第7話 悪党に死を
静かに静かに進む。隠密行動は俺の十八番だ。
幼少の頃、嫌というほど叩き込まれたからな。
物音をたてたら、鞭で叩かれたり、飯を抜かれたりするのだ。当然必死で会得するさ。
先ほどワインを飲んだ部屋へと戻ると、3人の男たちが、再びスライムに酸らしき液体をかけていた。
スライムは檻の中で、必至にもがき逃げ回ろうとする。
かわいそうに……。
スライムは魔物だが、人を襲うことは滅多にない。
奴等は洞窟の掃除屋と言われ、基本的には死骸や小動物、昆虫しか食べないのだ。
動物を襲う時は、顔にへばりつき窒息死させるのだが、たいした力ではないので、人間の力であれば、簡単に引き剥がせる。
そのため、無害な魔物として認識されており、そんな魔物がいたぶられているのを見るのは、当然気分の良いものではない。
「うーむ、やはり溶かす力が弱いな……」
「金属腐食作用をなくそうとすると、どうしても肉も溶けなくなってしまうな」
「早く完成させないと、死体の処理に困るぞ。今使っている酸だと、牢屋が劣化するし、ガスも発生する」
なるほど。死亡した実験体の処分のために、新型の酸を開発している訳か。
タエンボスも含めて、こいつら全員錬金術師なのだろうな。
錬金術師の面汚しだ。全員死んでもらおう。
「ったく……このクソスライムが、しっかり食ってくれりゃあ、何も問題なかったのによ……!」
ははあ。当初は、あのスライムに死体処理をさせようとしていたのか。
だが、食わなかったのだな。
魔物にも好き嫌いがある。人間の肉には、興味を示さない個体だったのだろう。
「まったくだ。せっかく苦労して持ち込んだのに、ちっとも役に立ちやしねえ。衛兵のワイロ、けっこう高かったんだぜ?」
どこかの洞窟で捕まえてきたのだろうが、街の中に魔物を持ち込むことは禁止されている。
城門での荷物検査を避けるために、衛兵にワイロを払ったのだろう。
カンカンカン。
その時、階段を降りる音が聞こえてきた。
タエンボスか?
「お前ら、新型はできたか?」
「あ、バルガスさん。いえそれが、金属腐食作用については解決――」
「ちげーよ! 酸じゃねえ! ヤクの方だヤク!」
バルガス……!
何も知らずに仲介していたのであれば、命だけは助けてやろうと思っていた。
だがこれで、お前の死は決定したぞ。
「それもまだです……」
「早くしやがれ! 依頼者からは、今月中に完成させろって言われてんだ!」
「わ、分かりました」
こいつらに依頼した人間がいるのか……。
誰だ? 調べてみるか?
「そういやカシラから聞いたが、マヌケがまた1人来たようだな?」
「ああ、はい。若い男です。牢屋で寝てますよ」
「へへっ、さっきのあいつか? じゃあちょっと、幸せそうな寝顔でも見てくるとするかな」
バルガスが牢屋へとやってきた。
俺は手と足を、つっぱり棒のようにして、天井に張り付く。
当然無音でだ。
そして奴が俺の下を通り過ぎてから、静かに着地し、奴の顔に手を伸ばした。
ゴキィッ。
バルガスの頸椎をへし折る。処刑完了だ。
「エール代は返してもらうぞ……」
バルガスの財布を抜き取る。
極悪人からは奪っていいというのが、マイルールなのだ。
再び、ワインを飲んだ部屋へと戻った。
奴らは、バルガスが死んだことなどまったく気付かずに、薬の調合に夢中になっている。
さて、3人を相手するとなると、武器が欲しいな。何かないか?
