聖女の魔力は煩悩です
未来を完全に予知できるなんて思い上がりだ。
そんなことは神でもできはしない。
しかし必然的にそうなるという見通しが立つ場合はあるのだ。
魔王が出現する。
これは予言の書からも占術士の卦からも宮廷魔術師の調査からも確実視されていた。
そして聖女が現れることもまた当然と考えられていた。
魔に偏った存在と聖に満ちた存在は対になるべきだから。
聖女探しが始まり、一人の少女が見いだされた。
◇
――――――――――ファイラス王国の真聖教会王都礼拝堂にて。聖女ミラ視点。
「聖女様、スランプですか?」
「スランプ……なのですかね?」
二年前、私が聖女だということが判明したのです。
聖女というのは魔王を滅する存在なのだそうで。
故郷の山の村は大騒ぎになりましたね。
頑張ってこいよと王都に送り出されました。
王都に来てみたら何もかもが大きく、多くのものに溢れ、賑やかで。
何もかもが目新しく輝いて見えたんです。
すごいなあと思いました。
宮廷魔道士長さんが私の神力を測定してくれました。
神力とは神様に借りることのできる魔力のことです。
もちろん神力は大きいほうが強い力を使えます。
今のままでもおそらく魔王と互角、今後術の習得と神力の成長を加味すれば、魔王など恐るるに足らずと太鼓判を押してくださいました。
気が抜けたわけじゃないのです。
術の習得だって深奥レベルまで頑張って終えましたし。
でも……。
最近神力が伸びてないらしいんです。
一般に聖女の神力は身体や精神の成長とともに伸びるはずなのだがと、宮廷魔道士長さんが首をかしげていました。
もっとも聖女についてわかっていることなど少ないから、とも言っていましたね。
「誰だって思い通りいかないことはありますよ」
「そうですかね」
修道女長さんは慰めてくれますけど、そういうことじゃないんですよね。
多分。
自分が聖女だからわかるのですけれども。
「イメージが足りないんですよ」
「イメージ?」
「何かこう、魔王をやっつけるイメージというか」
ウソです。
王都に来たばかりの時はすごくワクワクしていたのです。
目にするもの全てが新鮮で。
夢や希望が膨らむのを感じていて、あっ、これが神力なんだと後になって理解しました。
つまり私の神力はワクワクドキドキ感に比例するのです。
過去の聖女がどうだったかは知りませんけれども、私はそう。
イメージが足りないというのは、かろうじてウソではない気もします。
でも本当でもないという。
……神力が伸び悩んでいると聞いて、正直『でしょうね』としか思いませんでした。
だって最近はやることなすことルーティーンですから、ワクワクすることないですし。
胸躍るのって、お祭りの時とかスイーツ食べ放題に行く時くらい?
私って俗な人間だなあと思います。
「なるほど、イメージですか」
「イメージを育てられるなら何でもいいのですよ。魔王に拘らなくても」
「以前有名な画家にお会いした際、似たようなことを仰っていましたねえ。イメージをキャンバスに叩きつけるのですって」
「イメージをキャンバスに……」
頷けます。
そうです、神力の使用ってイメージをボカーンとぶつける感じなんですよ。
じゃあそのイメージをどうやって手に入れるかってことが問題になるのでして。
「その画家さんはどうやってイメージを得ていたんですかねえ?」
「わかりませんけれど、散歩が趣味だと聞いたことがありますね」
確かにのんびり散歩はいいかもしれません。
普段目に入らないものを見てみる努力といいますか。
楽しみを見出すことができる可能性はありますね。
何事にも苦労はあるものです。
「聖女様が努力なさっていることは誰もがわかっていますよ。そして聖女様の苦しみが凡人では理解できないということも」
「そんな大層なことではないのですけれども」
「思いつめてはいけません。物事楽しく考えましょうよ」
「……その通りですね」
修道女長さんの言うことは正しいです。
どうも不安なドキドキというのは神力にならないようなのですよ。
もっと嬉しいこと楽しいことを考えないと。
「ありがとうございます。色々やってみることにします」
◇
――――――――――ファイラス王国第一王子ウィリアム視点。
聖女ミラが不調らしい。
気になるので真聖教会を訪ねる途中だ。
「聖女ミラが王都に来た時は、これで魔王の脅威など払拭されたと思ったものですがのう」
同行する宮廷魔道士長ダンカンも心配そうではある。
「不調とはいえ、聖女ミラの力量が不足しているということはないのだろう?」
