第21話
ミアはフェリスが拳を突き上げる様子を無の目で見ていた。
その事に気付き、フェリスはあわてて体勢を整える。
「こ、これはちがうの、嬉しかったから……」
顔を赤くしてフェリスはしどろもどろになっていた。
「人間は変な事をする生き物。気にするな」
首を横に振るその顔に表情は無い。
それが余計に恥ずかしくてフェリスはみるみるうちに首まで真っ赤になっていた。
「それよりそのまま動くな」
「え?」
ミアがそう言うとフェリスの後ろに向かって風の矢が飛んで行った。
それと同時にうめき声が聞こえる。
フェリスが思わず振り返ると男が二人倒れていた。
服装は冒険者くずれのゴロツキといった様子だ。
「こんな路地に入るからついてきた。気を付けろ」
「は、はい……」
ハンターのような目をしたミアに思わずフェリスは敬語になった。
喜びを嚙みしめるために人目を避けた結果がこれだ。
ミアが居なかったらと思うとゾッとしない。
男たちは気絶しているようだった。
それをしり目に大通りを目指し歩く。
お嬢様スタイルのフェリスに付き人に見えるミアは、ゴロツキにとって格好のカモだっただろう。
それが人目を避けた場所へ勝手に行くものだから、ゴロツキどもは舌なめずりをしていたに違いない。
フェリスは背筋を伸ばし、軽率な行動は控えようと気を引き締めた。
「どこに行こう?」
「好きにしたらいい」
フェリス達は大通りに戻ってきた。
隣に王都があるからか店はたくさんあるが、酒場がほとんどでお貴族様向けの店、というものはほとんど見当たらない。
作戦は失敗だったのかもしれない、とフェリスは内心頭を抱えた。
「あ、」
そんなフェリスの目に、控えめだが上品なデザインの吊り看板が目に入る。
どうやら時計屋のようだった。
こんな所に時計なんて高級品を取り扱う店があるなんて珍しい。
しかし今のフェリスにとっては好都合だった。
窓からのぞく店内の様子は上品だが年季を感じさせる。
これなら魔王討伐隊が来た頃にも営業していただろう。
フェリスが店の扉に手をかけようとする前に、フェリスの意図を悟ったミアが扉を開けた。
「いらっしゃい」
店内に入ると、来店を告げるベルが鳴る。
グレーカラーが優雅なモノクルをした年嵩の男が店の奥から声をかけた。
といっても店内はこじんまりとしており、レジスターのあるカウンターの向こうはすぐに見渡せる。
その奥に店主らしき彼がいた。
店内には壁一面に柱時計が並び、カチカチと音を立てる。
その他にはガラスケースの中に懐中時計が置かれていた。
「これは……いらっしゃいませ。何をお求めで?」
フェリスに気がつくと彼は立ち上がりフェリスに声をかけた。
その表情にはこんなところに何を、という気色が浮かぶ。
「素敵なお店だと思いましたの。ねえ、お話をしてくださらない?」
予想外だったであろうフェリスの言葉に店主は困惑する。
「は、はぁ……どんなお話をご所望で?」
「魔王討伐隊が来た時のお話を聞きたいの」
それを聞いて合点がいったような顔を店主はした。
この町は酒場ばかり。
お嬢様が英雄譚を聞きに入れる店はここしか無かったのだろう、とフェリスの状況を悟った。
「ええ、かしこまりました。といってもしがない時計屋に分かることなんてほんの僅かですが」
「それでいいの。お願いしますわ」
店主の語る内容は本当に僅かだった。
ただこの町に魔王討伐隊が来て、出ていったのを遠目に見ていただけだと。
「王太子様は派手な装備を着ていたわけではありませんが、特別きらびやかに見えましたな。それと、隊列の中にひときわ目を引く女性がいました。ちょうど、あなたのようなピンク色の瞳の女性でしたぞ」
またピンク色の瞳の女性。
「遠目からでしたが、大した美人さんでした。この老いぼれが覚えているのはそれきりです」
少し照れたように頭を掻きながら店主は話を締めくくった。
正直、宿の男性が語った事より浅い内容ではあったが、魔王討伐隊の話を楽しそうにする様は、魔王討伐隊がそれだけ慕われているということだろう。
それがなんだか嬉しくてフェリスはあたたかい気持ちになった。
「ありがとうございます。あら、これ……かわいらしいですわね」
話だけしに来たというのは中々格好が悪い。
ガラスケースに入った懐中時計を何の気なしに見やると、花の意匠が入った懐中時計が目に入る。
一目で女性向けの品だと分かった。
薔薇の花が象られており、アメジストがそれを彩る。
それがどこかあの吸血鬼を彷彿とさせた。
女性でも手に取りやすいようにか、他の時計よりも一回り小さく作られている。
値段は聞くまでもない。
確実にフェリスでは手出しできない額だ。
様子を伺うためちらりとミアを見る。
何でもない、という顔で、フェリスの視線に気づくと欲しいのか? と問うような視線を向けた。
――あの吸血鬼はどれだけお金持ちなんだろう。
呆れとも感嘆ともつかない気持ちになる。
おそらくフェリスの1年分の給金をかき集めても手出しができないような品を、主人の許可なく何の問題もないように購入できるらしい。
それを察したフェリスは内心冷や汗をかきながらお嬢様らしく懐中時計を購入した。
用は済んだ。
店を出て開口一番、小さな声でミアに声を掛ける。
「こ、こんな高いもの、勝手に買って怒られない?」
「主人はこの程度の買い物に目くじらを立てたりはしない」
「そ、そうなの……お金持ちなのね」
懐の深い養い手にフェリスは関心した。
「主人にできないことは無い。自然と富も手に入る」
「し、自然と……!? すごい」
どんな仕組みかは知らないが魔族の中にも貴族のような存在がいるのだろうか。
魔族の社会が気になったフェリスだった。




