第5話 アンダーグラウンドへようこそ
3人にからまれた翌日のこと、職場で悲劇が待ち受けていた。
「わりいなあ。お前を辞めさせろって言われちまってよお……」
「そんな……!」
ゲラシウスは、こんな仕事にまで圧力をかけてきたのか……!
なにがなんでも、俺を奴隷にするつもりなんだな!
「つーわけで、まあ頑張ってくれや。……いい仕事見つかるといいな」
「今までお世話になりました……」
俺は親方に頭を下げ、その場をあとにした。
「薬を無免許で販売をするしかないのか? いや、それは絶対だめだ……」
俺が1年で3万ラーラを返済するには、薬を販売するしかない。
だが、薬屋として薬を調合・販売するには、免許を取得する必要がある。
そして、その免許を申請するには、冒険者ギルドで錬金術師としての実務経験を、5年間積まなくてはいけない。
俺が冒険者ギルドで働いていたのも、免許の取得のためである。
でなければ、あんな嫌な職場では働かない。
そして最悪なことに、俺は4年目にして追放された。
当然申請すらできないので、薬屋の免許は取得できず、薬を売って稼ぐことはできない。……本当、泣きたくなってくる。
かと言って、無免許での薬の販売は、バレたら即処刑となる大罪だ。
そんな危険なことはできない。
ゲラシウスのことだ。きっとそっち方面にも網を張っているはず。
「いよいよとなったら考えるか……」
奴隷になるくらいなら、処刑された方がマシだ。
もうどうしようもなくなったら、法を破ることも検討してみるか。
それまでは正攻法で頑張ろう。
そう決心した俺は、再び仕事を探し始めた。
だが、最底辺の運搬人ですら辞めさせられてしまうのだ。見つかるはずなどない。
それから1週間後、俺は最底辺の酒場で、最底辺のエールを飲んだくれていた。
「ちくしょう……どうすりゃいいんだ……」
ジョッキを空にした俺は、テーブルの上に突っ伏す。
完全に手詰まりだ。どうすればいい?
他の街や国に行けばいいのでは? 事情をよく知らない人は、そんな風に考えるかもしれない。
それは非常に難しい。なぜなら領民というのは、領主の資産とされているので、引っ越しには許可がいるのだ。
もちろん俺の引っ越し申請は、すぐに却下された。
「――兄さん。ここ、いいかい?」
「……え? ああ、はい」
肉体労働者といった感じの中年の男が、俺の向かいに座る。
いったい何の用だ?
「仕事が見つからねえって感じか?」
「よく分かりましたね」
男はゲラゲラと笑う。
「この酒場には、そんな奴しか来ねえからな! 神様に見放された、あわれな子羊が集まるのさ! ここの店の名前見たか?」
「たしか慈悲深き羊飼い亭……なるほど……」
俺のように、貴族や教会に目をつけられてしまった連中ばかりが来るから、この名前なのか。それともこの名前だから、そういった連中が集まるのか。……まあどちらでもいいか。
「兄さんの力になれると思う。――だが分かってるとは思うけど、当然タダって訳にはいかないぜ?」
「なるほど。エールを奢ればいいですか?」
「よく分かってるじゃねえか。2杯頼むぜ」
「店員さん! エールを2杯!」
しばらくして、テーブルにエールが運ばれてくる。
すると、男は身を乗り出し、小声でささやき始めた。
「闇ギルドって聞いたことあるかい……?」
「ええ、まあ……」
闇ギルド……非合法の冒険者ギルドのようなものらしい。
実際関わったことはないが、噂で聞いたことがある。
なんとなく、殺しや盗みをしそうな名称なのだが、実際やっていることは普通の冒険者ギルドと変わらない。
つまり農村地に出没した、魔狼やゴブリンの駆除である。
「なぜ闇ギルドなんてものがあるかは知ってるか?」
「隠し畑のせいだと聞いています」
「おう、正解だ」
スカンラーラ王国内の農民は、畑の大きさに応じて、税として納める農作物の量が決められている。
これは実際の収穫高については一切考慮されない。
つまり不作の場合でも、定められた量を税として納めなくてはいけないので、飢え死にしてしまうのだ。
農民たちはそれを避けるため、こっそり森や山の中に隠し畑を作る。
税金のかからない畑は、農民たちの救世主だ。
だが、森や山には魔物が多いので、隠し畑は魔物の襲撃を受けやすい。
通常であれば、魔物退治は冒険者ギルドに依頼するのだが、隠し畑は違法だ。ギルドに頼むことはできない。
そこでできたのが、闇ギルドという訳である。
非合法の依頼を、非合法に受ける組織。
法律的には完全アウトなのだが、困窮した農民を救う義賊のようなものと捉えている人間も多い。
「この話の流れ……もしかして……」
「おう。闇ギルドを紹介できるぜ。俺は仲介人だ。――どうする?」
やっぱりな。
……どうする?
非合法の組織ではある。だが決して悪ではない。
もうこれしかないんじゃないか? 今の俺は仕事を選べる立場じゃない。
それなりに給料はもらえるだろうし、これに乗るしかないだろう。
「お願いします」
「じゃあここに行ってくれ。バルガスの紹介と言えば、話を聞いてくれるはずだ」
「ありがとうございます!」
男から簡単な地図を受け取り、頭を下げる。
よし! わずかではあるが、希望の光が差し始めたぞ!
……なんて言うと思ったか。
この話、あまりにもうさん臭すぎる。
バルガスは、一度も俺に戦闘経験の有無を聞いてこなかった。
闇ギルドは、農村に出没した魔狼やゴブリンの退治をするんだぞ?
なぜ俺の戦闘能力に、一切の関心を示さない。もっとも重要な能力だろうに。
これは何かあるぞ。
どうせ無職なんだ。ちょっと首を突っ込んでやろうじゃないか。
もしかしたら金になるかもしれないしな。
酔いはもうさめている。
俺は勘定を終えると、地図に書かれた場所へと向かった。
ここから、レイの元暗殺者としての実力が遺憾なく発揮されていきます。
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