【05】新しい婚約者
バルトロメとカルロスの異母兄弟のやり取りをしている裏で、アルヘンタ公爵家とホワイトサファイア伯爵家の間では新規のやり取りが行われていた。
アルヘンタ公爵家は勿論、当主たるアルヘンタ公爵からの手紙である。
一方でホワイトサファイア伯爵家は当主などが来ている訳ではないので、この国まで来ている代理人という事になるのだが――これは、ミュールプフォルテと共に来ていた八人の令嬢のうち、最年長であるエンスリーンが担っていたので、実質的の彼女とのやり取りとなっていた。
代理人もしていた為、バルトロメから見た時にエンスリーンが一番偉そうに見えたのである。
あまりに早い手紙のやり取りの結果、二日後にはアルヘンタ公爵家にて、ホワイトサファイア伯爵家の面々が集まった。
アルヘンタ公爵家は公爵夫妻とカルロス。
ホワイトサファイア伯爵家はエンスリーンとケリーとミュールプフォルテの三名だ。
当初は九人の伯爵家の令嬢全員が揃う予定であったが、人数のつり合いが取れないという事で、三名に抑えられていた。
代理人のエンスリーン、伯爵の実子でバルトロメの婚約者という事になっていたミュールプフォルテ、そして年功序列でエンスリーンに次いで年齢の高いケリーの三名である。
ミュールプフォルテの目元は化粧で隠されていたものの、薄く赤らんでいた。彼女が傷つき、涙を流した跡が見える。
「この度は、愚息が大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ない」
アルヘンタ公爵がそう言って、頭を下げる。
相手は年下の令嬢であったが、立場上は伯爵の代理人である。同等程度の相手としてやり取りをすべきであるし、少数の者だけがいる閉じられた場であるからこそ、人目を気にする必要もなく頭を下げる事が出来た。
「謝罪は何度もいただきましたわ。ですが、今後についてのお話がありませんでしょう」
エンスリーンもあえて、若輩者としてではなく『ホワイトサファイア伯爵の代理人』として言葉を発する。
「バルトロメは既に廃嫡いたしました。今後、公爵家を担うはこちらのカルロスとなります。カルロスにもバルトロメと同等の教育を施しておりますので、ご不安を感じるのは当然の事ではございますが、どうか一度――」
「そうではなく」
エンスリーンは若い女性特有の高い声で鋭く公爵の言葉を止めた。
「ミュールプフォルテ様の御心は、あの頓珍漢な宣誓によって傷つかれましたわ。それに対して、どのように補償をしていくか、という事をしております」
ミュールプフォルテは悲し気に眉根を寄せた。
九人の令嬢は状況が違えば公爵夫人の座を争うライバル関係にもなりかねない立場だ。けれど彼女たちの仲は良い。それをカルロスは、彼女たちが来国してから見てきて、よく知っていた。
エンスリーンたちが、ミュールプフォルテの事を殊更大事にしている事も。
「無論、アルヘンタ公爵家の力でもって、ミュールプフォルテ嬢の悪評が広がらないように取り計らっております。あの日あの場に居合わせた全ての令息令嬢の家には、話を広めぬように通達を出しております。これは国王陛下との連名ですので、口にする者は限りなく少なくなりますでしょう」
「それは当然の対処でございますわ。それぐらいの事はしていただかなければ。全てはバルトロメ・元アルヘンタ公爵令息の愚行によるものなのですから」
必死にホワイトサファイア伯爵家の怒りを収めようとするアルヘンタ公爵家と、アルヘンタ公爵家から納得のいく補償を求めるホワイトサファイア伯爵家のやり取りが続く。
(もしここにあにう……バルトロメがいたならば、また狂ったように怒ったかもしれないな。公爵家と伯爵家が対等などと! ……と)
恐らくこの予想は、かなりの正確性で起きていただろう。もしここにバルトロメがいたならば、である。
カルロスは真剣な面持ちを崩さないようにしながら、視線をずらす。
(……ミュールプフォルテ嬢。恐らく、僕の妻となる人)
これまでは、エンスリーンをはじめとした八人の令嬢のうち誰かひとりぐらいは自分の妻になるのかもしれない、とは思っていた。しかしミュールプフォルテだけは、バルトロメとの関係がうまくいかなかったとしても、カルロスと関係を持つには至らないと思っていた。なので彼女の事は、言い方は悪いかもしれないが、眼中になかった。
