星磨きのテッチ
なぜ夜空に浮かぶ星があんなにも綺麗なのか、みなさんは知っているでしょうか?それは、星磨き屋という、みなさんと同じような姿をした子どもたちが、日夜頑張ってあの星たちを一つ一つ磨いているからなのです。星にはしごをかけて、キラキラと光る磨き粉が入ったバケツを片手に、ビロードのような優しい手触りのする特別な布で、丁寧に、でも力強く、ごしごしと磨くのです。
星磨き屋が一体何人いるのかは、私にもわかりません。彼らは星と同じ数だけいます。お空の星が数えきれないように、星磨きの子どもたちもまた、想像できないほどたくさんいるのです。
さて、北極星の近くにある小さな星に、テッチという星磨き屋になったばかりの小さな子どもがおりました。テッチはまだ見習いで、これまで星を輝かしたことはありません。つい一週間ほど前に、親方からようやく一つの星を任されるようになったばかりでした。
でも、テッチは一生懸命磨きました。というのも、もし自分の失敗で星をキラキラさせることができなければ、冬の夜空に一つだけ小さな黒い穴が空いてしまうからです。星磨き屋として、そんなことは許されないのです。
「よし、ここは綺麗になったな。でも、裏側はまだまだだぞ」
真面目なテッチは誰よりも頑張って磨きました。他の子どもたちが手を休めている間も、テッチだけは仕事をし続けました。朝も、昼も、夜も、ただひたすら星の輝きのために汗をかきました。
「おーい、テッチ。他のみんなは外で遊んでるぜ。君も来いよ」
ひょいと、星の岩陰からポッチが顔を出しました。ポッチはテッチと同じ歳の星磨き見習いで、テッチの隣の星を任されていました。
「僕はやめておくよ。星を輝かせるためにもっと磨かないと」
「そんなつまらないこと言うなよ。僕、君とはもう何日も遊んでないんだぜ?」
テッチとポッチは親友でした。星を任されるようになる前は、毎日遊んだものです。しかし、お互いに星磨き屋になってからは、顔を合わせることすら珍しくなっていました。
「僕は忙しいんだ。自分の星に戻れよ、ほらっ」
テッチは小石を投げて、ポッチを追い払おうとしました。ポッチはウサギみたいにぴょんぴょん跳ねて、小石をかわします。ポッチが跳ねるたびに埃がまって、せっかく磨いた星がまた汚れていきました。
「こら、ポッチ。いい加減にしろ」
「へへーん!ここまでおいで!」
ついに、テッチは仕事を放り出して、ポッチと追いかけっこを始めてしまいました。二人は星の隅々まで走り回って、もうめちゃくちゃです。星はどんどん汚れていき、次第にくすんだ色に変わっていきました。
「ポッチ!もう許さないぞ!君のせいで僕の星が台無しだ!」
「君が僕を無視するからさ!ほら、つかまえてごらんよ!」
ポッチは星の中で一番高い丘にしばりつけてあったロープにしがみつき、せっせと上に登っていきました。テッチもそれに続きます。二人はぐいぐいとロープを登っていき、テッチの星が随分と小さく見えるところまで登りました。
ここでふと、テッチは大事なことに気づきます。
「し、しまった。このロープは星と宇宙をつなぐロープじゃないか。このままだと切れてしまうぞ」
そうなのです。みなさんは知らなかったでしょうが、星は自然に宙に浮いているわけではなくて、一本のロープで宇宙とつながれているのです。そしてこのロープは星一つを支えるので精いっぱいで、もし仮に子ども二人分の体重が加わったとしたら、いとも簡単にちぎれてしまうでしょう。
「ポッチ!早く戻らないと、大変なことになるぞ!」
しかし、ポッチは戻りません。それどころか、もっと高いところへ登ってしまいました。テッチがまた声をかけようとしたその瞬間――。
――ぷつん!
