夜会への招待
やはり彼女はアメリ王女で間違いないようだ。
パンを購入して彼女と別れたアルスは自分の推測が正しかったと確信した。
昨日城でアメリ王女と面会した時に感じた違和感を確かめる為に、彼は早朝からいつものパン屋を訪れた。気が急いてしまい開店前についてしまったのは失敗だったが少し待つと彼女が現れた。
彼女は店の前にいるアルスを確認すると恥ずかしそうに笑って挨拶をした。
「おはようございます、今日は早いですね、今開けます。」
開店前から待っていたことが恥ずかしくなりアルスが黙ってお辞儀をする。
そのしぐさが可笑しかったのか彼女はクスっと笑って店のカギを開けた。そしてアルスを店内へ入るように促す。
そして、パンの焼きあがる匂いはするが、まだ何も陳列されていない店内を見てアルスは失敗に気づいた。
「やはり、早すぎましたね。今日は購入できないでしょうか?」
彼女の事を知るためもあったが、勿論パンを購入する目的もあったのにこれでは何のために来たのか分からない。
「コーヒーって飲まれます?」
案内されるままに椅子に腰かけるとコーヒーを勧められて、反射的に頷いてしまった。外での飲食は毒見がいないので避けているのになんとも今日は調子が狂ってばかりだ。幸い彼女も飲むらしく、相手が飲んだことを確認してコーヒーに口をつけた。
昨日食べた彼女が作ったという柔らかいパンは今日は買う事が出来なかったがいくつかのパンを購入して会計をする。
結局確信に触れることはできなかったのだが、彼女の顔についている痣はやはり昨日アメリ王女にあったものと同じものだと思う。
昨日、王女はうまく隠していた。
うっすらと布越しに見えたそれは初対面の人間なら気にしない程度まで隠されていたと思う。しかし、アルスには見覚えがありすぎたのだ。そう、何度もここで見た彼女の痣と似過ぎていたのだ。髪の色、体格など違いはあるがそれこそ誤魔化しがきく。そして帰り際に決定的な確信が持てた。
昨日面会時に名乗ったガロという名でなく、本当の名前を彼女に告げた瞬間、アルスは彼女が一瞬顔をこわばらせたのを見逃さなかった。
昨日の名前と違う。
恐らくそう思ったのだろう。
しかし彼女はそれを表情には出さずに『メアリです』と言っただけだった。
それがここでの彼女の名前なのか?それとも本名で、昨日会ったのはアメリ王女に変装したメアリなのか?では本当のアメリ王女は?
彼女のその一言だけで、アルスの頭の中は疑問でいっぱいになった。
彼女の、メアリの事がもっと知りたい。
◆◆◆
「姫様、夜会の招待状です。」
半年が過ぎたころだったチェスコ王国から王太子の生誕記念パーティーの招待状が届いた。
「お断りします?」
ガロに会えるのだろうか。アメリはふとあの嘘つき執事の顔を思い出した。別れ際に嘘をつかれたあの日以降、あの後一度も店に来ていない彼をアメリは忘れる事が出来なかった。
「行く、夜会なら大丈夫。」
アメリは一年ぶりにドレスの仕立て屋を呼んだ。
夜会の当日、チェスコ王国に到着したアメリは透けるような青い布を何枚も重ねたドレスに沢山の真珠をちりばめた煌びやかなドレスに身を包み会場入りした。チェスコ王国のシンボルカラーは深い赤色なのでかぶることはないだろう。
遠目に王と、王太子を見るとやはり赤い王族の服を着ているようだ。
アメリは近くに寄っていき挨拶をした。
「本日はご招待ありがとうございます。クラウン王国の第一王女アメリでございます。」
「ああ、アメリ王女。チェスコ王国へ、よくいらした。王のマックスウェルだ。こちらは息子のアルス。」
王の隣の美しい青年が会釈をした。
「……アルス様ですか?」
以前、城で面会した王太子と似ても似つかない人物にアメリは戸惑った。
「折角ですから一曲お願いできますか?」
アメリが口を開く間もなくアルスにそっと手を取られ、それを見ていたかのようにそのままダンスの曲が始まった。
「驚かれているようですね。」
ダンスのステップを優雅に踏みながらアルスがアメリに耳打ちをした。
「前回お会いしたときは緊急の用事が入り代わりに影武者がお会いしました。申し訳ない。」
「いえ、その様なご事情がおありなら仕方がないかと……」
アメリも別人のようなものだったからお互い様だ。アメリは本物のアルス王子の顔をそっと見上げた。
深い青色の髪は短髪より少し長め、切れ長の目に目尻に一つホクロが有る。それがまた更に美しさを引き立てている。長身の身体はアメリを支えるのには何の問題もなく程よく筋肉が付いていた。ダンスをするステップが時折少しずれるのは足に怪我でもしているからなのだろうか。それも周りで見ている人には分からないレベルだ。
「アルス殿下、お誕生日おめでとうございます。」
アメリは先程言えなかった言葉をそっとアルスに言った。
こじれる二人をどうぞよろしくお願いします。