「それはまあ、はい。ただし、今の状態では魔王相手に苦戦は免れ得ないかと」
「ふむ」
聖女ミラの魔王退治の旅には僕も同行する。
国難の始末を聖女のみに押しつけて何が王族か。
僕がいくら技を磨いても、魔王を倒すことなんかできないと理解してはいる。
ただ旅慣れないであろう聖女ミラの助けくらいにはなれるはずだ。
「魔王の復活はいつになる?」
「邪気の高まりからして今年中かと」
「復活前に倒すことは、やはりムリか」
「可能でありましたらそれがベストなのですが。しかし魔王もさるもの。復活前は自分が無力な状態であることを重々理解しておりますゆえ、正確な位置を我らに悟らせないかと」
「だろうな」
復活のための魔力を集めやすいデリンジャー山脈のどこかだろうとは言われている。
宮廷魔道士による邪気モニタリングでも、それを裏付ける結果が出ている。
ただし正確な位置はわからないのだ。
デリンジャー山脈は魔物の巣窟だし、邪気は魔物だって発するから。
「僕の準備は万端だ」
「本当にウィリアム殿下も魔王討伐に同行なさるのですか?」
「くどい。危ないことはわかっているが、聖女だけに任せる気はない」
王家の求心力の問題もある。
また僕自身が次期王として支持を集められるかという問題もある。
……扱いやすいからと、凡庸な弟達のいずれかを立てようとする者どももいるのだ。
僕はそんな傀儡に成り下がったファイラス王家など見たくはない。
「大体聖女ミラの不調とはどういうことなのだ?」
「早い話が、神力が上がってこないということなのですよ」
「術の習得については問題ないのだろう?」
「問題ないどころか、聖女ミラは天才でございます。齢一六にしてケイオスワードの深奥を究めております」
ケイオスワードは魔道回路を開き、効果を現出させるための言語だ。
僕も初歩は齧っているが、辞書を使って何とか文法がわかる程度。
「では、魔法は自由自在に?」
「使えますな。既存魔法のアレンジも新しい魔法の構築も自由自在です」
「聖女ミラは神力なしの素の状態でも持ち魔力が大きいのだろう?」
「おそらく世界一でしょう」
聖女でなくても世界一の魔法使いということだ。
呆れた存在だこと。
「魔法が達者であるがために、却って神の寵愛を存分に受けることができないということも考えられます。そのため神力が上がってこないのかも。申し訳ありませぬ」
「何を謝る」
「聖女ミラにケイオスワードと各種魔法を教えたことです。よかれと思ってやったことでしたが……」
「ダンカンの責ではない」
魔王に対抗する手段など多いほうがいいに決まっている。
優れた魔法使いの素質があるなら鍛えるべきだ。
ダンカンは何も間違ったことはしていない。
大体魔法に長けているがために神力が上がってこないというのも、憶測に過ぎぬではないか。
さて、真聖教会の礼拝堂に着いた。
「いらっしゃいませ。ウィリアム殿下、ダンカン殿。お待ちしておりました」
「うむ、そちらが聖女ミラだな?」
「はい。よろしくお願いします」
一六歳だと僕と同い年。
うむ、さすがは神に愛される聖女だけのことはある。
美しいではないか。
司教が言う。
「本日はどうした御用向きでしたでしょうか?」
「魔王が今年中に復活する。聖女ミラの仕上がり具合を見に来たのだ」
――――――――――聖女ミラ視点。
女の子が王子様に憧れるというのは普遍的な法則みたいなものだと思います。
何と今からファイラス王国第一王子ウィリアム殿下がいらっしゃるそうで。
テンション上がりますわあ。
「私、王族の方に挨拶させてもらったことがなくて」
「む、そうだったか? ああ、ミラはまだ未成年だからな」
成年後は式典などで王族にお会いする機会ができるようです。
ドキドキしますね。
「今から来るという先触れが来たが、用件は書いていなかったのだ」
「何の用でしょうね?」
「宮廷魔道士長ダンカン殿もいらっしゃるとのこと。ならば聖女関係なのだと思う」
それで私も同席せよとのことなのですね?
嬉しいことです。
ウィリアム殿下は遠目でしか見たことはありませんが、凛々しい王子様です。
とても優秀であるらしく、学業だけでなく剣の腕も立つとか。
素敵ですねえ。
「いらっしゃったようだ」
司教様ともども出迎えます。
「いらっしゃいませ。ウィリアム殿下、ダンカン殿。お待ちしておりました」
「うむ、そちらが聖女ミラだな?」
「はい。よろしくお願いします」
わあ、やっぱりウィリアム殿下格好いい!
