第3話 英雄は恥辱を受ける
「――以上が遺跡でのできごとです」
「ふむ……」
ギルド長のゲラシウスは、イスに深くもたれかかった。
「上級メンバーの治療拒否、上級メンバーへの侮辱、上級メンバーの成果を我が物としようとする不届きな心得、高価なミスリル装備を損壊……これは決定ですかな?」
ゲラシウスは、三子爵の面々と司教を見回す。
は? 今なんて言ったこいつ?
「ですな。即刻ギルドより除名。上級メンバー3名への謝罪、剣の代金を弁償。以上3つの処分が妥当でしょうなあ……」
司教の言葉に、俺は耳を疑った。
「何を言っているんです!? 死にかけている者から治療するのは当然でしょう!」
「同じ身分であればな」
紅蓮の魔術師ガリムの父親、レベンダル子爵がそう口にした。
「では仲間を見捨てろと!?」
「そんなことは言っていないざます。あーたがもっと早く動いていれば、3人を治療してから、治癒士を助けられたはずざます。つまり、あーたが無能なのが悪いざますよ」
ディリオンの母、ジェミニアーニ子爵夫人が、信じられない言葉を放つ。
「そのとおり! お前が無能なせいで、治癒士は死んだのだ! 他人のせいにするな!」
ヴァルフリードの父親、ローゼンベルガー子爵が追い打ちをかけてくる。
「違いますよ! あなたの息子が、俺からポーションを奪ったから治癒士は死んだんですよ!?」
「バカもおおん! そうしなければ、ガリム卿が亡くなっていただろうがああああ!」
ローゼンベルガー子爵が怒鳴り散らす。
「ガリム卿はふくらはぎを貫かれていただけです! 致命傷ではありません!」
「治癒士でもないくせに、知った風な口を利くな! ガリム卿の命は、風前の灯だったのだ! ご子息たちが、皆、口を揃えてそう言っているのだぞ!」
今度は司教。
なぜ司教が、これほど三子爵をひいきするのか?
答えは簡単で、三子爵がかなりの金額を教会に寄付しているからだ。
そして冒険者ギルドは、教会によって運営されている。
当然ギルド長であるゲラシウスは、教会の意向に沿った行動をとるわけだ。
冒険者ギルド、教会、貴族はズブズブな関係にあるのである。
「神に誓って宣言します。僕ディリオン・ジェミニアーニは、腹部から大量出血しているガリム卿を、しかとこの眼で見ています」
「俺様ヴァルフレード・ローゼンベルガーも神に誓って同じことを宣言するぜ! レイの野郎は罪を逃れるために、ウソをついていやがる!」
「2人の友が、真実を語ってくれたこと、心から感謝しますぶふぅ」
こいつら……!
「司教! ウソをついているのはこの3人です!」
「君の証言を肯定する者は、1人もおらぬではないか? つまりウソであるということだ」
「そんなの、彼らが結託しているからに決まってるでしょう!」
「愚か者! 神に誓って宣言しているのだ! 偽りであるはずがなかろう! まったく……こんな卑しく無能な男に高い給料を払わなくてはいけないとは、ギルド長も頭が痛いでしょうな?」
「そうなのですシュトルーデル司教。おかげで頭痛薬と胃薬が欠かせませんよ」
ゲラシウスの言葉に一同が大笑いする。
「高い給料ですって!? 装備レンタル代とポーションのコストで、俺の取り分なんてほとんど残ってないでしょうが!」
俺の手取りは驚くほど少ない。
この冒険者ギルドでは、依頼時の装備が決められている。
装備を揃えることで、一体感を出すのが目的だそうだが、実際は違う。
これはギルドメンバーから、金を搾取するための規則なのだ。
平民のギルドメンバーでは、指定されている高級な装備を、自前で揃えることはできない。
そのため、依頼のたびにギルドから借りることになる。
このレンタル代がかなりの金額で、給料の半分くらいを持っていかれてしまうのだ。
また、俺がポーションを調合するのに必要な経費は、まったくといっていいほど落ちない。
そのくせ三子爵の馬鹿どもは、アホみたいに魔法を連発し、マジックポーションをガブ飲みしやがる。
ひどい時は、依頼に成功したはずなのに赤字なんてこともあり、おかげでもう4年も働いているのに、俺の貯金はたった1千ラーラ。
これはボロアパートの家賃、2か月ちょい分でしかない。
「何を言っているのかね!? 君のような一つも魔法を使えず、葉っぱや花をこねるしかない無能には、十分すぎるほどの報酬なのだぞ! 感謝したまえ!」
「ギルド長の言うとおりだ! 神とその信徒のために働けるのだ! その栄誉と、やりがいを考慮すると、本来無償であるべきなのだ! 己がどれだけ恵まれているかを自覚できないその傲慢さ! 心底許せぬわい!」
「よく言ってくださりました、シュトルーデル司教!」
錬金術が、葉っぱと花をこねるだけ?
