【04】アルヘンタ公爵家 後編
公爵家の屋敷の外。
未だに喚いているバルトロメを、衛兵たちは殺しはしないものの警戒した面持ちで見つめ続けていた。
空はもう暗くなり始めていて、このままだと夜通し叫び続けていそうである。
「俺を入れろ! 俺はアルヘンタ公爵家の唯一の息子だぞ!」
叫んでいるバルトロメに、近寄っていく若者が一人。
カルロスだ。
「あに…………いや、バルトロメ」
「カルロスッ、早く門を開けさせろ! 衛兵たちは父上の命令だとか言い、開けようとしない!」
「開けられる訳がないだろう。父上の命令は事実だ。それに違反してまで、あなたをこの屋敷に招き入れる理由がない」
バルトロメの顔色が変わる。分かりやすく怒っている。
「お、まえ――! 兄に向って、なんだその不遜な物言いは! 弟の分際で!」
「……文句を言うのは、そこなの?」
確かにいつもはもっと、敬語を駆使した喋り方をしていた。今まで通りに喋るのなら、先ほどの言葉も「開けられる訳がないではありませんか。父上の命令は事実ですよ。それに違反してまで、あなたをこの屋敷に招き入れる理由はありませんから」とでもなっただろうか。
「バルトロメ。あなたは既に公爵家の人間ではない。僕とあなたでは僕の方が、もう立場が上だ。丁寧な物言いなんてしないだろう」
「なんだと……! ふざけるな! お前は卑しい身分の女が父上から種を搾り取って生まれた、愛人の子だろうがッ!!」
「生まれがなんであれ、今アルヘンタ公爵家の嫡男はバルトロメではなく、僕、カルロスだ」
バルトロメの顔が怒りで歪む。がしゃんと、敷地を仕切る鉄柵を掴んで揺らす。
鉄柵がなければ、恐怖を覚える行動だっただろう。しかし間には鉄柵があり、バルトロメはこれをサッと乗り越える身体能力も、鉄柵を壊す能力もない。そして万が一手を出そうとしても、次期公爵となったカルロスを守る為に、騎士が付き添っているので、バルトロメには何もできないだろう。
喚く元兄を無視し、カルロスは聞きたかった質問をする事にした。
「兄上。違う、バルトロメどうして、あの場にいたホワイトサファイア伯爵家のご令嬢方の顔を、誰一人として認識出来ていなかったんだ? まさかだけれど、バルトロメはミュールプフォルテ嬢の傍にいた他のご令嬢の存在意義も、正しく認識していなかったんじゃないか?」
「他の――? ……ああ、あの女たちはなんなのだ? 年子にしては全体が、年が近すぎるし、双子などにしては顔が似ていない」
はあ、とカルロスはため息を吐いた。
(……最初に説明もされたのに……本当に、覚えていなかったのか。これまで傲慢さは見せていたしこの婚約には不服そうであったけれど、そのほかでは特大の問題点はない様子だったが……そうではなかったのだろう。だとすると、僕の人を見る目も、気を付けなくてはならないな)
信じがたい事だ。
本当に信じがたい事だが、今のバルトロメの発言を加味すると、「目の前にきて会話もしていた筈の相手の事を、顔も名前も認識していなかった」という事にしかならない。
そして、そんな盛大な問題をバルトロメが抱えていた事を、アルヘンタ公爵家の人々は誰も認識出来なかった。そういう事になる。
「ホワイトサファイア伯爵家を名乗っていたが、あれだろう。同名の家の娘というものなのだろう? ジュラエル王国とやらは、貴族の家名が限られているというではないか」
「確かにあの国の貴族の家名は限られているし、本家と分家の名前も殆どが一緒らしいね。けれど、ホワイトサファイア伯爵家は一つしかないよ」
彼女らは、己をホワイトサファイア伯爵家の令嬢だと名乗った。それは、嘘ではない。
「なら誰なんだッ!!!」
元兄の怒声に、カルロスは息をつく。
「聞いたことはないの? 政略を伴う婚姻の折、万が一相性が悪かったとしてもそれにより、子が出来ない状態を避ける為の措置で、彼女たちはミュールプフォルテ嬢に付き添ってきたんだよ」
「相性……万が一……付き添い……」
「公爵夫人――義母上が僕を作らせたのと、同じ理由さ」
バルトロメはカルロスはひたすら蔑んでいたけれど、カルロスが生まれた経緯については正しく認識していた。
(筈だ。流石に。そこも分からなくなっていたとしたら、どうしようもない)
公爵夫人は公爵家に、現公爵の血を残す事を最優先とした。
それと同じように、今回のアルヘンタ公爵家とホワイトサファイア伯爵家の政略結婚で、両家の血を混ぜる子を作るのは絶対に必要な事案であった。
万が一にバルトロメとミュールプフォルテが壊滅的に相性が悪かった際、ミュールプフォルテの代わりにホワイトサファイアの血をアルヘンタ公爵家の人間と混ぜる役目を担う女性が必要だった。
こういう、両家の間に子を成す事が必須の政略結婚の際、双方の相性が悪かったからと簡単に失敗を許すわけにはいかない。
