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鼻からミ〇ティア

 木の葉が全て落ち切り、空気がひんやりと透き通る季節。昼夜の境があいまいになり始める時間帯。柴咲陽流を含む3人組は廊下端にあるラウンジで各々の課題をこなしていた。


 赤くなった日差しが机を照らし、置かれてある筆記用具の影が細く伸びる。


 冬休みが控えたこの季節。世間は聖夜祭に向けての話題がチラホラと出始める頃合いだが、高校生である彼らには期末試験という憂鬱な催しが待ち構えていた。遊び盛りである年頃である男子たちが、己の欲求を押し殺しながら勉学に励んでいたが、やはりと言うべきか、ごく短時間で気の乱れが見られ始める。


「……眠い。」


 陽流は机に突っ伏しながら呻く。彼の近くにはコーヒーやミント味のガム、清涼タブレットと言った目覚ましグッズが所狭しと置かれていた。どれも開封した形跡が残っており、一通り試した事が窺える。


「散歩でもしてきたら?」


 陽流の向かい側に座る友人が呟く。彼は置かれてあるミント味のガムを一つ取ると、口の中に放り込んだ。


「今散歩したら帰ってこない自信がある。」


「何でだよ。」


「周りには誘惑が多過ぎるんだよ。」


 眠気を誘う勉強よりもそこら辺に生えている草花の方が面白い。陽流はそう確信していた。それ程までに勉強とはつまらない物なのだ。興味の無い事柄を半ば強制的に頭に叩き込み、いつ使うかも分からない公式やら定理やらで与えられた問題を解く。大学入試で使うことぐらいは理解できても、社会に出て働く上で必要かと言われるとそうでは無い気がして止まない。


 陽流は雑念を払うべく清涼タブレットを口に放り込み、咀嚼してミントの風味を口一杯に広げた。痛い程の爽快感が鼻を突き抜け、粘液分泌の信号を脳に促す。


 だが、既に刺激に慣れてしまった脳みそはうんともすんとも言わず、刺激に対して快楽すら感じなくなっていた。


 陽流はこの状態に対して少しばかりの危機感を感じていた。期末試験までの時間は限られており、勉強の進捗は芳しくない。特に英単語の暗記がイマイチであり、このまま試験を迎えれば結果は悲惨なことになるだろう。最悪の場合は試験前日に徹夜する手が残っているが、反動が大きいので余り使いたくは無い。


 したがって、今この場で集中して進捗を少しでも進める必要があるのだが、雑念や眠気が湧いてくるこの状態では難しい。何か、それらを払える方法を思いつかなければ、試験前の睡眠時間を捧げることになるだろう。


 陽流は深呼吸を行いながら思考の乱れを正し、意識を目の前の問題に対して集中させる。


 タブレットの大量摂取は勿体ないだけで効果はそれ程変わらず、ガムも同じような結果になる。カフェインについては既に摂取しているので追加投入は余り意味がなく、むしろ身体に悪い。ミントと炭酸水の組み合わせは刺激が強すぎてそれどころでは無くなるから無し。


 堂々巡りの思考の海に沈みかけたところで、陽流は転換点を見出す。


 これらの事を鑑みて、今ある物で何とかするには発想の転換を行えばいい。量や質が駄目なら、場所を変えるべきだ。運のいいことに人体には複数の粘膜がある。それらに適度な清涼感を与えることが出来れば、雑念やら眠気が消え去り、晴れて勉学に集中出来るだろう。


 今直面している問題に対する解決の糸口が見つかり、嬉々とした感情を抑えられなくる。それは表情として表に表れ、周りの友人に怪訝な表情を浮かばせるが、陽流はそんなことに気付かずに思考を続ける。

 目は論外だとして尻は一考に値する。


 だが、わざわざトイレに行く手間を考えると除外すべきだろう。となると鼻が最有力候補となる。摂取するのに素材の加工は必須だが、トイレに行くよりはいくらかマシだろう。


 陽流は筆箱からハサミを取り出すとタブレットの一つを手に取り、その刃でタブレットを削り出す。


 友人は疑念を深めて顔を歪めるが、陽流はそれを気にすることなくタブレットを削り切った。


 そして、ノートの一ページをちぎると丸めてストロー状にし、端を鼻にくっ付けてもう一端を粉末に近づける。


「お前、まさか!?」


 友人の疑念が確信に変わるのを尻目に、陽流は粉末を思い切り鼻に吸い込んだ。


「ゔぉ、げほげほっ!!」


 大量の粉末が鼻の粘膜に付着し、その存在を自ら主張する。一気に突き抜ける爽快感に脳が飽和し、思考が一瞬にして真っ白になる。思わぬ刺激に対して脳が拒絶反応を起こし、それを取り除くべく粘液の分泌が活性化される。目尻には涙が堪り、鼻からは大量の鼻水が流れる。陽流は鼻を抑えながら悶絶し、地面の野垂れ打ち回った。


