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吸血鬼さまのお気に召すまま  作者: 笹田葉
一章 吸血鬼さま、ご案内
11/22

第11話

 夢のように至福な昼食を後にしたフェリスとミアは、また街を歩いていた。

 あてもなく散策しているのではなく、目的を持って進んでいるようだ。

 貴族向けの通りに本のマークの看板を見つけ、その店にフェリスは入る。

 何か作業をしていた近くの店員がいらっしゃいませとにこやかに声をかけ、また作業に戻っていた。

 小さな声でフェリスは話す。


「ここ、前は門前払いで入れなかったの。今日は入れるみたいでうれしい」


 フェリスは領主様のために色んな文献を漁っていたころ、資料を求めて貯めていた給金全てを握りしめてこの店に来た事がある。

 しかし、平民の身なりでは入れてもらえなかった。

 フェリスの中で苦い思い出である。

 それでも今回また来たのには理由があった。


「あ、あった」


 歴史書の中から魔王討伐隊の文字を見つけ手に取る。

 ぱらりとページをめくる。

 その中に出てくる地名に目を通すと、やはり母から聞いた物語と同じ地名だった。

 分かりやすく地図に軌跡が描かれているページに目を留める。

 この国を出た先は魔族の国だ。

 国交を経て地図が更新されたのだろう、道筋がはっきりと記されていた。

 じいっとそれを目に焼き付ける。

 と、急に肩をたたかれた。

 ミアだ。

 そしてミアが渡せ、というように手を差し出してきた。


「この本、絶対高い。買えないよ」

「金の心配はいらない」


 さっとフェリスの手から本をさらい、ミアはレジへと持って行った。

 ミアは懐から財布を取り出し、会計を済ませる。

 袋に入れられた本を手にミアは戻ってきた。


「お前が欲しがるものは全て買い与えろと主人マエストロは仰せ」


 望外の待遇にフェリスは目を瞬かせた。

 確かにミアは宿を出る時金も持たずに行くのかと言っていたが、まさか何でも買ってもらえるとは思っていなかったのだ。


「オズって優しい人だね」


 フェリスの言葉にミアは当然だ、とうなずく。


「主人は偉大な方。喜べ」


 言葉少なにミアはオズを称えた。

 それから、これ以上街に用が無くなったフェリスは宿に戻ることにした。

 宿に戻り、イスに腰掛ける。


「楽しかったぁ。でもコルセットって疲れる。お嬢様って大変なの」

「着替えがある。これを」


 行儀悪く頭上で手を組みのびをするフェリスにす、とミアが部屋着を差し出す。


「ありがとう」


 これでは本当にお嬢様みたいだ。

 先にコルセットをミアに緩めてもらい、寝室で着替えたフェリスは主室にまた戻る。

 先ほど買った本を手に取り、オズに目的地を説明するため読み込むことにした。




 隣の部屋へとつながるドアからノックが響く。

 その音にフェリスは視線を挙げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 頭上の照明には灯りが灯っている。

 フェリスがぼうっとしている内にミアがドアを開けた。


「おはよう、フェリス」

「お、おはよう、オズ」


 この時間におはようを言うのは変な感じだ。

 フェリスはぎこちなく挨拶を返した。

 あくびをしながらオズはフェリスの正面に腰掛けた。


「行先が決まったと言っていたね。聞こうじゃないか」


 開口一番の言葉を受けて、フェリスは本の地図を参考に行先をオズに説明した。

 向かうのは魔王討伐隊の通った軌跡。つまり、最終地点は魔王の居る城になる。

 城の中までは入れずとも、城門の前までは行ってみたい旨をフェリスは述べた。


「いいだろう。この旅程だと、野宿もやぶさかじゃないがいいのかい?」

「いい。私、決めたの」


 その言葉にオズは片方の口角を吊り上げた。


「ミア、旅の支度を」

「御意」


 ミアにちらりと視線を向け指示を出すと、オズはフェリスに向き直る。


「明日から君は冒険者だ。今のようなお嬢さん(フロイライン)の生活からかけ離れた生活になるがいいかい? 食事も今よりグレードダウンするだろう」


 脅すような口調でオズは言う。

 しかしフェリスの気持ちは固まっていた。


「いい。元々身に余る待遇なの。私はお嬢さんじゃなくて平民のフェリスだから。それにお嬢様扱いなら十分味わったよ」

「わかった。君がそこまでいうなら従おう。元々私が提案したことだ。後悔しても、元の生活には戻れないがね」


 オズは愉快そうにくつくつ喉を鳴らした。

 何が愉快なのか分からずフェリスは首を傾げる。

 聞いても答えてくれない気がしたので何も言おうとは思わなかった。


「さて、食事がまだだったね」


 オズがパチンと指を鳴らすと、ドアが開き給仕係がフードワゴンを押して現れた。

 前菜からデザートまで、全てテーブルの上に並べるとそのままフードワゴンを押して部屋を出ていく。

 オズが操った人間なのだろう。


「昼食は随分楽しめたそうじゃないか。俺も君と夕食を取ろう。君がお嬢さんでいられる最後の晩餐だ。いいだろう?」


 いいだろうもなにも、二人分の食事が並べられているのだから反駁する気にもならなかった。元よりそんな気持ちもフェリスには無いのだが。


「お嬢さんはやめて。私はフェリスなの」

「失礼、フェリス。君の門出を祝って、ワインはいかがかな?」


 オズはどこかからワインを取り出し、グラスを二つ用意した。

 フェリスはすでに成人しており、酒も何度か飲んでいる。ワインは、赤の方が好きだった。


「喜んで」


 オズが手ずからフェリスのグラスに血のように赤いワインを注ぐ。それから自分の分を注ぎ、乾杯した。

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