早朝にて
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「私の恋、不毛すぎるわ……。」
「アメリ様、昨日、チェスコ王国の王太子と面会した後に『素敵な再会をしたわ』って言ってたじゃないですか?どうしたんです。」
「昨日はね、確かにそう思っていたんだけれど寝ている間に考えたら相手は父上ぐらいの年齢の王族でもない方なんて、どう考えてもこの先ご縁ががないと思うの。」
アメリは小さくため息をついて、パン屋のメアリになる為に侍女から着替えを受けとる。
アメリが昨日素敵な再会をしたという相手はチェスコ王国の王太子の執事ガロ。
彼はパン屋に最近来てくれていた客だった。
父王に呼ばれて行った応接室で待っていたのはチェスコ王国の王太子アルスだった。そこに執事として同席していたのがガロだったのだ。
彼は朝会った時のラフな格好と違い、糊のきいた執事服に身を包み髪を綺麗に撫でつけていた。服装のせいなのか店で会っていた時より若々しくも見えた。
ガロは朝購入したパン持参して、それらを綺麗に切り分けてテーブルに並べてくれた。
一つ一つ毒見として試食、流れるような美しい口調でパンの味の感想まで伝えてくれ姿にアメリはただ彼を見入ってしまった。低い落ち着いた声で話す彼にアメリの胸はトクトクと高鳴り、目が合うと微笑んで貰えた時には自分の頬が赤くなるのが分かった。
アメリは初めて相手を美しいと思った。
「あの、執事さんですか。昨日すれ違いましたけど確かにお綺麗な顔立ちの方でしたね。もう少し若ければ姫様とお似合いですのに。流石に王様がお許しにはならないでしょうね。」
メリーアンが傷隠しのために大きめの帽子をそっと被せてくれた。
「さあ、準備が出起案したよ、メアリ。」
「はい、お母さま。行ってきます。」
アメリは城の裏門からそっと外へ出た。
店までの道は大通り一本道なので迷うことはない。
少し離れたところを護衛の二人がついてくる。始めは並んで歩きたがったが早朝に連れだって歩くとかえって目立つと説明をしてアメリが断った。今日もあまり人がいない通りを一人のびのびとアメリは歩いていた。
店に近づくと入口に人影が見えた。
「姫様、少々お待ちください。確認してきます。」
いつの何かアメリの後ろを歩いていた護衛が追い抜き様にアメリに囁いた。
仕方なく靴ひもを直すふりをしてその場にしゃがみこむ。時間をかけて立ち上がると既に護衛はアメリに向かって帰ってくるところだった。
「いつもの客ですね。問題はないと思いますがこんな早くからは少々おかしい気もします。何かありましたら直ぐに店にあるベルをならしてください。踏み込みます。」
アメリは頷くとゆっくり店まで歩いて行った。
店の前には先程護衛の話にあったようにガロがいた。しかし、店も開いていないのにこんな時間に来るとはどうしたのだろうか?
「おはようございます、今日は早いですね、今開けます。」
ガロがぺこりと頭を下げた。
既に店の中では調理人が定番のパンを焼き上げている所だった。因みにアメリのオリジナルは調理人の仕事が終わってから窯を使わせて貰って焼いている。
「やはり、早すぎましたね。今日は購入できないでしょうか?」
「今は焼き立てで熱すぎますので少し冷ましています。定番の物ならもう少しすれば陳列できると思います。少し待っていてもらえますか?コーヒーって飲まれます?」
アメリは小さいテーブルと椅子のあるスペースにガロを案内した。彼が頷いたのを確認して持参した水筒からコーヒーをカップに注いだ。
朝早いアメリのために料理長が毎日入れてくれる特製コーヒーだ。
「私が飲むように朝、入れてきたものです。家の者が入れてくれたんですが美味しいので是非。」
「ありがとうございます。」
アメリも自分のカップに注いで一口飲む。ガロもそれに倣うようにカップに口をつけた。
「美味しいですね。」
「ありがとうござます。ウチの者が喜びます。」
「昨日のパンも、美味しかったです。特に丸パンが良かった。」
「感想をいただけるって嬉しいですね。でも今日はあのパンは作ってなくて…。」
「いえ、どれも素晴らしい出来です。昨日はお客様にもお出ししたんですど、どれも好評でした。」
暫くコーヒーを飲んで雑談をしているとパンが出来上がったとカウンターの奥でアメリを呼ぶ声がする。アメリは仕方く椅子から立ち上がる。
「パン、用意しますね。」
結局、定番のパンを三種類購入してガロは支払いを済ませた。
「朝早くから、ありがとうございました。」
アメリはガロを店の外まで見送りに出た。
「今日はたくさん話せてよかったよ、明日、移動するからもうこれ無いと思う。」
やはりそうなるのか。アメリはぼんやりとガロを見つめた。
昨日王太子が挨拶の時にそろそろ次の町へ行くと言っていたので予想はしていたが意外と早かったなと思う。
「残念です。少しずつお話ができるようになったので。」
「私もです。もっと貴方の事が知りたかった。そう言えはお名前を聞いていませんでしたね。私はアルスと言います。」
「………メアリです。」
アメリは少し表情をこわばらせて名前を名乗った。
「メアリさんですか、またお会い出来る事を祈っております。」
彼は深くお辞儀をするとアメリに背を向けて歩いて行った。
アメリはその背中をじっと見つめている。
「なんで、彼は嘘の名前を言ったの?」
アメリはそれが彼の本当の名前だと言う事をまだ、知らない。