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第8話 擬態

 できる限り裏通りを進み、俺のアパートまであと一歩というところだった。


「スタップ! そこのお前止まれ! その背負っている荷物を見せろ!」


 マズい……! マズすぎる……!

 衛兵2人が俺の元へとやって来る。


 どうする? 逃げるか? 俺の足なら可能だろう。

 だがすぐに手配され、完全に詰みとなる。


 顔を見られた以上、この2人を始末するのが、もっとも確実に切り抜けられる方法なのだが……。


 だが、俺は悪人しか殺さない。

 この2人がとんでもない極悪人だったらいいのだが、それが分からない以上、殺すことはできない。

 なんとかウソをついて逃れるしかないか……ダメだったら走って逃げよう。

 あとはもう運命に身を任せるしかない。


「俺ですか?」

「そうだ! その背負った荷物を降ろせ!」


「たいしたものではないですよ?」

「いいから見せろ!」


 俺は檻を地面に置き、布をめくりながら良いウソを考える。


 とある貴族に頼まれた……うーむ、すぐに裏をとられて終わりだな。

 貧民街にいたのを捕まえて、役所に届けようと思った。――これは悪くないか?



 布が完全にめくれる。


「んー……? なんだカボチャと……錬金素材か……なんで檻に入れる必要があるんだ」

「あ、え……運ぶのにちょうどいいものが、これしかなかったものですから……」


「そうか、まあいい……じゃあいいぞ。行け」

「どうもです」


 俺は再び檻を背負う。


 錬金素材は、麻薬工房から奪ったものだ。

 カボチャは知らない。


 つまりこのスライム、カボチャに擬態したのである。

 賢い……いや、空気の読める奴で助かった……!


 しかし、背景と同じ色に変化するスライムは数多くいるが、他のものに擬態するスライムなんて初めて見たぞ。

 しかも質感まで、完璧に再現している。こいつ、新種か?



 そういえば、遺跡の奥にいた化け物も完全に新種だった。

 魔物たちに何か変化が起きているのだろうか?


 あの肉塊の魔物は、間違いなく人類の脅威になる。

 冒険者ギルドは、あいつの調査を開始しているよな?


 新種の調査よりも、俺の追放に力を入れていたゲラシウスだ。

 とても心配になってくる。



 そんなことを考えていると、俺のアパートにたどり着いた。

 ギシギシと軋む階段を上がり、玄関のカギを開ける。

 いつものボロく狭い部屋が俺を出迎えた。


「ただいま。今日はお客さんを連れてきたよアリス」


 俺は壁にかけてある、微笑む少女の絵に向かって話しかける。

 死んだアリスの顔を忘れないようにと、俺が描いた肖像画だ。

 自分で言うのもなんだが、かなり良い出来栄えだと思う。


「どっこいせ」


 俺は檻を床に降ろし、布をめくる。

 スライムは元の姿に戻っていた。

 というより、麻薬工房にいた時よりも、さらに潰れてしまっている。

 死がもうじき訪れようとしているのだ。


「今すぐ助けてやるからな。待ってろよ」


 俺は重症治癒のポーションをスライムに振り掛けた。

 スライムの形が、みるみる半球状へと戻っていく。


 よし、無事回復したようだ。


「これ、作るのにけっこう金かかってるからな? 感謝しろよ?」


 スライムは元気よくポヨンポヨンとはねている。

 良かった良かった。


 さて、一段落したら、腹が減ってきたな。

 食事にしよう。


「今日はけっこう儲けたから、久々2種類の具を入れたスープを作ろう」


 錬金素材に、タエンボスたちから盗った400ラーラ。ウハウハだ。

 毎日こんなことがあれば、3万も簡単に払えそうなのだが。


「ふふっ、そんな悪人ばかりの世の中じゃ、嫌になってきちゃうもんな」


 麻袋の中から、タマネギとレンズ豆を取り出す。

 うーん、贅沢!





 20分後、スープが完成した。


「いただきます」


 スプーンにスープをよそい、口に入れる。


 うまい……!

 調味料は塩だけ。だがいい仕事をしたという実感が、味を各段に向上させる。


 冒険者ギルドで働いていた時も、農民たちから感謝された時の飯は最高にうまかった。

 やっぱり人助けになる仕事がしたいものだ。

 それが贖罪にもなる。



 俺は再び、水色髪の少女の絵に向かって話しかけた。


「アリスすまない。今日約束を破って、人を殺してしまった……だが、人助けのためだったんだ。許してくれるよな?」


 それなら全然おっけーだよ! 極悪人は人間じゃないからね! ウンチゴキブリだよ! バンバン殺しちゃって!

 彼女のそんな無邪気な声が聞こえてきた気がした。



「そういえばこのスライム、エサってもらえていたんだろうか? スープ食うかな?」


 俺は皿にスープをよそい、檻の前に置いた。

 そして檻の扉を開け、様子を見てみる。



 なかなか出てこない。

 怖がっているのかもしれない。散々タエンボスたちになぶられたのだ。無理もないだろう。


「俺は怖くないぞー。優しいぞー。……いや、怖いか? 元暗殺者だからな……」


 だが意外にも、俺の心は通じたようだ。

 スライムはちょっとずつ檻から出てきた。


「おっ、いいぞいいぞ。美味しい美味しいスープだぞー。タマネギとレンズ豆が入った贅沢なスープだぞー」


 言葉が分かっているのだろうか?

 スライムは急に加速し、スープ皿の上に乗っかった。


 ジュルジュルと音がする。


「食べてる……のかな? スライムが食うところって、しみじみ見たことないからな……あっ、豆が体内に浮かんでる! やっぱ食べてんだ!」


 スライムは半透明なので、食べた物が見える。

 なんだか面白い。



「――おっ、食べ終わったのか?」


 しばらくしたら、スライムは自ら檻の中へと戻って行った。


「そこが安心するのか? スライムにも巣の概念があるのかな? 聞いたことないんだが」


 俺は皿を洗い、スライムを眺める。


「もう少し様子を見てから、どこかの洞窟へ連れていくか……だが城門を越えるのが難しいな。またカボチャに擬態してくれればいいのだが……」


 そうつぶやいたとたん、スライムの形と色が変化しだした。

 そして、ものの数秒で立派なカボチャに変化する。

 元のサイズよりも大きくなっているのだが、いったいどういう仕組みなのだろう?


「俺の言葉、分かってるのかな? たまたま変化しただけか? 分かってるなら、元の姿に戻ってくれ」


 しーん。

 無反応。たまたまのようだ。


「――だよな。じゃあおやすみ」


 今日は疲れた。

 飯食ったばかりだけど、寝ちゃうとしよう。





 翌朝、目が覚める。


 ベッドから起きた俺は檻を見た。


「あっ、いけね! 扉、開けっ放しだった!」


 スライムの姿が見えない。

 どこかに隠れてしまっているようだ。


「おーい、どこだー?」


 10分ほど探したが、見つからない。

 おかしい。こんな狭い部屋なのに。


「――ん?」


 その時、俺は違和感を抱いた。


 イスが……3個あるぞ……?

 この部屋にあるイスは2個だったはず。


 俺は3つのイスを触ったり、持ったりして調べる。

 どれも同じ重さ、同じ手触りだ。


「すげえ……ここまで擬態できるのか……?」


 変な場所にあったイスが、スライムの姿に戻り、俺の足にへばりついてくる。

 これはなつかれたのだろうか?


「ふふっ、なんだか可愛いな。――よしよし、お前は擬態が上手だな」


 俺はスライムを撫でる。

 プルプルとして気持ちがいい。


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