第29話 狩る者と狩られる者
「ポーク・クラックリングを二人分」
「あいよ!」
大通りにある屋台で、ブタの皮をカリカリに焼いた食べ物を買い、アリスと食べ歩きながら街をぶらつく。
アリスは相変わらず食器を使えない。人前で食べさせられるメニューは限られる。
俺はポーク・クラックリングを食べながら、周囲に目をやった。
「下手くそめ……子爵程度では、ゴロツキに毛の生えた程度の殺し屋しか雇えないのか……」
尾行しているのは4人。
屋台で食べ物を物色しているように見せているが、視線が俺に向きすぎだ。
この程度であれば、撒くのも殲滅するのも容易なので、我が主がもっとも喜びそうな手段をとるとしよう。
俺は八百屋の屋台に向かう。
この時間に店を開いているのは珍しい。よほど売れ残ってしまったか?
「やあこんばんは。タマネギをそうだな……3ついただこうか」
「あら助かるわぁ。じゃあ3つで1ラーラね」
「あっ、その小さなバスケットに入れてもらっていいかな? 金はもちろん払うよ」
「じゃあ全部で6ラーラね」
俺は八百屋のおかみに6ラーラを渡し、タマネギが3つ入ったバスケットを受け取った。
「さあ行こうアリス」
俺たちはさっと裏路地に入る。
「アリス、今から敵を始末する。お前はタマネギになって、このバスケットに入るんだ」
アリスに機敏な動きはできない。
隠密行動の際には、足手纏いになってしまう。
アリスはグニャリとタマネギに変化した。
彼女は戦闘が目的の場合のみ、アリス以外の姿に変わってくれる。
平常時はガン無視されるのだが。
「うーん……ちょっと大きすぎないか? まあいいか……」
俺はデカタマネギアリスを拾ってカゴに入れ、裏路地を進む。
「――よし、ちゃんとついてきているな」
奴等が手練れならば、右折左折を繰り返し、バラけたところを1人ずつ仕留めていく。
だが、刺客たちは俺についてくるのが精一杯で、もはやまったく尾行を誤魔化せていない。
そんな相手に手間をかけても仕方ない。まとめてやってしまおう。
後ろをチラリと見る。
――間抜けどもめ。一列になって追いかけてきやがる。
俺が<雷撃>を使えたら、お前たちは一撃で始末されているぞ?
俺はカゴにあったタマネギを一つつかみ、振り向きざま刺客の頭に投げ付けた。
「ぎゃっ!」
ナイスヒット!
先頭にいた刺客が倒れ込む。
「くそ! やりやがったな!」
「殺せ!」
3人の刺客が剣を抜き向かってくる。
だがこの細い路地では、俺を取り囲むことはできない。
俺はサイドバッグから小さな革袋を取り出し、それを刺客に向かって投げ付けた。
ガリムにも使った、トウガラシの粉末入り革袋である。
安くて簡単、だが効果的と、暗殺者御用達の一品である。
「ぎゃああああ!」
「目がああああああ!」
「うわああああああ!」
俺に攻撃されることを恐れ、刺客たちはでたらめに剣を振り回す。
「ひいいいいいいい!」
「ぐわっ!」
同士討ち成功。
1人の刺客が、仲間の喉を切り裂いた。
俺はゆっくり近づき、刺客の剣を拾って残りの2人を斬り殺した。
「――処刑完了」
物陰に隠れ、タマネギをぶつけた刺客が目を覚ますのを待つ。
そしてしばらくすると、最後の1人がよろよろと起き上がった。
「ううー……ちくしょう……ん?」
刺客が仲間の死体に気付く。
「……え? うわ、うわあああああああああ!」
刺客が逃げ出した。
俺は静かにその後を追う。
奴は任務失敗の報告をするはずだ。
だが、依頼人は足がつくのを恐れるので、直接殺し屋と会うことはないだろう。
おそらく明かりによる伝達を使うに違いない。
奴は大通りから少し外れた場所にある、古びた2階建ての家に入った。
「空き家だな……あれがアジトか?」
無音で空き家に侵入し、2階へと上がる。
するとランタンに火をつけようとしていた刺客の姿が見えた。
俺は奴の背後から静かに近づき、首にナイフを突きつける。
「正直に答えたら、このナイフがお前の首を掻っ切ることはない。――ランタン一つで任務失敗、二つで成功かな?」
よくあるパターンの一つだ。
「ひ、ひいいいいいいいいい!?」
「3秒やる。イエスかノーで答えろ。――3……2……」
「そ、そのとおりですううううううう!」
「ご苦労」
ゴキッ。
刺客の首をへし折る。
容赦がなさすぎるって?
ここで殺せない人間は、3日もしない内に墓場の下さ。
悪党とは慈悲の心につけこむことしか考えていない。恩や義理なんて概念はないのだ。
俺は二つのランタンに明かりを灯し、窓辺に置く。
「これでよしっと……さて、待つとしようか」
この窓をずっと見張っている人間がいるはずだ。
今度はそいつを追う。
「――おっ、さっそく動き出したか」
フードつきのローブを着た人間が、急ぎ足でどこかへと向かった。
俺は建物を出て、そいつの後を追う。
「ふむ、一応尾行を確認しているな」
何度も同じところをぐるぐる回ったり、後ろを振り向いたりしている。
だが、その程度では俺を見つけることはできない。
そのまま尾行を続けること20分、奴はついにガリムの父親、レベンダル子爵の館へと到着した。
「分かってはいたがな……だが助かるよ。俺を殺そうとしてくれて。これで一切の慈悲をかけずに済むからな……」
俺はそうつぶやくと、普段行かない地区の宿屋に向かう。
明日の報告会が始まるまでは、俺は死んでいることにしておかなければならない。
顔見知りに会う訳にはいかないのだ。
「ロザリアとは別の誰かが俺をつけているな。――助かるよ」
きっとそいつが後片付けをしてくれるはずだ。