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彼の心の声が私に愛を囁いてくる

作者: 羅琴

私、クラリス・アーデンベルクには、誰にも言えない秘密がある

——決してバレてはいけない、大切な秘密



◇◇◇



「クラリス様、お久しぶりね! そのドレスとっても素敵! 羨ましいわぁ」

(古めかしいドレス! 足にも及ばないわね。私の敵じゃないわ)



「本当に! クラリス様はたくさん買ってもらえるのでしょうね。私なんてお父様が最近ドレスを買ってくれなくて。」

(お金がなくてドレスが古いものしかないのくらい知ってるのよ。かわいそう! きっと日々貧しい暮らしをしているんだわ。私と違って!)



2人のご令嬢がわざわざ私の方に来てドレスを褒めちぎる。


けれど、私は知っている。

心では微塵もそんなこと思っていないことを。



◇◇◇



そう、私は人の心の中が聞こえる。

その人が思っていることが自然と頭の中に響いてくるのだ。


強い思いであればあるほど大きく、強く響くからか、よく頭が痛くなるのが盲点だが、私はこの能力を案外気に入っている。


歴史上の私と同じ能力を持ち生まれた人たちは、政治に使われたり、魔女として殺されたりしてきたらしいから、この能力は死ぬまで隠し通さなければならない。


たまに心の声と実際の声が混合することもあるから要注意だ。


「あら、何か考え事かしら? 遠いところを見ていらっしゃるみたいだわ」

(とろとろして! いつもそうよ、何一つ聞いてないんだから!)



「きっと疲れていらっしゃるのよ。そっとしておきましょう」

(本当にうざいわ! せっかく私たちが声をかけてあげているのに!)



この2人は私と同じ公爵令嬢だが、事業に失敗した我が家と違い裕福でいつも着飾っている。


「あら、ごめんなさい。つい、ね。なんのお話だったかしら?」


「ユリウス・エーデルシュタイン様よ! なんであの方はあんなに貴方と仲がいいのか聞いてるの!」


仲がいいっていうか……向こうがただ単にちょっかいをかけてきているだけなのだが……


「夜会ではいつも貴方に駆け寄りお話されるわ。きっと貴方が珍しいから、面白がって近寄られているだけなのよ。あまり調子に乗らないようにね!」


こうやってエーデルシュタイン様との関係性を問い詰められるのは今日に始まったことではない。日常茶飯事だ。


「ああ、クラリス嬢! ここにいらしたんですか」

(よかった。今回の夜会にはいた。今日こそ口説き落とす。)



必死に誤解を解こうと口を開きかけた時、見知った顔が現れた。


噂をすれば、ユリウス・エーデルシュタイン様だ。




正直にいうと、私は彼が苦手だ。心の声がダダ漏れで、中身が外面に伴っていない。


……よし、面倒ごとが起きる前に逃げよう!


そう考えるよりも早く体が反対方向に駆け出した。

正直な足だ。これ以上ないほど速く回転している。


「クラリス嬢、お待ちください!」

(なぜいつも逃げるんだ!? 俺のことが嫌いなのか!?)


当然のようにエーデルシュタイン様は追いかけてきていて。

そして当然のように私は彼を無視する。


「クラリス嬢!」

(くそっ 俺から逃げる姿も可愛い……ああ! そんなに焦ったら足を絡ませてしまう!)


「ひあ!?」


彼の予想通りというべきか。

私は足をもつれさせて転びそうになる。


……決して、彼の言葉に気を取られていたわけではない。


ぎゅっ、と衝撃に耐えて目を瞑ったのも束の間、何か硬いものに抱きとめられた。


「大丈夫ですか? お怪我は?」

(あああああああさああああああああああ柔らかいなんて柔らかいんだ初めて触ったんじゃないか?ぎゅっと目を瞑った姿も可愛い可愛い可愛い可愛い)


思わず耳を塞いでしまう。


転びそうになったところを信じられない足の速さで追いつき、抱きとめてくれたのはありがたいが……それとこれとは別だ!


「あの……なぜ耳を?」

(耳を塞いでぷるぷると震えている姿がなんとも愛らしい。本当に、こんな俺に好かれて可哀想だ。でも逃すつもりはないから彼女にも覚悟を決めてもらわなくては)


「…………少し、音がうるさくて」


「音、ですか?」

(俺の声がそんなに大きかったのか? そうだとしたら一大事だ。一つでも嫌われる要素があるならば排除しなければ! だが近い。近すぎる。いい香りが——)


「だ、大丈夫です。放してください」


慌てて距離を取ると、エーデルシュタイン様は名残惜しそうに手を離した。


「いつも貴方は私から距離をとる。私はそんなに怖いでしょうか」


怖くはない……いや、怖い。怖すぎる。息継ぎなしの長文を私の頭に響かせながらこちらに向かってくるのだ。怖くないわけがない。


「怖くは、ありません。ただ……」


言葉に詰まる。

本当のことは言えない。

“貴方の心の声が誰よりも大きく聞こえるから避けています、私への愛の言葉が多すぎて怖いです”なんて、言えるわけがない。


「ただ?」

(嫌われているところは全て全力で直す。髪は伸ばしたほうがいいのか? 筋肉が足りない? それとも紳士さが足りない? 


多いっ多すぎる! 今のままで十分モテているんだから、ファンの中から好みの誰かを選んで求婚すればいいものを!