ついにロープは切れてしまいました。テッチの星は小さな子ども二人と共に、宇宙から地上へと落ちて行きました。これが、みなさんがたまに見ることのできる流星です。どうして流星がたまにしか見られないかと言えば、ポッチみたいないたずらっ子なんて、星磨きの中でもかなり珍しいですからね。星磨きはテッチのように、基本的には真面目でいい子が多いのです。
冬の街にはしんしんと雪が降り積もっていました。青白い光が街の隅々まで満ちて、まるで街全体が凍りついてしまったかのようです。でも、家の中には温もりがありました。おじいさんもおばあさんも、男の子も女の子も、暖炉の中で踊る火で暖を取りながら、窓の外から見える、美しい夜景に見とれていました。
冬の張りつめた空気の中で、星々は一層キラキラと輝きを増します。星の煌めきは人々の心に小さな炎を灯し、春が来るまでの間、人に寒さに耐えるだけの希望の力を与えるのです。
しかし、よく目を凝らして見れば、星々の壮麗なる帯の中に、一つ小さな切れ目がありました。偶然雲が重なってしまったのか、それとも、誰かがイタズラして星を隠してしまったのか、街の人たちは不思議に思いました。
もちろん、欠けているのはテッチの星です。あのすったもんだの騒動の後、小さな星は宇宙から落っこちてしまって、街の裏側の森に墜落してしまったのです。
テッチは雪の中にすっぽり埋まってましたが、やっとのことで這い出して、体中についている雪を払いました。
「ああ、なんてことなんだ。僕の星は満天の宇宙から落っこちてしまった。僕はこれからどうすればいいのだろう?」
途方に暮れていたテッチですが、すぐに星のことが心配になりました。星はテッチのすぐそばにありました。木と木の間に挟まり、半分以上濁った状態で、か細くチカチカと点滅しています。
「まだ完全ではないけど、だいぶ汚れてしまったぞ。せっかくあんなに綺麗に磨いたのに……。そうだ、ポッチのやつはどこだ?あいつのせいで、僕の星は台無しだ」
テッチはイタズラっ子のポッチのことがきになりました。ポッチもテッチと一緒にここに落ちてきたのです。きっとそばにいるはずなのですが……。
「おっと、これはポッチの足跡だ。南側に続いているぞ」
テッチはポッチの靴の跡を追跡します。また雪が降り積もって跡が消えないうちに見つけなればなりません。テッチは急ぎました。
「あ……」
ポッチは樹の洞の中で、リスと一緒に寝ていました。リスの大きな尻尾を枕にして、すぅーすぅーと静かな鼻息を立てています。
こんこん――。
テッチは樹の表面をノックしました。ポッチは目を擦りながら起き上がります。
「なんだい?人が気持ちよく寝ているというのに……」
「おい、ポッチ。起きろ。君のせいで僕はひどい目にあったんだぞ」
「気にするなって。きっとなんとかなるさ。そんなことより、僕と一緒に遊ばないかい?ほら、追いかけっこをしようよ」
ポッチは洞から這い出ると、テッチのポケットから大切な磨き布を奪って、たったっと走り出してしまいました。
「やったな、このイタズラっ子め!」
再び、テッチとポッチの追いかけっこが始まりました。ポッチは枝から枝へとぴょんぴょん飛び回り、まるでムササビのような身軽さです。テッチは雪玉を投げたりしてポッチを懲らしめようとするのですが、ポッチはひょいっとかわしてしまいます。
「もう怒ったぞ!僕も我慢の限界だ!」
テッチは樹の幹を思いっきり蹴り、枝に留まっていたポッチを叩き落とします。そこから二人はもみくちゃになりながら、坂道を転がり落ちて行きました。
テッチはポッチから布を取り返し、ポッチに怒鳴ります。
「僕は君というほどふざけた星磨きを知らないぞ!僕の星を滅茶苦茶にして、僕の星を落っことして、僕の布まで奪った!君は本当にひどいやつだ!君なんかもう友達じゃない!」
「テッチ……そんなに言うなよ……。僕だって悪気があってやったわけじゃないんだ。君が僕のことに全然かまってくれないから……」
