場所に)
カルロスの姿に、自分の姿を重ねる。
王子と公爵令嬢の間から生まれた、由緒正しい血筋の自分が、この一年で更に大人っぽくなったミュールプフォルテと並び、小公爵夫妻として、これから先社交界で動いていく。
肉体は、カルロスのものだろう。その身に流れる卑しい血は、受け入れがたい。
だがしかし、と自分の姿を見下ろす。
今のバルトロメの体には、確かに貴い血が流れているが、ボロボロだ。たった一年で人間の体がこれほど劣化するという事を、バルトロメは実体験として感じていた。
ここまで壊れた体を時間をかけて治すよりかは、父の血は間違いなく引くカルロスの体を手に入れた方が、ずっと、良いのではないか。
「――老婆。どうすればいい。どうすれば、俺は、あの簒奪者から、公爵家の跡取りを取り返せるんだ! 吐け!」
バルトロメは老婆に近づき、胸倉あたりの布を掴む。実際には肉体らしきものには触れられず、つかめたのは表層の布だけだった。
僅かにずれた布の下から、指と同じく骨と皮しかないような、皺皺の顎が微かに見える。にやりと、笑った口角が、バルトロメの目に映った。




