【01】第二洗礼式での婚約破棄 前編
タイトル出落ちの短編の予定でしたが伸びてしまい、連載形式で載せる事にしました。
婚約破棄告げる相手間違えた系のお話。
コメディのつもりで書いてましたがちょっとシリアスのふりかけが多めになりました。
ざまぁは薄味よりです。
大聖堂に集まるは、若き貴族の子弟子女。
本日は第二洗礼の日。この国特有の、特別な儀式の日であった。
この儀式で第二の洗礼を受けて以降、彼ら彼女らは、婚姻を結ぶことが出来るようになるのである。
そのようなハレの日。
大司教と当事者の若者しか立てぬ筈の舞台の上に、一人の令息が立っていた。
豊かな金髪と美しいグリーンの瞳。彼の名を、集った令息令嬢たちは知っていた。
「あれは……アルヘンタ公爵令息では……?」
この国で二つしかない公爵家の一つ、アルヘンタ公爵家の嫡男である男が何故そこに立っているのか。人々は分からなかった。
堂々たる立ち姿で舞台に立っていたバルトロメは、片手を胸に当て、もう片方の手を高く掲げた。宣誓時に取るポーズであった。
「俺、バルトロメ・アルヘンタ公爵令息は、ミュー……? ……ホワイトサファイア伯爵令嬢との婚約を破棄する!」
立ち姿に似合いの堂々とした声が、大聖堂に響き渡る。大聖堂にいた人々は、あまりの事に沈黙した。
大声で言い放ったバルトロメはやり切った顔をしている。大聖堂のステンドグラスから入り込む光が、彼を照らしていた。名前を言えず家名だけを大声で宣言した事は、気にしていなさそうである。
「有責は貴様だ! たかだか伯爵位の令嬢でしかないにも関わらず、俺を蔑ろにし続けた。そのような立場を弁えない女など、公爵家に入れる訳にはいかない!」
ビシリ、とバルトロメは一点を指さす。
大聖堂、最後方。
白髪の令嬢たちがいる場を。
その中心にいる、一人の令嬢を、人差し指で指し示す。
指さされた令嬢は、ぱちくりと、目を瞬いた。まつげまで白い。ステンドグラスの光が降り注ぐと、まるで絵画のような美しさである。
「……わたくしと、ですか?」
「そうだ! お前有責で、我々の婚約は、破棄だ!」
そう宣言しながら、バルトロメは思った。
長かった。
この、不服しかない婚約を押し付けられてから、十年。やっと、ここまでこれた、と。
◆
バルトロメ・アルヘンタ公爵令息が、他国の伯爵令嬢との婚約を結ぶことになったのは、六歳の誕生日だった。
「バルトロメ。お前の婚約者が決まったぞ」
国で二家しかない公爵家の正統な後継者として、盛大な誕生日パーティーを開いている最中、父母は笑いながらバルトロメにそう声をかけた。
国内に、バルトロメに釣り合う姫君はいない。バルトロメは現国王の甥であり、結婚相手はどこかの姫君ぐらいでなければ釣り合わない。だから姫君、せめて同格の公爵家の娘が婚約者だと、幼いバルトロメは信じていた。
なのに。
「お前の結婚相手は、ジュラエル王国のホワイトサファイア伯爵令嬢だ」
「――――え?」
大人たちは、なんてすばらしい縁なんだ! と笑い合う。しかしそれが、バルトロメには理解出来なかった。
伯爵家。――伯爵家!!
爵位は国によってやや違う。
バルトロメの生まれた国では、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順で爵位がある。ジュラエル王国も、確か、ほぼ同じだ。騎士爵がないぐらいしか差がない。
六歳でもそれは知っていたバルトロメは、信じられなかった。
バルトロメ・アルヘンタ公爵令息の婚約者が、ホワイトサファイア伯爵令嬢。
(二つも下なんて――あり得ない!!)
せめて、せめて侯爵家でないのか。そう思ったが、何度聞いても婚約を結んだのはホワイトサファイア伯爵令嬢だと言われた。
信じたくなくて、一応、ジュラエル王国の貴族とかを調べたりもした。
ホワイトサファイア伯爵家はやはり伯爵家で、本家であるサファイア侯爵家の分家でしかないという。
公爵家は王家の血を引く貴い家である。
たかだか一貴族の分家でしかないホワイトサファイア伯爵家の娘など、到底釣り合う筈がない!
