ケン君のたまご
『なろうラジオ大賞5』参加作品。
テーマは「たまご」です。
「ケンちゃん。スーパーのたまごからひよこは産まれないんだよ」
「ちがうもん。このたまごはひよこ出るもん!」
ケン君は、母親とそんな会話をしていました。今日の夜ご飯は、家族三人ですき焼きです。ケン君は一パック六個入りのたまごを全て布団の中であたためていました。
これではすき焼きをたまごでくぐらせることが出来ません。鍋はもう出来上がっているというのに……。
母親は言います。
「ケンちゃんはどうしてひよこを出したいの?」
「ひよこのぐんだんをつくって、せかいへいわするの!」
「世界平和?」
ケン君は自慢げな顔をして、続けました。
「ひよこはもこもこしててあったかいから。いっぱいいたらさむいところにすんでる人もニコニコする。ひよこのじゅうたんでせかいはふかふかのソファになるんだよ!」
母親は、正直息子が何を言っているのかサッパリでしたが、キラキラした瞳に思わず笑みがこぼれるのでした。でもやはり、すき焼きにたまごは必要です。父親は、やり取りが終わるまで鍋の前で火加減を見ていました。彼の眼鏡は湯気で曇っています。
どうにかして母親はたまごを取り返す必要がありました。
彼女は、ケン君をなるべく傷付けないように言います。
「ケンちゃん。たまごを一つ貸して」
「やだー、これはボクのたまごだもん!」
「平和を愛するケンちゃんはたまごを独り占めしちゃうの?」
少しムスッとするケン君。ケン君は布団の中からたまごを一つ取り出して、名残惜しそうに母親に渡します。母親は、たまごを父親に渡しひそひそと話しました。
(あなた、ハッタリかますの上手いでしょ。何とかして)
(うん。良いよ)
父親はたまごを持ってケン君に近づいて言いました。
「聞いてくれ、ケン。父さんの目には、ひよこが住んでるかどうかが解る機能があるんだ」
「めがねしてるのに……?」
「普段は力を隠すためにしてるんだぞ」
興味を持ったケン君は布団をめくってすべてのたまごを見せました。そして言います。
「たまごはどうだって?」
「ひよこは居ないみたいだ。でも、黄身と白身は、すき焼きと仲良くしたいって言ってるぞ」
「ホントに! こくさいけっこんだ!」
父親と母親のクスクス笑う声と、ケン君の納得した声が混ざり合います。その後、ケン君一家は楽しくすき焼きを食べられました。ケン君の『ひよこで世界平和計画』というのも、いつの日か実現して欲しいですね。
おしまい