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なんでお前は婚約者の顔が分かっていないんだ!?  作者: 重原水鳥


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【02】第二洗礼式での婚約破棄 後編

同じ家名が沢山ほど並びます!!

家名はほぼ読み飛ばしてもらって大丈夫です。

「兄上っ、何をおっしゃってるんですか!? 今すぐ訂正してくださいっ!」


 大聖堂の舞台上に立っていたバルトロメの所に、カルロスが飛んできた。


「今すぐホワイトサファイア嬢に謝罪を――」

「うるさいっ!」


 たかだか異母弟に、そんな事を言われたくないとばかりに、バルトロメは腕を振った。バルトロメより背丈も低く体躯も小柄な弟は、あっさり振り払われた。


 この第二洗礼の舞台に出かける事が決まった時に、バルトロメは思ったのだ。ここが、有責を宣言するに相応しいと。


 第二洗礼はこの国の貴族子弟子女にとっては重要な儀式である。これをしていなければ結婚出来ない。逆に、社交界にはデビューしていても、第二洗礼を受けていない者は、いくつになっても結婚相手としては見られない。

 だからとても重要なものだ。けれど、参加者の殆どが若いゆえに、邪魔をする大人が少ない。バルトロメが自分の意見を訴えるのに最適だと考えたのだ。


 そも、第二洗礼への参加は、バルトロメの望みではない。この国特有の儀式であるそれを見てみたい。そう言い出したのは、伯爵令嬢の方であった。


 とっくに第二洗礼も終わっているバルトロメにとって、見学として参加するのは無駄な時間でしかなかった。

 ところが両親は伯爵令嬢の我儘を許した上に、バルトロメとカルロスの二人に、付き添った上に案内をするように言いつけた。


 たかだか伯爵令嬢、貴き公爵令息を案内役にするなんて……! とバルトロメの怒りが増幅したのであった。


 だからこそ、この場で宣言してやると決め、有言実行とばかりに、宣言したのだ。


「先ほどから黙ってつまらん女だ……! 言いたい事があるなら何か言ってみろ!」


 カルロスばかりが文句を言ってきて、伯爵令嬢の方は何も言ってきていない。そう気づいたバルトロメは、最後に泣き言位聞いてやろうとそう言い放った。

 指をさされていた白髪のホワイトサファイア伯爵令嬢は周囲の令嬢たちと顔を見合わせる。


 この、令嬢をまとわせているのも、バルトロメの癪に障った。

 バルトロメにも取り巻きはいるが、常に連れ歩くのは三人程度と決めている。多すぎると邪魔だと言われるからだ。

 なのに、伯爵令嬢は何人いるのか知らないが、かなりの人数を連れ歩いている。しかもそれはこの国で培った人脈ではなく、伯爵令嬢が祖国から連れて来た、ジュラエル人の令嬢たちである。


 何故、伯爵令嬢は許されて、公爵令息の自分は許されないのか――!


 何もかもが腹立たしいと歯ぎしりをするバルトロメの前に、指をさされた令嬢は歩み出た。後ろからぞろぞろと、取り巻きたちもついてくる。


「では、まず一つ、お言葉を」

「ふんっ、今になってどんな泣き言を言うか見ものだな」

「兄上っ!」


 カルロスがまだ喚いているので、拳で腹部を殴って黙らせておく。呻いてしゃがむカルロスを見下ろした後、バルトロメは婚約者を見下ろした。


 婚約者はカルロスの方を一秒ほど見た後、バルトロメに視線を戻し、それから形の良い唇を動かした。


「婚約破棄をお伝えする相手をお間違いです、アルヘンタ公爵令息」

「…………はあ?」


 唐突な言葉に、バルトロメは眉根を寄せた。


「何を言っているのだ、お前は」

「言葉の通りですわ。先ほどアルヘンタ公爵令息は、わたくしを指さして、ホワイトサファイア伯爵令嬢との婚約を破棄すると宣言されました。間違いありませんわね?」

「当たり前だ! お前がホワイトサファイア伯爵令嬢だろうが!」


 ふう、と令嬢は息を吐いた。まるで馬鹿にしたような態度にバルトロメが爆発しかけるが、その前に、令嬢が回りくどい言い方を止め、結論を突き付けた。


「確かにわたくしはホワイトサファイア伯爵令嬢ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではございません。ですので、言う相手を、お間違いですと申し上げました」


「…………はあ??」


 先ほどより、困惑が滲んだ声を上げるバルトロメに、令嬢はドレスの裾を摘み、綺麗なカーテシーをしてみせた。


「エンスリーン・ホワイトサファイア。ホワイトサファイア伯爵家が娘の一人です。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ。……確かに、名をお伝えするのははじめてでございましたわね」

「お、お前ではない……?」


 一番偉そうにしていたので、てっきりこの娘だと思って指をさしたのだ。

 ところが、違うという。


「な、ならば――お前か!」


 と、バルトロメは次に、エンスリーンの後ろを指さした。そのすぐ後ろにいた令嬢が、次に偉そうな令嬢だった。きっとこれだろう。バルトロメはそう思ったが、指をさされて前に進み出たこれまた白髪の令嬢は、やはり綺麗なカーテシーをしながら、こう名乗った。


