第9話 アリス
1日中仕事を探し回ったが、ダメだった……。
俺はトボトボとボロアパートへと戻る。
「ただいま……」
スライムが俺の元へとやってくる。
「おっ、元気にしてたか?」
俺はスライムを抱きあげ、よしよしと撫でる。
傷付いた心が癒されていくようだ。
「んん?」
スライムが俺の腕の中で変化していき、巨大なパンになった。
「ははっ、腹が減ったのか? よし、今用意してやるからな。今日はタマネギだけのスープだ」
スライムを地面に置くと、今度はタマネギに変化する。
「俺の言葉が分かるのか? じゃあこのニンジンはどうだ?」
俺は麻袋からニンジンを取り出し、スライムに見せる。
思ったとおり、スライムはニンジンに変化し始めた。
「おお、すごいな! ……まあニンジンにしてはデカすぎるけど」
子供と同じくらいの大きさがある。
でも、なんだか可愛らしい。
「カボチャに擬態してみてくれ。分かるか?」
俺はスライムに何も見せず、言葉だけで指示してみた。
驚いたことに、スライムはカボチャに変化する。
「え……本当に言葉を理解しているのか……でも、良かった。これなら城門を通り抜けられる」
どうやって洞窟に帰そうかと悩んでいたが、これで解決だ。
カボチャに擬態させれば、衛兵に咎められることはない。
よし、明後日くらいに行くとしようか。
翌日。仕事はやっぱり見つからない。
ぐったりしながら家に帰る。
「ただいま――うおっ!?」
子供サイズの巨大なカエルが、俺の部屋を二足歩行で歩き回っていた。
棚に飾ってあるカエルのぬいぐるみに擬態したのだろう。サイズはめちゃくちゃだが。
カエルは俺を見つけると、そばに寄って来る。
「すごいな……歩けるのか……」
カエルを撫でる。
ぬいぐるみとまったく同じ手触りだ。本当どうなってるんだ?
「アリス見てくれ……スライムがお前のぬいぐるみに化けたぞ。驚きだろ?」
カエルのぬいぐるみは、アリスの唯一の形見だ。
俺はカエルを抱っこし、アリスの絵に見せる。
「じゃあ飯作るから、おとなしく待っててくれ」
カエルを降ろし、麻袋からタマネギを一つ取り出す。
タマネギの皮を剥き、包丁で切っている間も、カエルはずっとアリスの絵を見ていた。
「その絵が気になるか?」
カエルは俺の方を振り向く。
「その子はアリス。俺の幼馴染で、多分9歳くらいだよ。一緒に過酷な訓練を受けた仲間でもある」
カエルはじっと俺を見つめる。
もっと聞かせてくれと言っているのだろうか?
「もういないよ。俺とアリス、そして他の仲間たちは、海を見たくて施設を脱走したんが、俺たちには毒が練り込まれた入れ墨が彫られていてね。定期的に解毒剤を飲まないと死ぬんだ。――俺以外は全員死んだよ。みんなまだ子供だったんだけどな」
カエルは再びアリスの絵を眺めはじめた。
「とてもキレイな子だろ? このまま成長したら、相当な美人になっていたはずだ。一度でいいから、それを見てみたかった」
俺はしばらくカエルと共に絵を眺めた後、料理を再開した。
料理を食べ終わった後、俺はカエルを抱きあげ、話かける。
「お前とももうお別れだ。明日お前を洞窟に連れて行く」
カエルはギュッと俺に抱き付いてきた。
「嫌か? でもお前は魔物だから、街では暮らしていけないよ。さあ、檻に入ってカボチャになっていてくれ」
カエルは言うことを聞かず、ずっと俺にしがみついている。
「……さあ、檻の中に入ろう」
カエルを引き剥がし、むりやり檻に入れようとする。
するとカエルは巨大なタマネギに変化した。
檻より大きい……。
「そう来たか……」
タマネギは俺から離れ、ゴロゴロと部屋を転がる。
俺に捕まらないようにしているのだろう。
「やれやれ、どうしたものか……」
結局良い案が見つからないまま、就寝する。
そして翌日の朝。
「――うおっ!?」
俺は驚き飛びはねた。
隣に誰かが寝ているのだ。
「誰だ!?」
シーツをまくると、裸の女が寝ていた。
……え!? 俺が連れ込んだのか!?