俺は周囲を見回す。
ふむ……テーブルの上にガラスペンが置いてあるな。
これでいい。
プロの暗殺者は、あらゆるものを武器にできる。
ガラスペンは、まあまあ当たりの方だ。
俺はガラスペンを取ると、静かに、そして素早く1人の男の背後に忍び寄る。
ドスッ。
首にガラスペンを突き刺し、この男が腰に差していた短剣を抜き取る。
その短剣で、隣にいた、2人目の男の首を掻っ切った。
「え……」
俺を牢屋に運んだ3人目の男が異変に気付いたが、もう遅い。
声を出す前に、目玉にガラスペンを突きたてられ終了だ。
脳まで届いたガラスペンは、屈強な男を一瞬で絶命させた。
「あとはタエンボスだけか……だがその前に……」
俺は牢屋に戻り、囚われている男に「必ず助けに戻るから、おとなしく待っていてくれ」と伝える。
こうしておかないと「お願いだあああああ! ここから出してくれええええ!」と叫ばれてしまうのだ。
「お前で最後だぞタエンボス……」
俺は階段を上がり、1階へと戻る。
物陰から様子を見ると、タエンボスはイスに座り静かに本を読んでいた。
呑気な奴だ。
俺は背後から忍び寄り、奴の首に短剣を突き付けた。
「――俺の質問に正直に答えろ。そうすれば、この短剣がお前を傷つけることはない」
「ひ、ひいっ!」
「余計な声を出すな。次出せば殺す。――いいな?」
タエンボスは、コクコクと何度もうなずく。
「お前たちに麻薬の製造を依頼したのは誰だ?」
「そ、それは……さすがに……」
俺は、タエンボスの首にナイフを食い込ませた。
奴の首から血が滲み始める。
「ひぃっ! レ、レベンダル子爵だ!」
レベンダル子爵……! 紅蓮の魔術師ガリムの父親か……!
これはなかなかすごい話だぞ。
「そうか。では約束は守ろう」
「あ、ありがとう……! もうこんなことは絶対にしないと誓うよ!」
俺は短剣をその場に捨てた。
そして、タエンボスの顔に両手を伸ばし、首をへし折る。
イスから転げ落ちたタエンボスは糞尿を漏らした。
「“この短剣がお前を傷つけることはない。”お前と交わした約束はそれだけだ」
俺は短剣でテーブルに、「依頼者はレベンダル子爵」と彫り、地下へと戻る。
「さて……」
俺はスライムの檻を見る。
「お前をどうしようか?」
スライムは潰れたような形をしている。
本来は半球状の形なのだが、弱っているとこうなってしまうのだ。
このままでは死んでしまうだろう。
「治療してあげたいが……」
ここに回復ポーションはないようだ。
治療するには、俺の家へ連れて行かないといけない。
だが魔物を連れて街中を歩くのは、相当なリスクだ。
衛兵に見つかれば、下手したら死刑となるかもしれない。
「でも、放ってはおけないな……」
同じつらい状況にある者同士だ。
手を差し伸べてあげたくなってくる。
俺は檻を布で包み、紐で縛って背負う。
かなり怪しいが、もうこれしかないだろう。
「――さて、あとは通りにいた、あの女をどうにかしないとな」
俺はスリ盗ったカギで牢屋を開け、囚人を助け出す。
「ありがとう! あなたは命の恩人だ!」
「一つ頼まれごとをしてくれませんか?」
「もちろん! 何をすればいい?」
「通りに売春婦が1人立っていますが、おそらく彼女は法の執行側の人間、つまり正義を為す側の密偵だと思います。彼女に助けを求めてください」
「分かった! そんなことならいくらでもやるよ! 本当にありがとう!」
男は階段を駆け上がって行った。
「よし、あとは神に祈るのみだ。お前も祈るんだぞ?」
スライムに話かけながら1階へと上がる。
ドアを少し開けると、先ほど助けた男が、密偵と思わしき女に話しかけているのが見えた。
彼女の視線は完全にこちらから外れている。
「――今だ」
俺はこっそりと白ヘビ古書店を抜け出し、裏路地を突き進んだ。