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過労死で異世界転生して魔王城をリフォームしたら国家再建が始まった件

作者:

目を覚ますと、そこは見たことのない石造りの廃墟が目の前にそびえたっていた。


「ここは…」


日向陸は身を起こし、周囲を見回した。

崩れかけた柱、ひび割れた床、割れた窓から差し込む夕日。

前世で建築士として働いていた記憶と、過労で倒れた瞬間の記憶が交錯する。


死んだのか。そして、異世界に転生したのか。


不思議と恐怖はなかった。

むしろ、廃墟の構造を見て職業的好奇心が湧いてくる。


「素晴らしい…アーチ構造が完璧だ」


手を壁に当てた瞬間、視界に文字が浮かび上がった。


『構造解析発動。建造物の状態を把握します』


次々と情報が流れ込んでくる。

石材の風化度、柱の強度、修復に必要な資材、工程──

すべてが手に取るように分かった。


「これが…チート能力ってやつか」


陸は思わず笑みを浮かべた。

前世では過労死するまで働いた自分に、神様が贈ってくれたギフトなのかもしれない。


奥へ進むと、白髭の老人が箒を持って立っていた。


「お客様ですか…いえ、その眼差しは」

老人は深々と頭を下げた。

「新たな城主様とお見受けします。私は執事のゴード。この城を守り続けてきた者です」


「城主?いや、俺はただの建築士で…」


「魔王様が滅びて三年。この城に足を踏み入れた初めての方です。どうかこの城を、そしてこの地を導いてくださいませ」


ゴードの目には、諦めと少しの希望が入り混じっていた。



翌朝、陸は本格的な調査を開始した。


魔王城は想像以上に巨大だった。

執務室、謁見の間、居住区、地下の貯蔵庫。

どれも見事な建築技術で作られていたが、長年の放置で崩壊寸前だった。


「まずは居住区から直そう」


構造解析能力を使い、修復計画を立てる。

すると能力は更に進化し、陸の意思に反応して石材が宙に浮き、自動的に修復されていった。


「これは…便利すぎる」


一週間で居住区の修復が完了した。

次は水路の復旧、屋根の補修と進めていく。

作業に没頭する陸の表情は、前世のような疲労感はなく、純粋に楽しそうだった。


ある日、近隣の村から人影が見えた。


「魔王城に明かりが灯っている…」


「新しい魔王が来たのか?」


村人たちは恐れていたが、ゴードが説明に向かった。

数日後、若い男性が一人、城門を叩いた。


「あの、大工の仕事を探していまして…」


「来てくれたのか!」


陸は目を輝かせた。構造解析はできても、細かい職人仕事は人手が必要だった。男の名はトム。腕は確かだが、戦争で仕事を失っていた。


「ここでは人間も魔族も関係ない。一緒に城を作り直そう」


トムの参加をきっかけに、少しずつ村人が城に足を運ぶようになった。



城の中央塔、最も頑丈な扉の前で陸は立ち止まった。


「ゴード、この奥には何が?」


老執事は悲しげに目を伏せた。

「魔王様の御息女、リア様が眠っておられます。城が襲撃された際、御自身を封印して…」


「封印?」


「城が完全に修復されたとき、目覚める魔法がかけられています。しかし我々の力では…」


陸は扉に手を当てた。

構造解析が起動し、複雑な魔法陣の構造が見える。


「これは建築と魔法の融合技術だ…すごい」


情報を読み解き、必要な修復箇所をリストアップする。


全員でこの城を完璧に修復することにした。

中央塔の修復には三ヶ月を要した。


最後の石材がはまった瞬間、扉が光を放った。


ゆっくりと扉が開き、中から小さな人影が現れた。

銀髪に紅い瞳、小さな角を持つ少女。

年の頃は十二、三といったところか。


「ここは…お城?」

少女は周囲を見回し、陸と目が合った。


「あなたは誰?」


「俺は日向陸。この城を修復してる建築士だ」


「建築士…?」

少女は首を傾げた。


「父上は?ゴードは?」


「リア様!」

ゴードが駆け寄り、涙を流して跪いた。


「お目覚めになられて…しかし魔王様は三年前に」


リアの表情が凍りついた。


真実を知った彼女は、しばらく塔の部屋に閉じこもった。

陸は毎日、扉の前に食事を置いた。


そして一週間後、扉が開いた。