今日はいい日です。
「本日はどうした御用向きでしたでしょうか?」
「魔王が今年中に復活する。聖女ミラの仕上がり具合を見に来たのだ」
私に会いに来たというシチュエーションが素晴らしいですねえ。
イマジネーションが爆発してしまいます。
「ありがとうございます。絶好調です!」
「「えっ?」」
司教様と宮廷魔道士長さんがビックリしています。
あ、私が不調だと思われていたからですか?
全然問題ありません。
だって殿下がいらっしゃったのですもの。
バッチリですよ!
「おう、そうだったか。不調と聞いていたのでな。心配していたのだ」
何と、私を心配してくださっていたのですか。
キュンキュンしますね。
「先に聞いておこうか。魔王討伐に成功したら、聖女ミラは僕の婚約者になってくれる気はあるか?」
「もちろんです!」「「えっ?」」
だから司教様と宮廷魔道士長さんは何を驚いているのですかね?
当然こんな申し出には飛びつきますよね?
違う?
いきなりウィリアム殿下と婚約なんて話が出たことに驚いた?
あっ、それもそうですね。
「ありがとう。即断即決は聖女ミラのいいところだな」
「こちらこそウィリアム殿下と婚約なんて天にも昇る気持ちです。でもよろしいのでしょうか?」
「もちろんだ。聖女ミラの魔王退治には僕も同行するから」
「「えっ?」」
あっ、宮廷魔道士長さんは頷いていらっしゃいます。
規定路線だったのですか?
「若い男女が長期間二人きりで旅をするのだ。当然僕は責任を取る」
「いけません!」
「僕と一緒に旅をするのは嫌か?」
「いえ、それは大歓迎というか万々歳というか、歓喜の舞いを踊りたいくらいですけれども」
「では何の問題もないな?」
「いやいや、危険ですよ! ウィリアム殿下に苦労させるなんて、そんなことはできません!」
「僕も聖女ミラだけに責任を押しつける気など毛頭ないのだ」
うわあ、何という立派なお方。
こんな素敵な王子様が私の婚約者になってくださるだなんて!
妄想が捗ります!
「あっ、では今この場で魔王を倒してしまいましょう!」
「「「えっ?」」」
「それならば殿下に御足労いただかなくてもよろしいですよね?」
「それはそうだが」
「今の私は絶好調オブ絶好調です! 何でもできます……見つけました」
「見つけましたって、復活前の魔王をか?」
「はい。北の魔の山脈の……地下結構深いところですね。ここまで転移させちゃえば問題ないです」
その塊を転移させます。
「うおおお、これは……」
「この強烈な邪気! 高位魔族のコアに間違いない!」
「結構不快ですね。結界で包んでおきましょう」
ほいほいっと。
「あ、あれだけの邪気を発するとは。さすが魔王だな」
「あとはこれを潰してしまえば作業完了です。それでよろしいですか?」
「聖女殿。浄化で邪気のみを滅することは可能ですかな? 素体を研究したいのです」
「ダンカン、危なくないか? 潰しておくのが確実なのではないか?」
「魔王の本体は浄化で消え失せると考えられます。また魔王のごく一部が残っていたところで、デリンジャー山脈のように魔力や邪気を集め得る環境にないため、特に問題ないと思うのですよ」
「では邪気のみ浄化しますね。何か問題が起きるようなら私に連絡をください。めっ、しちゃいますので」
私もお役目を果たせてよかったです。
肩の荷が下りました。
「聖女の力は圧倒的ですな。あまりにもあっけない」
「宮廷魔道士長さんに魔法をたくさん教わっていたからですよ。でなければ復活前の魔王の居所なんて探知できませんから」
「聖女ミラの不調とは何だったのだ……」
これ言わなきゃいけないんですかね?
ちょっと恥ずかしいのですけれど。
「歴代の聖女が皆そうかと言われるとわかりませんけれど、私の神力の源はイメージなのですよ」
「イメージ?」
「魔法を具現化する時にイメージが重要ということは理解できます。が、神力の源と言われると今一つ……」
「ええと、嬉しい楽しい想像ができると、パワーが湧いてくる感じなのです。今日はウィリアム殿下がいらっしゃって、しかも婚約なんて聞かされたので、妄想が捗ってしまい……」
私何を言っているのでしょう。
本当に恥ずかしい!
