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第四話 一方その頃、少女達は

 ――レイヴンがベガ島市長と対面している間、他のクルーはそれぞれ思い思いの方法で時間を潰す手筈になっていた。


 その一人であるエヴァンジェリンは、市庁舎のラウンジの椅子に腰掛けて、無料配布のスラファト・ティーをちまちまと啜りながら、ガラス張りの外壁の向こうの風景を眺めている。


普段通りに顔と翼を隠す外套を羽織っていても、内側から滲み出る居心地の悪さ……自分がこの洒落た空間に不釣り合いなのでないかという不安は、全くと言っていいほど隠しきれていなかった。


「おっと、一人か? アヤとかサーシは一緒じゃないんだな」


 リネットが対面の席に座って親しげに話しかける。


 天使だからといって遠慮しないその態度に、エヴァンジェリンはようやく屈託のない笑顔を覗かせた。


「サーシは占いのお仕事。ちょっとでも運賃を稼いでおきたいから、大通りまでお客さんを探しに行くってさ。アヤはさっきまでいたんだけど、グラティアに聞きたいことがあったの思い出したとか言って、どこかに行っちゃった」

「へぇ。ここってメチャクチャ警備が厳重みたいだしな。独りにしても大丈夫ってことか」


 リネットはエヴァンジェリンとは別の品種のアイスティーが入ったコップをテーブルに置いて、ラウンジの内部を興味深そうに見渡した。


 芸術都市ベガと呼ばれるだけあり、ラウンジの内装や調度品はどれも一級品ばかり。


 エヴァンジェリンが気後れしてしまうのも当然の景観だろう。


「ところでリネットの家族って、やっぱりみんなメカニックだったりするのかな」

「全員がそうってわけじゃないぞ。おふくろはメカのことよく分かってないし、二番目の兄貴は飛空艇に乗る方の仕事してるしな」

「お兄さん二人いるんだ」

「いや、もう一人いるぞ。五人家族であたしが一番下だな。エヴァンジェリンの家族ってどんな感じなんだ? 確かお姉さんは一人いるんだよな」


 リネットの何気ない質問に、エヴァンジェリンも自然な素振りで返答する。


「今は姉さんだけ。もう何年も会えてないから、居場所が分かったらすぐに会いに行きたいって思ってたんだけど、下調べが足りてなくって大変なことになっちゃって」


 長らく会えていない姉のセラフィナが唯一の身内――それは即ち、エヴァンジェリンが実質的に天涯孤独の身の上であるということを意味する。


 リネットもすぐさまそれを察し、気まずそうに話題の切り口を変えようとした。


「てことは、ずっと一人暮らしだったのか? 大変そうだな」

「そんなことないよ。村の人達はみんな優しい人ばっかりで、困ったときは色々と手伝ってくれたから。でも……尊い天使様のお手伝いって雰囲気で、アヤ以外には一人も友達できなかったんだけどね……」

「おっと、急所はこっちだったか」


 どんよりとした暗い笑みを浮かべるエヴァンジェリン。


 しかしネガティブになっている場合ではないと思い直したのか、すぐに明るさを取り戻して会話を続けた。


「リネットは何か旅の目的とかあるんだっけ?」

「目的? 特にそういうのはないっていうか、グレイル級に乗れた時点で目的達成してるというか。後はメカニックとして大活躍できる機会があれば言うことなしだな」

「なるほどー……あれ? メカニックが大活躍ってことはグラティアが割とピンチなわけで、それってつまり、私の目的がだいぶピンチってことなんじゃ!?」

「しまったバレたか」


 冗談めかして笑うリネットに釣られて、エヴァンジェリンも笑いを堪えきれずに噴き出してしまう。


 傍から見れば、友人同士の歓談以外の何物でもない光景だ。


 それを少々離れたところから、ひっそりと眺める人影が一つ――


「――ま、あっちは上手くやれてるみたいね」


 アヤはラウンジの片隅の物陰にもたれ掛かり、エヴァンジェリンの様子を横目で気に掛けながら、半透明のステータスウィンドウに表示された内容に目を通していた。


 表示されている内容は、アヤの契約者としてのステータスではなく、様々な兵器の性能諸元のリスト。


 一般人では項目名すら理解できないであろう専門的な情報の羅列であった。


『聖騎士アヤ、如何ですか。本艦の天竜戦争当時の搭載兵器はこのようになっています。実際には、任務内容に応じた変更を適宜加えていたので、リスト内の全ての兵器を同時に搭載していたわけではありませんが』


 ウィンドウからグラティアの声が囁くような音量で聞こえてくる。


 アヤはウィンドウを操作してリストを閉じ、短く溜息を吐いた。


「よく分かったわ。今の飛空艇じゃ相手にならないってことも、レイヴンが再武装を渋ってる理由も。こんなのマトモに申請しても、武装許可なんか下りるわけないに決まってるでしょ。小さい空域なら単艦で落とせるんじゃない?」

『恐縮です。本艦は早急な再武装を希望しておりますが、聖騎士アヤのお考えもお聞かせ願えないでしょうか』


 通信越しのグラティアの質問に、アヤは苦笑を浮かべて率直な答えを返した。


「リストアップを頼んどいて何だけど、今すぐ全部ってのは止めといた方がいいわね。再武装のメリットよりも、当局を敵に回すデメリットの方がデカいと思うわ。武器を直すにしても少しずつ。聖騎士団の主力艦より強い民間船なんて洒落にならないもの」

『了解しました。現代の聖騎士の判断は尊重すべきであると判断いたします』

「エヴァのためになるなら、戦力増強も歓迎なんだけどね。それにしても……考え過ぎかもしれないけど」


 今度はアヤが通信越しに問いを投げかける。


「こうやってあんたの話を聞いてたらさ。合理的な理由で再武装を提案してるわけじゃなくって、とにかく武器が欲しいんですって感じの私情が滲み出てる気がするのよ。ほら、人工精霊も精霊に変わりはないんだから、私情の一つや二つは普通にあるんでしょ?」

『……肯定します。本艦は合理的必要性以上に迅速な再武装を希望しております』


 グラティアは意外にもあっさりと、これが私情を交えた提案であると認めた。


『本艦の人格設計は戦闘艦の運用を前提としています。喩えるなら、非武装状態は体の一部が欠けているような心地なのです』

「なるほどね。そりゃ私情も挟みたくなるわ」

『論ずるまでもなく、最優先事項はレイヴン艦長の作戦方針の達成です。あの方は本艦を機能停止状態という事実上の死から救い上げてくださった……人間的な表現をするならば、命の恩人なのですから』

「……命の恩人、か……私も他人事じゃないわね」


 アヤはポツリと小さく呟いた。


 その声はラウンジのエヴァンジェリンはおろか、通信ウィンドウの向こうに届いたどうかも怪しい小声であり、むしろ自分に言い聞かせるための呟きに近いものだった。


 終わりなき漂流から救われたグラティア。


 間一髪の危機的状況から救われたアヤ。


 二人の間には、レイヴンに恩義があるという共通点が存在する。


 ならば、その恩に報いたいという思いも――


「まっ、あいつも最小限の武装だったら文句言わないでしょ。リストから一つ選ぶならどれにする?」

『第一希望ですか。やはりエーテリウムを必要とする……』

「それは諦めなさい。エーテリウムとか無理だから。絶対手に入んないから」

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