命懸けの仕事が無償であるのが当然?
もう何も言い返す気になれない……。
何を言ったところで無駄だ。
俺がしばらく黙っていると、ゲラシウスと司教、三子爵はお互いにうなずいた。
勝負あったと判断したのだろう。
「ではレイ・パラッシュ。君に処分を言い渡そう。まず一つ目、冒険者ギルドより追放。二つ目、上級メンバー3名への謝罪。三つ目、剣の代金3万ラーラの弁償。以上だ」
なんだと!? こいつ、本気で言っているのか!?
「本当に剣の代金まで取るつもりですか!? 魔物を倒すためだったんですよ!? 仕方ないでしょう!?」
ガリム卿の父親、レベンダル卿が机を拳で叩く。
「黙れ! まだ言うか! 貴様がやらずとも、我が息子たち上級メンバーが倒していた! お前はムダに剣を折ったにすぎん!」
「ふざけるんじゃない! こいつらは、かすり傷でピーピー言ってたんですよ!? 俺がやらなかったら、全員殺されてる!」
「いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ゲラシウスの怒号が会議室に響き渡る。
「レイ! 今すぐ3人に謝罪しろ! ギルドと教会の力が、どれだけ大きいかは分かっているだろうな……?」
教会の力は絶大だ。
国境を越えてまでの影響力があり、国王ですら強気には出られない大組織なのである。
そして、そんな教会が運営する冒険者ギルドも、当然国境を越えてまでの影響力を持っている。
つまりこの2つの組織を敵に回したら、この世で生きてはいけない。
「ぶひひ」
「ふふっ」
「へへっ」
ニヤニヤと俺を笑うガリムたち。
心底腹が立つ。だが俺には、頭を下げるしか生きる道はない。
「申し訳ありませんでした……」
俺は深く頭を下げた。
悔しくて悔しくて涙が出そうになる。
仲間を助けるために懸命に戦った俺が、なぜこんな目に遭わなくてはいけないんだ……。
「よろしいかな? ガリム卿、ディリオン卿、ヴァルフリード卿」
「ふんっ、まあ良いでぶふぅ」
「馬鹿な奴だ」
「へへっ、いい気味だぜ」
ゲラシウスは満足気にうなずく。
「レイ、金はいくらある?」
「1千ラーラほど……」
「それしかないのか、貧乏人め! では3万を1年以内に返済するように! でなければ、君は奴隷となる!」
「なんだと!? ふざけるのもいい加減にしろ!」
1年で3万なんて絶対に不可能だ。
こいつ初めから、俺を奴隷商に売り飛ばすつもりだな!
ついに堪忍袋の緒が切れた俺は、ゲラシウスに詰め寄った。
「な、なんだ!? 暴力を振るうつもりか!?」
「衛兵! 衛兵!」
「暴行だ! 今すぐ捕らえろ!」
会議室に飛び込んでくる衛兵たち。
あまりにも手際が良すぎる。
まるで最初から仕組まれていたようだ。いや、実際仕組んでいたのだろう。
「何もやってませんよ! ――うぐ!」
こん棒で殴られる。
「痛めつけろ!」
「やれやれ!」
俺は衛兵たちに袋叩きにされ、外へと連れ出された。
会議室のドアが閉まる。
奴等の笑い声が聞こえてきた。
みじめだ……あまりにも俺はみじめすぎる……。