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吸血鬼さまのお気に召すまま  作者: 笹田葉
一章 吸血鬼さま、ご案内
22/22

第22話

 懐中時計はミアに持たせ、町の中をさらに散策した。

 どこもお嬢様が入るには庶民的な(格の低い)店ばかりで、見て回るだけで終わってしまった。

 作戦は最初しかうまくいかなかった。

 宿屋に戻り昼食をとる。

 今日も今日とて満足いく食事だった。

 フェリスは自分に与えられた部屋に戻るとワンピースから着替えてからばふん、とベッドに倒れ込んだ。

 ――王子と親しげな白い青年が居たという。

 寝物語では英雄の外見的特徴は言っていなかった。

 けれど、王子様と親しくできる人間なんて限られている。

 貴賓も泊まるらしいこの宿の従業員は王子様の側近まで把握していた。

 貴族に見えない男が王族と親しい、というのは凄く違和感がある。

 その違和感こそが、その白い彼が英雄だったのでは、という希望だった。

 そうであれば、筋が通る。

 フェリスは、そもそも魔王討伐隊が結成された事そのものに違和感を持っていた。

 イースタンが結成するのであれば分かる。

 最前線で戦争をしていたから。

 けれど、離れた安全地帯にいるウェスタリアが結成したのだ。

 人類の課題として永らくあった魔族との争いは、確かに同じ人類であるウェスタリアにとっても課題であるのはそうなのだが、なんだかしっくり来ないとフェリスは思っていた。

 しかしもし、寝物語のような英雄が居たとしたら。

 それならば話は変わってくる。

 決定的に大きな戦力があるのならば、打って出るのも理解できる。

 長年の人類の課題をクリアできたのであればそれは他国に対して大きなアドバンテージになるからだ。

 実際、なっている。

 ――だからこそ。

 だからこそ、英雄が居れば筋が通る。

 と、いうのは希望的観測だろうか。


「わっかんないなー……」


 フェリスは頭を抱える。

 希望はできた。

 しかしそれが確かなものかはまだ分からなかった。

 思うに、英雄が本来の力を発揮する魔族領に行くまで確かなことは分からないのではないだろうかとフェリスは考える。

 一足どころか何足も飛ぶことになるが、次は魔族領へ連れて行って貰ったほうが有益な情報が入るのではないか、そんな気がした。

 魔王討伐隊の軌跡を丁寧になぞっていくつもりだったが方針を変えたほうが良いのかもしれない。

 旅程は基本すべてオズが考えてくれる。

 今日の夜にでも相談しよう、とフェリスは結論付けた。

 一つ片付くと、また別な問題が脳内に浮かび上がる。

 領主様やお屋敷の仲間だった皆との思い出とは朝言った通りまだ決着がつけられなかった。

 昔からずっと同じ環境だった。

 母子ともに迎え入れてくれ、肉親がいなくなってもフェリスを受け入れてくれた大切な人たち。

 家族というのは母親しか知らないが、その次に大切な人たちだったことは確かだ。

 その全員から忘れられてしまった。

 胸にぽっかり穴が開いた、とはよくいったものだ。

 まさにその通りで、フェリスのペラペラの胸にありもしない穴が開いてスース―する。

 まだ数日しかたっていないのだ。

 空いたばかりの穴はまだ大きかった。

 思い出しただけで視界が滲んだ。

 めそめそと泣きながらフェリスはこの気持ちの置き所を考える。

 隅に置いても穴は埋まらない。

 今朝オズに言ったのは今言えた精一杯の、思いつきの強がりだった。

 けれど強ち間違いではないのかもしれない、とフェリスは思う。

 考えないようにするには大きくて、忘れようとするには大切すぎた。

 それでも。

 胸に抱き続けるにはまだ辛かった。

 なんということか。

 置き所は分かっていても、その置き所に置けないなんて。

 結局どこに置けばいいのか宙ぶらりんのまま、フェリスは泣きつかれて眠りについた。




 目が覚めたころには窓の外は真っ暗だった。

 瞼は腫れており、枕は涙で湿っている。

 フェリスはとりあえず、と立ち上がって顔を洗った。

 こういう時、魔法で氷を出せたら目を冷やせたのに、と内心ごちる。

 そしてふと思った。

 自分には魔法が使えるではないかと。





 ***




 始まりは気まぐれだった。

 なんだか面白いことが起きる予感がして、召喚されゆく手下に割り込んで召喚に応じたことに端を発する。

 結果は失敗かと思われた。

 ――魔族に家族を殺された男は、憎き魔族と手を取り合う最先端の都市の長を任された。

 しかしその事実に日に日に耐えられなくなり、憎しみを抑えられなくなった男は皮肉にも魔族の力を借りるという方法で魔族に復讐しようとしていたのだ。

 愉快ではあるがつまらない。

 期待していたのはそんな凡庸な男ではない。

 手下を呼び出すはずだった男はそれ以上の存在である俺を召喚したことによって壊れた。

 凡庸な割に少しは優秀であった男は、身の丈に合わなくなってしまった召喚の代償をその身で支払えてしまったからだ。

 召喚の結果は成功……なのだろう。

 その身を召喚の代償として差し出し俺は男の体内に召喚された。

 男の魂は体から弾き出され、俺は実体を召喚の代償として支払われたこの男の体に縛られることとなる。

 そうして召喚が成ってしまった。

 舌打ちをする。

 下の中、という結果の召喚。

 成ってしまったが故に破棄する事もできないこの様は非常に不愉快だった。

 気晴らしに男の魂を消そうと思ったが、召喚の契約に縛られて不可能であることに気付かされ不愉快はさらに加速する。

 時刻は深夜。

 仕方なく足元の白い布に家畜の血液で描かれた召喚陣に目を通すと、男の命が尽きるのと同時に召喚された者の命まで尽きるように書き込まれていた。

 訂正、召喚は下の下の結果である。

 魂は肉体から離れると依代を失いその場に留まれなくなるものだ。

 それ即ち死と呼ぶ。

 それはいけない。

 気まぐれでこんな男と心中するなど正気の沙汰ではない。

 俺はため息をつきながら魂に結界を張って保護した。

 肉体のそばに魂があれば、取りあえずは死なない。

 男の体は俺を納めることさえキャパシティオーバーであるため男の魂を納める容量などなく、近くに浮かべておくことにした。

 小さな箱に収まりきらないほどの大荷物を詰めて、閉まりもしないのにとりあえず蓋をした状態がこの男の現状である。

 全くもって最低の状況だ。

 この異常を察知され悪魔祓いの儀式にでも連行されれば、今この限界の状態は崩壊し男の身体は完全に壊れるだろう。

 魂があっても肉体が滅んでしまえば依代も何も無い。

 それも即ち死である。

 そしてこの男の死は俺の死。

 非常に、非常に不愉快で厄介な状況になってしまった。

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