ポッチはぽろぽろと涙を流していましたが、テッチは見捨てて行ってしまいました。もはやテッチの頭の中には星のことしかありませんでした。早く星を磨いて綺麗にして、宇宙にもう一度戻らなくてはなりません。
「……な、なんということだ!」
テッチは驚きました。テッチの星は半分どころか、全体が真っ黒に汚れてしまっていたのです。テッチは急いで星に飛び乗って、せいいっぱいゴシゴシと磨きました。でも、全く汚れが落ちません。
「星よ、輝きを取り戻してくれ。そうじゃないと、僕は親方に怒られてしまうし、冬の星空を楽しみにしている人たちをガッカリさせてしまうんだ。ほら、綺麗になってくれよ……」
テッチは手の感覚が無くなるくらい、力いっぱいに磨きました。でも、星は煤を被った鉄クズのように真っ黒に淀んでいて、ちっとも光りません。
「落下の衝撃で僕の星はダメになってしまったのかもしれない。ああ、もう何もかも終わりだ……」
テッチは雪の降り積もる街の中で、一人ぽつんとうなだれていました。星は輝きを失い、宇宙にも帰れなくなってしまいました。これでは星磨きとしては完全に失格です。誇りに思っていた仕事ができなくなって、テッチの心は氷のように冷たくなっていました。
「はぁ……。僕はこれからどうすればいいんだろう?」
いくらテッチが哀れをさそう独り言をつぶやいても、かわいそうな星磨きの子を慰めてくれる人は誰もいません。テッチは本当に一人ぼっちでした。
「それにしても、どうして星は輝きを失ってしまったのだろう?僕とポッチが汚したからだろうか?でも、あんなに真っ黒になったことなんて今まで一度もなかった。いくら磨いてもちっとも綺麗にならないじゃないか。まったく、どうなってるんだ?」
テッチの頭の中に、あのどす黒く変色してしまった星の姿が思い浮かびました。あの星は今のテッチの心のようです。光も、希望も、夢もなく、まるで死んでしまったかのように、冷たい地表に転がっているのです。
ふと、窓の明かりに気が付きました。中を覗いてみると、男の子の兄弟がおもちゃを取り合って喧嘩をしています。
「やいやい!それは僕のおもちゃだぞ!手を離せったら!」
「たまには僕に貸してくれたっていいじゃないか!独り占めしないでよ!」
ついに兄弟はおもちゃの引っ張り合いを始めました。それは怪獣のぬいぐるみでしたが、二人とも強い力で引っ張るので、どんどん伸びていきました。そして、ぷつん!
なんということでしょう。ぬいぐるみは真ん中から裂けて、半分になってしまいました。もうめちゃくちゃです。
わんわん泣く兄弟たちのもとへ、お母さんがやってきました。
「お母さん!こいつが僕のぬいぐるみを壊しちゃったんだ!」
「違うよ!お兄ちゃんが僕からぬいぐるみを奪い取ろうとしたんだ!」
お母さんは二人を抱き締めて、こう言いました。
「いいですか?このぬいぐるみは、今のあなたたちの心です。あなたは弟にいじわるをして、おもちゃを貸そうとしませんでした。だから、弟の心はひどく悪くなって、喧嘩になってしまったのです。そして、私の可愛い弟よ、あなたはお兄ちゃんを見習って、もうちょっと我慢することを学ぶべきでしたね。いくら貸してくれないからといって、無理やり取ろうとしてはいけません。そんなことは悪い人がする行いですからね。つまり、あなたたちはお互いに慈しむことをしなかったから、心がどんどん黒ずんでいって、ついには真っ二つに割れてしまったのです。そう、このぬいぐるみのように……」
お母さんはぬいぐるみを拾い上げ、戸棚からお裁縫の道具を取り出しました。そして、なれた手つきで縫っていきます。
「ぬいぐるみは糸を通せば元通りになります。でも、あなたたちの心が汚れていれば、また二つに裂けてしまうでしょう。そうならないようにするために、仲直りをしなさい、私の可愛い坊やたち」
喧嘩をしていた兄と弟はお母さんに促されて、照れ隠ししながらも、お互いに謝り、そして仲直りの握手をしました。そして、今度は引っ張り合うことなく、お母さんが直してくれたぬいぐるみを使って、仲良く遊び始めました。
