第2話 孤軍奮闘
「なに!? <魔力の壁!>」
ディリオンが咄嗟に防壁を張ったことにより、触手が3人を貫くことはなかった。
「消し炭にしてやるぶふぅ! 最強の火炎魔法を食らいやがれ! <獄炎!>」
紅蓮の魔術師ガリムの杖から、地獄の炎が噴き出す。
この火炎魔法を食らえば、どんな生物でも一瞬で灰となる。
「――どうだ?」
「跡形もないぜ……やったなガリム!」
「ぶひひひひひ! さすがは俺ぶふぅ! 俺だけが使える最強火炎魔法の強さ、見たかぶふぅ!」
確かに化け物の姿はない。
どうやら本当に倒せたようだ。――ん?
俺は肉塊の魔物がいた場所に、小さな肉片が落ちているのを見つけた。
胚のような気色の悪い肉片だ。――もしやコアか?
俺は瞬時に判断する。
スライムの中には、コアを破壊しないと再生し続ける種がいるのだが、この肉塊の魔物も、その性質を持っているのではないのかと。
「まだ倒せていないかもしれません!」
「何言ってんだ馬鹿野郎! 俺の<獄炎>を食らって――」
魔物は一瞬で再生した。
「――ぶひぃ!?」
「コアを破壊しないと殺せないようです! もう一度攻撃を!」
「ヴァルフリード、<雷砲>だ!」
「おう! 食らいやがれ! <雷砲!>」
ヴァルフリードの両手斧から、極太の雷が放たれた。
その雷撃は魔物の肉を貫き、胚のような肉をさらけださせる。
「それです! それがコアです!」
「うっし! とどめだ! <雷撃!>」
雷がコアを直撃した。――が。
「なんだあ!? まったく効かねえぞ!?」
「雷属性ではダメぶふぅ!? じゃあここはやっぱり炎ぶふね! <火柱!>」
ガリムの炎がコアを焼く。
だが、化け物は崩れない。
「僕の出番のようだな! <猛吹雪!>――クソ! ダメだ!」
冷気も効かないだと!?
となればあとは……!
「ならば物理攻撃だ! 僕のアイスフルーレで串刺しにしてやる!」
ディリオンが小剣でコアを突く。
――が、見事に弾かれてしまった。
物理もダメだと!? では一体どうすれば破壊できる!?
「ちくしょう! 再生しやがった!」
魔物は一瞬で再生し、触手を伸ばしてくる。
「――なに!?」
信じられないことに、すべての触手が俺を狙ってきた。
最初の2本をミスリルの剣で斬り落とし、続けての2本をローリングで回避。
ラストの3本を再び剣で切り払った。
クソッ! 連中に俺の剣技を見せてしまった!
人前では絶対使わないようにしていたのだが……!
しかしなぜ、俺ばかりを狙ってきた!?
奴から一番離れたところにいたんだぞ!?
「ぶひいいっ!」
「ママァッ!」
「ぎゃあっ!」
俺を狙った触手が3人をかすったようだ。
傷を負った奴等は、その場に転げ回る。
情けない奴らめ! その程度の傷で倒れるな!
触手の攻撃をよけながら、頭をフル回転させ、魔物の行動パターンについて考える。
奴は初め、2人の戦士を殺した。
これは不思議ではない。2人が一番近い位置にいたからだ。
だがその次の攻撃では、後衛の俺とレンジャー、治癒士を攻撃した。
前衛のヴァルフリードと、ディリオンを無視してだ。
これは明らかに不自然である。何か理由があるに違いない。
「――魔法よりも、物理攻撃を恐れているのか?」
だがディリオンの小剣は弾かれたぞ?
しかも永久結晶という、きわめて希少な素材で作られた、超高級なマジックアイテムなのにだ。
まあ俺たち平民メンバーの武器も、希少な金属であるミスリル製なので、高級品ではあるのだが……。
――ん? そういえばガリムの杖と、ヴァルフリードの大斧もマジックアイテムだが、ミスリル製ではなかったな。
そして、死亡したメンバーの武器はすべてミスリル……これはもしや……。
「奴はミスリル製の武器を恐れているのでは?」
そうだ! そうに違いない!
「よし!」
俺は触手を切り払いながら、魔物に接近する。
「おおおおおおおおおおお!」
剣で、化け物の肉を切り刻む。
――なんて密度の高い筋組織だ……!
ミスリル製の刃が、こんなにも通らないとは……!
魔物が、コアを守ろうと触手で反撃をおこなってくる。
回避に専念できないので、俺のわき腹や足を触手がえぐった。
クソ……! 魔法を使えれば、一瞬でコアを露出させられるのだが……!
