表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってこない夫  作者: 西子
3/4

3

ヴェロニカの初恋はなかなかに厳しかった。

ジェームズは決してヴェロニカに対して、そういう意味での興味を示さなかった。

歳が離れ過ぎているゆえか、まるで子どもか妹に接するような態度だったのだ。

だから、ヴェロニカは必死にジェームズの関心を引こうとした。

はしたないことに、キスをせがんだことさえあった。

物凄く、怒られただけだった。


ーー早く、振り向いてもらわないといけないのに……。


社交界シーズンが終われば、ヴェロニカは婚約者と結婚しなければならない。

期限は迫っていた。

ヴェロニカはこの時には既に、結婚するならジェームズでないと嫌だと強く思っていた。

彼以外の人に触れられるくらいなら、舌を噛んで死んでやるとさえ思い詰めていた。

だから、ヴェロニカは突飛な行動に出ることにした。

最近ようやく大人しくなったと思われている彼女だが、生来の行動力は健在だった。


「わたしと結婚してください」


そう面と向かって、プロポーズしたのだ。

ジェームズが、ではなく、ヴェロニカがジェームズに対して。

ジェームズは怒らなかった。呆れもしなかった。

ただ、彼は悲しそうに視線を逸らしただけだった。


「わたしのことが、そんなに嫌い?結婚したくないほど?ねえ、お願いよ。ジェームズ、答えて」


ややあって、ジェームズは呟いた。

「君には婚約者がいるだろう」と。

ヴェロニカは関係ないと言わんばかりに叫んだ。


「親が勝手に決めた相手よ!わたしは、ちっとも好きじゃない、彼とは結婚したくないわ!だから……」


そこで、ヴェロニカは口を閉ざした。

ジェームズはいつもの不機嫌顔だった。

でも、ヴェロニカにはわかってしまった。

それは機嫌が悪いのではなく、悲しくて泣きそうな表情なのだと。

ジェームズはグッと拳を握っていた。爪が食い込む程の力だった。

ヴェロニカは途端、狼狽した。

自分のせいで、ジェームズを傷付けてしまったと理解したからだ。

彼にそんな顔をして欲しい訳ではなかった。


「ジェームズ、わたし……ごめんなさい。あなたを傷付けてしまって。でも、わたしの気持ちは本物なの。本当にあなたと結婚したいと思っているの。わたしは、あなたを愛しているから」


ジェームズは何も答えてくれなかった。






それから、数ヶ月後。

社交界シーズンの終盤になって、ジェームズはヴェロニカの親を訪ねてきた。

結婚の申し込みの為だった。

ヴェロニカは飛び上がる程、驚いた。

それ以上に、舞い上がるくらい幸せだった。

ジェームズの中で、どんな気持ちの変化があったのかはわからなかったけれど、プロポーズしてくれたことが、とにかく嬉しかったのだ。

だが、話はそう簡単なことではなかった。


「ダメだ。認められない」


両親は決して、ジェームズとの結婚を許してくれなかった。

ヴェロニカ自身の気持ちも伝えたが、どうしても頷いてくれなかった。

ヴェロニカは癇癪を起こす勢いで、両親を責めた。

愛していないとわかっている相手と無理矢理、結婚させて何になるのか。

娘の幸せよりも、婚約者との結婚がそんなに大切なことなのかと。

返ってきた答えは、意外なものだった。


「お前を大切に思っているからこそ、公爵家に嫁がせる訳にはいかないんだ。ヴェロニカ、お前は知らないだろうが、公爵は……夫人に逃げられているんだよ」


ヴェロニカは目を丸くした。

ジェームズの年齢を考えれば、既婚歴があってもおかしくないとは思っていた。

指輪をしていなかったので、今は独身なのだろうとしか考えていなかったが、奥さんに逃げられたというのは、穏やかではない話だった。


「夫人はどこぞの役者と駆け落ちして、家を出て行ったんだ。公爵は追わなかった。醜聞を嫌って、さっさと縁を切ったと聞いている。その後の夫人の足取りは、一切不明だ。裏切った夫人を、公爵が殺めたのではないかという噂もある。だから、お前をそんなところに嫁がせる訳にはいかないんだ。わかってくれ、ヴェロニカ」


