第16話 治癒士コレットの日記①「出発」
足跡を追い、西へ進み続けると、倒れた木を見つけた。
最近切り倒されたもののようだ。
「……まさか、ガリムたちが木の年輪で方角を調べようとした跡なのか?」
『年輪が広い方が南側』と、昔のサバイバル術では言われていたのだが、今ではその説は誤りとされている。
実際には、斜面の谷側の年輪が広くなる。方角は関係ない。
それを知らずにアテにすると、遭難してしまうおそれがある。
これは嫌な予感がするな。
さらに西へ進むと、小川にたどりついた。
「野営した跡があるな。それも何日……いや何週間もだ」
水を確保できるので、ここを拠点にしたのだろう。
そして何週間も滞在していることから、彼等が遭難したことが明白となった。
「なぜガリムたちはここにいない? また魔物に襲われたか?」
周囲を見回すが、戦闘した形跡はない。
かなり新しい足跡が3つ。どれも森の奥へと向かっている。
「この小さい足跡……女だろうがグレタではない。おそらくは新人だろう。そしてこの形、聖職者が好むサンダルのものだな。治癒士かもしれない」
俺の知らない7人目のメンバーだ。
遺跡での戦闘で治癒士が死んでしまったので、新人を雇ったのだろう。
「気の毒に……入ったばっかりで、こんな目に遭ってしまうとは……」
新人治癒士に同情しながら、俺は野営地の捜索を開始する。
すると、ちょっと離れた場所にトイレとガラ捨て場を見つけた。
ガラ捨て場というのは、骨や貝殻などを捨てるゴミ捨て場のことを言う。
「リスかウサギでも狩ったか? アダンがいないのに、よく狩れたな? 斧使いのギシュールでは無理だと思うんだが……」
俺は骨を一つつまむ。
そこで気付いた。
「これは……! 人間の骨だぞ……!」
俺はとっさに骨を投げ捨てる。
これは誰の骨だ……?
ガラ捨て場を注意深く見ると、二人の骨であることが分かる。
おそらく男と女だ。
そして骨の山の下に一冊の本が隠されているのを見つける。
「なんの本だ?」
俺は本を拾い上げ、ページをめくった。
どうやら日記のようだ。
「1日目、冒険者となって初めての依頼なのに、こんな大きな仕事を任され、嬉しくもあり怖くもあります。私たちはリーダー・ガリム卿に率いられナキルヤの森に――」
* * *
時はギルド長ゲラシウスが、依頼を受諾した直後にまでさかのぼる。
ゲラシウスは2階から、1階に集うギルドメンバーに向けて声をあげた。
「諸君! ナキルヤの森にて、新種の木の魔物が現れ、木こり2名を殺害した。我々は領主ラペルト卿の依頼にて、これを討伐する!」
「おお! 領主様直々の依頼か!」
「そりゃすげえ!」
メンバーたちがざわつくのも仕方ない。
領主からの依頼となれば、報酬はもちろんのこと、得られる名声も段違いなのだから。
「では実行メンバーを発表しよう! 木の魔物に特化した精鋭部隊だ! 私が練りに練って考えた、至高のパーティー編成である!」
ギルドメンバーに緊張感がただよう。
誰もが、この依頼を受けたいと思っているからだ。
ただ一人を除いて。
治癒士コレット。3日前に採用されたばかりの新人だ。
彼女はまだ、大ガエルや大イナゴといった、ザコ中のザコとすら戦ったことがないヒヨッコ冒険者である。
そのためコレットは、絶対に指名されませんようにと祈るのであった。
「まずはリーダー! ガリム卿!」
「当然ぶふぅ! 俺にお任せを!」
これには全員納得である。
木に有効なのは火炎魔法であり、このギルド最高の火炎術師は彼なのだから。
「火炎術師はもう2名! ホルガーとグレタ!」
これにもみんな納得である。
「戦士ギュスールと、レンジャー・アダン!」
斧は木に強い。ギュスールが選ばれることは必然である。
また森の中に入るのだから、レンジャーのアダンも当然入るだろう。
「錬金術師フベルカーン!」
何人かの表情が曇る。
薬をうまく使えば、有効に魔物を駆逐できる。錬金術師の存在は重要だ。
だがなぜ、初級錬金術までしか取得していないフベルカーンを?
ここはレイを連れて行くべきでは……ああ、そうだ。彼は追放されてしまったのだった。
彼等はそんなことを考えている。
「治癒士コレット!」
「え!? 私ですか!? なんで!?」
驚いたコレットは、とっさに疑問をゲラシウスにぶつける。
他の者たちも同様の疑問を抱いたようだ。同じ目でゲラシウスを見上げる。
「森は暗い。君は<照明>の魔法を使える。それは大きいのだよ」
「俺も使えますけど!」
「俺もです!」
何人かのギルドメンバーが勢いよく手を挙げる。
明らかに納得がいっていないようだ。
それはそうだろう。こんな新人に任せられる仕事ではない。
「それだけではない! コレット君は<生命探知>の魔法を使えるのだ! 木の魔物を見つけるのに必ず役に立つ!」
<生命探知>を使えるのはコレットだけだ。
これには全員黙ってしまう。
「あう……」
コレットは考える。
<生命探知>が果たして役に立つのだろうか?
探知できる範囲は10歩分くらいの距離しかない。そこまで万能な魔法ではないのだ。
ギルド長は、そのことをちゃんと分かっているのだろうか?
だが怖くて、そんなことは聞けない。
「……よし、文句はないな! ではコレット君頑張るんだぞ!」
ゲラシウスはコレットに期待している。
面接で一発採用しているのだが、その理由は下半身が反応したからだ。
小さな体に、幼い顔。コレットは、ゲラシウスの欲望をそそるタイプなのである。
そのため、彼女に良い仕事を振り、恩を売っている訳だ。
そして、それを理由に後々関係を迫るつもりでいる。
期待しているというのは、そういう意味だ。
「ではお前たち、出発ぶふぅ!」
「おおおおおおおおおお!!!!」「おー……」
紅蓮の魔術師ガリムは6人のメンバーを連れ、意気揚々と出発した。
これが地獄への片道切符だとは知らずに。