第19話(閑話休題)
優しい声が、フェリスに言葉を紡ぐ。
聞きなれた、懐かしい声。
同じベッドで、フェリスの髪を梳きながら母が寝物語を語っていた。
ああこれは夢だと冷静にフェリスは思った。
「彼はね、生まれた時から特別な力を持っていたの。王子様が魔王を倒すために集められた内の一人なのよ。たくさんのところを旅したわ。西の国から冒険を初めて、ロクシルドー街道を渡って私たちの国まで来たの」
母はどこか遠くを見るような目で語る。
寝物語を語るときはいつもそうだった。
たくさんの地名を母が上げていく。
いつもここでうとうとしてしまって、最後まで聞けなかった。
「街道を進みながら王子様と協力してたくさんの仲間を集めたのよ。それで、魔王軍の領域に入ると特別な力……聖なる力でたくさんの魔族を倒したの」
いつも母はここで険しい顔をしていた。
今も、険しい顔つきになっている。
「魔族の領域に入ってからはどこに魔王のいるか分からないから、色んなところを探索して回ったわ。探索した場所を記して地図を作りながら進んでいったの。地図の専門家が居たわけじゃないからメモ書きのようなものだったけれどね」
苦笑を浮かべて、少し楽しそうに母は言った。
「魔族の領域に人間が食べられるものがあるか分からないから、何回も遠征を繰り返したの。その途中で人間と戦う気がない魔族にも出会ったわ」
色んな魔族がいた、と語る声は少し明るい。
「中でも変わった魔族との協力関係を英雄は築いたの。変わった魔族でね。いきなり決闘を申し込んできたのよ。もし勝ったら魔王城までの道を案内してくれるって条件だったわ。そこで一番の戦力だった英雄が選ばれて……それはもうつよーい魔族だったわ。普通の兵隊さんが百人束になっても到底勝てないくらい強い魔族だったの」
身振り手振りで強さを母は表現してくる。
ここまでくると母はだいぶノってきていた。
「英雄はすごいのよ! たった一人で立ち向かって、魔族の魔法を無力化しながら肉弾戦で鍔迫り合いよ! 人間の倍くらいの背丈でゴリゴリの魔族相手に一歩も引かずに戦ったの!」
小さなころは何を言ってるか分からなかったが、幼心に英雄はすごく強かった事は伝わってワクワクしていた。
今聞けば意味が分かる。母の勢いに少し笑いそうになった。
「英雄は負けなかったわ。一撃一撃が重い魔族の攻撃をいなしながら大立ち回りよ! 最後は聖なる力を剣に纏わせた一撃でのしたの」
鼻息荒く語っていた母は満足気にそう言った。
「その後の魔族の様子はすごかったわ! 『このオレをここまで追い詰められたのは久しぶりだ……約束通り、魔王城への道を案内しよう』って、協力してくれて……英雄とはすっかり仲良くなってたわ。楽しそうに暇があれば手合わせを申し込んできてね」
声真似までして語る母は、語ることに夢中だった。
「そこまでしてくれるなら仲間になってもいいじゃない? でも強情な魔族で、案内まではしても味方になるのは裏切りだからって、何もしてくれなかったのよねー。そうして魔族に案内された英雄たちは……あら」
夢の中の私はもうほとんど眠っていた。
それに気づいた母が言葉を止める。
愛おしそうに私の頭を撫でて、母は言った。
「おやすみなさい。良い夢を」




