表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/32

第30話 勝ち確裁判

 ここは領主ジェイラン・ラペルト伯爵の居城、タルトリート城の会議室。

 ルナショコラに呼ばれた俺は、数十人の名士の前で、ナキルヤの森で起きた凄惨な事件について説明した。


「――以上が今回の事件についての全容となります」


 ほぼ全員が青ざめた顔をしている。

 例外なのは、まずルナショコラ。彼女はニコニコとクッキーを食べている。

 そしてレベンダル親子とゲラシウスだ。憤怒の表情で俺をにらんでいる。


「な、なんということだ……」

「そんな恐ろしいことがある訳ない……」


 ざわめく会議室。

 ラペルト伯爵が姿勢を正す。


「静粛に! 治癒士コレット。木こりのレイ・パラッシュの話と、君の話はまったく異なっている。もう一度問おう。君の話は神に誓って事実と宣言できるかね?」


 レベンダル親子とゲラシウスが、コレットを睨みつける。

「分かってるだろうな……?」そう言っているのが丸わかりだ。


 泣きそうな目で俺を見るコレット。家族を人質にとられたに違いない。

 よくある手だ。


 俺は挙手する。


「よろしいでしょうかラペルト卿」

「なんだね? レイ・パラッシュ」


「治癒士コレットと、その家族の身の安全の保障をお願いいたします。おそらく彼女はレベンダル卿から脅迫を受けています」

「なっ!? なんだと!?」

「名誉棄損だぶふぅ!」


 再びざわつく会議室。

 名士たちは疑惑の眼で、レベンダル親子を見る。


「……いいだろう。――シルバーハンド!」

「はっ!」


 会議室の隅に立っていた、白銀の鎧を着た老紳士がラペルト伯の元へとやってくる。

 シルバーハンド隊長。伯爵直属の指揮官である。


「治癒士コレットと、その家族の護衛をおこなえ」

「はっ! 今すぐに!」


 シルバーハンドは、会議室に待機していた兵に何かを命じた。

 兵士が急いでどこかへと向かう。


「これはいったいどうことでしょうラペルト卿!? 貴族である私よりも、そんな木こりを信用するのですか!?」

「そういう訳ではないともレベンダル卿。私はただ公正に話を進めたいと思っているだけなのだよ」


「いや、しかし……!」


 顔を真っ赤にしたレベンダル卿を、シュトルーデル司教が手で制する。


「ラペルト卿、私もこの木こりの言うことに耳を傾ける必要はないと存じます。以前レベンダル卿は、リッター子爵と領地争いをしております。おそらくその者は、彼が差し向けた工作員なのではないでしょうか?」


 レベンダル卿の顔がパッと明るくなった。


「はははははは! さすがは司教殿! よく分かっていらっしゃる! それで間違いないでしょう!」


 これには名士たちも、納得したようにうんうんとうなずく。

 領地争いに敗れた貴族が、相手側に嫌がらせをおこなうのは、よくあることなのだ。


「なるほど。その可能性は大いにあるな。だが私は今、治癒士コレットに尋ねている。まずはその答えを聞こうではないか」


 やるなラペルト伯爵。

 司教の言葉を跳ね除けた。なかなかできるものではない。

 教会に睨まれるのは、たとえ領主であっても恐ろしいことなのだ。


 ラペルト伯は、コレットを目で射抜く。


「どうなんだね? 治癒士コレット」

「ほ、本当に、私の家族の身の安全を保障していただけるんですよね……?」


「うむ。約束しよう」


 コレットの眼に、強い覚悟が宿った。


「レイさんの言ったことはすべて事実です。私は、ガリム卿がグレタさんを解体しているところを目撃しました」


 大きくざわめく会議室。

 あちこちから怒号が飛び交う。


「ウソをつくなああああああああああ! その治癒士もリッター子爵が差し向けた工作員だあああああああああああああ!」

「そのとおりだぶふぅううううううう! 証拠はあるのか!? 証拠は!? ええ!?」


「静粛に!」


 ラペルト伯の一喝で、会議室が静まる。


「――確かに証拠がなければ話にならないな。証拠はあるのかね?」


 レベンダル親子がニヤリと笑う。

 おそらく奴等は、今朝すぐにナキルヤの森に私兵を送り込んだはずだ。

 そして、殺人と食人の形跡を、跡かたもなく葬り去るつもりでいる。


 よって、証拠など見つからない。そう思っているのだろう。

 甘く見られたものだ。我が主はデキる女だぞ?



