育ちの悪いお姫様 Ⅲ
目の前のメイドちゃんは、幼い顔を曇らせながら。あたしに対して、正式なコーツイをして見せようとして、少し揺れている。ようやく憶えた挨拶の形を一生懸命に、再現しようとしている処なんて、健気で仕方が無い。
一応あたしも貴族令嬢って事に成っているから、寝間着の上に上着を羽織った格好で、彼女の努力に応える。こう言った挨拶の仕方も、何通りもあって、餓鬼の頃から賢者様に教えて貰ったことが、今のあたしが、なんちゃってマリアを勤めていられる理由にもなっているんだよね。
「火が大きくなりましたら、直ぐにおいとまいたします」
「未だ侍女も来ていないし。気にすることでも無いよ。今の処、この部屋には、私と貴方だけなのだから。少し話し相手になってくれないかしら」
あたしに付けられた、メイドさんも侍女のシーラ・ロックトンさんも、未だこの部屋に来る様子が無い。恐らく少しの間なら、この事お話くらいは出来るんじゃ無いかな。この後も忙しいなら、仕方が無いけれど。
「勿論、忙しいのなら仕方が無いけれど」
あたしの言葉に、彼女は戸惑った表情をして、あたしの顔を見詰めてくる。こう言う視線を投げかけることは、使用人としては咎められる事なのだけれど。あたしは気にしない。
あたしとマリアの関係のせいか、その辺りはかなり曖昧になってしまっている。他の人がいる場所では、一応猫を被っているけどね。
あたしだって、面倒い説教を聞きたくも無いから。外面だけでも繕っておかないと行けない。
「えっと。御嬢様が其れで宜しいと仰るのでしたら。少しの間でしたら、大丈夫です」
未だに暖炉の火が大きくなっていないことを確認するように、彼女が視線を向ける。少しぐらいなら、サボってもメイド長に、叱られたりしないだろう。
どちらかと言えば、貴族の令嬢と話していた事の方が、咎められることになるかも知れない。その辺りは、あたしが黙っていれば、知られたりはしないから、何の問題にもならないだろう。
「お名前を教えてくださらないこと。あ、私はマリア・ド・デニム。よろしくね」
あたしが質問すると、彼女はビックリした表情をして、少しだけ固まってしまう。こんな言葉を投げかけられるとは、思っても居なかったのかも知れない。
「あの………カナハのサウラと申します」
あたしは何処かで見たことのある顔だって、何ともじれったい感じがしている。こうなんて言ったら良いのか、ど忘れしている顔なのに、此れは大事なことのような気がしている。其れは判るんだけれど。誰だっただろうか。
勿論あたしの記憶は、此方だけの物では無い。前世であったことも、当然のようにある。ただ、その記憶も漠然とした物に成ってきていた。若しかすると、マリアを助けたことで、未来が書き換えられてしまったからだろうか。
この名前に覚えがあった。其れも、乙女ゲームさくらいろのきみに・・・のエピソードの中にあった。カナハのサウラって子が、ヒロインちゃんの行動の一助になら、いわゆるお助けキャラとして、情報を持っている一人として、登場していた。
いわゆる、悪役令嬢マリアの行く手を阻む人物って言える。
「いま何歳なのかしら」
「この間、十歳になったばかりです」
何で、この砦でメイド見習いしてるような、幼い子が王都にいたのか、謎だけれど。気を付けてみていかなければ行けない相手って事かな。