「ケリー・ホワイトサファイア。ホワイトサファイア伯爵家が娘の一人でございます……けれど、私もアルヘンタ公爵令息の婚約者ではありませんわね」

「はあっ!?」


 ケリーの後ろにいた令嬢を、バルトロメが指さす。

 カルロスが、必死に、兄の足に縋る。


「兄上、頼むから、これ以上無様を晒さないでくれっ」

「うるさい!」


 自分を無様だと言ったカルロスを、バルトロメは蹴り飛ばした。

 頭のどこかで、既に二回、婚約者を間違えたという事実に危機感は感じていた。けれどここまでくるともう、止まれなかったのである。


「ならお前っ」

「デヴォーラ・ホワイトサファイア。ホワイトサファイア伯爵家が娘の一人ですわ。わたくしもアルヘンタ公爵令息の婚約者ではありませんわね」

「ならお前!」

「ルュツェル・ホワイトサファイア。ホワイトサファイア伯爵家が娘の一人。私もアルヘンタ公爵令息の婚約者ではないです」

「お前!」

「ライエ・ホワイトサファイア。私でもありませんよ」

「お前!!」

「テシュナー・ホワイトサファイア。違います」

「お前ぇっ!!」

「ウーリアーン・ホワイトサファイア。違いますが」

「お前だぁ!!」

「違います。グラーツィエ・ホワイトサファイアです。どうぞよろしくお願いいたします」


 ぜえ、ぜえ、ぜえ、とバルトロメは息を切らす。


 会場中の視線が、バルトロメに突き刺さっていた。


 堂々とした宣言までは、まだ、恰好だけはついていた。

 しかしその後は、もう、無様としか言いようがなかった。


 婚約者の顔も名前も分かっていないと、宣言してしまったも同然だったからだ。


 荒い呼吸音だけが響く大聖堂の中に、コツ、コツ、という靴の音が響く。

 白髪の令嬢たちが、まるで道を開けるように左右に割れた。

 そうして現れたのは、一等小柄な白髪の令嬢だ。小柄故前に並んだ令嬢たちの陰に隠れ、バルトロメに指をさされる事もなかったのである。


「……ミュールプフォルテ・ホワイトサファイア。ホワイトサファイア伯爵家が娘であり――貴方の婚約者ですわ。バルトロメ様」


 そう言われて初めて、バルトロメは婚約者の顔を見た。


「……お前、が?」


 そこにいたのは美しい令嬢だった。

 ほかのホワイトサファイア伯爵令嬢を名乗る令嬢たちも美しかったが、ミュールプフォルテはより美しかった。それはまだ成長しきっていない年ごろ特有の、中性的にも感じられる美しさでもあった。


 まだ少し丸みを帯びる頬。白磁のような透き通る白髪。大海原を思い起こさせる美しいブルーの瞳。


「嘘だ。あの日はそんな色じゃなかっただろう」


 バルトロメの言葉に、ミュールプフォルテは首を傾げた。意味が分からなかったのだろう。揺れる白髪は、老人のものとは全く違う。初めて会ったあの日とは、色が全くの別物だった。


 ミュールプフォルテはバルトロメを見上げ、少しだけ悲し気な顔で呟いた。


「……バルトロメ様を蔑ろにしたつもりは、わたくしはありませんでした。けれど婚約をなくす事をお望みであれば、致し方ありません」

「ホワイトサファイア嬢っ!」


 カルロスから悲鳴が上がる。


 バルトロメは何も言えなかった。

 やや俯き、まつげの影によって少しだけ暗くなる少女の憂いに満ちた顔があまりに美しく、言葉を無くしていたのだ。


「アルヘンタ公爵家の皆さまには、とてもよくしていただきました。けれど。……けれど、わたくしと、わたくしの義姉妹(しまい)たちとをこれほど間違えるほど、嫌われていたのだとしたら……政略といえど、婚姻を結ぶことなど出来ませんわ……」


 口元を手で押さえ、ミュールプフォルテが踵を返し、走り出す。走り出すといっても令嬢のそれは早歩き程度のものであったが、静謐なイメージの大聖堂でのその動きは俊敏に見えた。


「ミュールプフォルテ、お待ちになって」

「お嬢様、お待ちくださいっ」


 バルトロメから名を問われ続けていた八人の令嬢たちが、慌てた様子でミュールプフォルテを追いかけ、彼女らも去っていく。


 一番最後、最初にバルトロメに指をさされた令嬢――エンスリーンが、大聖堂を出る前に振り返った。そしてバルトロメを睨み上げる。


「……我らがホワイトサファイアの姫君たるミュールプフォルテ様へのこの仕打ち、後日、正式な場での話し合いにて結末を決めましょう。……どちらの有責であったのかを」


 そう言い捨てて、エンスリーンは先に去った家族を追い、大聖堂を出ていった。出ていってしまった。


 残ったのは自分たちの大事な日を変な騒ぎで邪魔されて気分を害した若き令息令嬢と、頭を抱えているカルロスと、ぼんやりと出入口の方を見つめるバルトロメだけだった。


「……ミュールプフォルテ……」


 今更婚約者の名を呼ぶバルトロメを、カルロスが今度は叩かれようと蹴られようと、引きずって、大聖堂を退出した。

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