怪しいアルバイト
『高額のアルバイトです。仕事内容は企業秘密のため事前にお知らせすることはできません。また、この仕事に関する一切の記憶は作業終了時に全て消去させていただきます。(記憶消去は仕事を受けなかった人にも同様におこないます)』
そのアルバイト募集を見て、もちろん怪しいと思った。幾千のネット広告を見てきた私だが、そのいかがわしさはピカイチだ。それなのになぜここに来てしまったのか。友人に一緒に行こうと誘われたからか。有名な一流企業の広告だったからか。あるいは高額という文字に惹かれてしまったからなのか。
「高額っていうからには5万くらい貰えるんじゃないかな」
うきうきしながらそういう聡。まったく、この能天気さにはほとほと呆れ果てる。怪しい実験に巻き込まれるとか、地獄の様な肉体労働を強いられるとか、そういう可能性もあるというのにどうしてこうも阿保面でいられるのか。まあ、ついてきた私が言える立場ではないのだが。
「皆様の記憶をコピーさせていただきます」
若い社員の言葉を聞き、バイトメンバーたちは騒めきだす。しかしそんな中、一人の女性だけは納得したような表情を見せていた。
「なるほど。それで記憶を消去するわけですか。プライバシー法に引っかかりますものね」
「はい、そうです。皆様ご存じかと思いますが、記憶を使用する場合、そのオリジナルが誰かは知られないようにすることをプライバシー法で定められていますので」
女性の言葉に若い社員が淡々とそう答える。
「そういうことか。確かに記憶をコピーしたという事実を知られないようにするには、コピーした記憶自体を消すのが一番だからな」
私の隣では聡がそう呟きながら頷いていた。
個人情報保護法に人工知能と人間の記憶に関する条項が加わって8年。一般的にプライバシー法といわれるそれは、近年、人間の生活を最大限守ってきたという。確かにそれ以前には、アンドロイドが犯罪を起こした場合、その記憶の元となった人物が度々ネットで晒されていた。
「報酬は三百万となっております」
それを聞き、バイトメンバーたちの目の色が変わった。
「三百万? 記憶コピーは高くても百万が相場のはず……しかもその値段で売れるのはそうとう特殊な経験をした人だけなのに、それなのに何故そんなにも高いのですか?」
小太りの男は若い社員に疑いの眼差しを向けている。
「それは、今から特殊な体験をしていただくからです。三百万はその上での報酬です」
「特殊な体験? もしかしてそれは苦痛を伴うものなのですか?」
「はい、とは言っても体を傷つけることはありません。ただ、精神的には相当な負荷を与えることになります。ですが、その記憶は消去するのでトラウマが残ることはありません。それに、これ以上無理と思われた時は、途中でやめることも可能です。まあ、その場合は、報酬を減額させていただきますが」
「……なるほど」
小太りの男はそう言うが、その表情は僅かに強張っていた。
「ギブアップ、やめます、やめます」
聡の叫び声が聞こえる。始まってまだ五分と経っていないのに一体何があったのか。
「すいません。もう大丈夫だと思いますので」
背後からの声に振り向くと、そこには担当者がいた。どうやら装置が起動したらしい。
「あっ、そうですか、わかりました」
私は冷静を装いそう言うが、流石に叫び声が聞こえた後だと平常心ではいられない。
「それでは始めますね」
担当者は私をVR装置へと案内する。彼が装置の起動に手間取ったせいで私だけ数分遅れての仕事開始だ。
「終了です。お疲れ様でした」
それは地獄の五時間だった。何度死を経験したのか、どれほど拷問を受けたのか、ギブアップしなかった自分が不思議で仕方ない。
「後は記憶の消去をおこないますので、あちらの方へお願いしますね」
私は足早に担当者の指し示した場所へと歩いていく。これほど記憶の消去を望むなんて思いもしなかったことだ。
「アルバイト代です」
私と聡は若い社員から一枚の紙を渡される。
「えっ、こんなに」
二十万、私と聡が受け取った明細書にはそう書かれていた。