第30話 勝ち確裁判
ここは領主ジェイラン・ラペルト伯爵の居城、タルトリート城の会議室。
ルナショコラに呼ばれた俺は、数十人の名士の前で、ナキルヤの森で起きた凄惨な事件について説明した。
「――以上が今回の事件についての全容となります」
ほぼ全員が青ざめた顔をしている。
例外なのは、まずルナショコラ。彼女はニコニコとクッキーを食べている。
そしてレベンダル親子とゲラシウスだ。憤怒の表情で俺をにらんでいる。
「な、なんということだ……」
「そんな恐ろしいことがある訳ない……」
ざわめく会議室。
ラペルト伯爵が姿勢を正す。
「静粛に! 治癒士コレット。木こりのレイ・パラッシュの話と、君の話はまったく異なっている。もう一度問おう。君の話は神に誓って事実と宣言できるかね?」
レベンダル親子とゲラシウスが、コレットを睨みつける。
「分かってるだろうな……?」そう言っているのが丸わかりだ。
泣きそうな目で俺を見るコレット。家族を人質にとられたに違いない。
よくある手だ。
俺は挙手する。
「よろしいでしょうかラペルト卿」
「なんだね? レイ・パラッシュ」
「治癒士コレットと、その家族の身の安全の保障をお願いいたします。おそらく彼女はレベンダル卿から脅迫を受けています」
「なっ!? なんだと!?」
「名誉棄損だぶふぅ!」
再びざわつく会議室。
名士たちは疑惑の眼で、レベンダル親子を見る。
「……いいだろう。――シルバーハンド!」
「はっ!」
会議室の隅に立っていた、白銀の鎧を着た老紳士がラペルト伯の元へとやってくる。
シルバーハンド隊長。伯爵直属の指揮官である。
「治癒士コレットと、その家族の護衛をおこなえ」
「はっ! 今すぐに!」
シルバーハンドは、会議室に待機していた兵に何かを命じた。
兵士が急いでどこかへと向かう。
「これはいったいどうことでしょうラペルト卿!? 貴族である私よりも、そんな木こりを信用するのですか!?」
「そういう訳ではないともレベンダル卿。私はただ公正に話を進めたいと思っているだけなのだよ」
「いや、しかし……!」
顔を真っ赤にしたレベンダル卿を、シュトルーデル司教が手で制する。
「ラペルト卿、私もこの木こりの言うことに耳を傾ける必要はないと存じます。以前レベンダル卿は、リッター子爵と領地争いをしております。おそらくその者は、彼が差し向けた工作員なのではないでしょうか?」
レベンダル卿の顔がパッと明るくなった。
「はははははは! さすがは司教殿! よく分かっていらっしゃる! それで間違いないでしょう!」
これには名士たちも、納得したようにうんうんとうなずく。
領地争いに敗れた貴族が、相手側に嫌がらせをおこなうのは、よくあることなのだ。
「なるほど。その可能性は大いにあるな。だが私は今、治癒士コレットに尋ねている。まずはその答えを聞こうではないか」
やるなラペルト伯爵。
司教の言葉を跳ね除けた。なかなかできるものではない。
教会に睨まれるのは、たとえ領主であっても恐ろしいことなのだ。
ラペルト伯は、コレットを目で射抜く。
「どうなんだね? 治癒士コレット」
「ほ、本当に、私の家族の身の安全を保障していただけるんですよね……?」
「うむ。約束しよう」
コレットの眼に、強い覚悟が宿った。
「レイさんの言ったことはすべて事実です。私は、ガリム卿がグレタさんを解体しているところを目撃しました」
大きくざわめく会議室。
あちこちから怒号が飛び交う。
「ウソをつくなああああああああああ! その治癒士もリッター子爵が差し向けた工作員だあああああああああああああ!」
「そのとおりだぶふぅううううううう! 証拠はあるのか!? 証拠は!? ええ!?」
「静粛に!」
ラペルト伯の一喝で、会議室が静まる。
「――確かに証拠がなければ話にならないな。証拠はあるのかね?」
レベンダル親子がニヤリと笑う。
おそらく奴等は、今朝すぐにナキルヤの森に私兵を送り込んだはずだ。
そして、殺人と食人の形跡を、跡かたもなく葬り去るつもりでいる。
よって、証拠など見つからない。そう思っているのだろう。
甘く見られたものだ。我が主はデキる女だぞ?