バルトロメはそう思い、反発した。それはそれは反発した。父母に考え直してもらう為に、暴れて、訴えて、叫んでみせた。
けれど、普段はバルトロメに優しい両親は、今回ばかりは絶対に首を縦に振らなかった。
どうやら丁度、ジュラエル王国に伝手が欲しい所だったらしい。それは公爵家だけでなく王家の意思も絡んだ話であり、折角つないだ縁を「バルトロメが嫌だから」という理由だけでなくす事は出来なかったらしい。
「俺じゃなくて、カルロスと婚約させればいい!」
バルトロメはそう訴えた。カルロスはバルトロメの弟だ。しかし異母弟という奴である。本来なら公爵家には立ち入れない、愛人の子。しかし色々あって――ここは大人たちの話し合いである、バルトロメは詳しい事は教えてもらえなかった――アルヘンタ公爵家で育ててもらえる事になった、あまりに幸運な子供だ。
アルヘンタ公爵家の人間と結婚させるのであれば、カルロスでもいいじゃないか。そう訴えたバルトロメの意見は、また却下された。
「カルロスは公爵家の跡取りではないのだから、政略では価値がない」
要は、公爵家の跡取りというしっかりとした足場のある人間しか、政略相手にならないという事らしい。
なんと不遜な要求なのか! バルトロメは怒り狂った。その要望が向こうから出されたものかまでは確認しなかった。だって、跡取りを結婚相手に望むなんて、下位が願うに決まっている。そう考えた。
婚約が結ばれた六歳からずっと、バルトロメは抵抗を続けたが、意味はなかった。むしろ両親からの叱責は強くなるばかりであった。
でもバルトロメは、嫌だった。
何せ婚約相手は、一度も顔を見せに来ない。
確かにこの国からジュラエル王国は二つ向こうの国であり、距離がある。頻繁に来る事は出来ないだろう。けれど重要な記念日には、顔を見せにくるべきである。
相手は伯爵家であり、自分は公爵家なのだから、伯爵家が公爵家を慮るべきである。バルトロメは強くそう思っていた。
しかしホワイトサファイア伯爵家からは季節の折などに贈り物は届けど、本人はこない。
絵姿はきたが、こんなもの、盛って書くに決まっている。バルトロメの母である公爵夫人だって、綺麗な人であるが、絵姿は本物より二割増しぐらいに美形に描かれているのだ。たかだか伯爵家の娘でしかない婚約相手が絵姿の通りに綺麗な訳がない。
バルトロメの社交界デビューのパーティーにも、相手はこなかった。
(なんて傲慢な女なんだ!)
会った事もない伯爵令嬢への怒りが積もっていく。
(絶対にこんな婚約、白紙にしてやる。……いや、これだけ不遜な真似をしてくる女だ。破棄にしてやる! 相手の有責で!)
その決意は、婚約相手であるホワイトサファイア伯爵令嬢が、婚姻の為、一年の準備期間もかねてこちらの国に来た時、強くなった。
出迎えの為に待っていたバルトロメの目に最初に飛び込んできたのは「白」であった。
ホワイトサファイア伯爵家。その家名の通り、この家の人間は白髪が多いとは、事前に聞いていた。それもバルトロメは嫌だった。
母譲りの豊かな金髪と、父譲りの美しいグリーンの瞳が自慢のバルトロメにとって、老人のような白髪を横に並べるなど、我慢しがたい侮辱に感じられた。
それでも綺麗な白髪なら……と思ったが、あいにくの曇り空の下、馬車から降りて来た白髪は暗くくすんだ色をしていた。
(こんなのが、こんなのが俺の婚約者なんて!!)
年が近い令息たちは、同格か、そうでなくとも一つ下の家格の令嬢と婚約を結んでいる。
そんな中、バルトロメだけが、公爵令息であるバルトロメだけが、二つも下の家格の娘と婚約を結んでいる。
(何故、何故俺だけが!)
馬車から降りて来たくすんだ白髪を見た瞬間から、バルトロメにとって婚約者である伯爵令嬢は絶対に別れるべき相手となった。当然、わざわざ顔をじっくり見るような真似もしなかった。
両親と異母弟カルロスがやたら丁寧に接するのも、怒りを助長させた。カルロスは分かる。半分は下位貴族の血しか流れていない、平民ほどではないものの卑しい弟だ。
けれど父母は違う。歴史あるこのアルヘンタ公爵家の一人娘であった母と、現国王の弟で、元王子であった父は違う。現国王一家を除き、その次に尊ばれるべき身分の人間だ。
それなのに、たかだか伯爵家の令嬢に、頭を下げて、丁寧に丁寧に。まるで相手の機嫌を損ねたくないとばかりに接している。
王家もかかわる婚約故に、ここまでへりくだっているのだろう。バルトロメはそう考えた。
そんな父母を見るのが、バルトロメは嫌だった。大好きな父母だったからこそ、彼らがそんな事をしているのを、見たくなかった。
早々に体調がすぐれないと退出し、バルトロメは強く強く誓ったのである。絶対に婚約を有責で破棄すると。




