第31話 ブタ論破
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
顔を真っ赤にするガリムだったが、あきらめたようにため息をついた。
おや? この程度で降参か?
いやいや、そんなたまではないだろう。
「……正直にお話ししますぶふぅ。確かに俺はその……肉……を食べました。しかしそれは生きるためだったのでぶふぅ」
「ラペルト卿! スカンラーラ王国の法では、緊急時であれば、死んだ人間を口にすることは許されております!」
すかさずレベンダル子爵がフォローしてくる。
やはりそう来たか。往生際の悪そうな親子だからな。
「なるほど。つまり2人を食べたことは認めるが、彼等を殺したわけではないと、ガリム卿はそうおっしゃるのだな?」
「そういうことでぶふぅ!」
「我が息子が、偽りの言葉を吐いたことはお詫びします! しかし、人肉を食べたことを隠したがるのは当然ではないでしょうか!?」
「うむ、ガリム卿の罪は嘘をついたことのみ。事情を考えれば仕方ない面もありますし、懺悔していただければ何も問題ありませぬな」
シュトルーデル司教がガリムを援護したことにより、会議室の空気が変わり始める。
ガリムに同情を示す声も聞こえてきた。
「ふむ……確かに生きるためであれば仕方なかろう。――ただし、それが事実であればな。木こりレイ・パラッシュと、治癒士コレットは、はっきりとガリム卿が殺人を犯したと証言している」
「だからそれは嘘だぶふぅ!」
「そのとおりです! 先ほど司教殿がおっしゃったではないですか! リッター子爵による工作だと!」
ラペルト伯は2人の声を無視し、俺の方を見る。
「レイ・パラッシュよ。今ある証拠では、ガリム卿の殺人を立証することはできん。何か手はあるのかな?」
さて……俺がやらなくてはいけないのは、ガリムが2人を殺した証拠をつきつけることだ。
今にも叫び出しそうなコレットを手で制し、ルナショコラに目で合図する。
ここから畳みかけていこう。
「もちろんです」
「ぶひいいいいい!?」
「いい加減なことを言うな! そんなものがあるはずない!」
レベンダル卿のヤジを無視し、俺は言葉を続ける。
「ラペルト卿。ここに用意された遺体、何か変だと思いませんか?」
「む……どういうことかな?」
「ラペルト卿は、これが人骨だとお分かりにならなかったですよね?」
「うむ。頭蓋骨でもあれば、すぐに人間のものだと分かったかもしれないが、手や足の骨ではな……」
俺はうなずく。
「そのとおりです。話をスムーズに進めるには、頭蓋骨を用意するべきでした」
「そうだな。……なぜそうしなかった?」
俺はちらりとガリムを見た。
ほう……俺の意図に気付いたか。
脂汗が浮いてるぞ?
「なかったのです。頭蓋骨が」
「魔物に持ち去られたということかな?」
「いえ、違います。用意できない訳があったのです」
俺は棺を開け、ギシュールの首の骨を取り出した。
「これはギシュールの頸骨です。そこの魔術師の方、ちょっと見てもらえませんか?」
魔術師がやって来て、ギシュールの頸骨をおそるおそる手に取り、様々な方向から眺めた。
「……これは! 焼けた跡ですな!」
「はい、そうです」
「む、どういうことだね?」
「おそらくギシュールは、頭部に火炎魔法を食らったのだと思います」
「魔法? たき火で焼いた跡ではないのか?」
「いえ我が主よ。これは相当な火力に晒されておりますぞ。たき火で炙った程度ではこうはなりませんな。火炎魔法……それも<火柱>以上の魔法でしょう」
つまり犯人は、ガリム、ホルガー、グレタの3人に絞られた訳だ。
だがホルガーは、この時すでに死んでいる。
残るはグレタとガリムだけだ。
「きっとグレタがやったんだぶふぅ!」
そう来ると思ってたよ。
だからあえて、もったいぶっていたんだ。
「魔術師殿、ギシュールの頭蓋骨なのですが、実は粉状になっていました。だから頭蓋骨を用意できなかった訳です」
俺は粉状になった頭蓋骨を手ですくい、魔術師に見せる。
「これは……! 間違いなく<獄炎>によるものです!」
