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吸血鬼さまのお気に召すまま  作者: 笹田葉
一章 吸血鬼さま、ご案内
5/22

第5話

 宿屋の前にはこれまた上等な馬車が停まっていた。

 流れるようにエスコートされ、フェリスと男は馬車に乗る。

 馬車が走り出したところで、男が手を顎にあて口を開いた。


「そういえば自己紹介がまだだったね」


 茫然としていたフェリスは男に目を向ける。


「俺はオズワルド。オズと呼んでいい。先ほども言ったが吸血鬼でね。そうだな……生まれてからは300年程度、経つかな」


 オズは不慣れな事をするように言葉を探しながら語る。


「一先ず、君のいた屋敷を掌握することくらいはできる。君が知っているとおりね」


 フェリスはオズの言葉に心臓を握られているような心地だった。


(つまり、殺そうと思えば簡単に皆殺しにできるってこと?)


 少なくともフェリスはそう受け取った。

 カラカラと整備された道を馬車は進む。


「そういえば時間が無い。手短に訪問の手筈を話そう」


 オズは足を組んだ膝の上に両手の指をからめて乗せた。


「君はホーキンス()()()()。俺は君の兄で伯爵令息だ。いいね?」


 頭のてっぺんからつまさきまで何一つ似ていないのに、芸術品のような美貌の持ち主は言う。

 しかしこの男が言うのであれば()()()()のだろう。


「領主の名は……エドガー・シュヴァルツ辺境伯で良かったかな?」

「間違いありません」

「齢は君の七つ上だったね?」

「はい」


 思い出すように領主様のプロフィールをオズは滔々と述べる。


「貴族はみな王立学園に通うのは知っているね? そう、君くらいの年頃の子どもはみな通う」

「はい」

「君は伯爵令嬢だから、王立学園に通っている。今はちょうど休みのシーズンだ。今回は領地へ帰省する君のお迎えで俺がいる。俺とエドガー・シュヴァルツ辺境伯は()()()()()。その学友に会うために途中で寄り道し、挨拶がてら訪問に向かう。」


 設定がどんどんオズから紡がれていく。


「それがこの馬車だ。何か質問はあるかな?」

「ありません」


 彼が言う設定を飲み込む。

 質問は無いが、一使用人だったフェリスに伯爵令嬢として振舞え、というのはなかなかの難題だ。

 自信の無さが顔に出ていたのだろう。

 オズはおどけたように言った。


「なに、全ては俺の手のひらの上さ。君が粗相をしても何ら問題は無い。目的は、君が私の言う通りに動くことではなく、君の望みを叶えることだ。今私の言ったことは些事に過ぎない」


 フェリスの望み。つまり、領主様や屋敷の皆の無事と様子を確かめること。

 そのために出鱈目な設定を彼は()()()()()のだ。


「手段なんて何だっていい。大切なのは目的だ。それを間違えるのは美しくない」


 オズは窓の外へちら、と視線をやった。


「そろそろ君の元職場に着くようだ。心の準備はできたかい?」


 美貌の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。




 馬車は門を通り屋敷の前につけられた。

 オズにエスコートされ降りたフェリスは正面から屋敷に足を踏み入れた。

 いつもは裏口から入るので、屋敷の正面から客人として迎えられるのはなんだか面映ゆかった。


「ようこそ、オズワルド様。お初にお目にかかります、フェリス嬢」


 他人行儀に執事が頭を垂れる。

 ひどい違和感だった。侍女として教育されていた頃の彼を思い出し、その差に胸がつきん、と痛む。


「ああ、久しぶり。エドガーは?」

「領主様でしたら、今は中庭におります。ご案内いたします」

「いや、案内はいい。行こう、フェリス」


 勝手知ったる、というように向かうオズを許す執事に信じられない気持ちになりながら、フェリスはオズに手を引かれて中庭へ向かった。

 すれ違う使用人が皆自分に頭を垂れる。

 見知った顔にまるで他人のように振る舞われ胸の奥がバラバラ崩れていくような心地がした。


「よくきたな、オズ! 初めまして、フェリス嬢」


 中庭に着くとガゼボの手すりに行儀悪く腰掛けた領主様が出迎えてくれた。

 気さくに手を振り、歓迎する様子だ。

 彼に傷をつけた罪悪感と、物心つく前から見知っていた領主様からの初めましてという言葉に、ついにフェリスの足元が全て崩れた感覚がする。

 眩暈がして今にも倒れ伏してしまいたいが、哀しいことにここで身に着けた教養だけがフェリスを立たせてくれていた。


「初めまして、エドガー様」


 彼からの教えを裏切らないために、カーテシーと挨拶をフェリスは返した。


「久しぶり、エドガー。今日は妹のフェリスを連れてきたんだ。かわいいだろ?」

「そうだな、お前に似てなくてかわいいな。おっと、これは失礼な発言だったかな、フェリス嬢。」

「一言余計だぞ」


 まるで初対面のようにフェリスを扱い、親友のようにオズと語り合う領主様を見てフェリスは頭がおかしくなりそうだった。

 二人の会話が聞こえているはずなのに頭に入らない。

 くらりとふらついたフェリスをオズが支える。


「すまない、席についてもいいかな?」

「悪い、ご令嬢を立たせたまま話し込んでしまった! フェリス嬢、どうぞお座りください。紅茶をどうぞ」


 同僚にイスを引かれたフェリスは静かに席についた。


「ちょっと疲れさせてしまったみたいだ。休憩がてら座らせてもらうよ」


 そう言ってオズも席に着く。

 その後もオズとエドガーは談笑していた。

 時折話をふられることもあった。何と答えていただろう。

 屋敷を去って宿屋に戻るまで、フェリスは自分が何をしていたか思い出せなかった。

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