【11】答え合わせ 後編 / エピローグ
複数の聖職者や、遠路はるばるジュラエル王国からやってきた魔法使いにも確認をしてもらった上で、結論は出された。
まず、カルロス自体は安全だ。問題ない。
カルロスの体は間違いなくカルロスの魂のものであり、他者に主導権を握られるような事はない。
そしてかのお守りであるが――やはりその中に、バルトロメの魂が入り込んでいるというのが、殆どの者から出た一致する見解であった。
「今もまだ、意識があられますね」
と、幾人かの聖職者が判断した。
一番遅れて到着したジュラエル王国から来た魔法使いも、「あぁ、これは完全に入ってしまってますね。お守りの保護でカルロス・アルヘンタ様の体を奪えなかった結果、一番近しい場所にあった器に魂が入ってしまったのでしょう」と状況を判断した。
少し問題になったのは、お守りに入ってしまったバルトロメとカルロスの繋がりである。
聖職者たちはバルトロメに気が付いた後、バルトロメとカルロスを交互に見て、
「どうやら……一部、部分的に繋がっているようで……」
と、少し濁しながら答えた。
カルロスの側には問題はないけれど、ほんの一部。――視覚か聴覚か味覚か触覚か、どれかは分からないが、五感と言われるような何かを、一部共有している可能性があるという話が出た。
複数人からそう判断された上で、一番最後に到着したジュラエル王国の魔法使いがハッキリと、「うーん。…………恐らく視覚が共有されてますね」と判断した。
たまたまであるが、カルロスと、その魔法使いが2人きりの場で、説明を聞いていた。
「カルロス・アルヘンタ小公爵様の視覚に、バルトロメの視覚が入ってくる事はないでしょうが……バルトロメの方は、己の視覚に加えて、小公爵様の視覚を持っているかと」
「……つまり、僕が見ているものは、バルトロメも見ている、と」
「はい。体の中には入れなかったのにどうしてこのような事が起きたのか……恐らくは、本来想定していない効果だと思います。お二人は異母兄弟という事ですから、肉体的な構成要素が近しいが故に起こった欠陥とも言えるかもしれません」
全く嬉しくない話である。
しかしカルロスとバルトロメの肉体に流れる血が近しいのは否定できない。
父は同じで、母方の血も、ある程度の繋がりのある親戚だ。
全く関係のない二人の母から生まれた異母兄弟よりも、血としては近いのは、消す事は出来ない事実なのだ。
「とはいえ、視覚だけですし、小公爵様の方に流れ込んでいないのであれば……バルトロメの入っている石を壊せば、小公爵様に問題が発生する事なく、処理をする事が可能かと」
ジュラエル王国から来た魔法使い――デヴォラの親族でもあるという、白髪に薄い灰色の瞳の男が、そう説明する。
その説明に、カルロスはこう答えた。
「では――その視覚の共有、部分的に拒絶する事などはあるだろうか?」
魔法使いは首を傾げた。
「可能ですが、必要ですか? 問題がないと分かったら、石を処分すると聞いておりましたが」
「ああ。そのつもりだった」
カルロスは否定しなかった。
最初、自分の中にバルトロメがいると聞いた時は、本当に本当に気持ち悪かった。
だがしかし、色々と話を聞いているうちに彼自身の考えも、少し変わっていったのである。
「この石を壊さない限り、バルトロメは死なない。――そういう事で間違いないのだな?」
「彼は既に死んでおりますよ、小公爵。人の死はあくまで肉体的な死で判断されている事です。彼は既に死に、しかし本来天の国に帰るべき魂が帰る事なく、まだこの地にとどまっているだけにすぎません」
「そういう定義についての話は重要ではない。例え、バルトロメが拒絶しようと、我々が石を壊さない限りは、バルトロメは僕の視界も見続ける。そういう事だろう?」
「……ええ、まあ」
「こちらで――僕の判断で、特定の時間は視覚が共有されないようにしてくれ」
細かい理由までも説明する必要はないと、カルロスは話を終わらせた。
この魔法使いはホワイトサファイア伯爵家がわざわざ連れてきた相手ではあるが、生まれは男爵家だと聞く。いくらジュラエル王国の貴族といえど、男爵程度であれば、公爵であるカルロスが丁寧に、下手に出る必要がある身分ではない。
相手がミュールプフォルテであれば丁寧に説明する事も有り得たが、そうではない相手に自分の心のうちを事細かに話すことなどあり得なかった。
他の伯爵家の令嬢たちが同席していれば、彼女らには話した方が良いかもしれない。しかし他の仕事の関係で、彼女らもいなかった。都合が良かった。