魔術師のその言葉に会議室が静まり返る。
最強火炎魔法<獄炎>。それを使える魔術師などそういない。
ここデポルカの街ではただ一人。
紅蓮の魔術師ガリムだけだ。
「――ガリム卿、君は<獄炎>の魔法で、戦士ギシュールを殺害した。そうだね?」
ラペルト伯が、ガリム卿を睨む。
「ぶふぅ……ぶふぅ……俺は……俺は……そう! 弔ってやろうと<獄炎>で火葬を――」
「頭蓋骨だけ?」
俺のその一言に、ガリムは両鼻から鼻水を噴き出した。
「うるせえええええええええええええええええええ!!!! ゴミカス無能錬金術師が、俺に舐めた口利くなぶふううううううううううううううう!!!!」
自慢の最強火炎魔法が、まさか自分の首を絞めることになろうとは。
愚かなガリムには、まったく想像できなかっただろう。
「そのゴミカス無能錬金術師に論破されてしまった訳だが?」
「黙れ黙れ黙れ黙れええええええええええ!!!! 平民2人殺して食ったからってなんなんだよおおおおおおおおお!!!! 俺は貴族様なんだぞおおおおおおおおおおおおお!!!?」
俺の挑発に乗り、ガリムが自白した。
勝負ありだ。
「この馬鹿息子めがあああああああああああああああああ!」
「ぶひいいいいいいいいいいいいいいい!?」
レベンダル卿が、ガリムの顔面を殴り飛ばした。
「申し訳ありませんラペルト卿! 私は親バカだったようです! 息子の言葉を鵜呑みにしてしまいました! 私は決して、罪を逃れようとした訳ではないのです! ただただ、この馬鹿を信じてしまった愚かな親なのです!」
「そ、そんなあああああ! 俺を見捨てないでぶひいいいいいい!」
たいした奴だ。
一瞬で息子であるガリムを切り捨て、自分は無関係だと言い張るとはな。
だが、逃げられると思うなよ?
お前はもう、我が主に絡めとられているのだ。
「ラペルト卿! ガリム卿は罪を犯しましたが、レベンダル卿は無罪でしょう! 子を思う気持ち、私にはよーく分かりますぞ!」
「司教まで!? 俺を助けてくれぶひいいいいい!」
司教もガリムを切り捨てたようだ。
レベンダル子爵さえいれば、教会への寄付は継続される。
司教にとって、ガリムはそれほど重要な人物ではないのかもしれない。
「ふむ。だがガリム卿の犯行が事実となると、パラッシュとコレットの証言も事実ということになる。レベンダル卿には、コレットを脅迫した疑いがあるが?」
「それも子を思ったゆえなのでしょう! 愛からくる行動なのであれば、懺悔していただければ十分ではないかと!」
「懺悔ならいくらでもいたしますゆえ、どうかお許しを……!」
頭を深々と下げるレベンダル子爵。
貴族がここまでするのだ、許してやるか。そんな空気がただよい始めてきた時だった。
「――おーい!」
ルナショコラの一声で、また別の従者が入ってきた。
書類の束を持って。
「今度は何だね?」
「領主様に見ていただきたいものがあるのれすー。ルナのところに間違って届いた書類みたいなのれすけど、何か重要なことが書いてあるようなのれすよ」
「む……?」
ラペルト伯は、目の前に置かれた書類に目をやる。
「これは……何かの帳簿か……?」
その言葉を聞いて、レベンダル子爵が青ざめる。
そう……これは麻薬取引の帳簿だ。
報告会が始まる前、レベンダル子爵の館から俺が盗んできた。
子爵とガリムは教会に向かっていたし、奴の部下どもは、森に証拠隠滅に行っていたので、驚くくらい簡単に忍び込めてしまった。
この帳簿を盗み出せる人材、そして盗み出せる隙、ルナショコラはその二つをずっと待っていたのだ。
俺が追放されていなければ――
俺が麻薬工房を潰していなければ――
ゲラシウスがガリムを派遣しなければ――
ガリムがアダンを助けていたら――
子爵が証拠隠滅を図らなければ――
この計画は成功しなかったのだろう。
そんな思いを噛みしめながら、俺はラペルト伯に声をかける。
「それは、レベンダル卿が裏でおこなっている麻薬取引についての帳簿です」
「なんだと……!? 書記官! 執政官!」
2人の役人が大急ぎで駆けつけ、書類に目を通す。
彼等の調査が終わるまでの間、レベンダル子爵は震え続けていた。