育ちの悪いお姫様 Ⅷ
シーラ・ロックトンさんの顔が歪む。思いも掛けないことを言われたので、内心の思いが顔に出たのだろう。
この主であるデニム子爵の意向で、あたしの事を色々と調べているんだろう。正直何のためにやっているのか、全然判らないんだけれど。
奥様からは、なんちゃってマリアとして、仕えるって事を証明するように、言われている。実際仕えることが判れば、あたしのお願いを聞いてくるれる約束になっている。
この間用意した、移住証明書を使うこと無く。彼のおっさん達の、家族をナーラダ村へ送るのに、あたしも一緒に行ければ、ずっと安心だしね。彼の水害から随分経っているから。報告書の類いを見ただけでは、本当に元に戻っているのか判んないし。この目で確かめたかったんだよね。
あたしに取って、大事な故郷だから、元通りに成っていると良いなと思う。それに世話に成った村の衆が、元気にやっているかもこの目で確認したいしね。
隣の国に、蹂躙される運命の村だけれど。悪役令嬢マリアはもういないのだから、ああいった悲惨な戦争は起こらない。そう信じているけれど。どうなるか解んないし、それでも少しでも良くなっていれば良いなって思うのよ。
ふと村の衆に、この村を捨てて安全なところへ引っ越したらどうかって、話したら如何だろうかって考えた。どうやって、この話を信じて貰う方法が思い付かなかった。
あたしは何度もこの事を考えてはいる。それでも、考えてしまうんだ。どんなに言葉を工夫したところで、村を捨てるように説得することなんか出来ない。
此れはあくまでも、前世で遊んでいた、乙女ゲームさくらいろのきみに・・・の設定の話しでしか無いのだから。どんなにこの世界が似通っていても、決して同じでは無いのだから。
何より、あたしが悪役令嬢マリアになっていないのだから。きっと何事も起こらない。侵略戦争は起こらない。
残念なことに、あたしの力では侵略者を止めるようなことは出来ないだろうし。そういった事は、王都にいる攻略対象になっているような人達の、仕事だと思う。
「あの……何のことを仰っているのか判りません。取りあえず御髪を整えましょうか。それから、朝食はどうなさいますか」
「お願いするわ。お母様はどうなさっているの」
マリアの話し方を、成るべく真似て、あたしは言葉を放つ。少し命令口調になってしまっただろうか。出も、マリアの話し方は何時もあんな感じなんだよね。
あたしは、天蓋付きのベットの脇にある、椅子に腰掛ける。普段のマリアは、こうしてあたしに髪を整えさせるのが日課になっていた。この部屋には大きな鏡の類いは無いから、恐らくあたしに付いてくれている、メイドさんが持ってくるだろう。
因みに、侍女であるシーラ・ロックトンさんは、髪を梳いたりしない。そう言う仕事は、基本的にメイドの仕事になるからだ。メイドに仕事をさせるのが、彼女達侍女の仕事になる。
何より、彼女達侍女の秘密のポケットの中には、懐剣が入れられている。メイド達をお仕置することも、偶にはあるらしい。
あたしはそんなこと、全く経験が無いけどね。良いメイドでは無いけれど、少なくとも遣られたことなんかないかな。この辺りも、若しかすると贔屓されているのかも知れない。




