【03】アルヘンタ公爵家 前編
「なんと愚かな事を!!」
アルヘンタ公爵家では、怒声が響き渡った。
アルヘンタ公爵その人が、第二洗礼式での婚約破棄の騒ぎについて聞き及び、家に帰って来て息子たちを怒鳴り散らしたのである。
「申し訳ありません、申し訳ありません……」
カルロスは小さくなって、必死に頭を下げている。一方、当事者たるバルトロメは、ぼうっと宙を見つめるばかり。洗礼式以降、ずっとバルトロメはこうであった。カルロスへ反抗もしないので連れ帰るのは比較的楽であったが、反応がないのは気味悪くも見える。
謝罪するカルロスに、公爵同様話を聞いた公爵夫人は怒りを耐えた声で話しかける。
「……カルロス。お前からの謝罪は良い。お前の立場ですべき最低限の事は成していただろう。もう、口を閉じよ」
「はい……」
「バルトロメ。お前から言う事はないの?」
公爵夫人の問いに、バルトロメはぽつりと、呟く。
「聞いてない」
「何がだ」
苛々した様子の公爵の言葉に、バルトロメはもう一度「聞いてない」と言う。
「聞いてない、聞いてない――あんな、あんな美しい娘が婚約者だなんて!」
はあ?
と、アルヘンタ公爵、アルヘンタ公爵夫人、カルロスの心の声が揃った。
ついでに、部屋にいた執事や侍女たちも同じことを思った。
「バルトロメ……お前、何を言っている?」
「聞いておりません父上、俺の婚約者が、あれほど美しいなんて!」
「聞いてないも何も……お前は何度も会っているだろう!」
公爵の言葉に、バルトロメは意外な言葉を言われたような顔をした。
どういう事だと、公爵は頭を抱えざるを得なかった。
「確かに長年、顔を合わせてはいなかった。ジュラエル王国は遠いが故、仕方あるまい。しかしこの国にミュールプフォルテ嬢が来て以降、挨拶の日から始まり、何度もお前は顔を合わせているだろう。あれほど美しい人? 何を言っているんだお前は」
公爵の言葉に全員が同意の気持ちを持った。
公爵の言う通り、遠方の家同士の婚約では、輿入れ時を除いて顔を合わせない事は少なくない。
しかし準備の期間も含めて早めにこの国にやってきたミュールプフォルテは、バルトロメと何度も顔を合わせている。初対面の時には公爵と公爵夫人、カルロスもそろっていた。
確かにバルトロメは体調を崩して早々に退出してしまったものの、ミュールプフォルテの正面に座っていたのだ。
それなのに、バルトロメはまるで初めて顔を合わせたかのように訴えてきた。意味が分からないと困惑するのも、致し方ない事である。
公爵がそう言うが、バルトロメの耳には入っていないらしい。
「あれだけ美しいなら、俺の隣に立っても見劣りしない……。伯爵位は残念だが、我慢出来る。侯爵位ぐらいの箔をつければ完璧だ。セルバンテス侯爵家に養子縁組してから婚姻すれば……」
独り言のつもりであろうが、ぶつぶつと呟いているバルトロメの言葉も計画も、あまりに傲慢であった。
セルバンテス侯爵家というのはアルヘンタ公爵家の親戚である。確かに、婚姻などの為の箔付けとして養子縁組を望めば、動くだろう。通常ならば。
アルヘンタ公爵は、息子の独り言に、目の色を冷たくした。
それから、横の妻を見る。
アルヘンタ公爵夫人もまた、実の息子に向けるには冷たすぎる目で、バルトロメを見ていた。
「父上っ! セルバンテス家を呼んでくれ。それで養子縁組を――」
「バルトロメ。お前を勘当する」
「――は?」
「今この時を以て、公爵家から除籍し、平民としよう。此度の騒ぎの慰謝料までは、親の最後の役目として支払ってやる。その後は自分でどうにかするといい」
「は? は??」
「どこにでもいけ。ああ、お前の子にも継承権などは与えないので、お前がどこかで平民と子を作ろうと、関係ない。貴族家には通知をすべての家に回すので、貴族令嬢には相手にされないと思っておけ」
「何を仰っているのですか、父上っ!!!!」
立ち上がり大声を上げるバルトロメを、公爵は冷たい目で見つめた。
「殺さぬのは最後の情よ。――コレを、外に」
「ハッ」
使用人たちが、バルトロメを掴む。
「何をする、離せっ! 俺は公爵家の唯一の子だぞ! 王位継承権もある! 離せ、離さんか! 父上、母上、なぜっ、どうしてですか!? 父上ええええ!!!!!」
バルトロメが引きずられ、部屋から出される。
残ったのは公爵と夫人と、カルロスである。
使用人の用意した紅茶で三人が喉を潤した後、公爵は言った。
「カルロス」
「はい」
「跡継ぎはお前にする」
「……畏まりました」
「婚約者については――ミュールプフォルテ嬢から許しが得られるのであれば、ミュールプフォルテ嬢に嫁いできていただこう」
「許して、いただけるのでしょうか……?」
「そこはこちらが誠心誠意謝罪するしかあるまい」
ふう、と公爵は息を吐く。
カルロスは自信なさげに、視線を落とした。
「……私は、その、兄上ほどの血筋を持ちません。その相手を結婚相手になど、望まれないのでは?」
「あれを兄上と呼ぶのはやめなさい。もうあれはいない人間だ」
公爵の冷たい声に、カルロスは肩を震わせ「申し訳ありません」と謝罪した。
そんな父と子の様子を見ていた公爵夫人は、扇を手元でトントンッと叩くような動作をしながら言う。
「血筋の事を言うのであれば、お前もそこまで悪い訳ではないでしょう。お前の母を見繕ったのは、このわたくしよ」
公爵夫人の言う通り、カルロスの母が公爵の愛人となったのは、夫人が抜擢した事によるものであった。
公爵夫人はバルトロメを難産で産み落としていて、その後体調を崩し、次の子を望めなくなった。しかし公爵家の子が、バルトロメ一人では不安で仕方ない。その為、予備が必要だと、何かあった時には公爵家も継げるように、血筋の良い女性を選んだ。
それが、カルロスの母だ。
アルヘンタ公爵家に連なる血筋の女性で、まだ若く、子を複数人、産めそうであった。バルトロメは健康であったが、いつ何が起きて亡くなるかは分からない。その時に、公爵家の血筋を途絶えさせるわけにはいかない。
契約をしっかりとかわし、双方納得の上で公爵の愛人となった彼女は、カルロスを産み落とした。
カルロスに流れるアルヘンタ公爵家の血は遠いが、王家の血は濃い。そうであれば問題ない。アルヘンタ公爵家もまた、王家から別れた家なのだから。公爵夫人がそう考えて、作られた予備。それがカルロス・アルヘンタである。
残念だったのは、カルロスを産み落とした後にカルロスの母も亡くなってしまった事だ。
出来れば複数人産む予定だったのが、狂ってしまった。とはいえカルロスは男児だし、赤子なりに健康だ問題ないと医者に太鼓判を押された事もあり、公爵家の子作り問題は一旦解決する事になったのだ。
「さて……問題は、ホワイトサファイア伯爵家が受け入れてくださるか、という点ね」
公爵夫人はそう、目を細めた。