魔法使いはカルロスの指示通り、視覚を共有しないようにするための道具を作った。素材入手から手間がかかったので少しばかり時間がかかったが、魔法などとは縁のなかったカルロスでも簡単に使える、箱型の道具だ。
箱にネックレスを入れ、蓋をしめると、視覚の共有が終わる。逆に、蓋から出している間は共有をされる。そういう仕組みだ。
「魂は本来、死した後、地上を去る天の国に帰る定めです。それを無理矢理に捻じ曲げすぎると、良くない事が起こりかねません」
魔法使いは最後にそう言葉を付け加えて来た。
(静かに、仕事だけすれば良いものを)
と内心カルロスは思ったが、口には出さなかった。
ジュラエル王国の貴族たちの中では、腕のある魔法使いの扱いがかなり高いと知ったからだ。特殊な分野の専門家と言える存在であるからこそ、その分野に関わる事に限り、貴族に物申す事も許容されているらしい。
となれば、生意気な態度も、処罰を加えるのはよくない。ミュールプフォルテたちからの心象が悪くなる。
だから表向きは、
「ああ、分かっている」
と、落ち着いた様子でカルロスは答えた。
魔法使いが去った後、カルロスは己の自室にのみ、バルトロメが入っているネックレスを置く事にした。
ミュールプフォルテたちには、既に処分したと伝えている。魔法使いには「アルヘンタ公爵家に関わる事の為、ホワイトサファイア伯爵家の方々には伝えるな」とかなりの金を渡して黙らせておいた。不安はあるが、わざわざこの国で暮らしているホワイトサファイア伯爵家所以の者たちと、カルロスとを対立させるような真似を取る事はないと考えている。
明らかに楽しい事がある時。
あるいは、公爵令息として輝かしい場所に立つ時。
そういう時間の前に、カルロスはお守りを取り出しておく。
そうすれば、バルトロメは見る事になるだろう。彼がカルロスの体を奪ってまで帰りたかった地位を。麗しい貴族の生活を。
本人は二度と、それを受け取る事など出来ないのに。
(憎らしいだろう。羨ましいだろう。どうして自分はそこにいないのだと思うだろう。見せるのをやめてくれと思うだろう。――そうやって、苦しめばいい)
バルトロメが生きていた頃。まだ、カルロスの異母兄であった頃。バルトロメはカルロスの尊厳を、誇りを、ひたすらに汚してきた。
その報いが、今だ。
けれど最も良き所の一部――例えば、ミュールプフォルテと夜の時間を共にする時などは、これから行われる事を言葉では匂わせておいて、絶対にバルトロメには見せない。勿体ないからだ。
いつかカルロスがバルトロメの嫌がらせに飽きて、石を壊す事になったならば、最後の最後に見せてやってもいい。だが、今はまだ簡単に、悔しさを頂点に持っていくような事はしたくはない。だから、見せない。
勿体無い。少しでも長く、バルトロメには苦しんで貰わねば。
バルトロメはほかのホワイトサファイア伯爵令嬢たちとも関係を持ちたいような事を、最後の別れの時に口にしていた。だから、実際にはしていなかったが、まるで体の関係を持ったかのような言葉をバルトロメに聞かせる事にもした。
カルロスには、ネックレスに閉じ込められているというバルトロメの声は聞こえない。
しかし、それでも予想が出来た。きっとバルトロメの事だ。ずっと同じことを繰り返し叫んでいるのだろう。
――「それは俺のものだったのに!」
という風に。
◆
――アルヘンタ公爵家の御屋敷には、とある開かずの間がある。
いつからか、そんな話が、広まっている。
少なくとも、カルロス・アルヘンタが公爵家当主の座に収まった頃には、既にその噂が存在していたと、使用人たちは言う。
その開かずの間には、誰も入ってはならない。公爵夫人ミュールプフォルテも、公爵家の子供たちも、優秀な使用人たちも。
唯一、アルヘンタ公爵カルロスだけが、その部屋に入れるというが、これも噂でしかない。少なくとも、カルロスは子供たちからこの問いを向けられた時には、
「何のことか分からないが……?」
と、首をかしげて否定したそうだ。
結局、この噂はカルロスが公爵として権勢を誇っていた期間、アルヘンタ公爵家に付き纏い続けた。けれどカルロスが亡くなった以降は、パタリと噂を聞かなくなった。
そしてそれ以降は、人々も、『アルヘンタ公爵家に開かずの間があった』なんて噂すら、忘れてしまった。
お話としてはこちらで一区切りとなりますが、女性陣側のお話で書きたいお話もあるので、後々番外編を更新(時期は未定)したいと思っています。