「はい、あるのれすー」

「……え?」


 ルナショコラの発言に、レベンダル親子がポカンと口を開ける。


「昨晩レイ・パラッシュの話を聞いたルナは、すぐにガラ捨て場と、解体現場にあった遺体の回収を命じたのれす」

「ショ、ショコラ!? なぜそのようなおぞましいことを!?」


「えへへー、怖いもの見たさなのれすよー。ホラー好きのルナには、食人なんてたまらないのれすー! そりゃあ、すぐに食いついちまうってもんなのれす!」


 ルナショコラはコロコロと可愛らしく笑う。


 レベンダル親子の顔、まだ分かってないな。

「このアホガキめ……!」そんな目でルナショコラを見ている。


「ショコラァ……もうそんなことしちゃダメじゃぞぉ?」

「分かりましたれす! ごめんなさいおじいちゃん!」


「いいんじゃいいんじゃ、ほっほっほっ!」


 シュトルーデル司教はルナショコラの頭を撫でた。

 ニコニコとしているルナだが、目の奥に凄まじい嫌悪感と憎悪を宿らせている。

 おお、怖い怖い……。



「聖女殿、その回収した遺体はここに?」

「はいれすー! おーい!」


 扉が開き、棺を持った墓堀人と狩人が入ってきた。

 2人は棺を会議室に置くと、すぐに部屋の隅へと移動する。


「さあみんな、中を見るのれす」


 誰も立ち上がらない。


 そりゃそうだろう。死体を好んで見る奴などそうそういない。



「……仕方あるまい。――シルバーハンド」

「はっ!」


 覚悟を決めたラペルト伯が立ち上がり、棺へと向かうと、その後ろをシルバーハンドがついていく。



「よし、開けてくれ」

「……はっ」


 シルバーハンドがゆっくりと棺のフタを開けると、一気に悪臭がただよってきた。

 名士の何人かが嘔吐する。


「うっ……これは……本当に人間の骨なのか……? 獣の骨という可能性は?」


 ラペルト伯は、青ざめた顔で墓堀人と狩人に尋ねる。


「いんや、間違いなく人骨でさあ」

「獣の骨でないことは確かです」


 2人のプロの言葉に、ラペルト伯も納得したようだ。


 俺は次の話へと移る。


「ラペルト卿。骨だけでなく、骨に付着している肉をご覧ください。明らかに齧られた跡があります」

「む……確かに……!」

「違うぶふぅ! そ、それは魔物が食った跡ぶふぅ!」


 すかさず挙手!


「異議あり! 魔物に喰われたアダンとホルガーは、体のごく一部しか残っていませんでした! このように骨が丸ごと残っているのはおかしい!」

「そんなの個体によって違うに決まってんだろおおおおおおお! 人間だって、魚や鳥の骨まで食う奴いるだろぶふうううううう!?」

「そのとおりだ! そんなもの、なんの証拠にもならぬ! 息子の名誉を穢すな!」


 ラペルト伯が手で制する。


「……レベンダル卿の言うとおりだ。確かにギルドメンバーが食われたのは間違いないが、それがガリム卿によるものだと示すものは何一つないぞ?」


 ふむ、そのとおりだ。

 ここは攻め方を変えるとしよう。


「ガリム卿はイノシシを捕らえ、その肉で飢えをしのいだとおっしゃっていましたね?」

「そうだぶふぅ! たまたまツタに絡まっていたイノシシがいたんだぶふよ!」


「それはおかしいなあ……ねえ狩人さん?」


 俺の言葉を聞いた全員が、狩人に注目する。


「はい、ナキルヤの森にイノシシはいませんからね」


 会議室の空気が変わる。


「それは本当かね? イノシシなんて、どこの森にもいると思うのだが?」

「そうぶふぅ! 森にイノシシがいねえなんてありえねえぶふぅ!」

「私もそれがずっと不思議でした。でもやっと分かったんですよ。最近森の奥で遺跡が見つかったでしょう? 多分あれのせいですね。あそこの周辺ではリス1匹すら見つかりませんから」


 獣たちは危険に敏感だ。

 あの遺跡から何か良からぬものを感じ、近づかないようにしているのだろう。


「そういうことはあるのかね?」


 ラペルト卿は、側近の魔術師に声をかける。


「はい。イノシシは魔物の匂いに敏感です。ここまで極端な例は聞いたことがありませんが、魔物の生息域には近づかないものです」

「……おっと! 勘違いしてたぶふぅ! イノシシじゃなくて、シカだったかなぁ!?」


 待ってました!


「狩人さん」

「あの森にはシカもいないですよ。捕れる獣はウサギとリスくらいです」

「ぶひいいいいいいいいいい!?」


 ガリムが見事に罠にはまった。

 名士たちが奴に疑惑の眼を向ける。


「ガリム卿……正直に話してもおうか?」


 ラペルト卿の、突き刺すような眼がガリムを捉えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