「だから魔王をやっつけることができたのは、殿下のおかげなのです!」
あっ、殿下が笑ってくださいました。
品のいい快活な笑顔ですねえ。
好きです。
「ふむ、要するに僕と聖女ミラは相性がいいということだな?」
「そう、その通りなのです!」
「よし、了解だ。魔王消滅を確認でき次第、婚約の申し入れを行うから待っていてくれ」
「はい!」
さて、浄化完了ですね。
「今日は帰る。が、しまったな。魔王の残骸が重い」
「宮廷魔道士の研究棟に転移で送っておきますね」
◇
――――――――――王宮にて、ミラとのお茶会。ウィリアム視点。
宮廷魔道士による邪気観測のモニタリングスコアからして、魔王の消滅は間違いないと結論付けられた。
大ニュースだ。
遠くから復活前の魔王を見つけ出し、滅ぼすなど前代未聞の偉業であるから。
ミラはとんでもない神力を持つ聖女だ、ということになった。
が……。
「違うのです。ウィリアム殿下がわざわざ教会までお越しになって、婚約者にしてくださると仰るものですから、愛の力が溢れてきて魔王をやっつけることができたのです。だからウィリアム殿下のおかげなのです!」
妄想が捗るからって言ってなかったかな?
まあ愛の力のほうが聞こえがいいことは確かか。
おかげで僕は何もしていないのにヒーロー扱いだ。
愛の力って言われると少々こそばゆいけれども。
魔王退治に関する騒動もある程度落ち着いた。
ミラとゆっくりできるようにもなった。
おいしそうにお茶を飲んでいたミラが言う。
「一段落ですね。和みますねえ」
「僕は何もしていなかったのにな」
「ウィリアム殿下は私について来て助けてくださる覚悟がおありだったでしょう? それが私のパワーになったのです」
「ハハッ、ありがとう。ミラは優しいな」
照れてら。
ミラは感情表現がストレートで可愛いな。
言い忘れていたが、ミラは正式に僕の婚約者になった。
魔王を速やかに倒せたのはミラが聖女であるばかりではなく、希代の魔法の使い手でもあるから、ということも公表されたので。
要するに実績がある上に実力者だからってことだ。
僕の婚約者狙いの高位貴族令嬢はもちろん多かった。
が、速攻で魔王を片付けた救国のヒロインを押しのけようとする者はさすがにいなかった。
代わりにミラと交流を持とうとする令嬢が増え、平民出身で人脈が弱いというミラの弱点は補完された。
いいことばかりだ。
もう僕がファイラス王国の次期王であることは間違いない。
弟達を推していたやつらも擦り寄ってきたから。
ミラが愛想よく応対していたから喜んでいたわ。
掌を返すような者どもは信用できないが、王たる身であれば清濁併せ呑んでいかねばな。
「ダンカンが言っていたが、魔王のコアを包んでいたのは未知の鉱石だそうだ。魔力を集める特性があるのだと」
「変わった特性ですね。魔道具を作る際に役立ちそうです」
「ダンカンも同じことを言っていたな。が、現状はサンプル分しかないから」
「魔の山脈だったら採掘できるのかもしれませんよ」
「うむ」
今までデリンジャー山脈は魔物の生息する立ち入るべからざる領域という意識しかなかった。
資源の宝庫でもあると、見方を変えねばならないのかもな。
魔物ハンターを育成して、そして……。
ミラを見たらニコッと笑った。
ミラがいれば何でもできる気がするな。
僕まで勇気が湧いてくる。
「ミラ。僕はファイラス王国の発展に身を捧げようと思う」
「御立派です」
「何を言うか。聖女の君がいる今がチャンスだからだ」
ゆっくりと恥ずかしそうに頷くミラ。
ああ、信頼してくれているのだなと感じる。
ミラを抱きしめる。
「協力してくれ」
「もちろんですとも」
「あっ?」
ミラが輝いて見える?
あれか、例の妄想力による神力の亢進?
「……奇麗だな」
「嫌ですわ、殿下ったら。神力が溢れてしまっていますね。もったいないですから、民に施しましょう」
「民に施す?」
「祝福の術ですよ。ファイラス王国に幸あれっ!」
柔らかな光がそこかしこに降り注ぐ。
おそらく効果範囲は王国全体なのだろう。
ああ、温かい気持ちになるな。
聖女の祝福は見事と言うほかない。
「ありがとう。皆が喜ぶだろう」
「いえいえ、たまにはいいですね。式典の時とか」
「うむ、そうだな」
広がる夢が力になる。
これがミラの神力なのだな。
祝福の効果もあるのだろう、本当に満ち足りた気分だ。
ミラと視線が合った。
言葉はいらない。
ともに往くのだ。
真聖教会と書いていた時に、思わず前園……と呟いてしまいました(笑)。
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