「おいおい、大丈夫かよ!?」


「……鼻炎が治った気がする。」


「治んねえって。」


 実際はどうか知らないが、大量の鼻水によって鼻にたまった老廃物やらアレルゲンやらが流れて行く気がする。病は気からという言葉があるので、プラシーボ効果ぐらいは期待出来る筈だ。


 陽流は鼻をすすりながら立ち上がると、心配してくれた友人と向き合った。


「お前も試してみ?」


「絶対やだよ。」


「一回だけやろ!一回だけ!」


「ぜってーやだよ。何で自ら苦しまなきゃいけねーんだよ。」


「しょーもな。」


 陽流はそう吐き捨てる。


 そして、目の前の友人に目をやると、やれやれとため息を零した。


 目の前の事象に囚われて新たな一歩を躊躇するとは何とも愚かしい。食わず嫌いも良い所だ。襲い来る強烈な刺激はともかく、鼻水を出し切った後の開放感は中々に趣き深い物だというのに。


 ……どうにか強制出来ない物か。


 陽流は友人に苦痛を共有するために策を講ずる。


 目の前の友人は自身の反応を見て警戒している。今やらせようとしていることが苦痛を伴うことは百も承知だろう。しかし、苦痛があると知った上で行動に移させる方法は無い物か。


 陽流は少し考えると、何か思いついた顔でもう一人の友人に話しかけた。


「なあ、お前は”チキ”らずやるよな?」


 陽流が取った策は相手のメンツを刺激することだった。


 悲しきかな、年頃の男子というのは自身のメンツを気にする生き物だ。特に度胸については敏感であり、意地でもビビり扱いはされたく無い。陽流はそれを逆手に取って度胸試しに落とし込むことで、友人らの参加を促した。


「……勿論。」


 彼は覚悟を決めた顔でそう返答すると、陽流からハサミを奪い取ってタブレットを加工し始める。

 そして、加工を終えると陽流に倣ってノートの切れ端でストローを作成し、鼻から思い切り吸い込んだ。


「っっっっっ!!!?」


 彼は声にならない悲鳴を上げると、思いっきり後方へ仰け反る。


 粉末を吸い込み過ぎたようだ。馬鹿め。


 陽流は悶え苦しむ彼を見てほくそ笑むと、先程”チキ”った友人に向き直る。


「この期に及んで、まさかやらないって言わないだろうな、ビビり君。」


 ニヤニヤしながら友人を見つめれば、やけくそになったのかやる気を見せる。


「やればいいんだろやれば、言っとくけど粉は少しだからな。」


 友人はそう返事をすると、タブレットを少しだけ削ってそれを紙ストローで吸引しようとした。


「あ、ゴキブリ。」


「うおっ!?どこだよ!?」


 友人が驚いて辺りを見回している内にタブレットを勝手に削り、粉末の量を追加する。


 この期に及んで”チキ”ったって無駄だ。死なば諸ともである。


「見間違いだったみたい。」


「ビビらせんなよ全く……」


 友人がそう呟くと、増えた粉末に気付かずにそのまま吸い込んだ。


「あああああっっっ!!!?」


 三人の中で一番多いであろう粉末を一気に吸い込み、刺激と爽快感の奔流を受けて友人は鼻を抑える。苦痛に耐え切れなかったのか、涙を流しながら地団太を踏む様は見ていて大変心地が良いものだった。


「あっはははははっ!!」


 陽流は堪えきれずに笑い出す。


 先程苦痛を体験した彼も満足げな表情を向けていた。


「てんめぇ……!!後で覚えてろよっ!!」


 友人は苦痛で表情を歪めながら陽流に恨めし気な視線を向ける。


 陽流はそれを涼し気に受け流すと、気を取り直すように手を叩いた。


「よし、休憩はこの辺にして勉強しよう!」


「どの口が。」


「……」


 そこから暫く勉強を続けていると、部活終わりなのか知り合いが近くを横切る。


「ちょっと待って!!」


 通りがかった彼が振り向くと、そこには屈託のない笑みを浮かべた三人組が居た。


「さっき面白いことをしてたんだけどさ。」


 三人組の心は一つだった。

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