いや、そんな記憶は一切ないぞ!? 酔ってもいない!
誰だこの女!?
女は無表情でじっと俺を見つめる。
薄い水色の長い髪と瞳。
雪のように白い肌。
「そんな馬鹿な……アリス……?」
それも大人になったアリスだ。
胸を見れば分かる。
ここでようやくこの女の正体が分かった。
「そうか……大人のアリスに変化したのか。……凄まじいな」
実際見た訳でもないのに……。
相当な知能と想像力を持っているぞこいつ。
「俺が『一度でいいから見てみたい』と言ったからか……」
俺のためにやってくれたのか?
いや……アリスに擬態すれば、俺に捨てられないと考えたのだろう。
「お前は本当に賢いな……やられたよ」
スライムの作戦勝ちである。
アリスの姿をされては、どんなワガママでも許すしかない。
「人間に擬態できるのであれば、なんとか街で暮らしていける……はず」
俺はこのスライムを家に置いておこうと決断する。
「なあ。全裸じゃなくて、服を着た状態にはなれないのか?」
スライムは無表情で俺を見つめたままだ。
アリスは表情豊かな子だったので、何だか怖い。
「うーん……無反応か。どうやら服は用意しないとダメみたいだな。よし、ちょっと行って来るから、おとなしく待ってるんだぞ?」
俺はスライムをベッドに残し、服屋へと向かった。
そして、一番安い女性用のワンピースを買い、帰路につく。
アパートがある通りまで戻って来た時、俺は信じられない光景を目にした。
全裸のスライムアリスが、アパートの前でウロウロしているのだ。
「こら! 何やってんだお前!」
スライムアリスは俺に気付くと、無表情でこちらへと歩いてきた。
「ダメだろう! 勝手に出てきちゃ!」
俺は急いで彼女の手を引き、家の中に入る。
外に誰もいなかったのは、不幸中の幸いだった。
「カギを開けることができるのか……頭がいいだけでなく、器用さまであるんだな。これは困ったぞ……」
おそらくずっと俺についてきてしまうはず。
これでは、仕事探しがさらに大変になってしまうだろう。
「まあいい。とりあえず服を着ようか」
スライムに服を渡してみたが、ボーっとそれを眺めているだけだ。
「さすがに自分では着れないか。スライムに服なんて概念がないだろうからな。……仕方ない」
俺は買ってきた安いワンピースを着せようとする。
「あまり見ないようにはしているのだが……どうしても見えてしまうな」
スライムに照れてしまう自分が、なんだか恥ずかしい。
「――よし、着せ終わったぞ。街の中にいる時は、ずっとその姿でいるんだ。いいな?」
スライムは服をひっぱったり、さわったりしているだけで、返事をしない。
コミュニケーション能力は皆無のようだ。
「お前のことは何て呼べばいいかな。人前でスライムと呼ぶわけにはいかんし……アリスの姿だから、アリスでいいか……」
ごめんなアリス。お前の名前をスライムにつけちゃって。
「じゃあアリス。今から仕事を探しに行くけど、おとなしく待っているんだぞ?」
俺が外に出ようとすると、アリスは普通に俺についてくる。
「はあ……やっぱりこうなるか……仕方ない。じゃあ一緒に探そう」
俺はアリスを連れ、外へと出た。
結果から言うと、アリスと共に仕事を探したのは正解だった。
「大変だな。じゃあ妹さんのために、頑張って働いてくれや。明日から頼むな」
「本当ですか! ありがとうございます!」
街中で仕事が見つからなかった俺は、ナキルヤの森の伐採所まで行き、木こりの親方に仕事がないかを聞いてみた。
親方は「なんで女連れながら仕事探してんだ? 舐めてんのか?」と聞いてくる。
俺はとっさに「妹は頭の病気で、口が利けず、俺の後をついてくることしかできないんです」と答えた。
これが親方の同情を引き、見事仕事が決まる。
「――でかしたぞアリス! お前のおかげで仕事が見つかった!」
ナキルヤの森の帰り道、俺はアリスの頭をうんと撫でる。
無表情な彼女だが、どことなく嬉しそうにしているように見えた。
これにて第一章終了です。
次章からは、紅蓮の魔術師ガリム編が始まります。
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