「お三方! 魔法の援護を!」
「ぶひいいいいいいぃ!」
「痛いよママァ……!」
「ぐわああああああ! いてええええええ!」
3人は痛みにもだえ、相変わらず転げ回っている。
クソが! そんなかすり傷で、戦闘不能だと!?
これだから経験を積んでない奴はダメなんだ!
覚悟を決める。俺一人でやるしかない!
「俺が死ぬのが先か、お前が死ぬのが先か……勝負だあああああ!」
肉を切り刻み、そして切り刻まれる。
倒れそうになるのを気力でこらえ、さらに剣を振るう。
こんなところで死ねるか……!
パキーン!
「ちっ!」
剣が折れた。
俺は剣を捨て、ミスリルのダガーを抜き、魔物の肉をえぐる。
まさに血みどろの戦いだ。
そしてついに……!
「はあはあ……見えたぞ……死ね……!」
ダガーをコアに突き立てる。
刃がズブッと胚を貫くと、魔物は崩れ落ちた。
「はあはあ……勝った……なんとか勝ったぞ……」
体のあちこちから出血している。
このままでは、あと数分で死にいたるだろう。
サイドバッグからポーションを取り出す。
ああ……まだ君のとこには行けないみたいだよ……アリス……。
もう少し、待っていてくれよな……。
死んだ幼馴染の顔が浮かぶ中、信じられない言葉が俺に投げかけられた。
「待てぶふぅ! まず俺たちから治療しろおおおお!」
ガリムが必死の形相で俺をにらむ。
信じられん……! 俺のこの傷が見えないのか!?
見ろよ!? この血の量を……!
「申し訳ありません! 今すぐ治療しないと俺は死にます!」
俺は軽くガリムに頭を下げ、ポーションを傷口に振り掛ける。
傷が癒えていく。これで死ぬことはない。
「てめえええええええええ! 許さねえぶひいいいいいいいいい!」
「お許しを……今すぐ治療します」
俺はポーションを取り出しながら、ガリムの元へと駆けつける。
まだ傷が完全にふさがっていないのに。
「僕が先だぞおおおおおおおおおお!」
「いやいや、俺様が先だああああああああああああ!」
ため息が出そうになるのを、必死でこらえる。
「大丈夫です。お三方とも、命に別状はありません。ガリム卿、ディリオン卿、ヴァルフリード卿の順に治療していきます。体力の少ない順からです」
「てめえ! この俺がもっとも弱いって言ってんのかぶふぅ!? <獄炎>を使える、このガリム様を!?」
「ママにチクってやる! 僕から治療しなかったって!」
「ふざけんじゃねえええ! 勝手にきめつけんなあああ! 俺様から治療しやがれええ!」
殴り飛ばしたくなるのをこらえ、俺は全員の治療を終えた。
「この野郎おおおおおお! <電撃!>」
「うぐっ!」
ヴァルフリードに電撃を浴びせられる。
こう来るのは予想できてはいたが、実際やられると腹が立ってしかたない。
分かっていても、むかつくものはむかつくのだ。
「レイ、てめえ! 俺たち貴族の治療よりも、自分の治療を優先したこと、ぜってえ許さねえぶふぅ!」
「俺に死ねと言っているんですか!?」
三子爵に口答えは厳禁だ。
だが、こいつらのせいで無駄に仲間が死んだという事実。
そしてこの自己中心ぶり。
さすがにもう、怒りを抑えておくことはできなかった。
「何の役にも立たない無能野郎が、生意気な口叩いてんじゃねえぶふううう!」
「何を言っているんです!? 俺がなんとかあの魔物を倒したから、あなたたちはこうして無事でいられるんじゃないですか!」
「ふんっ、バカめ! あの魔物は、僕たちの攻撃で死にかけていたんだ! お前はとどめを刺しただけなんだよ! つまり奴を倒したのは我々という訳だ!」
何を言っているんだこいつらは?
もはや、言っていることが理解不可能だ。
「おう、ディリオンの言うとおりだぜ! 魔法を一つも使えないゴミ錬金術師が、偉そうな口を利くんじゃねえ!」
「なんだと!? そのゴミが作ったポーションで、お前はこうして立っていられるんだぞ!? それを分かってるのか!?」
ヴァルフリードが俺をにらみつける。
「ああん!? 誰に向かって、そんな口の利き方してやがんだコラァッ!」
「貴族に対する不敬な発言ぶふぅ! 許さねえぞ!」
「許さないのはこっちだ! ディリオンが<魔力の壁>を張っていれば……ヴァルフリードが俺からポーションを奪わなければ……レンジャーの子と治癒士は死なずにすんだ! お前たちは最低のろくでなしだよ!」
「今の言葉、ママとゲラシウスギルド長に報告するからな!」
「好きにしろ!」
俺は死んだメンバーの装備を回収し、バックパックに入れた。