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吸血鬼さまのお気に召すまま  作者: 笹田葉
一章 吸血鬼さま、ご案内
18/22

第18話

 オズに抱えられながら帝都を抜ける。


「今宵の空の主役は月だね。星はかすんでしまっている」

「そうね。でもこんなに近くに見えるのは初めて」


 馬車の中では寝ていたし、ワイバーンに乗っていた時もワイバーン以外を見る余裕は無かった。

 街灯りから離れた上空は空気が澄んでいて、月がよく見えた。


「ところでフェリス。魔王討伐隊の通った場所を観光した感想はいかがかな」

「なんか、不思議な感じだった」


 帝都騎士団では自分に魔法が使える事が発覚し、教会では謎の既視感に襲われる。

 魔王討伐隊の軌跡を辿った喜びよりも戸惑いと驚きの方が勝っていた。


「私にも魔法が使えるなんて思わなかった」

「君は特殊な環境で育ったようだね」

「そうなのかも」


 自分の生い立ちなんて、フェリスの中で一度も疑問に思った事すらなかった。

 何故母はフェリスに魔法を使わせなかったのだろうか。

 領主様もその事は知っていたのだろうか。

 魔法を使える人間は魔法を使って奉仕していた。

 フェリスも魔法を使っていれば前よりもっと貢献できたはずだ。


「君に貴族の振る舞いを身に着けさせたのも不思議な話だ。普通の平民の使用人には必要ないものだからね」

「それは領主様の将来の奥様に侍女としてつくためにって」

「平民を侍女に? 変わっているね。普通は下級貴族の子女から引っ張ってくるものだ。そんな時間も金もかかる無駄な事をする貴族はなかなかいないよ」


 人間ではないオズのいう普通がどこまで信じられるかは疑問だが、確かに身に余る厚遇だったと言われればそう感じた。


「ママが……ママが領主様たちに何かしたのが多分、理由なんだと思う。何をしたのかは知らないけど、なんとなくそんな感じがする」


 母は特別だった。

 フェリスという子どもを抱えながら魔法で何人分も仕事をしていたし、領主様のご一家からも特別な扱いを受けていた。

 屋敷の誰もがその特別扱いに納得していたし、実際有能だった母を特別扱いするのは普通だと思っていた。

 時折領主様ご一家とお話をしているとき、母のおかげで今の領地があると何度か口にしていたのを聞いたことがある。

 フェリスは母の威光のおかげであの屋敷に存在することを許されていたのだろう、と考えていた。

 母に詳しく聞いてもはぐらかされるだけで教えてもらえはしなかったが、母が何か特別な貢献をしたのは確かだった。


「ほう。君の母も変わった人間だったんだね」

「変わったっていうか……普通じゃないっていうのはそうだけど」


 吸血鬼のオズから見れば優秀な人間も変わった人間に入るのだろう。

 それがなんだかおかしくてフェリスは思わず笑いがこぼれた。


「何を笑っている?」

「ううん、何も」


 フェリスはオズの顔から視線を少しずらした。

 きれいな満月が目に入る。

 これまで見たどんな満月よりもきれいな満月を見ている気がした。

 フェリスの口は弧を描く。

 オズもフェリスの視線の先を追った。

 これほどの満月の前でも彼の表情はさして変わらない。

 オズは月に見とれるフェリスを見てくすりと笑った。



 宿屋に着くとミアがフェリスの食事を用意して待っていた。

 それを見てぐうと腹が鳴る。

 カモ肉のステーキにオニオンスープ、ふかふかそうな白パンとサーモンのカルパッチョが食卓に並ぶ。


「美味しそう! ありがとう、ミア」

「感謝は主人マエストロに。それと手は洗うこと」


 ミアはそっけなく言った。


「ありがとう、オズ」

「気にしなくていい。君への待遇は約束したものだからね」


 オズの言葉を聞き終えるとすぐにフェリスは手を洗った。

 オズたちの用意してくれるごちそうには毎回心躍らされる。

 使用人だったころよりも随分いいものを食べさせてもらえる事は、オズの下に来て一番喜ばしいことかもしれない。


「いただきます」


 まずメインのステーキを口に運ぶ。

 独特のぷりぷりした触感が楽しい。

 何を使ったソースなのかは料理にうといフェリスには分からないが、濃厚でコクがありとても美味だった。

 白パンはもちもちのふわふわで、バターの香りが鼻孔をくすぐる。

 カルパッチョもオリーブオイルとサーモンの脂が絶妙にマッチしていてたまらない。

 オニオンスープは具沢山で、大きめにカットされたベーコンが特に美味い。

 お屋敷での食事より量は多いがフェリスはぺろりと平らげた。


「ごちそうさま」


 ミアが食器を片付ける。

 オズに視線を向けると魔王討伐隊の歴史書を読んでいた。


「今、どこ読んでるの?」

「ああ、明日行く先を見ておこうと思ってね。ちょうどそのページを読んでいたよ」


 オズは読んでいた本を読み聞かせのようにフェリスに向ける。


「といっても明日することはこの町の散策に尽きるだろうがね」

「それでもいいの。魔王討伐隊とママの寝物語で語られた場所が同じなのって、やっぱり何か関係ありそうだし」


 そうだ、とフェリスは手をたたく。


「散策するのは明日の昼がいい。夜中だとみんな寝てるから人からお話をきけないじゃない?」


 それを聞いたオズはあからさまに嫌な顔をした。


「吸血鬼のこの俺に昼に活動しろと?」

「ううん、私一人でいいから、昼がいい」

「それならいいだろう。昼に動くのは好きじゃない」

「私は人間だから動くなら昼がいいの」


 もう少しで日が昇るようで、窓の外は少し明るくなっていた。

 この時間は眠る時間ではなく起きる時間だ。


「ミア、明日はフェリスについて行ってくれ」

「御意」


 明日はミアと行動するらしい。

 それから、フェリスは寝ずに次の晩まで起き続けた。

 狂った体内時計を戻すためだ。

 そうして、翌日を迎えたのだった。

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