なので、万が一の代替案が用意されるものなのである。
大きい派閥同士の結託であれば、複数の家で政略結婚の為の婚約が結ばれるだろう。
そうではなく、一対一の婚約であったなら――それぞれ、予備を用意し挑むしかない。
アルヘンタ公爵家では、条件に合うのがバルトロメとカルロスしかいなかった。現公爵の血を引く人間でなければならないからだ。
となると、言い方は悪いが、ホワイトサファイア伯爵家側が予備を多く用意するしかない。あちらは「ホワイトサファイア伯爵家が後ろ盾となり動く」事が保障されれば、実子でなくとも良いのだから。
政略結婚が上手くいかなかったときの予備として用意されたのが、ミュールプフォルテと共にいた八人の令嬢である。
エンスリーン、ケリー、デヴォラ、ルュツェル、ライエ、テシュナー、ウーリアーン、グラーツィエ。
彼女たちの生まれはそれぞれホワイトサファイア伯爵家の分家である、子爵家や男爵家だ。どれも三世代以内に伯爵家の血が入っている、本家に近しい血の娘。とはいえ本来であれば、伯爵令嬢相当の教育を受ける事は出来なかった。
しかし幼い時期に「アルヘンタ公爵家とホワイトサファイア伯爵家」が成立した事で、分家の子らにも教育をされる事になった。集められた中から幼いながらに素質ありとみなされた令嬢たちには年を重ねても教育が施され、その中でも更に優秀な者を取り立てて……という風に選ばれ、残ったのがあの八人であった。
こちらの国に来る前には、正式に伯爵家と養子縁組を結んでいる。なので国際上、彼女たちの身分は間違いなく、「伯爵令嬢」なのだ。
万が一にミュールプフォルテを押しのけて彼女らのうち誰かが公爵夫人に付く事になったとしても、身分的に問題ないようにされているのである。
カルロスの説明を聞いて少しの間黙っていたバルトロメが、ぽつりとつぶやく。
「……あの女たちも、俺の女だったのか?」
「最悪の理解だね。まあ、過去形ではあるけれど、そうとも言えたよ」
バルトロメ的にはミュールプフォルテの容姿が一番刺さったようであったが、カルロスからすれば、他の八人も十分すぎるほどの美人だ。
そのうえ、全員がホワイトサファイア伯爵家に認められた才女である。
バルトロメが真っ当にミュールプフォルテと婚姻し、かつ、望めば、彼女たちはバルトロメの愛人や愛妾のような存在にもなったかもしれない。
血統にはうるさいバルトロメであるが、愛人・愛妾であれば、そこまで高い地位は求めないと考えられる。ならば、麗しい外国人の美女を並べるのは、性格的に喜んでしただろうと、カルロスには予想付いた。
これは、少なくともアルヘンタ公爵家側では止める事はない。むしろ、喜ばしい事だ。
一人の女性が複数の子を産むのは簡単ではない。バルトロメとミュールプフォルテの仲が良好であったとしても、沢山の子を生せるかは分からない。アルヘンタ公爵夫人と、カルロスの実母が、何よりも証明している。
だとすれば、アルヘンタ公爵家の男が複数人の女性と関係を持ち、アルヘンタの血とホワイトサファイア伯爵家の血を混ぜた子を複数残す方が良い。
バルトロメが手を出さない令嬢で相性が良い令嬢がいれば、カルロスも妻にしてよいとまで、アルヘンタ公爵からは聞かされていた。
あちらの令嬢方も、それを理解していたとみられる。
バルトロメとカルロス。兄弟のどちらに、自分を売り込むか、見定めていた……カルロスの認識だと、彼女たちはそういう風に動いていた。
(……ふっ、まるで家畜だな。僕も、あの方々も……)
血を重んじ、血を残す。
それを最重要事項とされている。
カルロスも、彼女たちも、同じように婚姻を義務づけられてしまっている。
貴族は確かに恵まれている。平民より遥かに長生きする事が多いし、良い服を着て、美味しい食べ物を食べられる。
――けれどそれは、家畜が服を着ているのと、何が違うのか。
どうにもカルロスはそう、卑下し、考えてしまう。
バルトロメはそういう考えとは、無縁のようであった。
「は? なんだよ、それならそうと言えばよかっただろう。どうせ俺の女になるなら、婚約者みたいなものじゃないか……」
ぶつぶつと、まだ自分が公爵家の跡取りになる前提で語る兄を見下ろして、カルロスはため息をついた。
アルヘンタ公爵からあれほどハッキリと絶縁を言い渡されて。
カルロスからも、既に嫡男の地位はカルロスに渡ったと聞かされて。
それでもなお、自分はアルヘンタ公爵家の嫡男だというのなら……もう、どうしようもない。
カルロスはかつての兄に背を向けた。
「カルロス? おい、どこに行く。俺を早く屋敷に入れろ! カルロス、カルロス!」
背後で兄だった人間が喋っていた。
役目を果たせず、捨てられた人間が、喋っていた。