さて、テッチはこの光景の一部始終を見て、はっと気づかされました。
「そうか。星が光らないのは、僕の心が怒りと憎しみで汚れているからだ。あの兄弟のように、僕はポッチと争ってしまって、僕たちの心を台無しにしてしまった。だから、あの怪獣のぬいぐるみのように、僕の星もダメになってしまったんだね」
ようやくテッチは大事なことに気づいたようでした。実は、天にまたたくあの星々は、星磨きの美しい心に反応してキラキラと輝くのです。いえ、もっと正しく言うならば、星はテッチたちの心そのものだと言ってもいいくらいなのです。
「ああ、僕はポッチにひどいことをしてしまった。僕は親友に謝らないといけない」
テッチはこれまでの自分の行いを恥じて、顔を真っ赤にしてしまいました。しかし、ここでじっとしているわけにはいきません。テッチは街を出て、再び森の中に飛び込んでいきました。
暗闇の中、テッチは走りました。森には街灯がありませんから、お日様が沈んでしまえば、本当に真っ暗になってしまうのです。しかも、テッチがこの森に墜落した時よりも、もっと雪が降り積もっていました。冷たい風も吹いて来て、これはもう吹雪です。
でも、テッチは走るのをやめませんでした。ポッチに会いたいという強い気持ちがテッチの体を動かしていたのです。
テッチは樹の洞にやってきました。ポッチがリスと寝ていた、あの洞です。しかし、親友の姿はそこにありませんでした。しかし、足跡が残っています。とぼとぼとした足取りが、洞からテッチの星がある方向に伸びていました。
「……あ、ポッチ!」
足跡を追ってしばらく歩くと、ポッチがおりました。ポッチはテッチの星によじ登り、頭に雪をかぶりながら一生懸命磨いていました。しかし、ポッチの小さい手は、寒さで真っ赤に凍えておりました。
「ああ、テッチ。戻ってきてくれたんだね」
「き、君はいったい何を……?どうして僕の星を磨いているんだい?」
「僕は君に謝りたかったんだ。僕のわがままのせいで、君や君の星にとんでもない迷惑をかけてしまった。だから、こうやって君の星を磨いて、お詫びをしているんだよ。でも、全然光らないんだ。どうしてだろう?」
テッチはポッチの言葉を聞いて、泣き崩れました。
「ポッチ……。君が謝ることなんて一つもない。悪いのは僕だ。僕は君の気持ちを無視し続けて、君を傷つけてしまった。君、知ってるかい?この星は僕たちの心そのものなんだ。僕たちの心の輝きに応じて、この星も光るんだ。僕は君に悪いことをして、心の汚い星磨きになってしまった。だから、この星は死んだように真っ黒になってしまったんだ」
「そうか、そうだったのか」
テッチとポッチは手を取り合って、お互いに何度も謝りました。もはや、二人の間に何もわだかまりはありませんでした。再び心が通じ合って、テッチとポッチは親友に戻ったのです。
すると、なんということでしょう。あの夜よりも暗くなったテッチの星が、輝きを取り戻していくではありませんか。テッチの星はこれまでで一番強く光り輝き、森全体を昼のように明るくし、街にまで光を届け、この辺り一帯を黄金色に照らしました。
「ああ、温かい。まるで春になったみたいだ」
「そうだね、テッチ。でも、この温かさは星のおかげだけじゃないんだよ」
人は思いが通じ合ったとき、心がぽかぽかとしてくるものです。それは星磨きであっても変わりはありません。
「さあ、ポッチ。一緒に星に乗って宇宙に帰ろう。夜空をキラキラにしなきゃ、怒られちゃうからね」
「うん、その通りだ」
輝きを取り戻した星は、二人を乗せてふわふわと宇宙へと登っていきました。北極星のすぐ近くの、元あるべき場所にテッチの星は収まり、無限の数だけある星の中の一つとして、再び宇宙を明るく照らし始めました。
その夜の冬空は、いつにも増してきらきらと輝いていました。地上では、二人の仲直りの時にこぼれた光がまだ残っていて、街の人々の心を温かくしておりました。子どもたちは遊び回り、大人たちは優しく微笑み、どの家庭にも笑顔が満ちておりました。