「……人混みが苦手なだけです。騒がしい場所は、どうも」


これは半分、本当だ。


「そうでしたか。それなら……」


彼は少し考えてから、柔らかく微笑んだ。


「次は人の少ない庭園でお話ししませんか。逃げ場もありませんし」


そこまでいって、彼はあっと口を覆った。


「え、っと、いや……あの……」

(やばいやばいやばいやばい口を滑らせた俺は今何を言った!? 逃げ場もありませんし!? そんなの逃さないと言っているようなものじゃないか! 女性が紳士的な男性を好むということはもうわかっているんだ! こんなにガツガツするなんだと思われたらっ!!!)


これは聞こえなかったふりをしたほうがいい気がする……


「えっと、なんておっしゃいました? すみません、聞こえなくて」


無論、聞こえないはずがない。

ここはホールから随分と離れているから騒がしい音も聞こえない。

どちらかというと響くくらいだ。


「いやっ……なんでもないんです、気にしないでください」


エーデルシュタイン様も誤魔化すことにしたみたいだ。

お互い知らないフリをした方が都合がいい——


カサリ……


彼の懐から何か紙が落ちた。


「??落とされましたよ えっ」


思わず、声をあげてしまった。

高級そうな紙にびっしりと私の名前が書いてあるのだ。

ぞぞぞっと何かが背中を這い上がる感じがする。


「あああああああああああそれは!!」

(それは夜会前にクラリスに会いたいという願いを込めて書き綴ったもの!! いつの間にかクラリスの名前でいっぱいになってしまったものじゃないか! 今度こそやばい、隠しきれないぞ!)


「そ、そんなに私がこの夜会にくることを願っていたのですか?」


「えっ……なぜそれを?」

(なんで知っているんだ? 俺は声に出していたか? もしかして、クラリスは——)


「ななななななな何もないです! ほんとに! なんでもないです! 忘れてくださ——」


「心が読めるのですか?」


「ひっ」

(気づかれた! 油断した! ついに気づかれてしまった! どうしよう、どうやって誤魔化そう?)


「そうなんですね?」


何か言いたくとも声が出ず、ただパクパクと口を動かす。


エーデルシュタイン様の探るような目から逃れようと必死に顔を背ける。


「クラリス嬢。私のことを見てください」


恐る恐る顔を上げ、目を合わせると、洪水のようにエーデルシュタイン様の心の声が頭に流れ込んできた。


(俺の心の中が見えるのだとしたら、俺が今まで必死に取り繕ってきたこの乱暴な口調も、一人称が「私」ではなく「俺」なことも、心の中ではクラリスと呼び捨てにしていることも、クラリスのことが好きで好きで仕方がなくて毎回会う度に愛の言葉を紡いでいることも——彼女は知っているということか?)


その通りです、エーデルシュタイン様。


どのような顔をしたらいいのかわからなくて、ただ唇を噛み締める。


「……では、クラリス嬢。あなたへの想いを紡ぐので、どうか端々まで聞き取ってください。」


「へ?」


思わぬ答えに、思わず間抜けな声が出る。


次の瞬間またもや洪水のように、彼の心の声か本当の声か分からないものが押し寄せてきた。


(好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだどうにかなってしまいそうなくらいクラリスのことが好きだ焦った表情も好きだし時折見せる笑顔は大輪の花のようだ悩む時の目を伏せる仕草すら愛おしいクラリスは俺のことなど抜いても抜いても生えてくる雑草のようにしか感じていないと思うが俺はクラリスのことをこの世で一番愛している愛しているという言葉さえちっぽけに感じるほど好きだどうやったらこの想いを言葉にできるのか想像もつかない好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ)


あまりの恥ずかしさに思わず顔を覆ってしまう。


……おそらく手で隠しきれないほど顔は真っ赤だろう。だんだんと火照ってきて、体温が一番低いはずの耳まで熱いのがわかる。


「やはり聞こえているのですね?」

(ああああ恥じらっているこの姿がっ!!! 悶絶しそうだ!! 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い! 誰にもこの姿を見せたくない! 閉じ込めてしまいたいくらいだっ!!)


「もう、しわけありません。わざとではないのです。聞きたくなくても自然と聞こえてしまうのです。」


「では、もう痛いくらいにお分かりになられているでしょう。……いや……俺がクラリスのことが好きで好きで仕方ないことを知っているはずだ。」


もう隠す必要はないと思ったのか、エーデルシュタイン様は一人称を「俺」に変えて話し出した。今まで通りの敬語ではなくなっていて、私のことを呼び捨てにしている。


「っ——! 最初は間違いだと思っていたのです。あんなに人気のある人が、私のことなんて気にもしていないと。けれどっ! 会う度に私への愛が溢れていて! どれが心の声でどれが本当の声かも分からなくなってしまいました!」


「そうだな。無意識にクラリスの姿を見かける度に愛を囁いていたかもしれない。」


あれで無意識!? 嘘でしょう!?


「私はっ! 私にはっ! もう逃げるしかなかったのです!」


「なぜ逃げる? 全て受け止めてもよかったはずだ」


「それはっ——!」


心の中ではわかっている。私は未だに信じられないのだ。このような人が私に好意を抱いているということを。


そして同じくらい嬉しいのだ。学生時代から憧れていた人でもあったから。


けれど恥ずかしすぎてどう接したらいいのか分からない。


「覚悟しろ。あなたが心の声を聞くことができるということを知ったからには、これから会う度に愛を囁いて見せよう」


そんなこと、やめてほしい。


「逃げるな。最後には捕まえるんだから、無駄な足掻きだ」






こうして彼と出会う度に、私が逃げる羽目となるのは

また、別のお話。

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