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彼氏の都合

銀山花


それは白色無臭、夜に一凛だけ咲く花。


朝になると役目を終えたかのように茎から花だけがポトリと落ちる。


そして他の蕾が一つだけ膨らみ、夜になる花開く。

季節が進み最後の一つになった時、

それはこの世のどの花よりもかぐわしい香りを出して世の中を魅了する。

そんな不思議な花。


この世界は不思議に満ちている。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


最近、お気に入りのパン屋がある。


そこは旅の途中、異母弟が散策中に見つけて来た。

朝早くから開いているパン屋で店主の都合で早じまいもしてしまう様だ。

だから確実に買うなら早朝に行かねばならない。


アルスはまだ夜が明けきらないうちに起き上がると身支度をして外に出る。


西の空にまだ残る星空と東に空にうっすら上り始める日の光が丁度一日の始まりを表しているようで彼は気に入っている。


「いらっしゃいませ。おはようございます。今日のお勧めは季節の野菜を詰め込んだキッシュとクルミたっぷりのパンですよ!」


朝焼けの中、街のはずれにあるパン屋のドアを開けると元気の良い声が迎えてくれる。


小さな店内の棚には種類こそ多くはないがぎっしりと焼き立てのパンが並んでいる。店の隅にテーブルと椅子が用意されているのでここで食べることもできるのかもしれない。


アルスは先程おすすめされたパンとキッシュ三個ずつをトングでトレイに乗せる。ふと丸いパンが目に入りトングで掴むとあまりの柔らかさに驚いた。


「それ、初めて作ったんです。出来れば食べて感想をいただけると嬉しいです……。」


先程の元気のよさとは違い少し恥ずかしそうに言われてつい笑ってしまった。彼女の新作なら是非食べてみたいものだ。アルスは丸いパンを優しく摘まむとトレイにのせた。


「早朝からいつもありがとうございます。」

「こちらこそ、いつも笑顔をありがとう。朝早くから開いていてこんなに美味しいパンまで購入出来て。本当に良い店を見つけたよ。」


アルスはパンの袋を受け取ると店を後にした。



しばらく歩くと案の定、異母弟が待ち構えていた。


「アルス様、おひとりで出歩くなどおやめくださいとお願いしましたよね?」

「こんな早朝に散歩くらいいだろう?大体この店を教えたのはお前だぞ。」

「はい、深く後悔しています。」


小姑のような異母弟はアルスの事が誰よりも大切なのだ。アルスもそれは理解しているので出来る限りは協力してあげたいと思っている。


「すまないね、彼女が気になるんだ。」


異母弟が購入してきたパンを食べて気に入って、店に行きたくなって来店した。

その時に接客に出てきたのが彼女だった。その子は大きな痣が顔にあるのを髪の毛で控えめに隠しながらではあるが終始笑顔で接客してくれた。何度か通うと少しずつ世間話もできるようになった。


「ダメですよ、立場が違います。おわかりでしょう?」

「心配するな、こんなお爺さん誰が相手するんだ?」


彼は自虐的に微笑んだ。

背筋こそ曲がっていないがパンの入った紙袋を抱えているのは白髪の老人だ。

先ほどまでは我慢していたが足を悪くしているため右足を少し引きずって歩いている。

異母弟のガロがそれを横目で見ながら顔をしかめた。


「そういう意味じゃないですが……まあいいです。近くに馬車を用意しましたからお急ぎください。」



アルスは呪われている。

祖先の行いの結果の連鎖だと教えられた。

朝は老人の姿から始まり夕刻には本来の姿が戻ってくる。

そして朝になるとまた老人。


兄も同じ呪いを継いで、老人の姿の時に低い段差を踏み外し、この世を去った。

アルスもつい本来の姿のつもりで馬に乗ろうとしてしまい足の骨を折る大怪我をおった。


父は呪いを克服して現在、王座に座っている。

よく鏡を見ては昔を懐かしんでいるから剛毅な男だと思う。


そう、本来のアルスはチェスコ王国の王太子。

兄がいなくなった今、唯一の王位継承者となった。

呪いを克服する条件はただ一つ、老人の時に最愛の人からのキスを受ける事。


何度か王太子として夜会で出会った女性に、ある程度親密な関係になってからそのことを告げた。朝まで共に過ごしてほしいと頼んだこともあった。しかし朝になりアルスを見た彼女達は皆、彼の元を去った。


その度に、愛を疑い、ついにアルスは絶望した。


それ以来、夜会にはなるべく出席していない。

時間を作ってはひっそりと各国を訪問しながら余生を過ごす毎日。


外遊する条件として父からは必ず各国に挨拶と姫がいる場合は顔合わせという名のお見合いをするようにと約束させられた。父はまだ希望を捨ててはいけないと言いたいらしい。仕方がないので昼間の面会は異母弟のガロがアルスの代わりに王太子を、そしてアルスはガロの代わりに王太子の執事として付き添っている。


「今日は手土産にこのパンを持っていこう。」


どんな姫かは知らないが、話し上手のガロに任せておけば傷つけずに話を切り上げてくれるに違いない。美味しいパンがその時に役に立つだろう。


「アメリです。入ってもよろしいですか?」


さて、挨拶が済んだら、次の国へ行く準備をしなくては。

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