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第15話 アリスはデキる子

 野営地に戻り、西に向かう足跡を追跡する。


「パニックを起こしかけているが、誰かが上手く先導しているな。――レンジャーのアダンか?」


 野営していたのだから、時間帯は日没前から早朝。

 照明の魔法を使っても、相当に暗かったはず。

 目がよく、方向感覚にすぐれる彼が先導したに違いない。


「おそらく彼は死んだだろうな……」


 ここは森に入ってから、たった2時間の距離。

 ガリムたちが、未だ戻っていないのはどう考えてもおかしい。


 火炎魔法が効かず、ホルガーが死んだのだ。その時点で、任務遂行はあきらめ帰還するだろう。

 そうなっていない理由は一つ。ガイド役のアダンが死んだからだ。

 つまりガリムたちは、遭難してしまったのである。


「火炎魔法が使えるんだ。なぜ狼煙を焚かない? 思い付かなかったか?」


 ありえる話だ。

 魔術師や錬金術師というものは、自分たちの研究に専念し過ぎる傾向がある。

 そのため、サバイバル知識なんて程度の低いものは、レンジャーに任せておけばいいと考えてしまう者が多い。


「冒険者に一番必要なスキルだと思うんだがな……」


 頭でっかちがよく陥るパターンだ。

 難しいことばかりに目がいって、基本を見失う。




 そのまま足跡を追い続けること10分。強烈な臭いがただよってきた。


「うっ……アダンかな……?」


 鼻の息を止め、先へと進む。


 胸郭と、ウジのわいた臓物が落ちていた。


「ここで襲われたか……他には……」


 茂みに矢筒と地図が落ちている。

 やはりこの死体はアダンのもののようだ。

 弓と方位磁針は魔物に喰われてしまったか?

 ガリムたちは磁石を持っていないだろうからそのはずだ。あればすでに脱出できている。


「戦闘した形跡がまったくない。ガリムたちはパニックを起こして、すぐに逃げ出したようだな。戦っていればアダンは助かったかもしれないのに……」


 彼が無事であれば、遭難せずにすんだだろうに。

 ガリムにもっと、勇気と統率力があれば……。


「――よし、アリス。行くぞ」


 俺はアリスに振り返る。

 彼女は1本の木をじっと見ていた。


 木はまったく動かない。

 だが視覚と嗅覚が強化された今なら、意識すれば分かる。

 よく見ると葉が不自然だし、枝や根に節がある。これが関節なのだ。

 そして、わずかな腐敗臭……こびりついた肉片の臭いだろう。


「――あいつがそうか。よし、アダンの仇を討とう」


 俺はサイドバッグから殺虫剤を取り出し、斧に振り掛けた。

 その様子を、じっとアリスが見ている。


「危ないからここで待っていろ。あいつがお前を襲うのか分からないがな」


 魔物同士で殺し合うことは珍しくない。種が違えば、餌や敵と見なすのは自然だ。

 だがスライムを好んで捕食する魔物はいない。おいしくないからだろう。毒を持つ個体もいるしな。

 なので、奴がアリスを襲うのかはまったく見当がつかない。


 サイドバッグに殺虫剤のビンを戻す。


「さて、さっきより厳しい戦いになるぞ……」


 先ほどの戦いでは、枝(腕?)のほとんどが木こりを絡めとることに使われていたので、俺への攻撃はほとんどなかった。

 だが今回は、すべての枝がフリーだ。かなりの苦戦を強いられるはず。


 そんなことを考えていると、アリスがさっとサイドポケットに手を伸ばしてきた。


「――おい!? 何をやっている!?」


 アリスは殺虫剤のビンを抜き取ると、自分の体内に取り込んでしまった。


「それは毒だぞ! 今すぐ出すんだ! ――ああ、クソッ! 来やがったか!」


 魔物が短い足をワシャワシャと動かし、こっちへと向かってきた。

 思っていたよりもずっと動きが早い。


「アリス! 俺から離れていろ!」


 そう叫び、斧を構える。


 いきなり口を狙うのは無謀だ。

 まずは枝から斬り落とし、攻撃力を奪おう。


「――うおっ!?」


 複数の枝が俺を絡めとろうと覆いかぶさってきた。

 それをローリングでかわす。


「この枝の数とリーチ……! やはり想像以上に手強いな! アリス、もっと遠くにいろ!」


 俺はアリスがいた場所に振り向くが、彼女の姿が見えない。


「アリス!? どこだ!?」


 魔物の攻撃がくる。

 これをかろうじて何とか回避。

 枝の動きは、カマキリ並みのスピードだ。

 もはや反撃する余裕などない。


 なるほど……これは7人いても苦しいな。


「アリス!? どこにいる!? 変身したのか!?」


 もしかしたら怖くなって、野菜に変化したのかもしれない。

 俺は攻撃を避けつつ、周囲に目を配る。



 ……いた!



「――な!? そんなところに!? なにをやっているんだお前は!?」


 信じられないことに、スライム形態となっていた彼女は、ズリズリと魔物の幹を這い上がっている。


「やめろアリス、食われるぞ! ――アリス!?」


 彼女は食われるどころか、自ら魔物の口の中に侵入した。


「なんてこった!」


 枝を死に物狂いで斬り落としながら、魔物へと近づく。

 なんとかして彼女を助けなければ……!


「――むっ!?」


 そう思った矢先、魔物が倒れ込む。

 大きな音と揺れを起こして。


「アリス!? 無事か!?」


 魔物の口の中をのぞき込む。

 良かった、スライムアリスは魔物の口内でモゾモゾしている。

 無事のようだ。


「……ん? まさかお前、そいつを食ってるのか!? やめるんだアリス! 早く出てこい!」


 腹が減ってたのか? しかし、よくこんな気色の悪い魔物を食おうと思えるな。


 スライムアリスが這い出てきた。

 彼女はぺっと吐き出すように殺虫剤のビンを体外に出すと、アリス形態に変化し始める。


「魔物の体内に侵入して、毒を注入したのか! すごい! すごいぞアリス!」


 アリス形態に戻った彼女の頭を撫でる。

 どことなく嬉しそうだ。


「よしよし、お前は賢くて勇敢だ! ……おっと、服はどこだ?」


 俺は、アリスが全裸であることに気付き、急いで服を探し始めた。


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