第27話 聖女の正体
時はレイとコレットが、デポルカの街に到着した時にさかのぼる。
「――我が主がお会いになりたいそうですわ。来ていただけますか?」
城門をくぐり抜けたとたん、女が俺にいきなり話かけてきた。
彼女の存在を認識できていなかったのだろう。コレットとガリム、そしてそばにいた衛兵たちがギョッとする。
だが俺は驚かない。
彼女が俺をつけていたことは知っている。それも3週間前からだ。
仕事を探している時はもちろん、森の中でもつけてきていた。
ようやく、蒔いた種が実を結んだか。
――どういう意味かって? すぐに分かるさ。
「コレット、俺はここで別れる。じゃあな」
「え? あの、私はどうすれば!?」
「適当に頑張ってくれ。――じゃあ行こう」
卑劣な奴等のことだ。コレットの口封じをおこなうかもしれない。
それを心配していた俺だが、どうやら安心して良さそうだ。
この女より凄腕の密偵が、コレットをつけている。
いざとなれば、助け出してくれるだろう。彼女は重要な証人なのだから。
一安心した俺は、女の後をついていく。
裏路地に入り、周囲に誰もいないことを確かめると、彼女に話しかけてみた。
「君の主が誰なのか、ずっと気になっていた。実に楽しみだ」
「……まるで以前から私のことを知っているような口ぶりですわね? お会いしたのは、今が初めてですのよ?」
「いや、会っている。売春小屋通りでな」
女が目を見開き俺を見る。
そう。彼女は麻薬工房を見張っていた密偵だ。
髪色、髪型、そして化粧と口に詰めた綿で顔まで変えているので、普通の人では絶対に気付かないだろう。
だが俺にはバレバレだ。
「俺の尾行を開始したのが3週間前で、麻薬工房を潰したのはその1週間前。俺の仕業だと突きとめるまでに、7日もかかっている。主に怒られなかったか?」
「くっ……!」
怒られてしまったようだな。まあそりゃそうだ。
「君に売春の交渉をしてきた物乞いと、牢屋から逃げ出した男は、俺の顔を見ている。1日で見つけられなければ、密偵失格だ。街中や森での尾行もバレバレだったぞ?」
「ぐうううううう……!」
悔しさがまったく隠しきれていない。プロ失格だ。
まだ訓練を終えたばかりの新米なのだろう。
ちょっとイジメ過ぎたかな。少しおだてておくか。
「売春婦の変装がなぜバレたか分かるか? 君の持つ華やかさと上品さが隠しきれていなかったからだ」
「……それはどうも」
おいおい……嬉しさがにじみ出すぎだぞ。
素直な女は可愛がられるが、密偵には向いていない。
裏路地を進むと、1台の黒塗りの馬車が止まっているのが見えた。
「乗ってくださいまし」
「良い馬車だな」
馬車に乗る。内装も豪華だ。
これほどの馬車を所有できるのは、領主ラペルト伯爵、シュトルーデル司教、三子爵のどれかだ。
さて、誰だろうか?
俺を嫌っていないのは、ラペルト伯だけだと思うが。
馬車は教会の前にとまった。
司教か……だが、あの悪徳司教であるシュトルーデルが、三子爵に敵対するような行為をとるとは思えない。おそらく別の人間だろう。
「こちらへどうぞ」
「そういえば君の名前は?」
「……ローザですわ」
「ローザ……じゃあ本名はロザリアかな?」
ロザリアの眼が見開く。
分かりやすすぎる。あまりにもチョロすぎて、演技なのではないかと勘繰ってしまうほどに。
「ふふっ、偽名にはある程度パターンがあるんだよ」
「そういう行為は、本当やめてくださりますか!?」
プリプリと怒りながら、ロザリアは先に進む。
これで一つ分かったことがある。
彼女の主は慈悲深い人物だ。
密偵にとことん向かない彼女を、なんとか使ってあげているのだから。
「ロザリア。君の主は素晴らしい人かい?」
「はい。スカンラーラ王国の救世主となるお方だと思っています」
ロザリアは微笑んだ。
「救世主か……それは楽しみだ」
仕えるならそういう人物がいい。
これまでずっと、権力者に仕えることは避けてきた。
権力争いに巻き込まれて、いいことなど何一つない。俺は穏やかに生きたいのだ。
だが剣の弁償3万ラーラを抱えた今、そうも言ってられなくなった。
俺は権力者に仕えることを決意する。
だが、この街の権力者はろくな奴がいない。
シュトルーデル司教に、三子爵。まともなのは領主のラペルト伯爵くらいだ。
だが彼には教会の圧力がかかっている。俺を雇うことは絶対にない。
頭を悩ませていた俺だが、麻薬工房を潰した時に転機が訪れる。
三子爵の一人であるレベンダル子爵の麻薬工房を、潰そうとしている者がいるのを知ったのだ。
三子爵と戦えるだけの力と正義感を持った組織が、この街にいる。
それは俺にとって大きな希望となる。
その組織で働きたいが、正体が分からない。
俺は、その組織のボスの目に留まるよう、名刺を残した。
一級の暗殺者の仕業であると分かる殺し方で、俺の実力を。
「黒幕はレベンダル子爵と」書き残すことで、正義側の人間であると証明したのだ。
そして、それと同時に、組織の実力もテストさせてもらった。
残された証拠と目撃者から、俺にたどりつけない組織であれば、雇われる訳にはいかない。
その程度の捜査能力と組織力しかないようなところに仕えても、不幸な結末を迎えるだけである。
仕えるに足る存在か? それを試したのだ。
コンコン。
ロザリアがノックをした。
ドアに可愛らしいクマの絵が描いてある。
「レイ・パラッシュ殿を連れてまいりました」
「入ってもらうのれす」
れす!? このアホ丸出しの喋り方……まさか、聖女ルナショコラか?
デポルカ一の人気者で、デポルカ一の馬鹿女と言われているが……。
「どうぞ。――ルナ様に失礼のないよう。あと、妹はここに残るように」
「了解。アリス、ここで待っていてくれ」
アリスはじっと俺の眼を見る。
分かってくれただろうか?
「失礼します」
「あっ、ちょっと妹――」
俺が部屋の中に入ると、アリスは普通についてきてしまった。
「アリス! 頼む、待っててくれ!」
「いいれすよー。ルナと同じで頭がパッパラパーなんでしょ? あはははは!」
アリスのことも調べてあるようだ。
ロザリアの前では変身させていないので、スライムであることは知らないと思うが。
「申し訳ありません」
「いいのれすよー。お兄ちゃんと一緒にいないと寂しいでちゅもんねー」
俺は頭を下げ、アリスと共に部屋に入る。
大小のクマのぬいぐるみが、そこら中に飾ってある異常な部屋だ。
そしてピンク色のソファーに座っているのは、瞳の大きさが顔の半分はありそうな、金髪碧眼の美少女。
屈託のない笑顔を見せながら、ボリボリとクッキーを食べている。
16歳くらいのはずだと思ったが、もっと幼く見えるな。
馬鹿そうに見えるからだろう。
だが、彼女の眼をのぞき込んですぐに分かった。
この瞳の奥に宿る輝き……ああ、こいつ――
「へえ……あなた、今の一瞬で私を見抜いたわね? やるじゃない。さすがは私が目をかけた男といったところかしら?」
アホヅラの少女から、冷酷そうなな少女へと一瞬で豹変したルナショコラ。
これはとんでもない曲者だぞ。