「あなたは…なぜこの城を直しているの?」


「楽しいからかな」

陸は素直に答えた。


「この城は素晴らしい建築だ。放っておくのはもったいない」


「父上の城を…」


「いや、もう君の城だろ?だから君の意見も聞きたい。どんな城にしたい?」


リアは意外そうに陸を見つめた。

それから小さく笑った。


「温かい城がいい。みんなが笑える場所がいい」


「よし、じゃあそういう城にしよう」



リアの復活は、城に活気をもたらした。


彼女は魔法で石材を運び、陸の修復を手伝った。

その姿を見て、隠れ住んでいた魔族たちも城に戻ってきた。

獣人の石工、エルフの木工職人、ドワーフの鍛冶師。


人間と魔族が同じ現場で働く光景は、最初は緊張感があった。


「魔族が何をする気だ」


「人間こそ、また攻めてくるんじゃ」


だが陸は構わず指示を出した。

「そこの柱、人間二人と獣人一人のチームで運んでくれ」

「屋根の補修は、エルフの魔法と人間の技術を組み合わせよう」


共同作業を続けるうち、会話が生まれた。


「お前、力持ちだな」


「人間にしては器用じゃないか」


やがて笑い声が響くようになった。

昼食は皆で城の中庭で取ることに決めた。

リアが作った料理を囲み、種族を超えた交流が生まれていく。


半年後、城の大部分が修復された。


陸は次の段階を考えた。

「城の周りに街を作ろう。人間も魔族も住める場所を」


「そんなこと…」

リアは不安そうだった。

「また戦争になるかも…」


「だからこそ、最初から一緒に作るんだ。

一緒に汗を流した仲間を、簡単に敵とは思えないだろ?」


構造解析能力を使い、城下町の設計図を引く。

人間区画と魔族区画を分けず、混在させる配置。

市場、学校、病院──すべてを共有する街。


村々に呼びかけると賛否両論だったが、実際に城で働いた人々が、その良さを伝えてくれた。


「あそこでは種族なんて関係ない。良い仕事をするかどうかだけだ」

少しずつ、移住者が増えていった。



そして一年後、街は完成した。


城壁の内側に広がる石畳の街並み。

人間と魔族の店が軒を連ね、子供たちが種族を超えて遊んでいる。


「すごい…夢みたい」

リアは城の塔から街を見下ろして呟いた。


「まだ始まったばかりだけどな」陸も隣に立った。


「これから問題も出てくるだろう。でも一緒に解決していけばいい」


ゴードが書類を持ってやってきた。

「陸様、周辺諸国から使者が。この街を国家として承認したいと」


「国家か…」陸は困ったように頭を掻いた。

「俺は建築士であって、王様じゃないんだけどな」


「でも、皆があなたを慕っています」リアが真剣な目で言った。

「私も…あなたと一緒なら」


「じゃあ、共同統治ってことで」陸は笑った。

「建築士と魔王の娘がトップの国。面白いだろ?」


建国式典の日。


城の謁見の間は改装され、円卓会議ができる部屋になっていた。

人間と魔族の代表者が同じテーブルを囲む。


「本日、ここに新国家『レコンシリア』の建国を宣言します」


陸の言葉に、拍手が沸き起こった。


夕暮れ、陸は一人城の屋上にいた。

街に灯りが点り始める。

過労死する前の自分には想像もできなかった景色だ。


「陸さん」リアが駆け上がってきた。


「こんなところに。皆が探してますよ」


「悪い、ちょっと感傷に浸ってた」


「…ありがとう」リアは恥ずかしそうに言った。

「あなたがいなければ、私も、この街も生まれなかった」


「俺は城を直しただけだよ。街を作ったのは、ここに住む皆だ」


二人は並んで街を眺めた。


これから様々な困難が待っているだろう。でも、この温かい光を守っていきたい。陸はそう思った。


「さて、次は学校の増築だな」


「もう次の仕事ですか?」


「建築士は忙しいんだよ。でも今度は過労死しないように、ちゃんと休みながらね」


リアの笑い声が夜空に響いた。


魔王城から始まった小さな修復は、やがて新しい国の誕生へとつながった。

異なる種族が共に生きる国。

それは、一人の建築士が愛情を込めて積み上げた、石の一つ一つから始まったのだ。


(完)

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