そも、カルロスはあまり年下に食指が動かない。バルトロメは遅すぎるもののミュールプフォルテにうっとりと魅入られていたようであるが、カルロスはむしろ自分より年上のエンスリーンやケリー、或いは年上ではないが、胸が一番大きく母性を感じられるデヴォラといった女性の方が好みだった。
高位貴族ではよくある、閨授業においても、包み込んでくれる母性のようなものを持つ女性がいい、と家庭教師にお願いした。
(まあ、僕の個人的な好みなど関係ない。僕はバルトロメとは違う。彼女をしっかりと重んじ、大事にして、子を……勿論、彼女には無理はさせないけれど、子を作る。それで、この政略をしっかりと成功させる)
ミュールプフォルテの幼さの滲む容姿も、今だけともいえる。血が近しいエンスリーンたちが凛とした美人になっているのだから、彼女も年を重ねれば、そういう容姿になる事は想定がつく。
そんな事を思いながら見つめていると、長く見ていたからか、ミュールプフォルテと、目が合った。ミュールプフォルテは悲し気に目を細め、俯く。侍女が纏めそこねたのか、一房だけ、白い髪が耳の横から滑り落ちて、前に垂れる。
「っ」
本人が意図した動作ではなかった。
しかしその動きがあまりに艶やかで、カルロスは息をのんだ。
ドッドッドッと、血液が強く早く流れ出す。
焦燥感が、急にカルロスを呑んだ。
「父上」
「――なんだカルロス。今はお前が口を出す場では――」
「どうか、ミュールプフォルテ嬢に、愛を乞わせてくださいませ」
「は?」
突然の息子の発言に、流石のアルヘンタ公爵も肩眉を吊り上げて変な声を出した。エンスリーンは怪訝そうな顔をしながらも、
「……よろしいですわ。ミュールプフォルテ様の御気持ちを慰められるというのなら」
と、カルロスの突然の行動を咎めなかった。
カルロスはソファから立ち上がり、ミュールプフォルテの前に膝をついた。分厚く柔らかい絨毯が敷かれているので、全く痛くはない。
「ミュールプフォルテ嬢。急な事で、戸惑われている事と存じます。ですがどうか、あなたの『輝く知性』にて、アルヘンタ公爵家を照らしてくださいませんか」
ブルーの瞳を、ぱちりと、ミュールプフォルテは瞬いた。
ジュラエル王国の貴族家は、各々、契約している精霊がいるという。カルロスにとって精霊とは契約を交わすような身近な存在ではなく、もっと上の、人間の手など届かない存在である。それらと契約をしているからこそ、ジュラエル王国はほかの国と違うと言われている。
そしてこの精霊は、各々、さまざまな事を尊んでいるとか。
その精霊が重要視している、尊んでいるものを、各家も重んじている。それらに合わせて、契約している精霊の事を、「〇〇の精霊」と呼ぶ事もあるという。
ホワイトサファイア伯爵家は、『輝く知性』を重んじている。
それをカルロスは知識としては知っていた。
知っていたから、口から出たのだろう。
けれどまるでそのセリフを最初から言う事が決められていた役者のように、するりと言葉が出てきたのだ。
そっと、ミュールプフォルテにカルロスは手を差し出す。
ミュールプフォルテは何度も青い瞳を瞬かせて、それから、ほんの小さく目尻に浮いていた雫を指で拭って、そっとその手に自分の手を重ねた。
「……分かりましたわ。ホワイトサファイアの輝く知性で、共に、アルヘンタ公爵家を照らしてまいりましょう」
――一番の被害者たるミュールプフォルテがこの対応であったので、その後、エンスリーンたちの態度は一気に軟化した。
あっという間に話が進む。バルトロメが相手ゆえに中々進まないでいた結婚式の準備を含めた段取りも、凄まじい速度で話が纏まっていく。
カルロスも勿論必要に応じて意見を言う。ミュールプフォルテは時折、躊躇う様子を見せつつ、隣にずっと黙って座っていたケリーにそっと膝の上の手を握られながら、意見を言う。
建設的だった。驚くほど前向きで、物事が容易に進んだ。これまでの期間、カルロスがバルトロメに気を遣いながら小間使いのように振り回されていたのが何だったのか、と思うほどであった。
(バルトロメ。あなたは本当に、我が家の、どうしようもなく邪魔な汚点だったのだな)
そう思いながら、カルロスは話し合いが終わり、公爵家を去るミュールプフォルテを玄関まで見送っていった。ミュールプフォルテは可愛らしくほほ笑んで、カルロスに挨拶をしてくれた。




