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第二話 エピローグ(後)

 俺がグラティアの後方甲板に出たちょうどそのとき、伝令のハーピーが一体、甲板の縁から飛び立ったのが見えた。


 あちらは俺に気付かなかったらしく、振り向くことなく一直線に港へ飛び去っていく。


 その背中に手を振るエヴァンジェリンの片手には、開封済みの封書が握られていた。


「どうかしたのか?」


 甲板でハーピーを見送っていた三人――アヤとエヴァンジェリン、そしてサーシにまとめて声をかける。


「あっ、レイヴンさん! 聞いてください! 姉さんと連絡が取れたんです!」

「ハルの奴、気を利かせてセラフィナの安否を確かめてくれてたらしいのよ。グラティアが出向するより前に、予めラサルハグ島に部下を送ってね」

「また入れ違いになったらどうしようって、ずっと不安だったんですけど……本当によかったです!」


 エヴァンジェリンは心の底から嬉しそうに、白い翼をぴょこぴょこと跳ねさせる。


 言われてみれば、俺は原作知識で『当分の間、セラフィナはアスクレピオス空域から離れない』と分かっていたが、エヴァンジェリンはそんなこと知る由もなかった。


 人前では気丈に振る舞っていただけで、内心ではシェパード島の二の舞になるのはと不安に思い続けていたのだろう。


 ハルシオンには後でちゃんとお礼を言っておかないと。


 俺が思いつかなかったフォローを入れていただけでなく、それをわざわざ、俺達が苦労して連絡を取ったのと同じくらいの手間をかけて報告してくれたのだから。


「レイヴンさん、本当にありがとうございます! 私達だけだったら、こんなに早く姉さんに会えませんでした!」

「気が早いって……まだ何が起きるか分からないんだからさ」

「それでも本当に感謝してるんです。本当だったら、最初の島から出られなかったかもしれないんですからね」


 こんな風に率直な感謝や称賛をぶつけられると、何だかくすぐったくなってしまう。


 率直に言って慣れていないのもあるし、原作知識ありきなのに自分が評価されていいのかという思いもある。


 それでも、まぁ、嬉しいことに変わりはないのだけれど。


「エヴァ、手紙はいいの?」

「あ、そうだった! レイヴンさん! また後で!」


 当人達にしか分からないことをアヤに言われ、エヴァンジェリンはぺこりと一礼をして艦内に駆け戻っていった。


 何のことだろうと尋ねる間もなく、アヤがすぐさま補足を入れる。


「セラフィナ宛の手紙よ。今日中に用意できるなら、グラティアより早く届けられるみたい。まぁ、私らが無駄に足止め食ってるだけなんだけどね」

「なるほど。そいつは確かに最優先だ」


 すると今度は、端っこで静かに佇んでいたサーシが、おずおずと俺の前に移動してきた。


「ええと、ご迷惑……おかけしました。間接的とはいえ、邪竜教団に味方したようなものですから、罰とか受けて当然だろうなって思ってたんですけど……」

「ハルもエリシェヴァもその気は全くナシ。まぁ当然でしょうね」


 アヤは薄く笑みを浮かべながら、わざとらしく首を横に振った。


「神器奪還ってのは、あんたが思ってる以上の一大事なわけ。それこそ、ウルフラムの命令でしたことを丸ごと帳消しにできるくらいにね。どうしても納得できないっていうなら、口止め料とでも思っときなさい。実はネクタールが盗まれていましたっていう話、外部に漏れたら本当に大変なんだから」


 現役の聖騎士であるアヤにこう言われると、この世界の常識はそういうものなのだろうと、あっさり納得させられてしまう。


 サーシも俺と同じ感想を抱いたのか、心なしか表情が柔らかくなったように見えた。


「――おーい! ねぇ、サーシ! ちょっと手伝ってー!」


 後方甲板の出入り口から、エヴァンジェリンが元気よく声をかけてくる。


「その……レイヴン艦長、私まだ、この船のお世話になっても……」

「もちろん。これからもよろしく頼むよ」

「……は、はい!」


 サーシは今にも泣き出しそうな顔で微笑んで、癖っ毛を大きく揺らしてペコリと頭を下げ、急いでエヴァンジェリンのところへ向かっていった。


 エヴァンジェリンとサーシが艦内に戻り、後方甲板に残ったのは俺とアヤの二人だけ。


 早朝の冷たい空気が爽やかで、不思議と気持ちも軽くなる。


 今なら自然に訊けるかもしれない。


 アスクレピオス空域まで送り届ける依頼を完遂させた後のことを。


「ねぇ、レイヴン。依頼が終わった後のこと、ちょっと相談してもいいかしら」


 俺が話を切り出そうとするよりも先に、アヤがごく自然な流れで口を開いた。


「ラサルハグ島でセラフィナと会って、それからどうするかはエヴァ次第。しばらく一緒に暮らすのかもしれないし、すぐに島を出るのかもしれない。どちらにせよ、信頼できる飛空艇が必要なの」

「……島を出るときは分かるけど、島に残るときも必要なのか?」


 痛いくらいに高鳴る心臓から意識を逸らしながら、どうにか平静を装って聞き返す。


 期待と不安が高まって、息をするだけでも精一杯だ。


「島に残るのはエヴァだけよ。せっかくの姉妹水入らずの邪魔はしたくないし、今回の顛末を聖騎士団に報告しとかないといけないでしょう? だから、エヴァが島に残るならしばらくは別行動ってわけ」

「なるほど。それなら飛空艇が必要だよな」

「ローエングリンに丸投げできたら楽だったんだけどね。あいつは教会の方に呼び出されると思うから……あーあ、ほんとに面倒だわ」


 アヤは言葉の上では悪態を吐いているように見えて、その顔には爽やかさすら感じられる笑顔が浮かんでいた。


 ウルフラムの撃破。神器ネクタールの奪還。エヴァとセラフィナの再会。


 どれをとってもいい事尽くめで、きっと心が弾んでしょうがないんだろう。


「で、なるべく信頼できる船が必要って話に戻るんだけど……」


 アヤがくるりと身を翻し、俺の前に回り込んで顔を覗き込んでくる。


 いくら俺でも、アヤが何を言おうとしているのか、それくらいは理解できる。


 けれど、それをアヤに言わせてしまうのは、さすがに格好が付かないんじゃないか。


 些細な意地のようなものに背中を押され、なけなしの勇気を絞り出す。


「……それじゃあ、俺はどうだ? まだ次の仕事の予定も決まってないし……それに……」


 ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、透き通る朝日に照らされたアヤの綺麗な瞳を見つめ返す。


「まだ君と一緒にいたいからさ」

「あら、奇遇じゃない。私もそう思ってたところ」


 屈託のないアヤの笑顔が、手を伸ばせば届きそうなくらいに近くで花を咲かせる。


 目に映る光景を夢だと疑うのはもうやめだ。


 これが今の俺が生きる現実。奇跡のような二度目の人生。


 後悔だけはしたくない。

 だから全力で生き抜こう――俺はそう心に誓って、アヤの微笑みに笑い返した。

本作を読んでいただき本当にありがとうございます。

ストーリーにも一区切りがつき、書き溜めていた分も全て投稿し終わりましたので、ひとまず今回をもって完結扱いとさせていただきたいと思います。

次回作、または本作の続きの投稿がありましたら、そちらも応援していただけると嬉しいです。

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