「はい、あるのれすー」
「……え?」
ルナショコラの発言に、レベンダル親子がポカンと口を開ける。
「昨晩レイ・パラッシュの話を聞いたルナは、すぐにガラ捨て場と、解体現場にあった遺体の回収を命じたのれす」
「ショ、ショコラ!? なぜそのようなおぞましいことを!?」
「えへへー、怖いもの見たさなのれすよー。ホラー好きのルナには、食人なんてたまらないのれすー! そりゃあ、すぐに食いついちまうってもんなのれす!」
ルナショコラはコロコロと可愛らしく笑う。
レベンダル親子の顔、まだ分かってないな。
「このアホガキめ……!」そんな目でルナショコラを見ている。
「ショコラァ……もうそんなことしちゃダメじゃぞぉ?」
「分かりましたれす! ごめんなさいおじいちゃん!」
「いいんじゃいいんじゃ、ほっほっほっ!」
シュトルーデル司教はルナショコラの頭を撫でた。
ニコニコとしているルナだが、目の奥に凄まじい嫌悪感と憎悪を宿らせている。
おお、怖い怖い……。
「聖女殿、その回収した遺体はここに?」
「はいれすー! おーい!」
扉が開き、棺を持った墓堀人と狩人が入ってきた。
2人は棺を会議室に置くと、すぐに部屋の隅へと移動する。
「さあみんな、中を見るのれす」
誰も立ち上がらない。
そりゃそうだろう。死体を好んで見る奴などそうそういない。
「……仕方あるまい。――シルバーハンド」
「はっ!」
覚悟を決めたラペルト伯が立ち上がり、棺へと向かうと、その後ろをシルバーハンドがついていく。
「よし、開けてくれ」
「……はっ」
シルバーハンドがゆっくりと棺のフタを開けると、一気に悪臭がただよってきた。
名士の何人かが嘔吐する。
「うっ……これは……本当に人間の骨なのか……? 獣の骨という可能性は?」
ラペルト伯は、青ざめた顔で墓堀人と狩人に尋ねる。
「いんや、間違いなく人骨でさあ」
「獣の骨でないことは確かです」
2人のプロの言葉に、ラペルト伯も納得したようだ。
俺は次の話へと移る。
「ラペルト卿。骨だけでなく、骨に付着している肉をご覧ください。明らかに齧られた跡があります」
「む……確かに……!」
「違うぶふぅ! そ、それは魔物が食った跡ぶふぅ!」
すかさず挙手!
「異議あり! 魔物に喰われたアダンとホルガーは、体のごく一部しか残っていませんでした! このように骨が丸ごと残っているのはおかしい!」
「そんなの個体によって違うに決まってんだろおおおおおおお! 人間だって、魚や鳥の骨まで食う奴いるだろぶふうううううう!?」
「そのとおりだ! そんなもの、なんの証拠にもならぬ! 息子の名誉を穢すな!」
ラペルト伯が手で制する。
「……レベンダル卿の言うとおりだ。確かにギルドメンバーが食われたのは間違いないが、それがガリム卿によるものだと示すものは何一つないぞ?」
ふむ、そのとおりだ。
ここは攻め方を変えるとしよう。
「ガリム卿はイノシシを捕らえ、その肉で飢えをしのいだとおっしゃっていましたね?」
「そうだぶふぅ! たまたまツタに絡まっていたイノシシがいたんだぶふよ!」
「それはおかしいなあ……ねえ狩人さん?」
俺の言葉を聞いた全員が、狩人に注目する。
「はい、ナキルヤの森にイノシシはいませんからね」
会議室の空気が変わる。
「それは本当かね? イノシシなんて、どこの森にもいると思うのだが?」
「そうぶふぅ! 森にイノシシがいねえなんてありえねえぶふぅ!」
「私もそれがずっと不思議でした。でもやっと分かったんですよ。最近森の奥で遺跡が見つかったでしょう? 多分あれのせいですね。あそこの周辺ではリス1匹すら見つかりませんから」
獣たちは危険に敏感だ。
あの遺跡から何か良からぬものを感じ、近づかないようにしているのだろう。
「そういうことはあるのかね?」
ラペルト卿は、側近の魔術師に声をかける。
「はい。イノシシは魔物の匂いに敏感です。ここまで極端な例は聞いたことがありませんが、魔物の生息域には近づかないものです」
「……おっと! 勘違いしてたぶふぅ! イノシシじゃなくて、シカだったかなぁ!?」
待ってました!
「狩人さん」
「あの森にはシカもいないですよ。捕れる獣はウサギとリスくらいです」
「ぶひいいいいいいいいいい!?」
ガリムが見事に罠にはまった。
名士たちが奴に疑惑の眼を向ける。
「ガリム卿……正直に話してもおうか?」
ラペルト卿の、突き刺すような眼がガリムを捉えた。