ヴェロニカは何も言わなかった。

その時、彼女の心を占めていたもの。

それはジェームズのことだった。

婚約者のことを好きじゃないと言った時の、ジェームズのあの表情が忘れられない。

悲しそうだったのは、きっと自身の境遇と重ねたからではないだろうか。

ジェームズは夫人を愛していて、だからこそ、辛い気持ちを思い出したに違いないと、ヴェロニカは思った。


ーーでも、わたしは彼の奥さんじゃないわ。絶対に、彼を裏切ったりしない。


ヴェロニカは家を飛び出した。

両親が止めるのも聞かず、ジェームズの元へと急いだ。

彼は屋敷にはいなかった。

彼は劇場のある通りが見渡せる公園にいた。


「なぜ、ここに……」

「あなたのところの執事に聞いたのよ。教えてくれないと死んでやるからって脅したの」


ジェームズは咎めるような視線をヴェロニカに寄越したけれど、何も言わなかった。

ヴェロニカはこれ幸いと、ジェームズの隣に並んだ。


「誤解される。誰か、付き添いを……」

「構わないわ。誤解されても、わたしは全然構わない。だって、あなたのことを愛しているもの」

「だから……」

「いいわ、聞かれても。それよりも、ジェームズ。プロポーズしてくれてありがとう。とっても嬉しかったわ」

「……君の父君には、素気無く断られたがな。でも、賢明だ。普通の親なら大切な娘を、わたしのところに嫁にはやらんだろう。君は……聞いたんだな」


何を、とは言わなかった。

ジェームズはヴェロニカがここに来た理由をわかっているようだった。


「駆け落ちの噂は本当だ。わたしは殺していないがな。彼女は今、恋人と大陸にいる。幸せに暮らしていることだろう」

「ごめんなさい。わたし、知らなかったから、あなたに婚約者のことを聞かれた時、あんな無神経なことを言ってしまって。でも、今ここに来たのは謝る為だけじゃないの。あなたに伝えたくて来たの。わたしは、あなたの奥さんみたいに、あなたを決して裏切りはしない。あなたを一人になんてさせないわ。あなたにあんな悲しそうな顔だってさせない。ジェームズ、愛してるわ。あなたを心から愛してる。だから、わたしと結婚して。わたしと駆け落ちして欲しいの」

「……駆け落ちされたわたしに、それを言うのか」

「だって、仕方がないわ。お父様達ったら、絶対に許してくれそうにないんだもの。大丈夫よ、どこか知り合いのいない土地に行って、事情を知らない牧師に、結婚を認めてもらえばいいのよ。既成事実を作ってしまえば、こっちのものだわ」

「ダメだ」


ジェームズはキッパリと言った。

こっちを見ようともしない。

そのことが、ヴェロニカには不満だった。


「意固地な人ね」

「そうだ。わたしは頑固なんだ。だから、妻にも逃げられた。情けない人間なんだ」

「そんなこと言わないで」


ヴェロニカはパッとジェームズの手を取った。

さしもの彼も、人目がある場所での親密な触れ合いは嫌がったとみえて、手を抜こうとした。

が、ヴェロニカは決してそれを許さなかった。


「ジェームズ、そんな貶めるようなことを言わないで。あなたは、わたしの愛する人なのよ。あなた自身がそんな風に言ったら悲しいわ」

「わかった。わかったから、とにかく手を離しなさい」

「嫌よ。わたしはあなたに触れていたいもの。あなたはそうじゃないの?」

「ヴェロニカ・サーストン!そういうことを、恥ずかしげもなく言うものじゃない!」

「だって、言わないと伝わらないわ!」


二人の声が大きくなったからだろう。

周囲の人々が、チラチラとこちらを見やっている。

慌てたのは、ジェームズだった。


「わかった、認める。君に触れたいと、わたしも思っているということを認めるから、とにかく手を離してくれ。そして、わたしにきちんと順序を守らせてくれ」


不承不承といった風に、ヴェロニカは手を離した。

ジェームズは思い切り安堵の表情だ。

少しむかついたが、これもヴェロニカの評判を傷付けたくないという、彼の優しさなのだということは、ヴェロニカにもわかっていた。

だから、口を尖らせながらも素直に尋ねた。


「順序って何?」

「君を正式に娶る為の順序だ」

「それって!」

「声が大きい」

「ご、ごめんなさい」

「とにかく、もう一度、君の父君にご挨拶に伺う。だから、君は大人しく待っていなさい」


子どもに言い聞かせるような物言いだったが、ヴェロニカは満足げに微笑んだ。

ジェームズと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。

いい意味で、ヴェロニカは子どもだったのだ。

好きな人に、大丈夫だと言われて安心するくらいには、まだ大人ではなかった。


そして、この半年後。

ヴェロニカとジェームズは結婚した。

結局、駆け落ち結婚になってしまったが、ヴェロニカは満足だった。

愛する人と、一生の愛を誓い合えた。

これからずっと一緒にいられる。

それだけで、ヴェロニカは幸せだった。


ヴェロニカの初恋は、こうして実ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